20-6



『――ぬおッ!』


誰かが灯してくれた明かりと、窓から入って来る月明かりのお蔭で部屋の中の隅まで見渡せるようになったのだが――…。


『な、なんだ…貴様等か……びっくりさせおってからに』


カンノーリの背後に、数人立っていて。

そんな…背後霊のように立っておるもんだから、大げさにびっくりしてしまったではないか。

びくッと両肩が跳ねて、手元のチキンスープがゆらゆら揺れた。――おっと、やべっ。もう少しで零すとこであったぞ。


『い、いいいつからそこにいた!』

「ぷっ。サクラ…落ち着いて」

「私も…不覚にもびっくりした」


ジュリアに笑われて、羞恥に襲われた。

隣りでギーゼラも同様に驚いておったようなのが、ほんの少しだけ救われた。


――ホント…いつからそこに突っ立っていたのだー。

神経を張りつめて二十四時間気配を探ってるわけではない為、まったく気付かぬかった。

良く解らぬ空気が充満してる。

カンノーリが入って来た際に開けっ放しだった入口には、オリーヴやロッテにクルミの姿が見えた。

彼女達に隠れて見えぬが、ナツやバジル…それから数人いる。考えるもなく己に用があるのだろう。

気になるが…それよりも、カンノーリが何か言い掛けておった途中だったのを思い出して。ごほんッとわざと咳をして、己に注目させ変な空気を払拭させた。


『カンノーリ、何か言い掛けておらぬかった?』

「あの…えっと…」

『……うぬ』


言い難い内容らしく、はきはきと喋ってるのが印象なカンノーリには珍しい。口をもごもごさせて、視線が合わぬ。

出来るだけ優しい声音で相打ちを打つ。し〜んと静寂が流れた。

空気を読んで食べかけのチキンスープに手をつけたいが、スプーンを下ろして、じっくりと待った。ほら私大人だから。

背後に立ってるオリーヴ達は皆一様に神妙な面持ちで、カンノーリが顔を上げる気配を感じ取って、彼女達から視線を戻す。と、蒼の瞳に、何かを決断した強さが宿っていた。

私の顔にも真剣な面持ちが伝染。ドキドキ。


「姫様。――姫様が独立部隊を作ったと、お聞きしました」

『あーうぬ。誠のことだぞ』


嫌な予感が――…、


「わたしを姫様の部隊に入れて下さいっ!」


見事に的中ー!

息を呑む音が隣から二つ聞こえた。


「……」

『あー…』


何と返していいのか、視線が泳ぐ。

うぬぬ…そんなに、じい〜っと力強く見られても困る。あまりの驚きと困惑で、チキンスープの味をすっかりぽんと忘れてしまったぞー。


「お願いします」

『あー…』

「お願いしますっ」

『しかし…』


生半可な気持ちで刀を手にするなど、そんなの私は認めぬのが常だ。

出来ればナツにだって、戦を経験して欲しくないと今でも思ってる。

それでも己の部隊に置くと決めたのは、彼には、彼の守りたいものが、そして彼の兄を見つけるという目的があるから。見守ろうと思って、勝手だが己の部下にした。

憎しみで剣を持つのも時として否定はせぬが……カンノーリの眼差しには、憎しみの色が何処にもない。

カンノーリの年齢は、グウェンダルと同じくらいの年頃――人間でいうと大学生くらいか。その歳で初めて剣を手にするのは…あまりお勧めしない。

オリーヴやジュリアみたいに幼少期から戦う術を学んでるのなら話は別。カンノーリの筋肉や仕草を見る限り、戦いからかけ離れた家系で育ってる。ナツはまだいい、彼はまだ教えたものを素直に吸収できる年齢だから。


『(だけどカンノーリは…)』


遅い早いは理由にならぬかもしれぬが、いつ戦いになるか分からぬこの時代だからこそ、彼女にはそのままでいて欲しいと願う。

人手が足らぬ血盟城の現状では戦えぬ魔族も独りでも多く兵士として使おうとしているのは知っておるけども。カンノーリはそのままでいて。

綺麗な人が…一人でも血に濡れておらぬ人がいったっていいではないか。

お城にいてメイドとして生きていく方が、幸せだろう?

何を思って戦いたいと申すのか――…理解しがたいが、誇りもないだろう彼女に剣は似合わぬし、血に濡れた戦場も彼女に似合わぬ。

鍛錬すら初めてだろう彼女に戦場に立つなど自殺行為に等しい。

そう思考しておる私だが――否定の言葉が出て来ぬのは、思ったよりも向けられる眼差しが、揺るぎないからで。生半可な気持ちで、言い出したのではないと察したのだ。


――どうしたらいいのだー…。

血が流れる真っ赤な世界は、知らぬ方が幸せだろうに。

って言うか、未来でメイド長してる筈故、ここで私は彼女をうまく諭さねばならぬのかもしれぬ!頑張れ私!


