3-5



ひと眠りしたおれを待っていたのは地獄だった。人生山あり谷ありってまさにこの事!


「うへ〜まだ着かないのー?」


おれは今まさに過酷な山を登っている。もう四時間ほど近く延々と登っている……。

朝から捕まっていた船から脱出したかと思えば、手漕ぎでボートを漕ぎ、それからおれを山が待っていた。


――あーおれもサクラみたいに楽になりたい…。

ちなみにサクラは未だ気を失ったままで、コンラッドに背負われているている。 彼女の顔は青白く、息をしているのかと心配するくらい顔色が悪い。

ユーリが心配している倍以上に、護衛兼名付け親のコンラッドはサクラの事を心配しているみたいだった。


「(羨ましい…。おれも背負われたい)」

《ウェラー卿!主を離しなさいっ!! 主は我が抱えます》

「…女性には酷ですよ」

《いいえ、我が抱えます》

「……」


――羨ましいか? ユーリは頬を引き攣らせて苦笑した。

腹の中では何を思っているのか判らないくらい御淑やかに見える朱雀と、雪が吹雪いているのでは…と錯覚しそうなくらい冷たい空気を纏っているコンラッドのやり取りは、側で訊いているだけで心臓が持たない気がする。

それに――…上空には、太陽がさんさんと輝いていて、外野の騒がしさと、延々と歩かされた疲労感にはちっとも優しくない太陽の輝きに、辟易する。


――今だけでいいから太陽さん姿消してくれないかなー…。

ユーリの吐く息は荒くもう限界だ。発狂したいくらい疲れていた。 


「結構です」

《お前!いい加減サクラを離せよっ》

「(おっと玄武も参戦した)」

「いえ、ヘビのあなたではサクラを持てないでしょう?」

《っ!?》

《ならワシの上に乗れるぞ? ほれ、乗せてみぃ》

「…大丈夫です。俺は疲れていませんから」


白虎とコンラッドの笑顔の攻防戦に発展。

あの二人の間に立てば、少しは涼めそうだけど――…あの間に入る勇気はおれにはなかった。おれは荒く息を吐きながら、ぜいぜいと足を動かす。

ヴァルフラムも、軍人なはずなのに、おれと同じく疲れた様子で、それだけが救いだった。やはりこの道は常人には辛いのだ。

コンラッドは汗ひとつ掻いておらず、ヨザックは前方にて軽やかに足を進めている。二人を見遣って、軍人だからなのか、そうなのか…とおれは自分と二人の体力の違いに、溜息を吐いた。おれが非力なのか?


《ならばっ! 青龍っ!あなたが何とかなさい!!》

《……主を我に…》

「人口密度が高いので…あなた方はもう戻られたらいかがですか?サクラには俺がついていますから」


青龍…数秒で撃沈。


「……(可哀相)」


――もう何度目になるのか―……四神とコンラッドのサクラを巡る争いは、今回はコンラッドが勝利した。

みなさん、文句を言ってサクラの中?に、帰られました。

口ぐちにコンラッドに向かって悪口雑言を浴びせているのを、遠目から見て、おれは自分が言われたわけじゃないのに、現実逃避しそうになったのである――と、その時。


「もうちょっとで休憩所があるよーん!」


と、前方を歩いていたヨザックにそう言葉がかかって、途端顔を輝かせた。…――休めるー!!!


「ちょっとってどれくらい!?」


ちょっととか言ってたのに、期待したおれの考えていた距離と全然違って、ヨザックから教えて貰ってから、かなり歩かされた。

期待した分余計に疲れが溜まってしまったけど、辿り着いた茶屋――そう時代劇に出てきそうなおれ好みの茶屋で、おれ達は一息をついたのだった。


「お客さん、山の上に行ってもどうしよってもないよ!」


四人でテーブルを囲んで、人休憩していると、おれ達が山の頂上を目指していると知った女将さんが驚いた声を上げた。

ゆっくり呼吸を整えていたおれも吃驚したよ。

コンラッドは情報を得ようと、害はありませんって感じの微笑みを浮かべて、女将と会話を進めていて。おれの横では、ヴォルフラムが疲労感から意識が朦朧としているのか、焦点が合わない眼でテーブルと仲良くしている。


――おれも疲れているけど…こいつ一応軍人だよな?

