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「これは…」
そう言ったのは誰だったか。
「城にはもういないの?まだ探したらいるんじゃ…」
「いいえ。サクラ様ならもう既に城を出ていらっしゃるでしょう」
「姫様は…足が速いですからね…。ああ…サクラ様っ!今、どちらにいらしゃるのですかぁぁぁー!!!!」
探そうと提案したユーリだったけど、その提案は彼女をよく知るオリーヴとギュンターには、頭を左右に振った。
ギュンターは綺麗なその顔を涙と鼻水でいっぱいに……しているのは見なかった事にしてユーリはそっと目を逸らした。
「それで、ヨザックが必要だったんだね…」
「はい。サクラ様の居場所を知ろうと思いまして」
不意に、ユーリは、いつもだったら冷静に指示を出す、グウェンダルとコンラートが何も言葉を発しないのに、不思議に思って彼らを見た。
そして後悔する。
――怖ッ!
グウェンダルから漂って来る冷たいオーラと、隣の護衛から漂ってくるオーラに、乾いた笑みと身震いした。
「ヨザックは今何処にいるんだ?」
地を這う様な低く、怒りを押し殺したコンラートの声が聞こえた。
「仕事で近くにはいない」
グウェンダルもまた――普段よりも低い声で答える。ふと、グウェンダルは何かに気付いた。
「この所々にある記号はなんだ?暗号か?」
「…記号?」
「あ、それ、あたしも気になりました。居場所を記してるのかしら?」
魔族組は、希望を持ってサクラが書いた紙を覗き込み、思考する。
「あの〜それは…」
「陛下、これの意味が判るのですか?」
「判るも何も…」
真剣に考え始めた三人にユーリは思わず笑った。ギュンターはまだ隅で泣いている。
コンラートは唯一答え握っているユーリに、目を細めて見た。
「何ですかッ!」
「ちょ、落ち着いて、オリーヴ!」
「それに意味なんてないよ。顔文字って言って…よくメールで表情を表現する時に使うんだ」
「メール?」
「……手紙みたいなもんだよ」
「――では、このwとやらは?ここに連続で書かれてあるが…」
静かに疑問を口にしたグウェンダル。
「ああ、これは…(笑)ってこと。深い意味はないよ」
「そう、なんですか……」
ユーリが答えたのは尋ねた長男ではなくオリーヴで――…彼女は呆然としてひたすら文面を眺めていた。
「では…」
「「「――これは…?」」」
憂い顔のオリーヴと、長男と次男が声を揃えて、手紙の下に描かれている“モノ”を指差した。
三人とも神妙にそれを眺めている。
「え、それは…」
真剣な表情の三人組に、ユーリは目を泳がせた。
「「「…それは?」」」
「ただのイラストだよ。深い意味がある訳じゃない…と、思う」
「ですが…ここにワカメ大使って、書いてありますが……」
そうサクラが書いた文面の下には――可愛いとも似つかない…否…良く見ると可愛いかもしれないけど……微妙なキャラクターが描かれていて、その横に丁寧に“ワカメ大使”と書かれてあった。
「(サクラって……)」
――絵が下手だったんだな…。
ユーリは憐みの目で、そのイラストを眺めた。
サクラは、ルキアや白哉より、はるかに己は絵が上手し!――と、本気で思っているのだが…そう思っているのは、本人だけで。サクラのいない所で――…漆黒の姫は絵が壊滅的に下手であると、臣下達にバレてしまったのであった。
――はははっ、サクラ…ドンマイ。
「って、こんなことしてる場合じゃないって!早くサクラを探そうよ」
「そうだな、だが…無闇に探したところで見つからないぞ」
「う゛」
無闇矢鱈に探しに行き出そうとしていたユーリに、グウェンダルは釘をさした。
「その必要はありません!」
どの場所から探そうかなんて思案しあっていたら――…今度は赤い髪の女性が乱入して来た。
「――ぁ、アニシナッ!」
「ひっ、アニシナですって!?」
赤いこの女性は、アニシナという名前なのかーと、ユーリは思い…何故か、聞き覚えがあって小首を傾げた。
グウェンダルは震える声音で、彼女の名を紡ぎ――そしてその声を聞いた途端、泣いていたギュンターが、今度は目に見えて青ざめた。
効果音をつけるなら、“サー”。
サーッと顔の血液が下がっていくギュンターとグウェンダル。
「何故、必要がいらないの? ひょっとしてサクラ様がいらっしゃる場所を知ってるの?」
アニシナと仲がいいオリーヴが、疑問を口にした。
「おや、オリーヴもいたのですか。――サクラはわたくしが発明した“ああ、旅にいきたいぞう君”で、旅に行きました」
「なっ!」
「サクラ様をもにあたにしたのですかっ!?」
「……何…、サクラは無事なのかッ!」
二人仲良く震えながら――声を荒げたグウェンダルとギュンター。
そして、サクラがもにあたになったと訊いて、目を鋭くしたコンラート。
ユーリは、皆が何でアニシナに――こんな反応をしているのか判らず、困惑していた。
「そうです、サクラは男は情けないと自ら生きる事を選んだのです! そんな彼女の心意気に私は感銘を受けました。なら、わたくしがその願いを叶えてあげましょうと」
「でも、アニシナ…サクラ様は漆黒の姫なのよ? そうでなくともあたしの大事な方なの…サクラ様に何かあったら……あたし…」
グウェンダルとギュンターの震える声や、コンラートの鋭い声にも、耳を傾けなかったアニシナだったが――その碧い瞳を、陰りを宿したオリーヴへと向けた。
「…そうですね……、わたしくしはサクラの事は応援したかったのですが…、オリーヴを悲しませたかった訳ではありません。―――いいでしょう。教えて差し上げましょう。 彼女が“ああ、旅にいきたいぞう君”で、向かった先は―――…
―――パプリカです!」
「(パプリカって…)」
声高々と、土地名を言い放ったアニシナに…ユーリは地球の野菜を思い浮かべて、苦笑した。
「「「「―――ッ!!!!」」」」
そんなユーリとは真逆に、目を見開いたギュンター、オリーヴ、グウェンダル、コンラートの四人。
瞬時に空気が凍った。
「――?」
――パプリカ。
その街は、国境付近のこじんまりとした街で―――……ここ最近良くない噂が立っていた街。
「な、んで…そん、なところに……」
「(危険視していた街だったのにッ)―――サクラ…」
オリーヴとコンラートの悲痛な声は、室内に煙の様に消えた。
「なんですか。パプリカだと何か問題があると言うのですか!――これだから男という生き物は…」
深刻な顔へと変えたグウェンダルに眉をひそめて、アニシナはぶつぶつボヤキながら、部屋を出てった。
アニシナが動く度に、揺れる一つに結っている赤い髪を見つめながら――ユーリは、
「あの勇ましい女性は…一体誰…」
ボソっと疑問を口にした。
だけど、アニシナと親しそうだったグウェンダルや、いつもユーリに過保護なコンラートでさえ、口を噤んでいた。
それは――…サクラの事が心配で、声すら聞こえなかったのか――赤い彼女が怖かったのか――…ユーリには判らない事柄であった。
ギュンターは最早、再起不能な状態に。
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