6-10




一瞬、奇妙な間が空き、


「「え"」」 

「………なに…」


オリーヴとユーリは声を揃え、グウェンダルは目を丸く見開いた。


「あ、大丈夫よ」

『そうか、善かった。 妊婦はあまり体を動かしてはならぬと聞き及んでおったから、あんなに走らせてしまって心配だったのだ』

「ふふっ」


時を止めて驚いている魔族組をよそに、私とニコラは会話を続ける。

ニコラは愛おしそうに自分のお腹を撫で、シャスとサクラは穏やかに彼女のお腹を見つめた。彼女のお腹から、生き物の気配をサクラは感じ取っていたのだ。

母親とはたくましいものである。こんな小さい体で、新しい命の灯を宿しておるのだから。



―――きっとニコラは一人でこの命を育てる覚悟があるのだろう……。

彼女は母親の顔でお腹をさすっていた。


「あの、誤解しないでくださいね。 もちろんヒューブの子供ですから」


そう言えば…ニコラは違う人と教会で式を挙げようとしておったんだったな。

焦りながら私達に弁解しておるニコラを見ながら、そうだったと思い出す。


「あっ……あの野郎……」


衝撃から一番早く立ち直ったグウェンダルが、拳を握りしめてプルプル怒りで震えた。 ぷるぷると震動が私にも伝わる。


『グ、グウェン……? (大丈夫か、こやつ)』


許せないッ、許せないわッ!!


グウェンダルを見てたら、思わぬ所から殺気が籠った声が聞こえた。


『――え…、オリーヴ?』


オリーヴもグウェンダルも、目を血走らせて怒りを抑えている。二人はひたすら、地面に目を向けていた。


『ちょっと…貴様ら……大丈夫か?』

「わー、落ち着けグウェン、オリーヴもっ! 落ち着けって!」


――ユーリも落ち着け!

怒りに震えておる二人に、立ち上がってユーリが宥めに入った、が…そのユーリもパニックから抜け出せておらぬ。


「うるさい! 取り乱してなどいるものか! その娘がグリーセラの縁者を増やそうがゲーゲンヒューバーがどこで野垂れ死のうが私の知ったことではない!」

「そうよっ!あー有り得ない!有り得ないッ!! 別に怒り何て覚えていないわよっ!」

「そんなビビらしちゃ絶対まずいってっ! 子供だよ!? 子供。 逃げたり走ったりしちゃダメだよね、安定期っていつぐらい? おれ経験ないから判んねーんだけどっ」

「私にもそんな経験はないッ」

『貴様ら…、ユーリも落ち着け?』


二人の叫び声にユーリも声を大きくして叫ぶ。三人とも半ばパニック状態だ。


『……おい』

「でっでも出産経験はなくっても、グウェン男前だから愛人や隠し子の一人二人いたっておかしくないだろ。 それに弟二人もいるんだから、母親のお産を手伝ったとかありそうじゃん」

「ない」

「っんだよ、兄貴らしいことしてねーなぁ」


誰も話を訊いてくれぬので、場がおさまるまで傍観してようかと思ったけども、


『なぬ!? それは誠か?誠だろうな? 隠し子とかおらぬのか!?おらぬのかっ!』

「おいッ、落ち着けっ!」


ユーリが爆弾発言するもんだから横に立っているグウェンダルに、立ち上がって詰め寄った。



――グウェンダルの子供とか見てみたいッ!


『(絶対、可愛いに違いないッ!)』


―――あどけない顔で眉間に皺を寄せておるのだろうか?それとも、グウェン似の幼い顔で、グウェンダルでは考えられぬ柔らかい笑顔を浮かべるのだろうか?


『のわー、誠におらぬのかっ!(見たいっ、見たいぞ!)』


ヴォルフラムやコンラッドの小さい頃も可愛かったのだろうなー。


「いるわけないだろっ!」


悶えておるサクラに、冷たい視線を送りながらも違うと肩に力を入れて叫ぶグウェンダル。

悶えている故に肩が震えているサクラに、普段冷静なグウェンダルが声を大きくしておる姿は誰の目にも焦って見えて。

そんな二人のやり取りにニコラとユーリは、サクラとグウェンダルをキラキラした眼で見つめ、ユーリとニコラは、同じ事を考えていた。


「「(――修羅場っ!?)」」

「そ、そんなサクラ様っ……」


血圧が上がっていたオリーヴも誤解をし、口に手を当てながらグウェンダルを鋭く睨んだ。




「……そんな大騒ぎせんでも大丈夫だいね」


目の前の男と掴み合うサクラと、騒いでいた三人に、シャスが静かに語りかける。 


「お嬢さん、どうしてそんな複雑な立場になったんだね?」


冷静に声を挟んだシャスの脳裏にも、「痴情のもつれか…」と、多大な誤解が生まれていた事をここに記しておく。

話しかけられたニコラは、グウェンダルとオリーヴ、そして私を一瞥して……息を吸い込んだのち話し始めた。


「内戦で両親を亡くしてから、あたしはゾラシア近くの施設で育ったの。 十六になったら教会が決めた家に嫁いで、平凡な人生を送るはずだった。 村には法石の出る遺跡があって、女達はそこで働いていた。 あれは女の手でしか掘れないから」

