19-6




啜り泣く声。


「ぅううう」


子供の母を求める声。


「たすけて…っ、けほ…」


虚ろな眼で助けを乞う声。そして――…


「っそ、うごく!?」


己を眼にした瞬間目を見開く人々。

火から逃れて無事だった人達の中には、男性の姿もあるのに。彼等の眼は虚ろで、地面へ座り込んでおったり、ぼーっと濁った空を見つめているヤツばかりだった。

彼等の様子から、大切な者を失ったのだろうと、一夜で全財産を失ったのだろうと――…容易に察せられるが、泣き叫ぶ女、子供の声が聞こえぬのかと叫びたくなる。


「…双黒…」

「援軍に来て下さったのか…」


茫然と呟く人々に、込み上げる何かのせいで全身がぷるぷると震える。


『貴様等ッ!なにをしておるのだッ!』


耐えられなくなって、身体全体で大声を張り上げた。

響き渡る大きな声に、辺りにいた気の抜けた人達の虚ろな視線が、己に集まり、徐々に見開かれる目とどよめく民衆に、私は小さく息を零した。反応があっただけマシなのかもしれぬな。


「……なにって…、」

「なにも…」


思わず顔を見合わせたと言った感じでそう言った男性二人を見、そして周りにいる彼等にも視線を向けて、


『まだ火の手が上がっておるのだぞ!……貴様等は泣き叫ぶ子供をただ眺めるだけなのか?怪我をしておる者を見殺しにするつもりか?』


早く火を消さなければならぬのに、街の住人がこんなんでは話にならぬ。

視線を逸らす彼等から、気まずそうに俯く彼等から、一向に返事を言わぬ彼等から、何もかも諦めたような…そう生きる事さえも諦めたような空気が流れてた。

ここにもしもアニシナがいたら、これだから男共はと激怒したことだろう。私も今まさにアニシナの男に幻滅する気持ちを感じておった。


『…――手の空いてる者は、怪我人を広場へ集めろ』


今度は、先程よりも落ち着いた声で静かにそう告げる。


――火事場に立つのはこれが二度目だな…。

以前は人間の土地で、ユーリと共にビロン氏に憤怒した時だった。過去へ飛ばされてまだ半月しか経っておらぬのに、もう数年もコンラッド達に会っておらぬような気がする。


『私の仲間に治療魔術を持つ者が広場にいる。火を完全に消せば私も治療に向かう』


指揮する者がおらぬのならば、この私がなろう。


『生きたいのなら悲観するな!泣くな!』


産まれて初めて眼にする黒に思考を奪われていた者達も、ただ耳を傾けてた者達も、皆一様に顔を上げて、その身に二つも黒を宿した少女に視線を向けた。

厳しく放たれていた言葉の数々が胸に突き刺さる。


『泣くのは全てが終わってからにしろッ!まだ救える命もあるのだぞッ!』


サクラの透き通る声は――…彼女の姿を改めて視界に入れた彼等に、纏っていた濁った空気を払拭させ、今日初めて太陽の光を浴びたような気持をもたらした。

頭が冷めたその感覚に、民衆は水を打ったかのように静まり返ったのだった。

泣きわめいていた男の子や、母を求めていた女の子達も、サクラの姿に魅入り、静かな空気を作ってた。

「そうだ…その通りだ……」と、誰かがぽつりと呟いて、その声をきっかけにまた一人と立ち上がる。


「俺達が…、やらなきゃ…」

『……』


虚ろだった瞳に光が宿るのを確かに見た私は、ゆっくりと口元に弧を描いた。


『男共は火を消すのを手伝ってくれ』

「おう」

「訊いたか?ヤロー共ッ!水を探すんだ!」


一人が立ち上がり、また一人と力強く立ち上がって――…彼等に活気が戻る。


『それから――…女、子供、怪我人は広場へ。一人で運べぬ重傷人は、直ちに申すのだ』


それでも地面にへたり込むヤツも少なからずいて、私の眉間にグウェンダルのような縦皺が寄った。


『泣く暇があるなら動けッ!死にたいのかッ!』


腑抜けに喝を入れる。

やるべき事は沢山あるのだ。


「ぁあ…あのっ」


不意に背中に掛けられたか細い声に、意識が後ろに向かう。


『どうした』

「私の…、私の孫がまだ火の中に」

『何処だ、どの建物だ』


遠くからこちらを見ていた集団から、のっそりと近付く老婆を見た途端、私から彼女に近寄った。

今にも倒れそうな老婆の背中を擦りながら、話を訊くと、彼女の孫が逃げる時にはぐれたらしい。最後に孫――男の子らしいが、その男の子を見たのは何処か尋ねる。

老婆の顔色はとても悪く、血の気が通っておらぬように見える。彼女はぷるぷると震える手で、己が向かおうとしていた方角を指をさした。

不安から来る震えで揺れる指先に従って見た先には、光が戻った男達が怪我人を運んでおる姿や、水を調達しようとしておる姿があった。


『お婆さん。建物はいつ崩れるか判らぬ故、広場で待っていてくれ』

「で、でも…」

『私も探してみるが、もしかしたらお孫さんは、広場に行ってるかもしれぬ。そこにお婆さんがおらぬかったら、お孫さんも不安になるぞ』

「……っおねがい…します」

『ああ。一人で広場に行けるか?』

「っ、えぇ」


よろよろと頼りない足取りで広場に向かう老婆の背中が頼りなくて、哀愁漂っておりかなり気になるが……彼女の為に早くお孫さんを探さなければと断腸の思いで私も足を動かした。

