8-7
『嗚呼ーやっと帰れるな』
今回の遠出はいろんな事があって長く感じた。
誰に言った訳でもないのに、ポツりと呟いた言葉に反応したのは――後ろから包み込むようにタンデムしていたコンラッドで。
「そうですね…今回はいろいろありましたからね、サクラも疲れたでしょう」
コンラッドは苦笑しながら馬を進めた。
私達の横には並行してユーリ達を乗せた馬車が走っていて、反対側には己の護衛オリーヴが馬を走らせている。
後ろには、やや大きめの馬車に――…眞魔国へと希望していた十数人の女性達が乗った馬車が走っていて、前方にはグウェンダルと彼の兵達が安全を確保しながら走っている。
マルタやノリカ達は後ろの馬車に。ニコラはユーリと横を走っている馬車に乗っていた。
暑い中、結構走っているが……懸念しておった追っ手の姿も見当たらず、順調に帰れるかと思われた。
行きより帰りの方がやはり気が軽い。
魔笛も見つかったし、コンラッドもヴォルフラムも五体満足であったし。私は、鼻歌を歌いたくなるぐらい機嫌が善かった。
そんな様子のサクラの様子に、またもコンラッドは苦笑した。
「だ〜!」
ヴォルフラムに膝枕されていた我等が魔王は突然声を荒げた。
『なんだ?』
「…なんでしょう?」
「助けてコンラッド! あんたの後ろでいいから、おれも馬に乗せてくれ!」
――そんなにヴォルフラムの愛が耐えられぬのか貴様は…。
なんだろう。呆れてしまうが…呆れてる筈なのに、ユーリが可哀相に見える。
必死に馬車の中から身を乗り出して叫ぶユーリに生暖かい視線を向けた。……何も言うまい。馬に蹴られたくはないしな。
「そう言われましても、俺にはサクラがいますし」
『……』
相も変わらずコンラッドは爽やかに恥ずかしい科白を放った。
素なのが――…尚更恥ずかしい。耳まで朱くなりそうだ。
「じゃあ車酔い。 おれ馬車酔いで、外の風にガンガン当たりたいからっ、連れ出して、こっからどうにか連れ出してくれよーっ」
『うぬぬ…コンラッド、では私が馬車に乗るからユーリを馬に乗せてやれ』
「ですが…」
お腹に回されていた彼の腕がギュッと力が籠った。 そんなコンラッドの腕に手を乗せれば、ピクッと動き――…私は、秘かに笑みを零した。
――こやつはそんなに私と一緒にタンデムがしたかったのか…。
結局、コンラッドをユーリと一緒に言いくるめ、そうでなくとも魔王であるユーリの申し出をコンラッドが嫌とは言えぬであろうが――…とにかくユーリと居場所を変わり、私は馬車に乗り込んだ。
そして目の前には不機嫌なヴォルフラム、その横には何故かキラキラした眼のニコラが。
ニコラのその表情を見て嫌な予感がした。
「ねえ、サクラは結局お兄様と…そちらの弟さんとどちらと結ばれることにしたの? 弟さんと仲いいみたいだけど……」
嫌な予感と言うものはよく当たるものである。
サクラは口元を引き攣らせ――ヴォルフラムは関わるまいと視線を逸らした。
『…いや…どっちって…』
――どっちとも結ばれぬって!
と、叫びたいが…右側からチクチク視線が突き刺さる。痛いくらい突き刺さっておる。――コンラッドだ…明らかにコンラッドがこちらを見てる。
答えにくい事この上ない。
告白されている身で――…下手に何も言えぬ。そこまで己も鈍くないと思う。
「もちろん俺ですよね」
ニッコリ爽やかコンラッド。だが…背後が黒い。コンラッドと一緒にタンデムしているユーリの顔は引き攣っていた。
私は思う。――それ以前に…グウェンとは一切何もないのだが、と。
誤解すら解けぬ雰囲気で。コンラッド以外を選んだら――…何か恐ろしい事が身に起こりそうで…。 黒属性って、腹黒いコンラッドって!恐ろしいッ。
サクラは身震いした。
『(肯定も出来ぬのだーあー)』
遠い目をしながら――…この妙な雰囲気をどうにか出来ぬか思案する。 目の前に座っておるヴォルフラムも、横で馬に乗っておるユーリも遠い目をしていた。
ニコラだけキラキラ。
『うぬぬ…あ゛ー』
「ねっ?俺ですよね?」
ギギギと彼を見遣れば…コンラッドは、否定は認めませんよってな力強い眼差しをしてるー。 正に“目は口ほどに物を言う”だ。
『ぬーあ゛ー。…――うぬ?コンラッド…コンラッド!』
何かに気付いたサクラが叫ぶように彼の名を言えば、僅かにコンラッドとニコラの顔が輝く。
『〜〜〜っ! 違うっ!パンダっ!砂熊っ、前方に砂熊が見えるぞ!』
「あっ、ホントだ」
「!」
コンラッドの背後で必死にしがみついていたユーリがひょっこり顔を出して同意してくれて――…教えて貰った内容に、一同に張りつめた空気が流れる。
砂熊の脅威は身に染みたから、私もユーリも…体を強張らせた。
『っ!?コンラッドッ!』
身を乗り出して背後を確認すれば――…スヴェレラの追っ手の兵士の軍が私達に迫っているではないか。
それを視野に入れた途端コンラッドの名を呼び、背後をに視線を促せば――瞬時にコンラッドの顔は険しくなった。
前には砂熊、後ろには追っ手。退路を断たれた状態で。
コンラッドは前方にいたグウェンダルに止まるよう合図をし、あの追っ手をどう打破しようか思案する。
『万事休す?』
ボソリと呟く。
《サクラ》
『うぬ』
現状を知った白虎が大きく姿を現してくれて、すかさずその背に乗る。
――とりあえずあの追っ手を蹴散らそうぞ!
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