6-8






だんまりした空気の中、誰とも視線が合わぬよう目を閉じておった筈――…。

だが、ふと気が付くと私は違う場所にいた。


『――ここは…』


見渡すと一面に赤いカーネーションの花が咲いていた。 赤だけでなく桜色や白色のカーネーションも咲いていて、いろとりどりの花がさわさわ風になびいている。

目を細めて下をみると、地面はなく炎の海だった。 その炎から花達は根付いていて燃えずにまっすぐ咲いている、現実では有り得ぬこの光景。



―――ここは…私の精神世界だ。

それも、青龍ではなく朱雀の精神世界。


斬魄刀が二つあるからか、己の精神世界は二つ存在する。

青龍の世界は力の源の水が大きな湖となって、そこから桜の木が咲いているが、朱雀の世界は力の源の火とカーネーションが咲いている空間なのだ。

そして青龍は春、朱雀は夏、白虎は秋、玄武は冬、と、季節をも表していて、彼らはその季節になるとより力が増す。


『朱雀?』


ここが何処か分かった所で、いる筈の彼女を探す。

ここに呼んだのは朱雀だろう。刀が手元にない状態で自らこの世界に来ることは出来ぬ故。 ここを訪れるのも久方ぶり……前世以来だ。

サクラは悲しげに微笑んだ。





ドンッ





『ぬおっ!』


キョロキョロしておったら背後から衝撃を受けて、地面に転がった。

炎の海に浸かりながら…炎と言ってもそれほど熱くはないが、その火に包み込まれながら背後を振り向くと、


《サクラ〜》


玄武が無邪気に己の背中に乗っていた。


『玄武…とりあえず、どいてくれぬか?』

《主っ!》

『――うむ?おお、朱雀っ!』


素直に背中から退いてくれた玄武を、炎の上に座り込んで膝に乗せていたら、前から朱雀が姿を現し、私と視線が合うと目を輝かせて笑みを零した。


『今回はどうし…あーコンラッドとヴォルフラムは無事なのか?』


呼び出した理由を問うてる途中で、彼らを思い出した。

朱雀と玄武が側にいたのだ。大丈夫だとは思うが……確かめないと安心出来ぬ、そう思って朱雀を見た。


《大丈夫ですよ。我等がいなくても、ウェラー卿がフォンビーレフェルト卿を助けておりました》

『そうか、でもありがとう』

《いえ》


そうか…コンラッドもヴォルフラムも無事なのだな。朱雀の言葉を聞いてほっとした。

もわ〜んとした空気があたりに漂う。

朱雀から、今、コンラッド達がどんな状態なのか話を訊き、そうしてしばらく二人で静かに情報交換していた。だが、玄武は手持ちぶたさで、


《こっちはサクラがいなくてつまんないよー》


少し拗ねた風に玄武が赤い舌をチョロっと出した。 普段は毒舌なこのヘビは意外に寂しがり屋だ。


『ふっ、そうか…。暇ならばヴォルフラムと話せばよかろう?』


私は微笑した。


《そんなことしたら…サクラが疲れるだろ》

『そのような事、気にするでない、そこまでやわになってはおらぬぞ』


確かに、彼らが具象化する力の源は己の霊力だ。あー…こちらでは魔力である。

今サクラは人間の地にいるため、魔力を使うのに力が普段より消費される。 其の事を玄武は懸念しておるのだろう。だが、最近は力の使い方も思い出してきておるし、余計な心配である……と思う、が、


《でもなーサクラ体力落ちてるし》

『う…否定出来ぬ…』


玄武に一刀両断されて。鉄砲に打たれた訳ではないのに、己の胸辺りの服を掴んで衝撃の深さを表現する。


《ふふ、玄武も我も主を心配してるのですよ》

《っ、ふんっ》

『そうかー。だが大丈夫だぞ』

《主の方はどんな状態なのですか?》


心配してくれた玄武の頭を撫でる。

前にいた朱雀はわざわざ私の横に座って冷やかな冷気を纏ってそう聞いた。


『うぬ?こっちか?』


今現在身を隠しておるジルダの家が脳裏に浮かび、同時にオリーヴの激情した姿もよぎって気分が沈む。


《はい。 街で主がフォンヴォルテール卿と…その……駆け落ちをしていらっしゃると小耳に挟んだものですから…》

『……な、ぬ!?』

《やっぱり違うんだろー? 姐さん取り越し苦労だったね》

『……』

《えぇ、安心しました》

『………』



――そうだったー!!


