1-3
ポカーン
その言葉につきる。
ポカーン
今さぞかし私は、アホ顔を晒しておるのだろう。
だがしかし、頭が現状に追いついてくれぬのだ、仕方がないであろう。
コンラッドに連れられて入った部屋には、既にユーリやギュンターがおり、その他に眉間の皺が凄い事になっておる男性と、これまたものすごく可愛いらしい顔をした美少女らしからぬ金髪美少年が――…。
___そう少年がいたのだ。
ここには美形しかおらぬのであろうかと、半ば唖然していたら――…ユーリが爆弾を落としてくれた。
「信じられないかもしれないけど……」
と、前置きをして言いにくそうに口を動かすユーリを見つめる。
『うぬ』
「ここは地球じゃなくて、異世界なんだ」
『……』
この世界の説明をするユーリと、その説明を訊いて顔を顰めるサクラの会話を、室内にいる人達は固唾を呑んで見守っていた。
そして冒頭に至る。
『……う〜ぬ…』
あの世界とは違うとは思ってたけど…まさか黄泉の世界が異世界になるとは思わぬかった。
ここが異世界だと言うのは本当の話なのだろう。地球とは違う力を感じていたから、納得できる。
しかし、気になるのは、同じく地球で死んだと思われる渋谷有利がここにいる人達を従えているって点だ。コンラッドとギュンターだけでなく、見た所、金髪美少年と眉間の皺が凄い男性も、渋谷有利を立てている。
彼等のユーリに対する態度を観察しながら、私は思考に耽っていた。
「そんで、実はおれ……王様って言うか、ここの魔王なんだよね」
言いにくそうに口を動かしたユーリに目を向ける。一瞬、思考がフリーズ。
『…王様?』
「う、うん」
『しかも…魔王!』
「うん」
『ユーリが!?』
魔王って…、魔王と言ったら最終的に倒されるラスボス!私は驚いて、思わずユーリに向かって指をさしてしまった。
「ッ信じられないかもしれないけど…妄想でもなくて、現実なんだ。おれだって何度夢だと現実逃避したくなったことか……」
『…魔王…ユーリが…』
尚も説明を続けるユーリの言葉を訊かず、サクラは上の空で、脳裏にある人物を浮かべていた。
――魔王と言って思いつくのは…。
理性もかけらもなくて、殺戮大好きで最早それしか頭にない様な……そう!あの十一番隊の更木隊長の様な悪の塊で。
――…ラスボス。ユーリがラスボス。正義感強い癖に、ラスボス??
そう、渋谷有利は真っ直ぐな性格で、正義感が強いと中学でも有名だったのを憶えている。
『魔王と言えば…』
ラストには勇者に…。勇者に――…。
「サクラ?」
『はっ!ユーリ……』
「なんだよ!その憐れむような目は!!しかも全部声に出てたからなっ!! ってそーじゃなくてっ!異世界だって所には驚かないのかっ!?」
『あーその様な感じがしたしな。 私は、そんな事より貴様が魔王だって所に衝撃だ。まさかまさか同級生が人外だとは思わなくてな。ぷっ』
「人外って」
『それに王様だと申している事も疑っておらぬよ。ユーリを守るように、コンラッドもギュンターも立っておったし。コンラッドは王である貴様の護衛なのだろう?』
こちらに流れ着いた初対面で、コンラッドに剣を向けられた事を口にしながら、壁側で見守っているコンラッドとソファーに座っておるユーリを交互に見つめる。
途端コンラッドが、苦しそうな表情を浮かべたので、私は小首を傾げたが――…ユーリに視線を戻す。
『あ、馬鹿にしておる訳ではないぞ? 正義感が強いユーリなら善い国なのだろう』
ユーリは呆れた表情から、曖昧な表情へと変えた。
二人の会話を見守っておった奴等の間にも気まずい空気が流れる。
「いや〜魔王になったの最近でさ」
言われてみれば何処となく室内がピリピリしておる。
――なるほど。眉間の皺の男性は、どうやらユーリに友好的ではないらしい。
魔王と言ってもゲームとは違って、国の王となんら変わりはないのだろう。 何処の国でも組織には綻びが出る。それをどう修正するのかはユーリの腕次第だが。
『あ、ユーリが王様ならば話は早いな』
気まずい空気を払拭するかのようにそう切り出したサクラに全員の視線が集まる。
ユーリを除いた全員が、王に話しがあると言いだした彼女の目的に首を捻った。彼等は知らない、サクラが寛大な勘違いをしていると――。
『こちらの規則を教えてくれ』
地球で死んだユーリが、王様の地位に就いているって事は、彼はかなり努力をしたのだろう。
私も死後の世界で生きていくのならば、早く職に就かなければ。こちらは、魔族が死神みたいな存在なのかなー?と小首を傾げる。軍事国家のようだから、私も軍に入れば――…。
「規則?なんでまた…」
『お金もないから働かなければなるまい?』
疑問符を浮かべるユーリに、私は何を言ってるのだと片眉を上げる。
同じ道を辿ったのだから、ユーリだって私の気持ちが判るだろうに。
『おっと、そう言えば、ユーリはどういった感じでここに?私は川で溺れて死んだようだが――…』
「………は?」
きょとんとしている魔王を見遣って、私はまさかと瞠目した。
『死んだ記憶がないのか?あー…すまぬ、それは私が考えなしだった。私は、先程死したばがりだから、記憶が鮮明で…』
「ちょっ、ちょっと待って!おれ死んでないから」
『うぬ?』
話しがかみ合ってないような気がして、サクラもユーリも同時に顔を傾ける。
その様子を見守っていたギュンターやコンラッド達は、サクラが勘違いをしている事に気付いて苦笑した。どうやら、彼女は地球とやらで死んでこちらに来たと思っているらしい。
