8-5
――ない、ない…見つからぬ……。
『ぬっ!』
結構深くまで掘った穴に、溜息を吐きながら尚も奥へと手を突っ込む。と、手に何かが当たった。
――あ。
「コンラッド〜」
「何をしている!」
背後でユーリとヴォルフラムの声が聞こえて、三人とも振り返る。
「あ、サクラ、ノリカさんって知らない?探してるんだけど…どの女性に訊いても見当たらないんだ」
「…え」
ユーリはノリカの顔を知らぬ、だけど…ユーリがノリカを探す理由が見当たらなくてノリカも私も首を傾ける。二人は初対面だ。
『何故、探しておるのだ?』
「ニコラが、シャスさんたちを連れて来てくれてて、一緒に眞魔国に行こうって話になったんだけど……」
『ノリカなら…』
「あたしよ、ノリカはあたし」
「えっ!本当っ!?――よかった〜きっとジルタも喜ぶよ!」
「――え…、ジルタ……?」
嬉しそうな、弾ませたユーリの言葉にノリカは鼓動が早くなった。――そんな…まさか…ジルタが生きてる?いや、でも…。
目を見開いて止まった彼女には気付かず、ユーリは背後を見るように促した。
ユーリの背後を見ると、シャスがジルタを連れてゆっくりこちらに歩みよって来ているところで。
それを見たノリカは、これでもかってくらいに目を見開かせた。
「あ、あ、ぁっ」
ノリカの視界に、一人の男の子が映る。――まさか…と、思わず前に動こうとした手が震える。
私は、そんなノリカの背中を撫でて微笑んだ。
『あの少年の名はジルタと言うらしい』
――貴様の息子だ。
「ノリカ」
「おとうさん…」
静かにしゃがれた声でシャスさんが、ジルタを凝視したままのノリカの名を呼んだ。
「生きていたんだな…。ノリカ、こうして息子を会わせてやれるとは……」
その先は――…涙が潤んで声にならなかったけど、ジルタが反応した。
「おかあさん…おかあさんなの?」
「っ」
くりくりした碧い瞳にノリカが映る。二人はお互いの顔を涙を浮かべながら凝視した。 二人は何も言わなくとも判った。あの人が自分のお母さんで、あの子が自分の息子だと。
「ジルタ、ジルタなのねッ」
「おかあさん…。――おかあさんッ!!」
「ジルタッ!」
『…(善かったな)』
目の前で熱い抱擁をしておる親子にサクラは慈愛の微笑みを零した。
この場に居合わせたユーリやヴォルフラムだけでなく――…あのグウェンダルもまで優しい笑みを零し、二人を見守った。
「俺やヨザックは運がいい」
『うぬ?』
隣に立ったコンラッドが感慨深げに――ジルタとノリカを見ながらポツリと呟いた。
魔族と人間のハーフな俺達は…こうやって生きている。
「この場所には、同じ運命を辿った子供や女が、数えきれないくらい眠ってたんですよ。 全員が我々の関係者というわけではないですが、先程の光景を見た限りでは、誰もが解放を願っていたんでしょうね」
『……』
先程の光景とは…私が髭面の所長をタコ殴りにしたことであろうか…。それとも、ユーリが魔力を暴走したことであろうか…。
どちらを言ってるのか判らなくて、私は沈黙した。 そもそも…彼等は、何処から見てたのだ?
『解放されて…それが善かったのかは私には判らぬがな……まぁだが、髭面をタコ殴り出来たのはスッキリしたが』
一瞬、きょとんとしたコンラッドは…「ぶはッ」といきなり吹き出した。――…何故だ。
「俺たちが来る前にそんな事なさってたんですか」
『…(そこは見ておらぬかったのだな)』
「生きた者も、死んだ者も。 困ったことに警備兵も全員逃走したので、もうすぐ追っ手が編成されると思われます」
『う、うぬ?』
いきなり話を変えたコンラッドに、顔を向ける。
「大規模な追撃隊に追いつかれないように、夜のうちにこの場所を離れたいんです」
『ぬ、待て、その前にだな…』
早くと急かそうとするコンラッドに待ったをかけ、私は同じく温かい眼差しでジルタとノリカを見つめているユーリに近付き、右手に持っていた物を差し出した。
「え、なに?」
『貴様のだ』
「なんだ、その薄汚いモノはっ?」
「え」
渡したっきり何も言わないサクラに戸惑うも、ユーリは手元にある薄汚れた布を見た。固い何かを包んでいるみたい。
ユーリの隣におったヴォルフラムも、グウェンダルもコンラッドも、魔王の手元に注目した。
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