3-6


「俺達は魔剣モルギフが山頂にあるって情報を得て、ここに来ました。地元の話と照らし合わせても、どうやらこの泉の魔物がモルギフらしい。湯が特殊な変化を起こしているのも、恐らくあいつの仕業でしょう」

「へぇ、そんなことできるんだぁ。さすが魔剣」


コンラッドの丁寧な説明に、ユーリは納得して、感嘆の声を上げた。


「感心してる場合じゃないですよ。モルギフを持てるのは魔王陛下だけだと言ったでしょう? だからこそ湯に触れても平気なんですよ。服の部分は陛下じゃないから、攻撃を受けて熱いってわけです」

「いやな予感がしてきた」


――なるほど。だからおれの素手は熱く感じなかったのか〜。

でも服を着てたら熱く感じるんだろ?そんなんで、おれはどうやって魔剣を取りに行ったらいいの?と、疑問を口にするよりも早く、ボートを漕いでたヨザックが口を開いたので、コンラッドから視線を外す。


「銀のビカビカが見えてきたぜ!」


ヨザックは、魔剣モルギフの事を、女将に教えて貰った話を耳にしてから銀のビカビカと呼んでいて、莫迦にしているようにも聞こえる。

おれ頑張ってるのになー…とは思ったけど、おれは日本人なので争いの種になりそうな事は、自ら蒔いたりはしない。

ヨザックに促されて、銀のビカビカとやらを見ようと、目を向けると――…暗闇の中でもわかるくらい、水面の一部が光っていて。あそこに行けば魔剣が手に入る!っと、おれは拳を強く握りしめた。


「(これで努力が報われるってもんよ!)」


自身を振るい立たせるべく拳を握りしめるユーリに、コンラッドは苦笑して爆弾を投下した。


「服を脱いでください」

「ええええええっ!?」

「いや、そうじゃなく、湯に入ってもらわないとならないので。ボートではこれ以上進めないし、服を着てるとさっきのように逆に被害が」

「ああ、そ、そーゆーこと」


いきなりのコンラッドの発言に、おれは目を見開かせたんだけど、そうじゃないと慌てて付け加えて説明されて、勘違いをした事に頬を朱くさせた。


「OK、OK、あそこまで歩いて行ってメルギフをとってくりゃそれでいいのね」

「気をつけて。足を滑らせたりしないように」


確かに言われてみれば、おれが服を着ていたら魔王じゃないと弾かれるわけで。ならば、服を脱ぐしかないじゃないか。コンラッドの言う通りじゃないかー。

おれ男だし、コンラッドもヨザックも男だから、別に彼等の前で服を脱ぐのには抵抗はない。

おれは服を脱ぎながら、サクラがここにいてくれなくて善かった〜と、内心ほっと息を零した。既にサクラに息子を見られた事実は、なかった事にしたいので、脳内から消去する。

因みに、この場にサクラがいたら、ユーリの言葉にすかさず『モルギフだ』と、訂正を入れて来た事だろう。コンラッドは訂正するのは諦めたみたいだ。


「大丈夫ですか? 痺れるとか、そういうのは」

「ちょい熱めでいい感じ。血圧の高い人は要注意ィ」


心配してくれるコンラッドに、おれはテンション高めでそう答えた。


「しばらく温まっていきますか?」

「仕事しちゃってからにしよ」


山を何時間も歩かされて疲れた体に沁みわたる。――やっぱ温泉って好きだな〜。

さっきまで疲労感を顔に乗せてたユーリの表情が、温度の高めのお湯に浸かって、薄れていくのを見て、コンラッドはホっと安堵の息を零した。 サクラに続いてユーリまで倒れられたりしたら…なんて考えると、気が気じゃない。

ぼんやりと淡い光を放っている中心部まで、裸で進んで、水面を上から覗いて見ると、薄ら剣のような物が見えて。おれは、間違いない、これだと確信して手を水中へと伸ばした。