「サクラ」
今まで黙っていたコンラッドが己の名を呼んだので、ユーリからコンラッドに視線を移す。
コンラッドは、柔らかい声音で私の名を呼ぶので、くすぐったい気分になる。彼が誤解していた人とは別の人間だと話したのにも関わらず、コンラッドは変わらず愛おしそうに私の名を紡ぐのだ。
「サクラは、死んでませんよ。もちろん陛下も」
「陛下って言うなよ!名付け親ッ!って…そうだよ、サクラ!!おれ、死んでないし!何でそんな事を思ってんの!水から流されただけで、死んでないからねッ!!」
「そうですよ、サクラ様!!サクラ様はちゃんと生きておられます!死んだなんて…そのような事、簡単に口にしないで下さい」
切なそうに乱入して来たギュンターの様子に、私は驚きながらもこくりと頷いた。
ギュンターが勢いよく私の前へと来たため吃驚したが、彼の背後で、眉間に皺を寄せている男性と、美少年も、顔を曇らせているのが目視出来て、私は内心小首を傾げる。コンラッドも何処か悲しそうで。
――死んでおらぬのかー。
『ならば、ここは死後の世界ではないのか?』
「そうだよ!ただの異世界…ただのって言っていいかわかんないけど」
って事は、なんらかのアクシデントで己は異世界へとやって来てしまったのか。ならば、ちゃんと家に戻れるのだな。
苦笑するユーリを見て、思う。私は意味もなくやって来てしまったけど……ユーリは魔王なのだから、必要とされて行き来しているのだろう。
ユーリも大変なのだな…と他人事のように考えていたら、突き刺さる二人の視線に気付いて、口を開く。
『そー言えば…そちらの眉間さんとそちらの美少年君は?』
「そちらに立っている不機嫌そうにしているのが、フォンヴォルテール卿グウェンダルで、「ボクはフォンビーレフェルト・ヴォルフラムだ。お前!本当にボクの事が分からないのかっ!?」
――…ヴォルフラム……」
名を尋ねるとギュンターが答えてくれて、ヴォルフラムがなにやら吠えてきた。
ギュンターは一応会話に乱入した彼を諌める言葉を紡ぐが、彼もまた悲しげな表情を受けべる。
「何言ってるんだ、ヴォルフラム?」
ユーリは不思議そうにしておるが、眉間の皺が凄い事になっておるグウェンダルは、こちらを睨んでいる。
『(なんなのだ?)』
「ボクはっボクはずっと、あれからずっと待っていたのにっ!」
ヴォルフラムが泣きそうな声でそう叫ぶと、室内は静寂に包まれた。
その言葉は明らかに私に向かって放たれたもので。皆の視線がサクラに集まる。
――だけど、身に覚えがない。
あるはずがないのだ、ここに来たのは初めてなのだから。
なのに――…泣きそうなヴォルフラムに、沈黙を貫いているグウェンダル、唯一味方してくれそうなギュンターやコンラッドも沈黙していて助けてくれそうにない。
『先程も、ギュンターやコンラッドにも間違われたが、私と貴様らは初対面だ。その、私に似ているサクラさんと言う人物とは全くの別人なのだが…』
ヴォルフラムとグウェンダルの二人の眼差しは確実にサクラを責めており、だが私には身に覚えが無いので、困惑しながらもそう発言すると、「記憶喪失か?」と己の記憶まで疑われた。
『私は正常だっ!』
この場が記憶喪失で場が纏まりそうなのに怒りを覚えておると、コンラッドとユーリに宥められる。
『だがっ!人を記憶喪失呼ばわりなどとっ!!私とその人物は別人だと言っておろう!!』
興奮してそう叫ぶとコンラッドは「そうでもないかもしれません」と言い、腰に下げていた日本刀をサクラの前に差し出した。
その日本刀に釘づけなサクラを見据え、コンラッドはさらに言葉を紡ぐ。
「この剣はそのサクラさんと言う人物から預かっていた物です。見覚えがありませんか?」
見覚えがある訳がない。そう申したかったが、目の前の日本刀から目が離せぬ。
そんな事があるはずがない。だけど――その日本刀は――…
『青龍?青龍なのか…?』
皆の目が見守っていると分かっているが、手が震えて日本刀に触れられぬ。
――怖い。
期待して、もし違っていたとしたら。今度こそ立ち直れぬ。
この十五年、何度名前を呼び続けた事か。その度に落胆して絶望して。期待してまた違うのだと突きつけられたら、私は――…。怖い、絶望するのが怖いのだ。
――だけど…。
「見覚えがあるんですね?」
穏やかに包み込むように優しくコンラッドから刀を渡されて、涙があふれた。
久しぶりの懐かしい日本刀の感触に。コンラッドの優しい声音に――涙があふれた。
――嗚呼、忘れる筈がない。
――見間違える筈がない。一緒に苦楽を共にした己の斬魄刀なのだから――…。
《我が名を呼べ――我が主。 今一度我が名を――…》
刀を抱きかかえながら蹲っておると懐かしく恋焦がれておった声が聞こえた。 その声にそっと笑みを浮かべる。
『嗚呼…待たしてすまなかった』
そして――私も待ちわびた。
『全ての命に潤いを我らが青龍』
そう呟いた瞬間、サクラの回りが光輝く。
しばらくしてコンラッド達の目に入ってきたのは、青い長髪の男性がしゃがみ込むサクラを抱きしめている所だった。
(待ちわびた己の魂の半身)
(眞魔国で出会ったのは、己の大切なもの)
(それを見て嫉妬する俺は心が狭いのだろう)
(自覚しているさ)
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