6-9



狭い室内の中には変わらず重い空気が漂っていた。


――気まずい…。

いや…この気まずい空気を出すはめになった原因はおれだけどさー……。

おれが喉かわいたとか言わなけりゃ〜こんな空気にならなかったわけで。 原因であるおれはものすっごく居心地が悪い。

グウェンダルとニコラの衝突にも驚いたけど、オリーヴにも衝撃を受けた。


「(…ゲーゲンヒューバーってヤツは何をやったんだよ……)」


オリーヴの友達や家族が亡くなったって…何があったんだ。


「(ジュリアって言ってたよな)」


オリーヴの友達ってジュリアさんの事?

ジュリアさん、コンラッドの話題にもよく出るよな。 ヴォルフラムは二人は何も関係なんかなかったって言ってたし、コンラッドはサクラの事が好きみたいだし…。複雑な関係?

そう言えば…サクラは憶えてないみたいだけど、サクラとそのジュリアさんって人と知り合いみたいだったな。

オリーヴの言葉からもそんな感じだし、オリーヴとも知り合いなんじゃ?サクラってなんで覚えてないんだろう? それもゲーゲンヒューバーが原因なのか? だからオリーヴもグウェンダルもあんなに激怒して……。

重い空気の中で、悶々とユーリは頭を抱え込んでいた。




「なぁ、」


おれはサクラをチラりと見た。


「なんだ」

「サクラ、いきなり寝ちゃったみたいだけど、大丈夫なの? 気絶したみたいにいきなりだったし」

「…」

「…」


ニコラや、シャスも気になっているのかサクラを見ている。

気まずい空気の中やっと声を発したユーリに、グウェンダルはオリーヴを一瞥して沈黙し、オリーヴもグウェンダルを一瞥した。


「こいつは大丈夫だ。…大方、呼ばれたんだろう」

「え?」

「呼ばれた?」


――誰に?

ユーリとニコラは同じ疑問を抱く。

グウェンダルは溜息を吐いて、無理やりこの会話を終了させた。 サクラが魔族だとバレるのはマズい。ここにいる連中はサクラを人間だと思っている。

バレれてしまうような事は発言出来ないので、これ以上は説明出来ない。それはオリーヴも同じであった。


「(呼ばれたって…あ、)」


おれは、ぽんっと青龍の姿が思い浮かんだ。すっかりと忘れてた!

サクラの中にはえ〜と何だっけ?とにかくサクラの中に、刀の彼らがいたんだった。って事は、何か用があったのかな?


「なぁあ」

「今度は何だ」

「サクラって記憶がないんだよな? つじつまが合わない事とかあるんだけど…(二十年前だったら年齢的に…)、それよりっ、過去に何があったの!?」


おれはニコラを見遣って、サクラを肩で支えているグウェンダルに問いかけた。


「「……」」


グウェンダルだけでなく…おれの隣にいたオリーヴも眉間の皺を深くさせた。

ジュリアさんって人が、何で亡くなったのかとか、純粋に知りたい。


「ここで、しかもその女がいる状況でサクラ様の話を、喋りたくありません」

「え…」


オリーヴは、不機嫌なのを隠しもせずに、ユーリに答えた。

ニコラに喧嘩を売ったようなものなのにグウェンダルは訂正しようとはせず、魔族組の二人は余程ニコラを良く思っていないらしい。まあ、ヒューブと関係があるニコラのことを善く思ってないのは、わかるけどさ。

“その女”と、名前すら呼ばれなかったニコラは目を潤ませていて、おれは、またも流れたイヤな空気に乾いた笑い声を出した。


「は、はは」

「ねぇ、ねぇ、あなた何でサクラの事“サクラ様”って様付けしているのー?」


ダメージを受けたと思ったのに、ニコラはオリーヴに疑問を口にした。


「(空気を読んでーっ! うわ〜二人ともかなり怒ってるからー!皺が寄ってるよー!!)」

「ねぇ〜なんで?」

「(や〜め〜て〜く〜れ〜)」


――この女にサクラ様を呼び捨てで呼ばれるなんてッ!!

オリーヴは目の前にいる女を殺気を込めて鋭く睨んだ。

この女がサクラ様の名前を口にする度に不愉快だ。不敬罪で斬り捨てたくなる。……サクラ様が嫌がるだろうから、斬らないけど。

オリーヴが物騒な事を考えている横で、

ユーリはこの状況をどうにかならないか考えていた。考えたけれど、何も思い浮かばなかった。






 □■□■□■□



―――パチリ。


精神世界から目を開けると、そこは起きる前より空気が悪くなっておった。――…何故だ。


「…起きたか、早かったな」


寄りかかっておったから、重みが無くなって私が起きたのが分かったのだろう。 右上からグウェンダルの渋い声が聞こえた。


『うぬ? 早かったって…あーそうか』


渋い彼の声で、全員の目が私に向けられている中、頷き返した。

何で、私が起きる時間が想像出来たのか一瞬疑問に感じたが、きっと精神世界に行っていた事も知っておるのだろう。 詳しく聞きたいが、尋ねるのは止めよう。朱雀の言葉を反芻して思いとどまる。


――そんで…何故こんなに気まずい空気なのだ…?

より一層異様な空気が彼らの間に漂っていて、心の中で小首を傾げた。


『ジルダはまだ戻っておらぬのか?』


周りをキョロキョロ見渡して、あの子がおらぬのを確認する。私達を探しておる輩に捕まっておらぬと良いが…。


「そう言えば…遅いですね」

「そうだな」

「あぁここら辺から市場まで結構距離があるんだいね、遅いのは当たり前だ。 もうちょいかかるだ」


サクラにいち早く反応したオリーヴに、ユーリも頷く。

見た目は十歳より小さく見える故、変な事に巻き込まれてないか心配しておったら、シャスが笑い飛ばした。


『そうなのかー』

「そうなんだ」


…――なんだ、遠いだけであったのか。

ユーリと一緒に安堵した。


「(サクラが起きて良かった)」


ユーリは別の事でもホッと一息ついた。が、それはサクラの一言で脆くも崩れ去る。





『そう言えば、ニコラは先ほど走っておったが……体調は大丈夫なのか?』


この家に案内されるまでの経緯を思い出して、サクラはニコラに問いかけた。


「――え?」


問われたニコラはきょとんと、目を丸くした。







『妊娠しておろう?』









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