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「はぁはあ、そ、それで…どういうこと?」


訳も分からず全力疾走したユーリは息も絶え絶えにサクラとグウェンダルに問う。

オリーヴも確認しておきたかったので、問題の二人を見た。グウェンダルは軽く息を吐き、サクラは目を左右に動かしている。どうやらこうなった原因は、サクラ様にあるようだ。


『それはだな、あの後司会の輩に勧められスピーチとやらをしておったのだ。そしたら…

「私があそこから逃げて来ちゃったの!」

……と言うわけなのだ』

「えっ、逃げてきたって」

「私には心に決めた人がいるから…あ、私ニコラよ」

「あ、おれはユーリ」


花嫁さんことニコラは訳ありのようで。余計な事に首を突っ込みやがって!グウェンダルの心の声が聞こえた気がした。


『私はサクラだ』

「おいっ、いたぞッ!」


ニコラが私の名を耳にした所で、反対の通路から兵に見つかった。逃げなければっ!全員が同じ事を考えた。


「チッ、こっちだ!」


グウェンダルに急かされて、皆と共について行くが――…結構な距離を走っておったから、ユーリも私も息が続かなくなってきた。


『くっ(この程度で疲れるとは…。鍛錬を増やさなければっ)』


入り組んだ通路を走れば走るほど、薄暗く治安も悪そうな路地裏に入り込み、細い十字路に出た途端、右側から鋭い声が、



「こっちだ!」


_____耳に届いた。


瞬時に私とグウェンダルがそちらに目を向ければ、年老いたお爺さんと小さな子供連れの二人が壁の間に隠れておった。

敵ではない事に安堵し、どうやら助けてくれるようなのでグウェンダルに視線を送りそのお爺さんの後を追った。 後ろからはちゃんとオリーヴ達もついて来ておる。




「儂はシャス、こっちは孫のジルタだ。 それであんたたちは、どういう五人組だい?」


狭い路地裏から案内された家で五人全員でほっと息を吐いた。アルプスのハイジのお爺さんの家みたいな質素な家で、室内も少々薄暗かった。

お爺さんは小さな男の子が玄関の鍵をかけるのを見届けてから口を開く。


「見たところそっちの背の高い男と、そっちのピンクの子は魔族のようだいね……駆け落ち者と花嫁がどうして一緒にいる?」


シャスさんは一人一人眺める。


「やっぱり駆け落ちさんだったのね」

「違ーう!」

「違うったら!」


好奇の目で興奮気味のニコラに、ユーリとオリーヴが声を揃えて否定した。


『おーぴったり息が合っておるぞ。――ぬおっ』


ボソっと感心して呟いたら、ユーリとオリーヴから咎める視線を貰った。


「あなたも駆け落ちさんなんでしょ?」

『いや…私とグウェンダルは』



――ゴホッ

咳払いして注目を集めたグウェンダルは、サクラに軽く息を吐いてシャスさんに質問を質問で返した。


「そちらこそ、孫息子にはどう見ても魔族の血が流れているようだが」

「そうだ。 内戦中に巡回してきた魔族の男に、うちの一人娘が熱を上げて、その男も誠実でいい奴だったから、一緒にしてやろうとも思ったんだが……」


そこでシャスさんは言葉を止めた。


「……相手の男は巡回先で事故に遭い、娘は寄場送りにされちまった。 あっちで産み落とされたこの子を運んでくれたのも、やっぱり魔族の男だったんだいね。 だからそれ以来、儂等は内緒であんたらを助けることにした。 大したことはできねぇが、生まれたばっかの孫を運んでくれた恩返しのつもりでね」


室内はシャスさんのすすり泣く声が包む。


「なるほど」

『そうだったのか…』

「その男はそれから何度か様子を見にきて、もしジルダの成長が遅いようなら父親の国へ連れていけとも言っていた。 魔族の血が濃く現れると寿命が長くて、その分育つのは遅いから、人間の子供の中では差別のきっかけになるのかもしれんと。 厳めしい言葉遣いのくせに実にマメな男で、あんたにちょっと似ていたよ」

「この人に似ていたの!?」


シャスさんの話に静かに聞いていたニコラが、シャスさんが恩を感じている魔族がグウェンダルに似ていると言った事に驚いて、グウェンダルを指差した。

その行動にグウェンダルは眉をひそめた。


「この国の内戦にどうして魔族が関与してるんだよ」


内戦で貧困の差が激しいスヴェレラで魔族の話題が出て来るのは疑問だ。 それにユーリも気が付き疑問を口にした。けれど、


「遺体は腐るからだ」

『……』


グウェンダルの回答は簡潔であった。それだけでは判らん。思わず眉を寄せる。


「はぁ?」

「あのね、遠くの国境で命を落とした兵士の遺品なんかを、魔族の巡回使が届けてくれていたの。 子供の頃は、あの人達は死人の持ち物を剥ぎ取る鬼だなんて教えられてたけど、ほんとはそんなことなかったのね。 今は魔族の皆さんがとってもいい人だってちゃんと知ってる」


