8-3
「それはそれでいいとして…」
コンラッドはサクラがグウェンダルを庇って怪我をしたと訊き、己の右腕を心配そうに…だけど何処か面白なさそうに見ていたが――ふと何かを思い出した彼はニッコリと、サクラに笑いかけた。
――ゾワッ
その笑みを見て私は、背筋が粟立った。誰もが見惚れるその笑みに、何故か私の本能は危険だと警報を鳴らしていて。
「サクラ、先ほどグウェンダルに守ると言われて、頬を染めていませんでしたか?」
『ぬ…?』
「仮にも婚約者がいるのに…浮気はいけませんよね」
『や、浮気って…』
「俺と言うものがありながら他の男に見惚れないで下さい」
『や、他の男って…仮にも貴様の兄であろう』
――なんだ、その言いぐさは!
まあでも少し見惚れた事は認めよう、うむ。だってグウェンダルってばイケメン!グウェンダルに限らず…魔族ってみんな美形。
目の保養は大事だと思う、うむうむ。
「サクラ」
『ひっ』
肯定も否定もしなかったサクラにコンラッドは目を細めた。
冷気が漂っておるコンラッドから視線を外したら――グウェンダルと視線が合い、自然と砂漠で彼に言われた事を思いだす。
「――コンラートの事をどう考えているのだ」
「あいつは真剣にお前のことを想っている。前回サクラ、お前が現れたときも見たこともないほど浮かれていた」
「何に苦しんでいるのか知らんが、コンラートに少しでも話してみたらどうだ。その抱えている物がコンラートに答えられない要因なのだろう? どんなことでも、お前のことならコンラートは嬉々として相談にのるはずだ」
コンラッドが本気だって事は――…判ってる。
こやつが、冗談や遊びでこんな事や求婚をして来たりするヤツではないと知っておるから。
だから…だからこそ、真剣に考えなければならぬと思っておるし…だけど私は“今”を見つめる事を避けている。
――今は…まだ……。
私が懸念しておる問題を――…まだ自分でも消化しきれておらぬのに、コンラッドには…口が裂けても言えぬ…。
溢れてくる“何か”には目を背け――淡い色した扉に何重もの鍵を掛ける。
私は、その先の道には行けぬ…。 背後の道を辿ってあの場所に辿り着けるかも…と、我ながら莫迦な考えを捨てられぬ故――……これでもかってくらいに扉を叩く“何か”に鍵を掛け心をガードする。
『っと…あ!そうであった! ユーリッ!マルタ…あー収容されておった女性達は無事なのか?』
サクラは、グウェンダルから目を逸らし、一瞬だけ顔を曇らせた。が、直ぐに話題を変えようと――傍観しておったユーリに話しかける。
「えっ!?えっ、あ、うん!無事、赤ちゃんも無事!」
急に話しかけられたユーリは少し戸惑ったけど、なんとかサクラに返事をした。
ユーリの視線に促されて前方を見れば―――……十数人の女性達がこっちを困惑気に見ている。周りには兵士や看守などはおらず、女性だけであった。
コンラッドとグウェンダルは会話する二人を…主にサクラを見ていた。――二人は一瞬だけ顔を沈ませたサクラの表情を見逃さなかった。
コンラッドとて、彼女が自分に何かを隠している事など当の昔に気付いている。
それを正面から彼女に訊かないのは、彼女の口から直接教えて欲しいから。
悩んでいるサクラを支えたいのに……思うようにはいかなくて、コンラッドはひっそりと拳に力を入れた。
『そうかー』
「あそこにいる人達は、魔族と関係があった人達で…どうやら眞魔国に来たいみたいで、俺みんなをこのまま眞魔国に連れて行こうと思うんだ!」
『そうか』
「いい案だろー」
『うぬ、善い案だ』
顔を輝かせてそう告げるユーリに私は微笑む。
ここにおる女性達もユーリが魔王なら安心であろうな…と女性を見ておると――…
――うぬ?ノリカがおらぬ。
マルタは見つける事が出来たが、ノリカの姿が見当たらないことに気付いた。
『(…何処に…)』
「サクラ」
キョロキョロとしておったら、爽やかな笑みでコンラッドに――肩に手を置かれた。
「先ほどの話の続きは、城に戻ってからに致しましょう」
『……ハイ(まだ続いておったのか)』
コンラッドはサクラが叫びながら起きた“薫”と言う人物が、男なのかはたまた親しき間柄なのか、尋ねたかったが――…それはまだ時じゃないと思い直して口を噤んだ。
「(サクラ…)」
周りをしきりに気にしている彼女を切な気に見つめた。そして彼女と視線がかち合う。
『ぬ?』
「俺は…この数日間、貴女に会えるのを楽しみにしていたのですが……サクラは寂しくなかったですか?俺と会えなくて寂しくはなかったですか?」
『――ぇ』
どうしたんだ…コンラッド。
何故だ――先ほどまでは黒かったこやつが、急に切羽詰まっておるのだ。私は少し沈黙してコンラッドの表情を窺った。
「…抱きしめてもいいですか?」
いつもだったら、コンラッドが勝手に抱き着いて来て、気付いたら抱擁されてるッ!と混乱するのに。
事前に尋ねられると、意識して恥ずかしい。サクラは頬が紅潮した。
肯定の意を声に出さずに頷くだけで返事を返す。すると、
ギュっ
静かに彼に包み込まれた。
乾いた土の匂いがする。彼の体温に包み込まれて――…照れぬ筈がない。
――嗚呼、でも…。これ以上私を掻き乱すのは止めてくれ!
必死に扉から目を背けておるというのに…。私はギュッと眼を固く閉じて、深呼吸する。
決して、コンラッドの背中に手を回す事はせぬが……彼の匂い、体温を感じていたいと思ってしまった。そんなこと思う資格など私にはありはしないのに。
乾いた土地で、乾いた風が紅潮した頬を撫でる。
『う、あー…コンラッドの事もヴォルフラムの事も心配してはいたのだぞ? 朱雀に無事だと教えられてホッとしたのだ、が――…実際に会えて善かった』
静寂の中、サクラが発した言葉に、コンラッドは返事をせずに彼女を抱きしめている両腕に力を込めた。
自分の“想い”と彼女の“想い”の違いが身に染みて、心配してくれた事に嬉しく思うも、少し悲しくなった。
「……」
『(…すまぬ…コンラッド…)』
それでも私は、高鳴る心臓から目を背ける。
(…すまぬ)
(コンラッド…)
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