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コンラッドと仲良くタンデム。
馬に自分で乗れぬので、コンラッドに抱えてもらい馬に乗せてもらう。
以前タンデムした時もそうであったので今回も引き上げてくれるのかと思っていたら、何故かコンラッドは神妙に私の右手を見ていた。
「……サクラ…これは?」
『うむ?これとは…このスタンプのことか?』
「スタンプ?焼き印ではないんですか?」
『焼き印?これは水族館の入場スタンプだ。今日は弟と遊んでいたから…ぬ?これがどうかしたのか?』
「スタンプなら…消せる?」
『あぁ。今日中には消えるぞ』
何が問題なのか…消せるとはっきり告げるとコンラッドは笑みを浮かべた。
結局何だったのか訊けぬままノーカンティーに乗せてもらった。
『……(ち、近い…)』
前回タンデムした際は、ユーリもその場にいたし、ミニスカではなかったからそんなに密着しなくても善かったのだが――…今のこの状態を簡潔に答えると、己は姫抱きされているのだ。
えーっとアレだ、アレ!馬にこのまま跨ぐと股が擦れて悲惨なことになる故、この状態になっているのである!
コンラッドの胸がちょうど己の耳にあたり、体温と共に心臓の音まで聞こえそう。それは、私の心拍数の音かもしれぬが。
男性と日常でこんなに密着する事など皆無なので、緊張するのだが――…私は同じくらい心地よく感じていた。この時間が長く続けばいいのにと思うくらいに。
サクラがそう感じている頃…コンラッドは、邪な欲望と闘っていた。
横向きに座り不安定な体制なのでコンラッドの胸に体をあずけ、必死に腕にしがみつくサクラ。
ノーカンティーが一歩一歩進むたびに揺らめく艶やかな黒い髪。羞恥心からか僅かに潤んだ黒い瞳と髪から覗く耳が朱く染まっていて、密着する事によって感じる彼女の体温。
それら全てがコンラッドの男心をくすぐっていた。
だけど、自分の腕にすっぽり収まる彼女が可愛くて、大事にしようと同時に思った。彼女と過ごすこの時間が俺の宝物。
誰にも渡したくない。サクラの全てが愛おしい。
その想いが頂点に達した時――…気付けば、コンラッドは行動を起こしていた。
「サクラ…」
彼に甘い声で名を呼ばれて見上げれば、彼の表情を見る間もなく、力強くコンラッドに抱きしめられていた。
ノーカンティーは歩むのを止めていて、安定した温もりに安心して、私は、首筋にかかる彼の髪がくすぐったいと笑みを零した。
『コンラッド? どうし――』
――どうしたのだ?
その問いは最後まで言葉に出来なかった。振り向いた矢先に口を塞がれたから――…。
『っ!?』
唇に感じる温かく柔らかい感触。
目の前にはドアップのコンラッドの顔。
口付けをされた。
口付けをされているッ!?
――いきなりコンラッドに口付けされた――…?
嬉しいのか、悲しいのか、怒れば善いのか、何が起こったのか、思考がグチャグチャで己の頭は考える事を放棄して。固まったまま、ただただコンラッドを見ていた。
顔を離したコンラッドは優しく、嬉しそうに笑い…「好きです」っと、私に言った。
形のいい彼の唇が動くのを見てるしか出来なくて、
『――え…』
驚きの連続で、数秒の間何を言われたのか理解出来ずにいた。
「俺はサクラが好きなんです」
出来の悪い子供に勉強を教えるかのように、コンラッドは一言一言を噛み締めるように私に伝えた。――likeではなくloveだと。
「サクラ」
ようやく理解できたら、彼は私の左手を持ち上げた。
そこにはいつはめたのか――…綺麗な桜色の石がついた指輪が、そう指輪がサクラの指でキラリと光っていた。
指輪が…、しかも左の薬指に嵌める意味を女性の私が知らぬ筈がない。
だけど――…否、だから――…
『コンラッド…これは……』
「サクラ、確かに無理やり婚約をしましたが、俺はちゃんとあなたが好きで婚約したんです。サクラはなぜ俺がビンタしたのか考えもしなかったみたいですが…」
否定の言葉を口にしようとしたら、コンラッドに遮られた。
「好きです。今はまだ俺のことを好きじゃなくてもいいから、いつか俺を好きになって」
今度は私の薬指にある指輪にキスをしながら言う。
「逃がさないから」
――ゾクっ
ヘビに睨まれたカエルの如く、私は硬直した。
捕食者の彼を目の前に逃げられないと本能が悟っておるからか――…今のコンラッドは捕食者の――…そう男の顔をしていたて、思考が停止した。
「逃がせないの方が正解かな…。俺を好きにさせたんだから、責任、取ってくださいよ?」
――怖い
固まったまま頭だけを縦に動かす。
「じゃあ、この婚約指輪も肌身離さず持っていて下さいね?」
尋ねているはずなのに、語尾が上がっておらず。最早、疑問文ではなく命令されているように感じる。
それを顔に出す事なく…また、頭だけを縦に動かした。
「良かった、これ俺以外の男が寄り付かなくするためでもあるんです」
コンラッドは再び私を抱きしめ満足そうに告げた。
_______それから、私は…血盟城までどうやって辿り着いたのか、記憶にない。
【出会いと再会】完