振り向きそうになるのを拳を強く握りしめる事で堪えて。


『――朱雀』

《はい。此処に》

『状況は…』

《観てましたから把握しております》

『なら、朱雀は怪我人の方を頼む』


薬を調合出来る玄武も共に具現化させた方がスムーズに人助けが出来そうだが、この後の事を考えると玄武まで出すのは体力が持たぬ。

朱雀が怪訝な顔をしておったが、見なかった見えなかったと己に言い聞かせてみる。だって朱雀ってば怒ると怖いのだ。

ぶるぶる震えそうになるのを堪えて走りながら朱雀にそう指示を出し、隣りを添うように走っておった朱雀は、《御意に》と、一度頭を下げて、重傷人の方に身体の向きを変えた。

己の腰には、青龍の綺麗な青をした刀だけ。水の力を持った青龍が必要なのだ。

今回は魔王がおらぬので、己が水龍を出さねばなるまい。


『……青龍』


柄に手を添えると、ひんやりと感じる青龍の魔力。

生きておるみたいにどくんと脈打つ感じが手の平に伝わる。また無茶をするのかと言ってるみたいで、思わず苦笑してしまった。



あのお婆さんが言っておった建物に近付くにつれ、


「離せッ!放せって言ってんだろッ!」

「無茶だ!今行ったって犬死にするだけだ」

『――…う、ぬ?』


聞き覚えがある声音に、足が自然と減速した。


「あの中にはクルミがいるんだぞッ!」


――クルミだと?

首を捻る前に飛び込んできた金髪頭の男性は、私の記憶に残る彼とは随分と若く口調も違うように聞こえるが、あれは間違いなく――…、


『あれは』


ランズベリー・ロッテだ。


《知りあいか?》


斬魄刀である彼等は、私が閉じなければ精神世界から私の眼を通して外の世界を観れるのだが、流石に記憶は共有しておらぬのだ。

彼等は、己の半身であって、私ではない。私を中心に形成されておるが、彼等は私であって私ではないだのだ。

青龍の不思議そうな声に、そうだったと頷く。


『あぁ…そうか。青龍は知らぬのか』


いつも山吹色の軍服に身を包んでおった彼は今、警備兵の格好をしており、ところどころ煤で汚れてるところを見ると、一晩中街を守る為に頑張っていたのだろうと窺えた。

早く駆けつけてあげられなかった現実に申し訳なく思った。

ここへ無理矢理部下として連れて来たナツとは違い、ロッテの金髪はサラサラで、サラサラな髪質を見てると、彼の妹を思い出す。ロッテとクルミは私の中で常にセットだからだろう。

クルミはロッテと似ておらず。クリーム色のボブだが、この時代の彼女の髪型がどうなっておるのかは知らぬ。

愛くるしい見た目とは違って、実は男らしいクルミだから、この時代でもボブヘアーかもしれぬな。と、想像して、胸の中に温もりが灯った。目の前にいるこの時代のロッテの髪型は己が知るロッテとさほど変わらぬかった。

『全ての命に潤いを我らが青龍』と、誰に言うでもなくぽつりと呟き、斬魄刀を始解し、続けて更に己の力を開放させる。

魔力が込めた手元からぶわりと力が吹き抜けサクラの黒髪を優雅に揺らした。


『――卍解、四神相応ッ』


本来ならば朱雀と同時に卍解しなければならぬのだが、今回は青龍だけ。

朱雀がいない分、左半分にも水の翼が現われ、左右でゆらりと揺れた。青龍の柄を握る己の右腕を大きな翼を持った水龍がくねくねと覆ってる。

斬魄刀を地面に刺して更に魔力を籠めて、『龍神水牢』と紡いで、技を繰り出す。

言い終わるや否や、青龍を刺した土のから一匹の大きな水龍が現われて――…空に向かって飛び去って行った。

空に溶け込むように泳ぐ水龍が通った後には、ぽつりぽつりと滴が地面を濡らした。一滴、二滴と重なり合って、さながら雨のよう。


「雨だ」


と、誰かが言った。恵みの雨だと信じられないと嬉しそうな声が上がる。

この技は地面に剣を刺したままの体勢から動けぬのが欠点だな。ある程度、街の上を一周させて消した。これで燻っていた火の勢いも削げたに違いない。

魔力をある程度持っておる者には、これがただの雨ではないと気付いたことだろう。

ふうっと肩の力を抜いて、斬魄刀を引き抜き、ぽつりぽつりと落ちてくる水滴に、クルミが中にいるとロッテが叫んでいた建物に近付く。

己の勘が正しければ、恐らくこの建物内に、あのお婆さんの孫もいる。燃える建物はここと、……オリーヴの実家くらいだ。火が放たれたのは…恐らく被害が一番酷いオリーヴの家。

オリーヴは大丈夫だろうかと頭の隅で心配をする。

建物に入ろうとするサクラの漆黒の瞳と、ロッテのブラウンの双眸が交差した。


「あ…なたが」

「――そ、そうごくっ!?」


背後でロッテと、燃え上がる建物の中へと飛びかかる勢いで暴れていたロッテを止めていた一人の男性の声が聞こえた。

その男性の声でロッテが何を言い掛けたのか、己の耳には届かぬかった。






(知ってる人との出会いは)
(己の心を善くも悪くもざわつかせる)



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