「ぎゃ!」

「どうした!?」


おれの予想では、水中に浮かぶように存在しているソレを掴んで引き上げたらそれで完了だと思っていたのに――…手を伸ばした瞬間に、何かに咬まれたのだ。

何かに咬まれたって…考えられるのは一つだけで。


「うぎゃ! 咬んだ咬んだ、なんか魚みたいな口がおれの指を咬んだ、絶対咬んだッ」


パニックになりながらも、おれは自分の右手を噛んでいるのがどんなヤツなのか、見ようと目を向けたら、ぼんやりと見えていた物が鮮明に浮かび上がって、はっきりと輪郭が見えた。

見えたけど、魚でもなければ生き物すらなかった。目が二つおれを見上げていて――…



「ぎゃー顔が! 顔が顔がぁぁぁ!」



___ぱくぱくしている口がしっかりとおれの手を咬んでいた。



「聞いてねーぞ!? おれこんなヤバいやつだなんて全然聞いてねーかんなッ!これ絶対に呪われる! 触ったら誰でも呪われる!」


未知なる生物に更に混乱する。

頭の片隅で、あの女将さんが話していた顔が、顔がって叫んでいたって若者はこれを見たのか!?と、悟った。魔王じゃないのに、あの熱さを我慢して、ここまで来たっていうその若者は、かなりの強者だ!


――おれは無理、無理、おれ魔王だけど、絶対無理ィィィィィー!!!!!


「やだよーこんなスクリームの悪役みたいな奴ぅー! しかも困った系も入ってるぅー」


おれが手に入れたかったソイツは剣のくせに、顔があって、しかもおれを見上げて笑っているようにも見える。不気味だ、不気味すぎる。

牙が尖った犬にかまれたようなそんな痛みから解放されたくて、腕をぶんぶんと振って、剣を放そうとした。


「しっかり、陛下、落ち着いて」

「だって咬んだんだぜ!? こいつこんな、ヒトに見える壁のしみみたいな顔してからにさ、おれの人差し指を咬んだんだぜ!? ああおれもう絶対に呪われたっ、もう恋愛も結婚もできないんだーぁ! こんなヤツ触れられるわけねぇじゃん、こんなヤツ持てる勇者いるわけないよ」


勢いに耐えられなかったのか、強く咬んでいたソイツは、おれが腕を振った途端水中に戻っていった。


「判った、ユーリ。無理ならいいんだ、他の手を考えよう。落ち着いて、ゆっくり歩いて、戻って来るんだ」


解放された手を逆の手で撫でながら、コンラッドのゆっくりと投げかけて来る声に、次第にパニックだった脳内も落ち着いて行く。

半ば唖然としたままユーリは、コンラッドの言う通りに思考が停止させて、船に戻ろうと踵を返した。何が起こったのか、おれのキャパシティーを超えていて、脳内はぐるぐる回っていた。

