8-9




ピカっと空が光ったかと思えば、雨が降るどころではない豪雨に襲われた。

砂漠の熱気と冷たい雨に打たれながら、どんどん視界が悪くなる。


『…雨』


先程まで私達を照らしてくれていた月の姿はなりを潜め――…代わりに空には、暗いくらい雨雲が浮かんでいた。 不穏な音まで聞こえる。



“昔”雨が降る度に、自責の念に囚われていたオレンジ頭の青年を思い出す。



――思えば…あの世界で雨に善い思い出が無い。

大切な――…大切だとルキアが慕っておった海燕も、

霊感があるが故に――…大好きだった母親を虚に捧げてしまった一護も、一護の窮地に庇って剣の錆になってしまった私も――…。

思い出したくはない、だけど忘れてはならぬあの瞬間(とき)、あの場所で――…必ずと言っていい程“雨”が降っていた。

己が死んだ時も…冷たい雨が頬を濡れしてた。中には一護達の涙もあったであろうけど。

段々力が抜けていく中で感じたのは沢山の悲鳴と嗚咽と――冷たい、冷たい水滴。


『雨、か…』

《サクラ…》

『ふっ、すまぬ…。私は…いつまで“あの世界”を切望すれば気が済むのであろうな』


あの世界と“今”降っている雨は同じではないというのに…感傷的になってしまって。サクラは自嘲的な笑みを零した。





『さあ、早く帰ろう』



――丁度、視線が合ったユーリとコンラッドを見て思う。

あの世界を忘れる事は出来ぬけれど――…今、この瞬間は二人の元へ帰っても善いかな。

地球では、結城が私の居場所、守べきモノ。


そう、それで善い。今は…それで善い。


雨に打たれながらも―――私に向かって笑みを見せてくれる彼等に涙が出そうだった。





――今はまだ…どちらかは選べぬけれど。…君達が私の居場所。







 □■□■□■□



「ではライアンはわずか五日足らずで、あの凶暴な砂熊を手懐けたというのですか!?」


あれから、姿が見えなかったと言うコンラッドの部下であるライアンが――あの砂熊を手懐けて、そのお蔭で砂熊の巣を通して追っ手から逃れる事が出来たのだった。

時間稼ぎの為に、サクラが兵士の前に飛び出した件については……ユーリとオリーヴを含め、魔族似てねえ三兄弟から冷たい眼差しと共に説教を頂きマシタ。皆、過保護すぎる。


「らしいな、俺も驚いた。 無類の動物好きだとは聞いていたが」

「凶悪パンダをしつけちゃうとは思わないよなー」

『見た目は可愛いのだがな…如何せん凶暴なのが、な…』


キラキラした瞳で、戻って来た私達を出迎えてくれたギュンター。否、嬉しいのだが…彼が身に着けておった服装に一同は目を剥いた。


「陛下とお気持ちを共にするべく、お召し物を誂えさせていただきました。 これでもう離れていても心は一つ、いつでもお傍にいられます!如何です?」

「そんな、森の音楽家みたいに訊かれても……ていうか、随分ぴちぴちじゃねえ?」


そう、ユーリの優秀な王佐である彼は――…今回こちらに来た時にユーリが来ていた服と同じデザインでしかも同じサイズのものを新調して、着ていたのだ。

もちろんユーリに合わせたサイズのTシャツだった為…ギュンターが着ると、体の線が判るくらい…ぴっちぴっちであった。

子供の服を体格の善い男性が、無理やり着てるような感じである。

町でこんな輩を見たら…見て見ぬふりをするのが常だが……何故だろう、こんな彼に出迎えてもらえると帰って来たな、と実感が持てるのは。――謎である。

私は、思わずギュンターから目をそらし遠い眼をして首を捻った。





「それにしても初めて手にした魔笛を吹きこなされるとは、さすがは陛下。 音楽にも並々ならぬ才能をお持ちです!」

「日本の子供は殆ど吹けるけどね」

『うぬ、私も吹けるぞ。……魔笛はまだ試しておらぬが』

「…あ、あはは」


頬を膨らませながら、横にいたユーリとドア付近に立っておるコンラッドを見てそう言ったら――…ユーリは乾いた笑みを零した。

コンラッドは意味深な笑みを受けべ、そんな微妙な空気の変化に気付かぬ興奮気味のギュンターは、またも寛大に声を上げた。


「なんという高尚な音楽教育でしょう! 魔笛の奏者を養成するのが目的ですか?」

『…魔笛ではなく…似たような笛があってな、その笛の授業があったのだ』


ギュンターは興奮気味だったが、魔笛を布に包む動作は優しく慈愛の眼を浮かべて、笛に触れている。

彼が鼻血を出しておらぬかったら――…それはそれは絵になる光景であったのに。……実に残念だ。

ギュンターの容姿に引いたのか、はたまた飽きたのか判らぬが…ユーリは戻ってからグウェンダルに貰ったあみぐるみについてコンラッドと話している。 なので、ギュンターの相手は私が一人でしていた。

どうやら――…ユーリは白いライオンを貰ったらしい。因みに私は、白いネコちゃんを貰った。

私にもくれるとは思っておらぬかったので、酷く驚いたものだ。

グウェンダルがユーリに渡す分には納得できるのだ。

あの夜――…乾いた砂地で、彼がユーリに何の動物が好きなのか聞いておったし、臣下であるグウェンダルが魔王であるユーリに物を渡す行為は――……それは忠誠心を誓ったという事で。

それは、今回の魔笛探しでグウェンダルはユーリを魔王として認めたという証。



――ユーリだけでなく私にまでくれるとは……どんな意味合いで彼はこれをくれたのであろうか…?

受け取るのを渋っていたサクラにグウェンダルは半ば無理やり手に収めてきたのだ。

手の中にある…存在を主張しておる白いネコのあみぐるみを見つめる。


――まぁ…でも、


『(可愛いから…まぁ善いか)』


____深く考えぬようにしよう。


ネコのあみぐるみ――グウェンダルがこれを編んだのかと思い、ふっと笑みを零す。存外あやつは器用だな。





実の所、ユーリと同じくらいサクラに忠誠を誓っていたグウェンダルだが――…彼の想いは本人には伝わらず。

彼女の手の中にあるネコはひっそりサクラを見守っていて、コンラッドもまたネコに向かって優しく微笑んでいるサクラを遠くから眺めて微笑した。





(今回は――)
(魔笛とネコたんのあみぐるみ…)
(Getだぜッ)




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