19-5



『………』

《これは…ひどい》


白虎は私の魂で出来ておるから、私が出来る瞬歩も当然のように使える。

故に馬で半日かかる距離でも、数日かかってしまう国境の距離でも、己達には関係なくて。

目的地に近付くにつれ見えた舞い上がる黒煙に、心臓がひやりと凍った。






時は数十分前に遡る――…。


『アニ…フォンカーベルニコフ卿の事は頼んだ』

「え?」

『私は、彼等と先に行くから。ジュリア達は馬で向かうのだろう?白虎の方が早い故』


貴族って…どうして言いにくい名字をしておるのだッ!いちいち噛みそうで、大変であると思っておるのはここだけの話だ。


「まったくこれだから男はッ!」

『あー…だがいいのか?私について来たら……ジュリアの立場が』

「ああ、大丈夫よ。仮にも私も貴族だから」


貴族は貴族でも、そう言えば十貴族。

確かに、いくら摂政でも、ジュリアをどうこうしようなんて考えは…あったとしても行動には移せぬのか。

力強い視線なのに包み込むように笑うジュリアに、肩の力を抜いた。彼女は魔力の量が多く、治療にも長けてるので、癒し手の一族であるギーゼラにも引けをとらぬ。そんなジュリアに来てくれると、心強い。


『あ!白虎』


まだかと待ちくたびれ始めた白虎に、固まっておったた外野に指をさす。彼の背中に乗ってるオリーヴとバジルも促されてそちらを振り向いた。


『あの少年も部下として連れて行く』

《………強引じゃのう。サクラにしては珍しい》

『まあ、そんな日もあるさ』


本人の意思ありきの話だけれど――…あの少年は、目の行き届くところにいて欲しいから。本人にどうするか聞かないで決めた。

当の本人は、自分が言われておるとは思っておらぬらしく、きょろきょろと視線を彷徨わせてる。


「どうして男と言う低俗な生き物は、馬鹿な考えしか持たないのでしょう」


私が、指をさした先は、兵士は兵士でも、門を守る警備兵が集まる方向。その中に、一際背が低い少年がいて。恐らく、彼と己がどんな接点があるのか知ってるのは、私とヨザックだけだろう。

彼は、私が初めて王都に行った先で見たナツという少年だ。


――誠にナツは、兵士になったのか…。

視界にたまたま映ったので、見過ごせぬかった。イチカに対して罪悪感を抱いてるからだろうけど…あの会話を聞いた身としては、放っておけなくて。

白虎の尻尾が体に巻き付いて、目を白黒させてるナツを視界の端で捉えて、嘆息した。


「わたくしは、浅はかな考えを持つ男しか見たことがありません!漆黒の姫を見て見なさい!あのように――…、」


どすんッと地団太を踏む音がしたと思えば、シュトッフェルのヤツがゲーゲン・ヒューバーと共に城内へと歩いて行くところで。背中を向けられた二人から、不穏な空気と舌打ちが聞こえた。

あからさまな足音に、びくびくと肩を震わせる兵士達にアニシナがまた激を飛ばしていて。


「びくびくして見苦しい!」


私はと言うと、イライラをまき散らしながら去っていくシュトッフェルの背中を睨みつけながら、ジュリアにだけ聞こえるように口を開く。


『ジュリア、すまぬが…国境付近にある村に行ってくれぬか』

「……バタールではなくて?」

『うぬ。私の気のせいで済めばいいのだが……。何もなければ、私に鳩を飛ばしてくれ』

「怪我人はどうするつもり?バタール…最悪、死人が出てるかもしれないのよ。息があっても重傷人よ」

『私も治療魔術、出来るから問題ない。私の杞憂であればいいが、そちらの方が気になるのだ』


腑に落ちぬ表情を浮かべたジュリアに言葉を重ねる。


『そちらの村の方が、悲惨な状況かもしれぬ』


怪我人を気にしてサクラに行くと言ったのに…と、ジュリアは、反論したかったが、サクラの声音が思いのほか真剣で素直に頷いた。本当に何かあるのかもしれない。

詳しく聞きたかったが――…『まことに、杞憂であればいいのだが……』と、続けて言われ、飛ばして国境に向かいそれからバタールに行けばいいのよね、と、誰に言うでもなく呟く。

バタールの方が気になるといったら嘘になるけれど、アニシナも私に任せたとなれば、国境の村にそれほどの危険が迫っているのかと考察する。

この場でサクラに尋ねても、答えてくれなさそうなので、直接行くしかなかった。そう、まだ暴れてるアニシナを連れて。





『――行くぞ』


白虎の上にちゃんと三人乗ってるのを確認して、格好よく言ってみた。


「えっ、おれもっ!?」


今日もぼさぼさ頭のナツが、困惑の声を上げてるのは聞こえぬふりをして。ふわりと駆け抜ける白虎に続いて、私も瞬歩でその場を後にした。

啖呵を切ったり、部隊を作ると言ったり――…私はこちらへ来て、地に足をつけてると実感する。あちらでもユーリと共に、いろんなことに首を突っ込んだりしておったが…自ら進んで誰かの命を背負う覚悟はなかったと思う。

零以外の命を背負うつもりは、全くなかった。

コンラッドやユーリと出会って、私も私らしく生きようと思ったけれど、隊を作る考えはなくて。だけど、シュトッフェルに啖呵を切った時、ストンっと己の中に落ちた。

嗚呼、だからオリーヴは私に盲目なほど慕ってくれておるのかと、合点がいった。

ギーゼラが悲しそうに私とユーリに話してくれた内容にも納得できる。


『(全て、繋がっておるのだな)』


眩しくて、笑顔で溢れるあの時代に――…この道は繋がってる。


「いいですか!これから先の未来は、わたくし達女性が、あなたたち男を鍛え上げて――…」

「アニシナ、もう準備しないと。サクラ、行っちゃったわよ」


背後で聞こえたやり取りと、瞬歩で消え去る直前に見た何か言いたげなコンラッドとヨザックの視線には気付かぬふりをした。

自ら行動を起こす事で、私の知る、私が繋げたい未来へと道は出来ると信じて。己の心を掻き乱す存在は、敢えて見ないようにする。







そして冒頭に戻る。


「っ、ぁ」

『………』

《これは…ひどい》


やっとたどり着いた街を眼にして、一同は言葉を失った――…。

一晩中燃えていたのだろう。私が見た時には、炎が上がっていたのだろう民家は、ただの真っ黒な塊へ姿を変えており、火の勢いは鎮火に向かっていて、街は炭と化していた。

未だ炎に揺れている建物もあり、水が必要だ。なのに、あまりの悲惨な状態に、身体が動いてくれぬ。

私はこの街の前の姿を知らぬので、どれくらい変わり果てたのか想像がつかぬが、それでも被害の酷さは理解できる。

あちらこちらで啜り泣く声、火事現場特有の焼け焦げた臭い、肉塊の焼ける鼻を突く臭い――…視覚、聴覚、全ての感覚に被害の深刻さを訴えて来る。

その時己の脳裏に、あの教会で見た真っ赤な炎が過ぎった。


《サクラ》


――はッ!

白虎の声に我に返った私は、彼の背に乗ったままのオリーヴ、バジル、ナツに視線を向けた。

三人とも絶句しており、ナツなんて口を開けたまま固まっていて、オリーヴは息を呑んでおった。そうだ茫然としておる場合ではなかった。


「とうさま…かあさま…」

『オリーヴ、』

「っ父様ッ!母様ッ!!」

『おいっオリーヴッ!』


“パプリカ”よりも広く、城下に比べると遥かにひっそりとした小さな街。

その中でも、面積が広いからか未だに燃えてる街一番の大きな建物に向かって、オリーヴが駆け出した。必死な形相と、立派な建物に、嗚呼…あの中に彼女の大切な家族がおるのかと悟る。

《どうする?》と問うて来た白虎に戻れと告げて、私の中へと姿を消してもらった。

支えてくれるものが無くなって、我に返るバジルとナツが視界に入る。


『バジル、ナツ。怪我人をあの広場に集めてくれ。私が治療する』

「………承知した」

「っは、はいッ!」

『あ、ナツはあっちの方角を、バジルは逆の方角…特に重傷人から運んでくれ。…バジルは治癒魔術は出来るか』

「………出来ます」


勢いよく頭を縦に振るナツと、静かに肯定したバジルを見て、私も彼等とは別の方向を駆けていく。

怪我人を広場に集めるのを二人に任せて、私は燃え上がる火元をどうにかしようと思って。

一人飛び出したオリーヴも気になるが、彼女はしっかりしておるので…無謀な事はせぬだろうと信じてまず火を消すことに専念した。

己にも流れてる真っ赤な血の色をした炎、火元から舞う黒煙、土埃――…視界いっぱいにいろんな色が飛び込んで、何処を走っても、泣き叫ぶ人でいっぱいで、路地裏には避難したと思われる親子や、憔悴しきった子供の姿、眼と耳を塞ぎたくなる光景が広がっておった。







(もはやこの街は――…)
(幾度として見て来た戦場のようだ)
(血の色をした火を、真っ赤な色を)
(これほど憎いと思った瞬間はない)




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