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――あれ?
日本刀は確かに青龍だったけど…コンラッド達と一度も会ったことがないと思うのだが。
《主、それはちょっと事情があるのだ》
『事情?って、サクラさんって…私の事なのか?』
《あぁ。時空が歪む故、詳しくは言えぬのだが》
『それって…』
《このまま時が来るまで記憶喪失にしておけ。あれこれ検索されると主にまで影響が出てしまう》
『うむむ。うぬ?ここは…』
見渡すと桜の並木道の中で、木々は大きな大きな海と言っても過言ではない大きさの湖から生えておる。現実では有り得ぬ空間。
その中で私は、ふわふわ浮いておった。
『いつの間に精神世界に…そう言えば、何故今までここに来れなかったのだ?霊力はあった筈なのだが…』
そうここは己の内、つまり精神世界。 周囲を確認したのち、サクラは転生してからの疑問を青龍に口にした。
辺りは静かで、二人だけの世界にサクラの声は響く。―――さわさわと心地よい風が青龍とサクラの間に流れた。
《それは、主の魔力のせいであろう》
『魔力?死神の次は魔族か。もしかして朱雀が出てこれぬのもそのせいか?』
《この地では霊力でなく魔力しか使えん。主よ…魔力の使い方を学ばないと、我らは出て行けぬ。 今も我を霊力で具現化した故に、主が倒れないようにここに連れて来たのだ》
『それで…』
《主よ、もう戻れ》
更に質問を青龍に問う。だが、彼は答える事はしなかった。
風が吹いて、桜の花びらが舞った途端に水のシャボン玉の大群が顔面目掛けて突っ込んで来て、
『うぉっ!』
――青龍めっ。荒業すぎるぞ!!
サクラは現実世界に強制送還された。
□■□■□■□
口から全身まで圧迫を感じて、気づくと背中に温もりを感じた。
その暖かさを支えに苦しみに堪える。
「サクラ…」
『コン、ラッド…ゴホッ!!ゴホッ!』
「大丈夫ですか?」
『なんとか…な』
コンラッドが背中に手をあててくれているお陰か、幾分楽になった。
『(暖かい)』
「急にしゃがみ込むからさーびっくりしたよ。大丈夫か?」
コンラッドに支えてもらいながらユーリ達を見ると、どうやら、青龍と会話して数分にも満たない時間だったようだ。
「それにしても、剣?人?消えちゃったけど…」
『あれは…』
呼吸が整ったサクラにおそるおそるユーリが問うてきた。 ギュンターもヴォルフラムも、グウェンダルも私が話し出すのを見守っておるので、隠しても無駄かと諦め、霊力と魔力の下りから斬魄刀の話までした。
死神の話まではせぬかったが、あらかたユーリ以外は知っているみたいであった。別段驚いておる風ではなかったから。サクラさんとやらが、(たぶん私なのだろうが…)話していたのであろう。
ユーリは斬魄刀の下りで驚愕していた。――まぁ、霊力で具現化出来るとか非科学的だしな。
霊云々なんて、視えなければ普通は信じぬのだけれど、ここにおる皆の目は当たり前に信じてくれて、ちょっとどころか、だいぶ嬉しかった。
『つまり、この剣は私のであったのだが…それでもやはりコンラッド達の事は……憶えておらぬのだ。すまぬ』
知らぬのだから覚えてないのは当たり前の様な気もするが、それでも青龍が何かを知っておるのは事実なので、罪悪感が込み上げてくる。
妙な沈黙の末、
グウェンダルは、ただ「そうか」とだけ答えた。 それでも記憶はないので、何と言えば善いのかこの空気をどうすれば善いのか考えあぐねておると、
「これからは一緒にいてくれるのでしょう?」
と、コンラッドに優しく微笑まれた。
『あ…あぁ』
未だ背中を支えて貰っていたので、近距離での微笑みに口から心臓が出そうになった。――つまり、トキめいたのである。
コンラッドは、爽やかに接してくるから苦手だ。
――あれは計算されている! シャイな日本人には対応に困るのだッッ!!
サクラは不自然に目を左右に動かした。
「ホントだな?もうボクを置いて行くなよ!」
『えっと…ヴォルフラム、判った。約束しよう。何やら皆に心配をかけておったみたいだ』
「ふんっ!やっと分かったのか。へなちょこめっ!!」
『へなちょこって…』
地味にショックだ。視線がかち合ったユーリと顔を見合わせて笑った。
「こらー!ユーリっ!!何を見つめあっているんだっ!!この尻軽めっ」
――尻軽…。
思わず絶句しておると、ユーリが何か言いかけたようだが――ヴォルフラムに怒鳴られながら追い掛け回されている。
そんな光景を見て、大人組に和やかな雰囲気が漂う。だが、コンラッドだけはサクラを見つめていた。
その様子に誰も気づかなかった。この時、このコンラッドの企みに誰か一人でも気づく者がおれば何か変わっておっただろうか――…。
「サクラ」
『んあ!すまん、もう大丈夫だ』
寄りかかっておったままだったので、コンラッドから距離を取ると右腕を掴まれた。
『うぬ?――コンラッド?』
「サクラ」
穏やかに自分の名を呼んでくれるコンラッドの声は心地いい。 けれど、何やら企んだ笑みを浮かべてらっしゃる。
瞬時に背筋が凍った!
コンラッドとは数時間と言う短い付き合いだが、その微笑みは何処か怪しげな笑みだと判る。
思わず誰かに助けを――と視線を逸らした瞬間――…
パチン
____左頬に痛みが走った。
『え?』
なぜ?何故ビンタ?
軽い衝撃だった為痛くはないが、頬を触りながら困惑気にコンラッドを見つめた。
何か気に食わない事でもしてしまったのだろうか、と、頭に疑問を浮かべ目の前におる彼を凝視するが――コンラッドは相も変わらず微笑んでおる。 怒っておる感じではない。
「コンラッド!取り消せっ!!直ちに取り消せっ!!!」
「コンラート…本気か?」
「お前…」
「コンラート貴方、取り消すのですっ!私のサクラ様は渡しませんっ!」
「ギュンターのでもないだろう。サクラ、右頬をこちらに」
『え…??』
上から、ユーリ、グウェンダル、ヴォルフラム、ギュンターと。それぞれが焦ったように声を発した。
何やらまた騒がしくなったと周りを見てたら、コンラッドに右頬まで強請られる。
『私は何か癪に障る様なことをしてしまったのか?』
「いえいえ、サクラは何もしてませんよ。さ、そんな事より右頬を」
『そんなに殴りたいのか?』
「やだな、殴りませんよ。見るだけです」
何故、殴った上に関係のない右頬?と思いながらも、コンラッドからの笑顔の圧力が凄まじかったので左側を向いて右頬を見せた。
私は、その時の異様な光景を忘れないだろう。
ギュンターは、涙でヒステリック気味にハンカチを噛み締めていて、ユーリとヴォルフラムは仲良くムンクのような顔して叫び、グウェンダルはひたすら己に憐みの目をくれた。
―――そして――…。
コンラッドは、それはもうこの世の全ての女性が落ちるだろう爽やかスマイルで、
「婚約成立ですね」
っと、ほざいた。
『へ?』
(こんにゃく?)
(婚約です)
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