20-2



――嗚呼…この感じ懐かしいな。

目を覚まして、まず最初に思ったのはソレだった。

瞼を開けてここが何処なのかとか、私寝てたっけなどの疑問が脳裏に動く前に、全身に筋肉痛に似た疲労が溜まっているのを感じて、笑いたくなった。少々、現実逃避したくなるのは許してほしい。

もちろん身体のダルさは、激しい運動をしたせいではないのだと、分かっている。


『……、』


あれだ。魔力の使い過ぎだ。

以前も魔力に慣れなくて倒れたけれど、あの時よりも疲労感が凄まじいのは何故だ。

“前の世”では、死闘を繰り広げたーなんて珍しいことではなかったので、この疲労感とは仲が良かった。

まあ、無茶をするたびに、己の部下である竹本薫に、説教されておったのだが。それを含めて、懐かしく思う。

倒れても、ここまでのダルさは、転生してから初めてで。


――薫と言えば…、


『妙だな』


認めたくないが、無様にも気絶していた間に、またもあちらの世界での夢を見ていたのだが――…。


「隊長ッ!」

『おお!久しいな、薫』



夢の中で見る過去の思い出は、過去の私を通じて、あちらの世界を観ていて。

視線の先では、目尻をこれでもかッてくらいに吊り上げた副隊長の薫がいたわけで。

視線が合った途端に、睨まれた過去の私は苦笑していたが、このやり取りを全く覚えてなかった“今の私”は、ぼんやりと薫を見ていた。


「何処に行ってたんですかッ!」


薫の顔は、彼の赤髪と同じ色に染まっていて、いかに薫が怒っているのか窺い知れた。こうなってる薫は、もはや誰にも止められぬ。


「半年ですよ!この半年間、一度も連絡もなしに一体アンタは何をしてたんだッ」

『……おい。最後タメ口だったぞ』

「どこで、なにを、なんの目的で連絡を一切しなかったのか――…僕が納得する説明をして頂きましょうか」



「さぁ」と据わった眼でじりじりと距離を詰める部下と、引き攣った笑みを浮かべつつ後退する私。


「今から他の隊の隊長を集めて貰って、総隊長の前に貴女を突きだしてもいいんですよ?」


薫の脅しとも取れる言葉に観念したのか、“私”は、その口を開いた。

何を喋るのか気になったところで、意識が現実に戻されたわけだけども。


――半年も姿を晦ませて、た…だと?

薫に内緒で、下の者に代わって、虚討伐に行くような事はあれど、連絡もなしに半年も何処かへ行くなどと私は絶対にしなかったと思う。

見た所、怪我をしたような恰好でもなかったしなー。

私は一体どこに行っていたのだろうか。

突発的な行動は、ルキアや一護を守るためだったりもするが――…思い出せぬ。まあ、思い出せぬくらいだ、たいした記憶ではないのだろう。うむ。





「……何がだ」

『っ、!?』


己一人しかおらぬと思っていた空間に、突如として聞こえた声に、心臓が大きく跳ねた。

誰かと思ったら、そこにいたのはコンラッドだった。心臓が止まるかと思ったぞ。


「横に寝ておけ」


暗闇で目を凝らさないと見えぬのに、声の持ち主が誰か判ったのは、コンラッドの声だったから。

想い人の声というのは、どれだけ離れていようと、耳が拾ってしまう。

慌てて起き上がろうとしたら、ベッドまで近寄って来た彼に、柔らかいベッドの上に押し戻された。外から入る僅かな光に照らされて、彼の瞳がきらりと光った。


『すまぬ、あー…貴様こそ何をしておるのだ』


第三者の登場に、今更ながらここが何処なのか気になって、室内に視線を走らせる。

明かりがついてないから、部屋の雰囲気までは判らぬ。でも、ここはコンラッドの部屋ではないようだ。――この広さ…貴賓室か?

シュトッフェルのように贅沢三昧してると思われたくなかったので、血盟城では部屋は借りなかったというのに。まさか倒れるとは、計算違いだった。

シュトッフェルに啖呵を切って、バタールに向かって、国境の近くのあの村も助けられなくて。

挙げ句の果てに、中途半端なところで力を使い過ぎて倒れるとは。

心の中で自嘲して、今は、あまり触れて欲しくないその話題から、彼を遠ざけた。自己嫌悪中。


「……お前…」

『?』

「いや、そこで大人しく待ってろ」

『え、?』


コンラッドは眉間に皺を寄せて、何か言おうとしておったようだが、何故かベットルームから出て行った。

扉の向こうに消えた背中をポカーンと見送った。

未来のコンラッドとは婚約者同士だったから、朝、起こしにわざわざベッドルームまで来てくれてたけど……本来、紳士な彼は、女性の部屋に無断で入らぬ性格をしておる。

そんな彼が、何故ここにいたのだろう?寝顔とか見られた?恥ずかしー!

どれくらい気絶しておったのか知らぬが、寝顔見られたとかっ。暗闇でもわかるくらい頬が赤く染まった。

恋人ではない男だとしても、彼はコンラッドには変わりないのだ。好きな人には見られたくなかった。よ、涎とか…寝言は大丈夫だったろうか。


「――水だ」

『ああ、ありがとう』

「…毒は入れてないからな」


数分で戻って来た彼の手元には、コップが握られていて、それを目の前に差し出されて。上半身を起こして、それを受け取った。

口を付ける前に送られた科白に思わず笑う。変なとこで気を遣ってるのか。

荒れてるように見えて、そういった優しさはちゃんと持ってるんだなー。やっぱりこやつは不器用だ。


『そのような心配はしておらぬぞ』

「……」

『何だ?』


ずっと気を張っていたらしい彼女の表情は、本当に毒を盛られてないと思ってるらしく。

気の知れた間柄ではない俺を信じているというのか――…とコンラッドは、手の平に力を入れた。無条件の信頼を寄せられた事に酷く戸惑う。


「お前…どうして……、いやなんでもない」

『変な奴だなー言いたいことがあれば、言えばよかろう』


この時代のコンラッドは、いつも不機嫌そうな顔をしてる。

何やら思案しておったらしいのに、言葉を飲み込んだ彼を見て、私は頬を緩めた。

サイドテーブルに、空になったコップを置いた。水分を取って気付いたが、私はかなり喉が渇いてたらしい。

前回、魔力を使い過ぎて倒れた際は、一日で起きれたから、今回もそう変わらないと思った己の考えは間違え、か。どれくらい寝てたのだろうか?

呑気に倒れている間に、シュトッフェルや人間の国の動きはどうなっておるのか、早く調べなければならぬな。眞王陛下との約束がある故、休んでる暇はないのだ。


『私はコンラッドほど不器用な奴は見た事ないぞ』


主君のために自己犠牲しがちな未来のコンラッドも、不器用だった。

ユーリのためならば、命をも掛ける彼を何度も見て、辛かった。それ以上に、そんな不器用な彼だからこそ心惹かれたわけで、思い出してふっと笑みを零す。

この世に完璧な人など一人として存在せぬ。彼にも欠点はある。

誰もが目を惹く容姿をして、剣の腕はぴか一で、女性に支持されておったコンラッドは、その容姿から考えられぬくらい不器用で、時々どうしようもなくへタレになる。

コンラッドのそういった一面を見て、可愛いと思ってしまうくらい私は彼に溺れている。

と、そこまで思考して、はッと気付いた。首元がやけに軽い。気付いたら、やけに首回りが軽く感じて、落ち着かぬ。

胸元を左手で確かめて――…手首も軽く感じて目線を下げれば、そこにあったブレスレットがなくなっていて更に焦る。


「これを探しているのか?」

『!』

「寝てるときに邪魔だと思って、衛生兵の誰かが外したんだろ」


私が何を探していたのか察したらしいコンラッドが、側に置いてあったネックレスとブレスレットを持ち上げて見せてくれた。

きらりと光るチェーンに指輪があるのを目視して、ほっとした。


「……大事なものなのか」

『…え、』

「そんなに大事な物なのか?」


それを見た途端に、柔らかい笑顔を見せた彼女に、コンラッドは面白くなかった。

その笑みは、あの忌々しい花を好きだと言っていた時に見たものと似ていて。

彼女から滲み出るソレは、よほど大事な物なのだと物語っていた。同時に、きっと異性からの贈り物だと悟り、胸の中がもやっとした。

ぶつけた疑問は、もはや断定的な声音で。

知れず低くなった言葉に、サクラは気にした様子はなく、コンラッドを見上げて『ああ』と頷き、ふわりと笑った。


「……」


面白くない。

だってその笑みは、自分に向けられたものじゃない。自分を通して笑みを向けられても、全然嬉しくなかった。

魔族であれば誰もが羨む黒の瞳には、ちゃんと映っているのに。彼女は、違う誰かを想って笑ってる。――俺を見て欲しい。


――いや、なにを考えてるんだっ。

コンラッドは、大事そうにネックレスを握りしめるサクラから視線を逸らして。頭を軽く左右に振って余計な考えは追い出した。眉間に寄った皺は、消えなかったが。


「剣を扱うなら、そんなものは邪魔だろうが」

『…、』

「一つならまだしも、二つもチャラチャラしたものを付けて…。もしもの時に動きが鈍る原因になっても知らないからな」

『心配してくれておるのか?ありがとう。だが心配ご無用だ!』

「……チッ」

『今、舌打ちした?』

「腹減ってるだろう。後で、病人食を持ってきてやる。ありがたく思え」


あからさまに話を逸らされたぞ。

しかめっ面なコンラッド、機嫌が悪いのを隠そうとしておらんな。って、なんでいきなり不機嫌になっておるのだ。意味がわからぬ。

情緒不安定なのか?うぬ、思春期独特の感情の起伏が激しいのかもしれぬ。

ただでさえこの頃のコンラッドの周りの環境は、とても生きにくくて、ストレスが溜まりやすいようだし。そっとしておこう。うぬ、うぬ私ってば大人。

そう考えると、上から目線で物を言われても、何だか可愛く思えるから不思議だ。

これをヴォルフラムに言われたら、カチンと頭にくるのになー。我ながら、恋愛フィルターは、凄い威力である。





(ん?うぬぬ?)
(病人食?はて、私は病人ではないのだが…)



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