「わたしっ少しでもサクラ様の御役に立ちたいのです!」

『メイドになってくれただけで十分、助かっておるよ』

「いいえ。それだけでは満足できません!是非、サクラ様の部隊に入れて下さい」

『しかしな、カンノーリは剣を握ったためしはないのだろう?』


逸らしたくなる突き刺さる蒼の瞳を、逸らすまいと此方も力を込めて見つめる。

ぐっと緊張が孕んだ空気だけが、室内を覆った。誰かの小さく息を吐き出したのが――鮮明に、耳朶を揺らす。一秒が酷く長く感じた。

恩を売りたいと思っての行動でもなければ、恩を返してほしいとも思っておらぬのに。なぜ解ってくれぬのだ。


「――いいじゃない」

「!」

『……ジュリア』


静観していた彼女がカンノーリを庇護する科白を放ったので、信じられぬと目を見開く。名を呼んで短く非難した。

見えてない筈なのに、私の低い声に、苦笑しながら此方にブルーの瞳を向ける彼女は、ホント見えてるようにしか思えぬ。って感心しておる暇はなかった。

ジュリアは物腰柔らかく、微笑みも優しく警戒心が強い人の心だっていとも簡単に溶かしてしまいそうな威力を持っておる――…温かい印象を持つ彼女だが、その笑みと雰囲気はコンラッドと似通ってるところがあると私は知っておる。

つまり、ジュリアがこうと決めれば、有無を言わせぬ笑顔だけで物事を通そうとする強引さがあるのだ。

あの黒い笑顔には逆らえぬよね。逆らえる人間…否、魔族がいたらお目にかかりたい。


「彼女ここまで言ってるんだし、入隊させてあげたら?」

『遊びではないのだぞ』

「はい、もとより覚悟しております」

「ね?こう言ってるし。剣の腕なら、これからサクラが直々に鍛えてあげればいいんじゃない?」


と、目の前でジュリアに毅然とした態度で頷くカンノーリ。

人知れず溜息が。心なしか頭痛もする。


『(味方がいない…)』


オリーヴ達の方からも、ジュリアの方からも、私を非難する視線が送れらてる。身体の内部まで突き刺さってる感じがするぞ。


――だけども、これは引けない。認めるわけにはいかぬ。


『そんな簡単な話ではなかろう!』

「そうよ…命を落とすかもしれないのよ?」


味方がいたー!

隣りから聞こえてきた控えめな声に、心の中でギーゼラを称賛した。うぬうぬと大きく頷いて見せる。

隊長になったので、隊員の命を預かる責任が己にはあるのだ。そう簡単に、命は背負えない。と、思ってるのに――…、


「それなら、後方支援を担当してもらえば?」

『後方支援って……私はこの部隊をそこまで大きくするつもりはない』

「治療をする知識を持ってる人が一人でもいた方が、生存率は上がるわ」


味方がいなくなったー!

ジュリアからの提案を訊いて、ギーゼラが意見を覆したのを見て、私はガクッと項垂れた。み、味方がおらぬ…。

「それなら私が教えることも出来るわね」と続けたギーゼラの科白が私を追い詰めた。


『だがな、』

「わたし医療は少しだけですが心得があります」


カンノーリ…ぐいぐい来るな…。

そこまで私の部下になりたいのか…ある意味では嬉しい。だって私を慕ってくれているのだから、嬉しい筈がない。

すっと流れるようにジュリアから私に視線を移した彼女と――視線が絡む。


『帰る場所がないからと入隊するのは、認められぬ。本当はシュトッフェルがいるこの城にもいない方がいいのだが……兵士になるくらいなら、メイドの方が幸せだと思うぞ』

「御言葉を返すようですが、わたしの幸せを勝手にお決めにならないで下さい。わたしにも譲れないものがあるのです」

『……』

「もしもこの戦争で命を落としたとしても、わたしは後悔致しません。サクラ様に救って頂いた命をサクラ様の為に遣いたいので御座います」


負けた。

真夏の日差しのようにカンノーリの視線が熱と威力を持って、肌を突き刺す。

言葉は丁寧なのに否定は認めぬと言ってるソレに私は白旗をあげるほかなかった。ジュリアといいカンノーリといい…眞魔国の女性は眼力が凄い。見習いたい。


「――よろしいですか?」


私が観念したのだと空気で察したのだろう、ずっと黙っていたオリーヴがおずおずと口を開いた。

彼女も、否…彼女達も私に用があるのだった。

あーカンノーリからの流れで、しかも彼女達の表情から良い話だとは思えなくて。『うぬ』と頷きながらも出来る事なら聞きたくはないのだがなー。さらっと流せる空気じゃないので、耳を傾ける。

オリーヴが、出て行こうとしたカンノーリを手で制して止めた。


「あたしと…バジルとナツの三人を部下にして頂き、ありがとうございます」

『あー…、本題は?』

「ランズベリー・ロッテとランズベリー・クルミも山吹隊に入れてくれませんか?」


――は?