だけど、続いてヨザックから放たれた言葉に自然と足が止まる。


「戻っておいで陛下、危険なことはしなくていい。戻っておいで早く、危ない橋は兵隊が渡るから」


彼のその言葉を訊いて、おれの中でギリギリに保っていた糸がぷつんと切れた音がした。


「……無責任だ、っていいたいのか?」

「ユーリ、いいから」

「おれが無責任だっていいたいのか!?」


諌めて来るコンラッドにも気付かず、おれは止まらなかった。

おれが剣を取れなかった事を嫌味のように嘲笑したヨザックにたいして怒りが膨れていく。 睨みあげるおれをヨザックは、ボートから見下ろして、くっと口角を上げた。


「オレぁそんなこと言ってやしませんよ、陛下。早く戻ってきてくださいよ、こんなところさっさとおさらばしましょーよ」

「……あんたに何が解る……」


見下した眼差しを寄越す男に、体中の血液がふつふつ沸騰していくのを――頭の中で冷静な部分のおれが感じていた。

これでも我慢してたんだ、それをこいつはッ!怒りに身を任せては駄目だと知っているのに、おれは怒りを滾らせる。


「ユーリ、こっちに……」

「あんたに何がわかるってんだ!?」


一度、箍が外れるともう止まらない。おれの意思に反して口が滑る様に動く。怒りは我慢の限界に調達した。


「おれはごく普通の高校生で、当たり前の十五年しか送ってないんだ。それを夢みたいな世界に呼び寄せて、いきなり魔王になれなんて押し付けたんじゃないか! 魔剣なんか幽霊や妖怪みたいなもんで、今まであるなんて思ったこともない! なのに怖気づいたからって責められんのか!? 誰だってあんなの見たらビビるだろうがっ! この剣すっごい攻撃力なんですって、勇者とか英雄にでも渡してみろよッ。それだってだーれも使いやしねーよ! あんな気持ち悪くできてんだぜ!?そいつをおれにっ」


おれは、一度だってこちらの世界に来たいなんて思った事はなかったんだ。向こうで平和な学生生活を送って、何も知らずに生きていたんだ。

それをこっちの都合で、おれの意思なんて関係なく勝手に呼び寄せて、魔王にされて、望んでなんてなかったのに。 それでもおれは頑張ったじゃないか。何も知らない中、頑張ってここまで来たじゃないかッ!文化も何もかも違うこの世界で慣れようと必死に、知り合いもいないここで頑張って、頑張って生きて来たんじゃないかッ!!!

今日からあなたは魔王ですとか言われて納得できるわけないだろッ!それでも頑張ったんだぞッ!!!


「刀なんて博物館でしか見たこともない、このおれに持てって!? おれがどんな気分かなんてあんたに解るはずないだろうがッ!?」


日本人なんて剣どころか銃を触る経験だって、生きていて死ぬまで触れるなんて機会は絶対訪れないほど、平和な国なんだぞ!

そんな感触を知らずに死を迎えるんだ。平和が約束された国で育ったおれに、いきなりあんな魔剣を触れなんて言われて、はいそうですかってならねーよッ!!

刀を手にする勇気だって凡人には覚悟が必要なんだ。触るだけでも怖いのに、生きている剣を触るのはハードルが高いってもんだって。


「解りませんね。オレには陛下がどんな幼少時代を過ごされたのか、どんなお人柄なのか全然わからない。陛下がどんなお気持ちなのか、どんなお考えなのかも皆目わからねぇ。 たとえどんなお方が魔王になられても、オレたちは黙って従うだけだ。兵士も民も子供もみんな、王を信じて従うだけなんですよ」


溜めるに溜め込んだおれの本音がボロボロと溢れ出て、叫びながら言ったおれは、興奮から顔全体に熱が集まっていて、暑かった。興奮のまま好き勝手叫び終わったおれは、呼吸を整える。

はぁはぁと呼吸を整えるおれに向かって、ヨザックは冷たい言葉を吐いた。それはどれも正論で、おれの心に深く突き刺さる。

ふと思ったのだ。――おれは…こいつが言った兵隊や民、子供の事を考えていたのだろうか、と。 おれは今、自分本位な言葉を叫んだのではないか?


「(でも、おれはっ王になりたかったわけじゃないのにッ)」


正論に気持ちが追いついてくれない。


「同じく“ちきゅう”とやらから来たサクラとは雲泥の差ですねぇ」


おれを詰る声が“サクラ”と呼び捨てにしているからか、それとも忘れていた存在にドキリとしたのか自分でも判らないけど――ひやりと心臓が跳ねて。続きを訊きたくないと思ってしまった。


「サクラは船でも刀を手に海賊と戦っていたっていうのに。それに比べて……」

「ヨザッ!サクラは」

「へいへい、知ってますって。経験の違いってねー。だが、背負う覚悟がサクラと違う。オレは、陛下が御自分で魔王陛下になると仰ったと訊いてるんですけどねぇ」

「ッ」


冷水を頭上から浴びせられた感覚がして、おれは押し黙る事しか出来なかった。






(彼の言葉は)
(この国に住む人達の声のような気がして――…)
(深く、深く心に突き刺さった)


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