3-8


ひたすらついて行くと、ユーリは頂の泉にたどり着き服を脱ぎ始めた。



――……服を?

隠れておるから覗き見している気分だ。 いや実際覗き見しているが――…別にユーリの裸を覗きに来たわけではない。ここで否定しておかぬと、己に変態の落胤が押される気がする。


『だが…』


ただ温泉に入りに来た感じの雰囲気ではなかった筈。もっと、こーう鬼気迫るような……覚悟を決めた目をしていたはずだが。

そこまで考えて気付く。


『…まさか……ユーリはモルギフを取りに来たのか?一人で?このような時間に?』

「みたいですね」

『お供を付けずに一人で行くなどっ!あやつは危機感を持つべきだな…うむ。』


大体っ、護衛であるコンラッドと今回は護衛で来た名目のヨザックのヤツが、口論などしておるから、魔王であるユーリが一人で来る羽目になったに違いない。


――全くあやつらは職務を全うせずに何をしておるのだっ!



「…それはサクラにも言える事でしょう」

『うむ?(私は誰と喋って…?)』

「サクラは女性なんですから、しかも…剣も持たずに。 ユーリが心配なのは判かりますが、襲われたらどうするんです?」


恐る恐る声がする方を見ればコンラッドが隣にいた。――……近い…。

コンラッドは常日頃から気配と言うモノを消しているので、厄介な相手である。気を抜いていたら接近されても判かるまい。


『襲われるなどと…笑止!そんなモノ好きがいたら見てみたいわっ!!はんっ』


コンラッドがおかしなことを申すので鼻で笑ってやった。途端、コンラッドのヤツが長い溜息を吐いておるが、見えぬかったことにする。

大体…髪が黒いから〜とか、目が黒くて〜とか――双黒だから何だって言うのだ。日本人のほとんどは双黒だ!

この世界の美的感覚には、ほとほと呆れる。まぁユーリは誠に可愛いがな!


「はぁ」

『なんだ…溜息などつきおって!失礼なヤツだなー』

「いえ、それより体調は大丈夫ですか?」

『ぬっ?体調?』

「貴女は倒れたんですよ。陛下の魔力に惹きつけられてね」

『なに?』


そう言われると…以前は何かにひっかかって出せなかった力も、今では留めなく溢れている。魚の小骨が喉から取れた感じ。


――これなら朱雀の皆にも会えるだろうか…。


『何日…私は寝てた?』

「3日です」

『どうやって私はここに?あ、ベアトリスはどうなったのだ?』


寝ておったのにここにいるって事は、誰かが運んでくれったって事で。サクラはコンラッドに向かって小首を傾げた。


「ベアトリスは助かって、今はご両親と一緒です。サクラは…俺が運びました」

『なぬ、そうかそれは善かった。――……重かっただろう…すまぬかったな』

「いえ、サクラは軽かったですよ。もうちょっと食べた方がいいです」

『えーそうかー? 誠、貴様はお世辞がうまいな』


うむうむ頷く。

それにしてもベアトリスが助かっていて善かった。―――………船での記憶は奈落の底に埋めたい出来事であったな…忘れよう。


「サクラ」

『ぅん?』

「船でのこと覚えていますか?」

『……よさぬか。あのおぞましい出来事は、私の中で無かったことにしたいのだ!』

「俺との約束を、です」

『貴様とのやくそくぅー?(はて?なんだったっけ?)』


夜、独特の静けさが二人の仲を漂う。ひんやりとした風が頬を撫でた。

それを気持ちいいと感じる暇はなく、必死に何だったか考える。忘れちゃった発言をかましたかったが、いかんせんコンラッドの顔が真剣なので却下。

三日前の記憶を朝から辿って行く――…




コンラッドは真剣に考えているサクラを眺めた。どうやらすっかりと忘れているらしい。

自分としてはとても大事な約束であり、サクラの側が帰る場所なのだと再認識できた出来事でもあるので、忘れられているのは少々悔しい。自分ばかりがサクラに夢中みたいだ。


「サクラは一度約束したことは破ったりしませんよね?」

『うぬ?当たり前だ!一度口にしたことは取り消さぬ!!』

「誓って?」

『あぁ誓って。女に二言はないぞ!』


その言葉を訊いて、コンラッドは口角をあげた。


「サクラ」

『ん?』


コンラッドはジッとサクラを見つめた。

いつでも真っ直ぐに見つめ返してくれる漆黒の瞳が、コンラッドは好きだった。

照れた時は視線を左右に逃げたりする仕草も可愛くて好きだ。

きっと今から自分が何をするのか分かっていないのだろう。照れずに自分を見てくれているのがその証拠。

彼女の黒い瞳に自分が映っているのが判かるくらいに近づく。

彼女が自分を見つめてくれるだけで心が歓喜する。


――もっと自分を見て欲しい…。


――もっと自分の事だけを考えて欲しい――……。

そんな欲望が彼を支配していく。


「……」


サクラが逃げない様に腰に手を当て、空いた片方の手を後頭部に添えた。


『……』


コンラッドの星空のような瞳とサクラの漆黒の瞳が間近で絡まり合う。




もう少し、もう少し。



―――もう少し――……。







(サクラ…)
(…コンラッド)




[ prev next ]

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -