20-5



「………」

『………』


――えっとー…。


「………」

『………』


何だろう、この居心地の悪い空気は。


「ねぇ、サクラ…」


美しくにっこりと笑う目の前の人物が、何故だか恐ろしい。

美人が怒ると、怖いって――現在進行中で体験中ー。心の中で、おちゃらけてみる。己の努力も空しく、肌で感じる冷気は変わらなかった。怖い。

白が少し混ざった綺麗な水色の髪は、コンラッドのダークブラウンの髪に比べて、とても明るく、この時間帯でも良く見えた。

波打つ艶やかな髪をふわりと揺らした彼女――フォンウィンコット卿スザナ・ジュリアの隣りには、緑色の髪を三つ編みに編んでる色白の彼女がいた。言わずもがな、ギュンターの娘であるギーゼラである。


「あなた此方へ来てから、ちゃんと寝てるの?」


言いたい事だけ言ってすっきりしたのか、あれからすぐに席を外したコンラッドと入れ違いで二人がやって来たのである。

コンラッドとジュリアは、まだ仲良くなさそうであるから、コンラッドが誰かに私が起きたと教え、その誰かが衛生兵であるギーゼラに報告して、今に至るのだろう。

なーんて、ジュリアとギーゼラの恐ろしく整った笑顔が恐ろしくて、ぐだぐだ思考を別の方へ飛ばしておったのだが…。

別妙なタイミングで、ジュリアの笑みが深くなったので、へらりと笑みを浮かべてみる。笑って流してくれぬかな。


『うぬ。ちゃんと寝てるぞ』


木の上で。


「寝れてなかったんじゃない?」

「そうね、ジュリア。私もそう思うわ」


病人食を持ってくると言って出て行ったコンラッドは戻ってくる気配がない。

貴族の二人がいるから遠慮して戻って来ぬのかもしれぬなー。こんな時こそ空気を読まないで、乱入して欲しいのになー。まったく。

ジュリアの御父上の城に行くのは逃げるみたいに見えるかも。

コンラッドは、「逃げるわけじゃない」と、真っ直ぐ己に言ってくれた。

「お前にとっても悪い話でもないだろ――考えておけ」とも言われた。

あれ?考えておけなんて捨て台詞…今日は戻ってこない前提の言葉ではないか?……時間も時間だし戻ってくる方が非常識であるが、今ほど来て欲しと願った瞬間はないぞー。


「睡眠不足の体で魔力を使うなんて」

「自殺行為に等しい」


ギーゼラとジュリアを交互に見て、苦笑を浮かべる。

ギーゼラは最初こそ、敬語こそ使っていたが、今では遠慮なくタメ口でフレンドリーだ。


『あはは、……私は怒られておるのだろうか…(寝てるって申したのに…スルーされた)』

「あら。自覚があって何よりだわ。ね、ギーゼラ」

「えぇ、御自覚があってよかった!」


心なしかギーゼラから送られる視線が、呆れと苛立ちが含まれてるような…。ああ…ここで鬼軍曹にならないでおくれよ。怖いし対処できぬ。


「“漆黒の姫”という立場で張り切るのは構わないけど、体調が優れないときは無理しないで」

「そうよ、キツかったのなら、私もギーゼラもいたんだし…頼ってほしかった」


少しは信じて欲しかったと言われて、言葉に詰まる。

信じてなかったのではないと否定しようとしたが、結果的に信じてなかったのと同じだと気付き、何一つ言葉が出ぬかったのだ。

己の知る道に少しでも繋げようとそれしか頭になくて。

私の我が儘で未来に置いて来たコンラッドに胸を張って再会できるように、ここで頑張りたくて。一人で頑張らなくては意味がないと思ってた。


「次はちゃんと頼ってよ」

「倒れるのは今回だけにして下さいね。私の仕事が増えちゃう」

『っ…次…』

「うん、次は、ね」


――次もあるのか。

当然のように次回を仄めかすジュリアとギーゼラに、不覚にもうるっと来た。

すまぬと答えれば、すかさずジュリアから、「こういう時は、ありがとうって言うのよ」って笑われて、目頭が熱くなる。

私はこの国を知ってるのに、彼等からしてみれば私は初対面で、私の間に絆などなくて。

一から関係を作って行かなければならぬと意気込んでいたが――…いつの間にか、彼女達の信頼を勝ち取っていた。嬉しい。

赤の他人を見るような眼を向けられるのを、それが当たり前の反応だと己に言い聞かせ続けて知らぬ内に私の心は傷を負っておったみたい。二人のお蔭で気付けた。


『ありがとう』


涙を堪えてそう言った。

きっと不細工な顔をしてただろうに、二人は顔を見合わせた後に、どういたしましてと慈愛のある笑みをくれたのだった。

ギーゼラから、次、体を蔑ろにしたら許さない。みたいな言葉を投げられたが、とりあえず聞こえぬかったふりをする。彼女ほど怖い衛生兵はおらぬのだ。

私の中で、怒らせてはならぬランキング三位に、ギーゼラの名が入ってる。因みに一位は、コンラッドだ。

腹黒い上に、コンラッドは怒るとねちねちと長くて、時には説教つきで、かなわぬ。グウェンダルもそうだなーコンラッドほどではないが、怒ると根に持つタイプだ。

その点、彼等の一番したの弟は、癇癪を起した後は、怒りが尾を引かぬタイプなので、一番扱いやすかったりする。

きゃんきゃん吠えられても、右から左へ聞き流せば疲れぬし。ヴォルフラムは、誠、単純でかわいい。貶してるのではないぞ!





――トントン


「?誰かしら」

『この気配は…』


友情を確かめ合ってくすぐったい空気の中、控えめに扉を叩く音がした。

私を含めた三人の視線が扉に向かう。音の大きさからするに…ノックされたのは隣室――居間から回廊に続く扉の方。

未来で私が使っておった部屋ではないようで、あの部屋よりも狭いが、一般的な部屋よりも広い。

ベッドルームだけで十分なのに、この部屋何室あるんだろう。部屋の中に部屋が沢山あるのだ。与えられておった私室や、魔王の部屋もそうだった。もうあれは高級マンションの一室だと思う。

客室くらい質素にしても善いのでは……いや、寧ろ私にこのような豪華な部屋はいらぬが…。

一般兵士と同じような部屋で十分なのだがなー。面倒だから眞王廟にお邪魔しようかな。眞王廟も広いけど、ここにいるよりも心休めそう。


「失礼します」

「あら…あなた…」


扉の開く音が二回した後、ベッドルームの扉もノックされて。

控えめなノック音と共に入って来た“彼女”を見て、ジュリアは目を丸くさせた。ギーゼラは眉をひそめている。


『…カンノーリ』


そう入って来たのは、未来でラザニア達メイドを纏めていた私付きのメイド長だった――カンノーリ。

彼女もまた私の知る姿よりも若く、ツェリ様のようなキラキラの金髪は長く、彼女が歩く度さらさらと揺れる。

名を紡げば、彼女の蒼い瞳が此方へ向けられた。ヨザックよりも濃い色の瞳。


――こちらの世界の者達の目は、みな綺麗だなー。

ラザニアに比べて、カンノーリとはあまり接点なかったのだけれど。彼女は、物事を白黒はっきりとつけたがる性格で、私は好きだった。


「ジュリア…彼女は確か……陛下の…」

「――ぁ、!」


カンノーリは、私と眼が合うと、嬉しそうに微笑んで、手に持っていたトレーを私の前に持ってきてくれた。

湯気が出ておったから、彼女が入って来て、ずっと気になってたソレ。


『(あ、スープだ)』


カンノーリがコンラッドに代わって、ご飯を持ってきてくれたらしい。ありがたいけど、お米が恋しい。おかゆが食べたかった。

透明な液体に浮かぶ具材を見ると、チキンが入ってる……チキンスープか。

おかゆが食べたいと内心文句を垂れたが、目の前に出されると、途端に食べたくなるから不思議。…食い意地が張ってるとか言わせぬぞ!

胃が勝手に反応してるだけなのだ!あ、あと鼻も。美味しそうな匂いが、食欲を誘っておるのだ。い、致し方あるまい?せっかく持ってきてくれたのだ、早速食そうと、スプーンを右手に受け取った。