「なんで?」


静かに話し始めたニコラ。

“法石は女にしか掘れない”のフレーズに疑問を持ったユーリは当然、グウェンダルに問いかけるが、意外にもニコラの話に集中しておる彼はユーリを無視した。

ユーリの疑問はそのままに話は進む。


「半年くらい前のひどい砂嵐の日に、ヒューブが村にやって来たの。 みんなは魔族を怖がったけど、あたしは平気だった。 だって以前に父の形見の襟章を届けてくれたのも、魔族の巡回史使だったから。 あたしたちはすぐに心を許し合った」

「(か、ら、だ、も、だろうがッ)」

「(あいつっ)」

「(うわ〜)」

『……』


二人が恋に落ちた事にオリーヴとグウェンダルは憤慨し、ユーリはオリーヴの隣で苦笑しておる。 私は軽く溜息をついた。


『(恋に落ちるくらいは…自由だろうに)』


――それほど…ヒューブのしてきた事は今では複雑なのか…。

この場で静かに聞いておるのは第三者のシャスだけ。


「可哀相にヒューブは、過去に大きな傷を抱えていて、恋に臆病になっていたけれど、あたしたちはそれも二人で乗り越えた」

「…なに?」


苛つきながらも話を聞いておったオリーヴが顔を上げる。


「可哀相?…グリーセラ卿が可哀相?あなたまだそんな事ッ」

「っ!」

『オリーヴっ!!――…話はまだ終わっておらぬから…とりあえず落ち着け』


オリーヴが何をヒューヴのせいで失ったのか思い出したのか、失言だと気づいたのか……ニコラは気まずそうにオリーヴを見た。

当のオリーブは忠誠を誓ったサクラにそう言われ、冷静になろうとニコラから視線を外した。

ニコラは何て言って善いのか分からず口を暫く開け閉めしておったが、同じくヒューブに憎しみを抱いてるグウェンダルに、


「……言ったか?」


と、尋ねられ困惑した。


「え?」

「ゲーゲンヒューバーは、奴が過去に何をしたかお前に語ったか」

「いいえ」

「くっ……」


ヒューブの肩を持つ彼女に、己の罪を詳しく話したのか問うたが――…返ってきた答えにこめかみがピクリと動く。


「うわあグウェン血圧上がるから落ち着け! そーだ、ふわふわモコモコした動物を撫でると心が安定するっていうから……ひいいいいいい」


落ち着く為にグウェンダルはユーリの頭を掴み力を込め、そして少しは心を落ち着けた。


『あわわ! グウェンっ(それ、陛下だからッ、一応陛下だーかーらッ!)』


周りの様子が見えぬのか、ニコラは話を続けた。


「ある日彼が言ったの。 自分は貴重な宝物を探す旅の途中で、もうすでに一部分は発見して、絶対に見つからない場所に隠したんだって。 残りの半分が村のどこかにあるらしいんだって。 正当な持ち主が演奏すれば、雨を降らせる素晴らしい笛だそうよ。 だからあたし、教会からこっそり鍵を持ち出して、二人で遺跡に入ったのよ。 そして伝説の秘宝だというあれを見つけたのよ」


「なんかきみ、利用されてるような気がするんだけど」

『う〜む…何とも言えぬな……』

「焦げ茶の筒」

「筒ぅ?」

『…筒を見つけたのか?笛ではなかったのか…?』


「でも恐らくそのせいだと思うんだけど……それっきり遺跡からは法石が出なくなってしまったの。 全然よ、ほんとに全く、掘っても出なくなってしまったの。 あたしたちが筒を取り出したせいだとは、まだ村の人に知られてはいなかったけれど、もう逃げるしかないって……このまま村にいたらきっと……きっと……だから……」


魔笛…否、その筒が何かの役割をしておったのだろうか……?


「住み慣れた土地を二人で離れたんだいね。 嫁ぐ家も決まって、一生を過ごすはずだった場所を、その男と二人で捨てたんだな」


今まで静かに聞いておったシャスがポツりと呟いた。


『それほど、ヒューブの事を想っておったんだな…』


ニコラは静かに涙を流した。

これまでの事が一気に蘇ってきて、二人の仲を肯定してくれた言葉を初めて貰ってそれだけで嬉しかった。


「この国では異種族との婚姻や、決められた相手以外との情事は罪だから、あたしたちは駆け落ち者扱いされて、国中に手配書まで回されて……ヒューブは自分達の土地に行けば、女王陛下は魔族と人間の恋愛や結婚にも寛容だから、晴れて一緒になれるって言ってくれた。 あたしはどうにかして魔族の土地まで行くつもりだったわ。 ヒューブの生まれた国だから、きっと楽園のような場所なんだって夢見てた」



――楽園の様な場所……。

眞魔国をそう思い描く程、ニコラは貧しかった。

豊かな国で暮らしているのが当たり前な地球組の私やユーリ、元プリでお金に困った事など皆無なグウェンダルに貴族のオリーヴ。……眞魔国側の私達は何とも言えぬ感情に囚われる。

話題に上がっておる眞魔国を纏めるユーリは一層辛そうな顔をしていた。


―――きっと…王として何か思う事があったんだな…。

私は、ユーリの味方だからとポンっと肩に手を置いた。 弾ける様に彼は私を見たけど、私はニコラから顔を逸らさなかった。照れるし。


人の上に立つと言う事は責任も伴って…不安に押しつぶされることもあるだろう…。

だけど…君の側にはいつだって味方がいる事を知って欲しい。





君が迷わずまっすぐ進めるように――……。








(私にも…その昔)
(守りたかった世界があった)




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