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「何をなさっているのですか」
氷でも出せるのでは?と問いたくなるくらい、久々に会ったコンラッドは冷たい空気を纏っていた。顔は微笑んではいるが…眼が笑っておらぬぞ。
いや…確かに、別れ際にもう最後だからと、今生の別れを済ませた私には、彼にどんな顔して会えば善いのか悩み所だったので、コンラッドからのコンタクトは嬉しい筈なのだが――…。
『(この微笑みは聞いておらぬ)』
ダラダラと冷や汗を流した。チラッと盗み見ると、ばちッと目が合うぞ……うむ、どうしたものか。
「訊いてますか?」
思考の渦に身を任せていたら冷え冷えとした声が聞こえ、反射的に背筋をびしッと正す、と、コンラッドの目が細まった。
『うむむ、あー…もう来れるとは思わなかったのだ、いきなりこの街に流された故ここにいる!己の意志ではないのだから仕方ないであろう!』
両手で身振り手振りしながら、ここにいる理由を説明すれば……上から長い溜息が吐き出された。その音に顔を上げるとコンラッドは組んでいた腕を解いて、もう一度軽く溜息をついた。
「俺は、なぜ無茶をなさっていたのかを聞きたかったんです。約束したでしょう?俺の知らないところで無茶をしない、と」
『うぬ?いや…コンラッド私は無茶はしておらぬぞ?』
思いもよらぬ事を言われ拍子抜けした。だが、そう発言した瞬間、コンラッドの眼光が鋭くサクラを射抜いて。
『ひっ』
あまりの迫力に悲鳴が漏れた。
「では、俺が近くにいないところで絶対に戦わないで下さい」
『わ、判った』
「…俺は何個命があっても足りない気がします」
降参の意味を込め両手をひらひらさせると、コンラッドは困ったように、けれどもう怒っていないのか笑みをこぼした。
『だっ、だが緊急事態は致し方ないだろう?身に危険が及ぶ場合は、抜刀しても善いか?』
「……そうですね…本当に身に危険が及びそうな場合は仕方がありません。俺の知らないところで、怪我をされるのは嫌ですし」
『なら…その場合は戦うからな!約束を破ったと責めないでおくれよ』
「………………仕方ありませんね」
返答に随分、間があったが気にしない事にする。
『あ、そうだ…こやつらは人売りの常習犯らしい。余罪を追及した方がよいと思うぞ。被害届とか……』
――ん?眞魔国で被害届の制度ってあるのだろうか…。
『コンラッド、過去人さらいの被害に合った人をこやつらに訊いたら判るか?』
「え?あぁ城まで届いているものと、この者達が言っている事が一致すれば、攫われた方も判ると思いますよ」
『じゃあ、連れて行って聞こう。……拷問はなしだぞ?』
「判ってますよ」
後から来たコンラッド率いる兵の方に、捕まえた男達を引き渡いし、『お疲れ様』と声をかけると彼らは茹でタコのようになった。
その様子に訝しむと、隣でコンラッドが吐息を零していた。
「あ、あのっ!!」
『ぅむ?』
後処理を見届けていると後ろから声がして、コンラッドと一緒に振り返る。
「たっ、助けて頂きありがとうございましたっ!そ、それからっ姫様だと気付かず数々の御無礼を御許し下さいっ」
ほんの数時間前までは仲良く喋っていたのに、そのラザニアが地べたに膝をつきながら許しを乞うていて、仲良くなれたのにな……と、少し悲しく思いながら彼女と目線を合わせる。
『ラザニア…顔を上げぬか!服も手も汚れるであろう』
半ば無理に彼女を立たせ、良く見ると右手にはあの男に強く掴まれた痣が残っていて……膝が擦り剥けているではないか。
何も悪くないラザニアに怪我をさせた男達に怒りを覚えながら、彼女の手を取りコンラッドを見上げた。
『コンラッド、彼女ラザニアって申すのだが…あやつらのせいで怪我しておる。城まで連れて帰ってよいか?』
一部始終を見ていたコンラッドは頷き、近くにいた兵一人を呼びつけ、彼女を城まで送るよう頼んだ。
未だ震えているラザニアの頭を撫で、『城で会えるから心配するな』と言い兵達の方へ促す。
彼女が何回かこちらを振り向きながら、歩んでおるのを眺めながら――コンラッドに問うた。
『彼女…あー城で働けるようにする事は出来ぬか……?メッ、メイドとか…』
己は働いてない身なので、何を寝言を言っているんだと鼻で笑われないかなと声を裏返しながら尋ねて、内心ビクビクで答えを待つ。
「くっ、くくっ!」
『!?な、なにを貴様は笑っておるのだっ!私は真剣に聞いておるのだぞッ!』
コンラッドは口に手を当て笑いを我慢しているが、忍び笑いが僅かに聞こえる。
「す、すみません、サクラが」
『私が?何だ?』
「陛下はお人よしだとか言ってますが、サクラも充分お人好しですよ。治療出来る貴方がこの場でなさらないのは何かあると思っていましたが……ふっ、」
『…偽善者だとか偉そうとか思わぬのか』
「思いませんよ、偉そうな人がわざわざ謝罪をしている彼女と目を合わせたりはしません」
『……』
「そんなあなただから…」
それから言葉が続く事はなかったが、コンラッドはずっと優しい笑みを浮かべてサクラを見ていた。
私はそんなコンラッドに見られるのが恥ずかしくて目も合わせづらく、終始笑っていた彼を注意出来なかった。
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