「はい。魔王陛下の影武者をしておりました」

『(おぉー!美味だ)』


とろとろに溶けた、たまねぎが良い味を出してる。


「その恰好…」

「――サクラ」

『うぬ?なんだ?』


チキンスープに舌鼓を打ってたら、どこか硬い二人の声に、きょとーんと顔を上げる。

二人とも眉を寄せており、どことなく不穏な空気に、自然と私の眉も上がった。


『カンノーリは、ただのメイドだぞ?正しくは…メイドになってもらったのだ』

「……大丈夫だったの?」

「……揉めなかったの?」


同時に放たれたギーゼラとジュリアの質問。

私はチラリとカンノーリを見遣って、あぁと頷いた。

魔王陛下にもしもの事があっては国の存続に関わると、ツェリ様に影武者がいた。と、言ってもカンノーリの意思ではない。

偶然、カンノーリを見たシュトッフェルの部下が、陛下に似てるからとシュトッフェルに報告し、カンノーリはシュトッフェルに無理やり王城に連れて来られたのである。

十貴族である彼女達は、影武者だったカンノーリを知っていたっぽい。

本人の了承なく身代わりにする行為は許せなくて。


『揉めた…というか、啖呵を切っちゃった?みたいな……ははは』


絶対である王の命令にも屈せず抵抗を続けたカンノーリを、快く思わなかったシュトッフェルのヤツに彼女は罪人のように牢獄に閉じ込められていて。

道に迷って彼女を見つけたのは、偶然だった。バタールに向かう数日前の事。

薄暗く埃っぽい場所に閉じ込められてる綺麗な女性を見て不思議に思い、監視に訊いたのが事の始まり。偶然だけど、結果的に迷子になって良かった。結果オーライというやつだ、うむ。


「サクラ…あなたね…」

「ジュリア、私、ようやく漆黒の姫様の人物像を掴めて来たわ」

『ギーゼラ…それは褒めておるのか?』


呆れてるのよとギーゼラの代わってジュリアから返答があった。解せぬ。

何処にいても己の扱いが変わらぬのは、私の考えすぎであろうか?


「でもあなた…大丈夫なの?」

『私もそう思って、家に帰っていいのだと言ったのだが……』


形の良い眉を心配げに寄せるジュリアに、私もこくりと頷いた。

いくら私が上に立て付いたとしても、元凶がこの城にいる限り、カンノーリは安全だとは言えぬのだ。無理矢理連れて来られて、ここで働く必要はない。


「サクラ様に、恩返しがしたいと思いまして。それにわたしに帰る場所などないのです」

『――と、申すから…メイドをしてもらってるのだ』

「“働かざる者食うべからず”ですから」


十貴族を前にしても、はきはきと喋るカンノーリに苦笑した。

初めてこの時代で彼女と出逢った時は、埃まみれで心も体もぼろぼろだった。今では笑みをみせてくれるので、少し安心。

あの時代で――…ツェリ様にどこか似ておる彼女が、何故メイド長をしておるのか、謎が解けた。詳しい話はまた別の機会に!


『あ。私が寝てる間に、何もなかった?』

「はい、お蔭さまで。あれから…陛下にもお会いしておりません」

『そうか』


それなら一先ず安心。


「サクラ、いろんなことに頭を突っ込むのもいいけど、あまり無茶はしないでね」

『………うぬ!』

「…なにその間」

『え、いや〜前にも、ジュリアと同じような事を言ってきたヤツがいてなー』


言わずもがなコンラッドだ。

無茶をするなという約束は、今ここにいる時点で現在進行中で破ってるがな。

パジャマの下につけた指輪を触ってふふっと笑う。視線を下げてたから、ジュリアが私の表情を見つめてたなんて思ってもおらぬかった。


「(あの表情は…恋する乙女の……)」

「あのっ、」


てっきり、ウェラー卿に好意を寄せてると確信してた。違ったのかしら。

ツェリ様の話を訊いた人物像とサクラと話してる彼の人物像は一致しなくて。

ウェラー卿の闇をサクラが照らしてると、更に言えばサクラもまたウェラー卿に心を開いていたように見えた。

遠くから見る二人の空気は柔らかくて、こんなご時世だけど、見てるだけで胸がほっこりする光景だったのよ。――ウェラー卿よりもサクラの中に大きな存在がいるって事?


「(私的には、ウェラー卿と幸せになって欲しいのだけど)」


声をかけようとしたジュリアの想いを余所に、裏返った声が部屋に響いて。

声のした方向を見遣ると、意を決した表情をしたカンノーリがいた。

夕食を持ってきてくれたカンノーリの用事は既に終了したのだから、メイドの彼女がこの場に居座る他の理由は見当たらない。

何を言い出すのかしらと、ジュリアとギーゼラは、彼女を見つめたのだった。


『――ぬ…?』


カタンッと小さな物音がした。





(今更だけど…)
(誰か明かりを灯してくれぬかー)
(顔がはっきりと見えぬのだ!)



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