そんな私達に、ニコラがそう詳しく教えてくれた。

そうか。魔族と人間の和解の壁は高いけれど、こうやってシャスさんやニコラのように、少しでも魔族にも良い人がいるって分かってくれる人間がいて、嬉しく思う。


「あ、ありがと」

「それで、あなた達の愛する人のお名前はなんていうの?」


嬉しく思って微笑んでいたら、ニコラが話を戻してきた。


『(この年頃の娘は…何故、他人の恋バナを好むのか…)』

「愛してないって!」


ニコニコ微笑んでいるニコラをみてそう思う。 いきいきした彼女は年相応で、元気な夏が似合う普通の少女だ。そんなニコラにユーリは赤面した。


「だって、周囲の反対を押し切って駆け落ちするくらいなんだから……」

『こっちがグウェンダルで、そっちがオリーヴと言う』


二人の名前を言ってなかったので、本人たちは自ら名乗る事はしないだろうと駆け落ちの部分を無視して私が伝えた。


「そうなの!」

「ちょっと待って!駆け落ちじゃないからっ元々おれは、この人の弟の婚約者でっ」

「まぁ!」

『あわわ墓穴掘ってるっ、墓穴掘っておるぞー!』



――それって、ヴォルフラムの事を少なからず婚約者だと認めておるのか!?

慌ててユーリをフォローしようと思ったけど、サクラも慌てていてフォローらしいフォローが出来なかった。


「じゃあ、あなたは?」

『わ、わ私か? わ、わたしもグウェンダルの弟と婚約しておって…あ、ユーリの婚約者とは別だぞ。こやつ三兄弟だからっ! ユーリの婚約者はヴォルフラムって名でな、誠っ女子のように可愛らしいヤツのだ!』


サクラは混乱しててユーリにプラスして余計な情報をニコラに与えた。

オリーヴもユーリも「あっちゃー」と頭に手をやり、苦笑して。グウェンダルはより一層眉間の皺を増やし、代わりにフォローしてくれた。


「国境近くでこの男女と間違われてな」

『そ、そうなのだ!』


――だからっ、誤解なのだ!

グウェンダルがあの問題の手配書を懐からだしニコラに見せているのを見て、身振り手振りしながら私も肯定する。


「そしたらあたし達も駆け落ちものだと誤解されて、手枷されのよ」

「そ、そう!」


眉を寄せながらオリーヴがユーリと繋がっている鎖を見せながら、説明を加えた。


「それ、あたしだわ!」

『…なぬ!?』

「そう、このチャリー・ブラウンみたいなつぶらな瞳がきみそっくり……って何だって」


絶妙なフォローをしてくれるグウェンダルとオリーヴに、相槌していたユーリだったが、手配書を見て自分の事だと告白したニコラに驚く。


「なんだって?これがきみ!?きみがこれ!?じゃあ男の方は」

「それ、ひと月前のヒューブとあたしです」

『ヒューブ!?それって、グウェンの…』

「えぇ、」


手配書に描かれている二人がニコラと、相手の男がヒューブと知って、まさか…と、声を漏らしたらオリーヴが肯定してくれた。


「ヒューブというのは、ゲーゲンヒューバーのことか」

「そう。 髪や目の色は微妙に違うけれど、ぱっと見たときの雰囲気があなたにそっくり。 でも本当はとても優しい人。ああ、ヒューブ…―――ヒューブに遭いたい」


ここに来る原因となった――……二十年前に探索に向かったグウェンダル従妹、グリーセラ卿ゲーゲンヒューバー。 意外な所に情報源が。

チラりと隣を見ると、彼はいつもの倍、眉に皺を寄せていた。


「あのねこんなところで突然、泣かれてもさっ。 それにゲーゲンヒューバーと駆け落ちしたきみが、どうして兵隊さんと結婚することになったの」


ヒューブを思い出して、ニコラは泣き出した。今まで気丈に頑張っておったが、思い人に似ておるグウェンダルを前に我慢の糸が切れたのだろう。

突然泣き出したニコラに慌てるユーリを横目に、グウェンダルは怒りが頂点に達した。


「……痴れ者が」


二十年前の罪を少しは償っておるのかとこの地に来てみれば、当の本人は恋愛にうつつを抜かしておるとは、親戚からこんなヤツがおる事にも怒りを覚える。――否、怒りしか覚えない、グウェンダルはそう思った。

グウェンダルの怒りを殺した低い声に、ニコラ以外の視線が集まる。

グウェンダルはそれらの視線を感じながら、サクラの顔を見つめた。 当然、こちらを見ていたサクラと視線がかち合うが、グウェンダルの脳裏には二十年前の悲惨な光景が蘇る。

彼が犯した罪を自分が許せる訳がない。





―――殺してやる。

弟のコンラッドが手配書を握りしめるのと同時刻に――…グウェンダルは拳を握りしめた。







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