意味咀嚼する前に、オリーヴの後ろに控えていたクルミとロッテが、前に一歩躍り出た。

記憶に残ってるよりも遥かに長いクリーム色の髪を優雅に揺らしたクルミ。

彼女の隣りに緊張した風な表情で立つ記憶にある顔立ちよりもやや幼いロッテ。

兄妹なのに、外見は全く似てない二人の唯一似てる――ブラウンの双眸が私に向けられて。二人は同時に「はっ」と敬礼した。なんだ、なんだー仰々しいな。


「私がランズベリー・ロッテであります」

「私はその妹のランズベリー・クルミです」

『……(いや知っておるけども!)』


オリーヴは、更に後ろにいたバタールの警備兵二人も私の隊に入れてくれないかと、声を張り上げてるの強張った顔で私を見つめる。

だが、私は彼女の緊張を溶かしてあげる余裕はなく。

あるワードが引っ掛かって、ぐるぐると頭を悩ます。ついでに眉間に縦皺が寄った。


『……山吹隊?』

「はい!」


――いや…そんな嬉しそうな顔されてもだな…。


『なんだ、その山吹隊とは』


知らぬのは私だけ?

誰も疑問に思ってない顔をしておる。困惑とちょっとだけ疎外感。


「サクラ様が率いる部隊の名称です…よ?」

『おいおい…誰だ、そんなださい名前をつけたの』


と問えば、オリーヴの奴は、えっと大げさに目を丸くさせロッテとクルミと目配せして。三人とも揃って小首を傾げた。


「眞王陛下から教えて頂いたのですが…」

「あたいは…てっきり漆黒の姫さまが、決めたのだとばかり思ってましたー」

「(あの御様子だと)……俺達の勘違い…ですね」

『眞王…あやつッ』


――あやつまったく一体何を考えておるのだッ!

私が気絶してる間に、オリーヴを通して勝手に部隊に名前まで付けやがって……って…うぬ?山吹?あーあああ!だからオリーヴ達は山吹色の軍服を着てたのか!

未来でバジルやナツを見た事ないなー。

カンノーリもメイドとして働いておったから、あの軍服に身を包まれてる姿も見た事ない。

ついでに、オリーヴが言う残りの二人も、バタールの警備兵から、己の率いる部隊に入りたいらしいが――彼等の顔にも見覚えが無い。バタールが初対面だと思う。

どちらも火事現場にいた。二人の…性別は男だ、彼等二人とロッテは親しいようだった。内一人はロッテと口論していた男だ。間違いない。でも未来であの顔を見る機会なかった。


私はコイツ等二人も、己の部隊に引き入れたのだろうか?

繋げたいあの未来のために、私はこの時代で、少しであの未来から見た過去のサクラと違う行動は避けたい。

こちらで過去を変えてしまって――…己でも気付かぬ内に、未来が変動してしまう結果になってしまえば残るのは絶望だけだ。

私はコンラッドとユーリの二人を中心に頑張っていると言っても過言ではなかったりする。眞魔国のためにも繋がるけどね。


「サクラ様…」

「漆黒の姫様…」

『あー!わかった、わかった!』


蚊帳の外であるジュリアとギーゼラの眼が、入れてあげなさいよと言ってる気がする。

うるうると泣きそうな瞳でオリーヴとクルミから見られたら、嫌とは言えぬわけで。

……おい、知ってるんだからな!クルミが実は男勝りで、口を開けば暴言がその可愛らしい口から放たれるのを!

しおらしく体をくねらせてるクルミに、そう言いたかった。チキンだから諦めたがな!


『好きにしてくれ!』


一人や二人抱えたところで――私のすべきことも、彼等を死なさないように心掛ける負担も、そんなに変わらぬのだから。腹を括ろう。

両手でひらひらさせて許可を出したら、顔を強張らせていた名も知らぬ男性二人と、オリーヴ達三人と、事の流れを見守っておったバジルとナツ全員が――…顔をパアァーっと綻ばせたのだった。



本日、誠に不本意ですが“山吹隊”結成されました。


――あ…訂正。

誠に不本意ながら…“山吹隊”結成されてました。





(あ、だが“漆黒の姫”とは呼ばないでくれ)
(隊長だとありきたりですし…姫ボスで!)
(……(それクルミが発案者だったのか))


to be continued...


[ prev next ]

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -