8-10



――――別れは突然やって来る―――……。




「サクラっ!」

『……ユーリ?』


グウェンダルはニコラとゲーゲンヒューバーの件で、グリーセラ家に赴いている為この城にはおらず。

ギュンターは何やら日記を書くのに忙しいらしく、彼等に構ってもらえなかった私は、ラザニア達メイドと楽しくティータイムを楽しんでいたのだが――…。

青色い顔で血相を変えながら乙女の室内に乗り込んできたユーリに――…私は、どうしたのかと目を丸くした。

ラザニア、サングリア、ドリアの三人は魔王であるユーリが乱入して来たと同時に、キャっと黄色い悲鳴をあげて席から立ち上がって、背筋をのばしている。


「ふんッ」


……オリーヴは鼻を鳴らしていた。


ユーリの後ろからは、不機嫌を隠そうともせずムスッとした表情のヴォルフラムがついて来ていて――…さらにその後ろには護衛であるコンラッドが若干困ったような表情を浮かべて立っていて。



――何だ…、何かあったのであろうか…?


『どかしたのか?』

「サクラッ」

『――ぬをっ』


周囲の困惑の表情に目もくれず――…ユーリは私の両肩を掴んで揺り動かすではないか。一体、何だというのだー!

よく見るとユーリは全身ずぶ濡れで。掴まれた肩から、じわ〜っと温かい水分が染みてくる。


『ユー…』

「帰れないんだ…帰れなくなっちゃったんだよッ!おれたちッ!!」

『――ぇ…』

「帰れなかったんだ……」


――何を言っておるのだ…ユーリは。


言われた事を理解したくなかった。


「おれ…さっき風呂に飛び込んだんだけど……帰れなかった…」

『そ、んな…』


顔の筋肉が全く動かぬまま…ユーリの言葉を聞く。

理解などしたくなかった。だけど、現実は時として無常で…残酷で。理解した途端――…可笑しくもないのに笑ってしまう。


『帰れぬとは…』

「…帰れないんだ…おれたち……」


二人の間に重い空気が流れ――…周りにいたメイド達は困惑した。


『そ、んな…莫迦な、こと…が……』

「何を言ってるんだ!お前達は!」


現実を受け止めたくないサクラとユーリに、眉間に皺を寄せたままのヴォルフラムが声を荒げた。

二人は、のっそりと彼に目を向ける。


「ユーリ、お前はこの国の魔王で、サクラはこの国の漆黒の姫君だ。お前達にとって帰るといえばこの城だ。 ずっと、半永久的に、永遠にいるのが当たり前じゃないか」

『そうだとしても…』


――そうだとしても、いきなり帰れぬなど…あまりにも横暴ではないか。



「なんで、なんで帰れねーの? 前もこの前もそうだったじゃん。それなりに一生懸命、ベストを尽くして事件を解決すれば、ステージクリアで帰れただろ!? 今度だって魔笛もゲットしたし、そっくりさんも……対して似てなかったけど、無事に保護したし、ノーマルモードレベルとはいえ、どうにか作戦成功だろ。 なのに…なんで帰れねーの? セーブできねぇの? もう二度と向こうに戻れないんだとしたら、おれこのまま眞魔国でどうなっちゃうの!?」


ユーリも現実を認めたくなくて、ムキになって喚く。

そう理論上は帰れる筈なのだ。私も、ユーリの言い分に何度も頷いてみせる。





「魔王として、姫として、暮らすんだよ」


「ッ!」

『――ッ!』


まっすぐ向けられたエメラルドグリーンの瞳と共に―――……ユーリと一緒になって息を呑んだ。 考えが甘いと見透かされた錯覚に陥る。



「でも帰れないなんて……考えてもみなかったんだ。 だって日本に戻れなったら、西武が優勝できるかどうかも見届けられないじゃないか。 伊藤さんからインサイドワーク学ぶこともできないじゃないか。 それどころか野球が二度と観れないじゃないか」

「新しい球技団体を設立すればいい。 国技にするって息巻いていただろう」

「おれまだそんな、上級者じゃねーもん」


彼等が側で会話を続けておるのを他人事の様に聞く。

“昔”の記憶ではユーリはちゃんと地球に帰っておったのに……。やはり私がこちらの世界に関与してしまったが為に、何かが変わってきているのだろうか。

私が産まれ落ちた事により、己が知っておる世界ではないと判ってはおるが――……だからこそ不安になる。

このまま……ユーリと一緒に地球には帰れぬのではないだろうか――と、不安に襲われる。



「それにチームも学校も、友人も……村田と結城だっておれが沈んだきり浮かんでこなかったら、驚いて責任感じるだろうし」


ポツりとユーリの沈んだ声が私の心を更に重くした。


『(…結城)』

「だったら……どうしよう……家族に何て言おう……いやもう何一つ言えないのかも。おれにだって妻子が」

「妻子がいるのか!?」

「こんな時に揚げ足とるなよっ、親兄弟だよ、おれにだって親も兄貴もいるんだ、急に家族に会えなくなるなんて……そんなばかな、そんな理不尽なこと」


『…結城……』


そうである、私にだって家族が――…まだ幼い弟が私を待っているのだ。 是が非でも帰らなければならぬのだ。







「解らないやつだな」


ヴォルフラムの声が室内に静かに木霊する。



「ユーリ、サクラ。お前たちは、この世界に属する者だ。 魂の属する場所からは逃げられない」



その言葉が、その声が、私を絶望へと突き落とした。


――魂の属する場所――…。

それが私にも当てはまるのであれば……彼等とは…もう会えぬというのだろうか。

走馬灯の様に脳裏に、結城や――…一護やルキアに白哉、冬獅郎に…乱菊達が――…浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。





「…サクラ」


やり取りを見守っておった筈のコンラッドが、心配げに私の肩に触れたけれど……私にはそれが最終宣告を引導されたように思えて。

ずっしり触れられた肩が重く感じた。





絶望…その二文字が私を支配した。






――第二章完――


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