『(忘れておったー!)』


現実逃避がしたいのか何度も手枷されておる事を忘れてしまう。…うむ?今ここにいるって事は……肉体は寝ているはずだから…グウェンダルに迷惑が掛かっておるのでは!?

いろんな事が頭をよぎって冷や汗がたらりと流れた。

あー…それで朱雀の周りが冷やかだったのか…。


『…あーちょっとな』

《はい》

『手違いがあって今手枷が嵌められておるのだが、駆け落ちはしておらぬからな』


そっちに集中して欲しくて朱雀達からの回線は止めておったから、詳しく分からぬのだろう。

己の中に存在している斬魄刀の彼等は、外の世界を私を通して見ることが出来る。だが、それは私が回線を繋げていた時だけで。

安堵しておる朱雀と玄武に、別れてから自分の身に起こった事を一から説明した。

兵の輩に間違って手枷された下りの時には、朱雀も玄武も纏っておった冷やかな空気が鋭くなって。深く冷たく肌に突き刺さる。


《……》

《…主、我等をそちらに呼び出してはくれませんか》


聞いている筈なのに、朱雀は否定は認めぬ音声で私を見てきた。

火を宿している彼女な筈なのに……冷気が漂っている…怖すぎる……。玄武も私も思わず身を竦めた。


『うむむ…』

《俺様もそっち行きたい! こっちつまんないんし、サクラだけじゃ俺様、不安》

『うっ、』

《あいつらも助かったんだ、もういいだろ》

《そうですよ。我等が側にいなければいけない理由もありません。それに、我等は主の側にいたいのです!》

『う〜む…でもな……』


主導権があるサクラに二人はせがむが…。

私としては、コンラッドやヴォルフラムと行動を共にして欲しい。 無事にその姿を目にするまではやはり不安であるし、自分の半身が側にいてくれたら安心だから。


《サクラ〜》

《主》

『うっ、あっ!そうであった、貴様らに聞きたい事があったのだ!』


二人に潤んだ瞳で見つめられ、少々怯むが…話題を変える為にここに来る前に気になっていた事を口にしてみる。


『私はどうもこの世界を訪れた筈らしいのだが…そんな記憶はないのだ…。何か理由があるのであろう? 青龍には詳しく教えてはもらえなかったのだが……教えてはくれぬか?』

《……》

《…そ、れは…》


サクラの尋ねた内容に朱雀と玄武は互いに見つめ合い、言葉に詰まった。

辺りの炎からもわっと熱気が肌を顔にかかる。

玄武は軽やかに私の膝から飛び降りて、朱雀は目を左右に動かし口を着物の袖でしばし隠しておった。が、覚悟を決めてサクラを正面から見据えた。

その真剣さに私は息を呑む。朱雀は、滅多に私にそんな顔を見せない。


《主、我等からは何も言えません。 何も言えませんが、どうか信じて下さい。我等は主の体を心配しているのです。それに、時がくればいずれと分かります。―――我らを信じて下さい》

《サクラ…》



――信じて下さい…。

そう必死に私に告げる朱雀は嘘を言っている様には見えぬかった。


『――判ったよ、もう訊かぬよ』


玄武は不安そうにサクラの名を呼び、そんな彼らを見て私は安心させるように笑みを浮かべた。

元より彼らを信じておる、信じておるから魂で繋がっておる彼らに聞いたのだ。


『ちょっと気になっておっただけだから、気にするな』


《っ、はいっ!》


朱雀は弾く様に笑い、玄武は《ふんっ、サクラは軟弱だからな》と、憎まれ口をたたいた。


『は、はは…軟弱……。あ、朱雀そろそろ戻らねば』

《は、サクラ?》

《えっ、主…?》

『ではなー』


鎖で繋がっておるグウェンダルの事が気になるので、現実世界に戻ろうぞ! そう思って…話を蒸し返される前にそそくさ姿を消した。

呼びとめる声も聞こえるが…すまぬ。 コンラッド達を頼んだぞー。



《主っ!我らをっ!!》

《あっ、サクラっ!俺様をそっちに》


朱雀も玄武も頼みごとを思い出して焦って声を出したが、サクラはもう既に去った後だった。


《やられたー!》


玄武の叫び声が木霊したが、サクラの耳に届く事はなかった。









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