ユーリは、ちらっとヴォルフラムを見て、自分の事を棚に上げて呆れた。



「頂の泉はあれ以来、閉鎖されてっし、他に見るようなもんもなんもないし! 確かまだ釣り堀は残ってるけどもね」

「あれ以来ってなに? 何があったのか」

「十五、六年前の夏の夜に、天から赤い光が降ってきたんだけども。そいづが頂の泉に落っこちて、泉は三日三晩も煮え立ったんっす」

「隕石だったんだ!?」


コンラッドと女将のやり取りに、おれは途中で乱入した。


「……魔物だったんっす」

「魔物?」


急に入ったおれを二人は咎める事はせず、女将はゆっくり顔を左右に振って、魔物だと言った。


――魔物って…。

地球と違って、こっちの世界には魔物って当たり前の生物なのか?おれは、眉を寄せながら小首を傾げる。


「そう。それから泉にはだーれも入れなくなって。入るとビビビっと痺れちゃうんだけども。ひどい人は心臓が止まっちまったり、大火傷したりで大変なんっす。湯に触らずに奥の泉まで行って、魔物を見た人が一人だけいるんだけどもね、なんか銀色でビカビカしてって、掴もうとしたらあまりのことに気ィ失っちゃったんっす」

「……」

「(銀色のビカビカ?そいつが魔物??)」


神妙な顔をしたコンラッドの横で、おれは、脳内に魔物の姿を想像した。


「そいづは半死半生で発見されって、今でも意味わがんねっことぶつぶつ言うらしんっすけどもね。顔の火傷はとうに治ってっのに、顔が顔がって喚くんですってさ」


女将の話を訊くにつれ――途中で気付いた。それって魔物じゃなくて、おれ達が探していた魔剣なんじゃ…と。

それに気づいたおれは不敵に笑って、


「安心せい、おかみ。我々はその魔物を退治するために参ったのだ。じきに泉にも平穏が訪れるであろう」


女将に向かって格好つけてそう言い切ってみた。


「……銀のビカビカが掴めりゃぁな」

「ヨザ!」


ふふふと笑うユーリを一瞥して、ヨザックは頬杖をつきながら――…鼻で笑った。

言われたユーリではなくて、コンラッドが中腰を立たせて、ヨザックを睨む。もちろん、コンラッドの腕に抱えられていたサクラを落とさない様に。

ヨザックは、青白く意識を失ったままのサクラを心配そうに見た……ような気がする、そしてユーリを見てから、


「だってそーだろ? これまで何十人もが被害にあってるんだぜ? 坊ちゃんだけが無事って保障はねーじゃん」


コンラッドに視線を戻してそう言葉を続けた。

魔王陛下であるユーリを馬鹿にする態度に、コンラッドは怒りを覚えたのだが――当の本人は、全く気にしていなくて。呑気なユーリの反応に、またもヨザックは鼻を鳴らした。


「ま、心配しなさんな。もしそうなってもオレたちが、縄で吊ってまたお船で連れて帰ってあげっからよ」

「ヨザ!無礼が過ぎる」


ヨザックの瞳には嘲笑が込められていて、それに敏感に感じ取ったコンラッドは、ユーリがいる手前殺気を抑えたが、眼を吊り上げた。

護衛であるコンラッドがユーリの為に怒りで眼を鋭くさせているのに、ユーリはヨザックの言葉を訊いて、「そうだよ、船じゃん!?」と、名案だと手をポンッとさせて、その反応がまたヨザックの彼への評価が下げるのだった。







 □■□■□■□





ようやく魔剣を手に入れられるッ!と意気揚々に、おれは頂の泉に向かう。コンラッドは一向に目を覚まさないサクラを心配しながらも、彼女を休憩所に残して来ていて。

ヴォルフラムは例の如く使い物にならないくらいに疲れたままだったので、サクラと二人はさっきの休憩場のベッドに休ませて、ユーリ、コンラッド、ヨザックの三人で魔剣を手に入れるべく足を進めた。

ヨザックは飄々としているのに、なんかおれの事を気に入らないみたいで、三人で歩く空間はどこか居心地が悪く、コンラッドはまだヨザックにたいして怒ったままだ。


辿り着いた頂の釣り掘には、お世辞にも立派とは言えないボートがあった。


――ん?

誰も入らないようにと立てたのかボロいバリケードがあったが、難なく飛び越えて立った入口の壁には、落書きが沢山書かれてあって、どこの世界の若者も落書きをしたくなるのは共通なのかと――ユーリは感慨深く頷く。

読もうとしたけど、何て書いてあるのか全く読めなくて。


「なんて書いてあんの?」


ちょうど自分と同じようにその落書き達を見ていたヨザックに問うことにした。


「オレたちゃここに来たぜヘイヘイヘイ、命知らずだぜイエーイ」

「度胸試しかい」


人付き合いにはコミュニケーションが大切だと思ってヨザックに話しかけたのに――抑揚のない声音で答えが返って来て、書かれた内容とヨザックの態度に、おれは頬を引き攣らせた。

そうこうしている内に、コンラッドがボートを使えるようにしてくれたので、三人でボートに乗って洞穴に入ることに――。

洞穴とか冒険しているみたいで、ちょっとワクワクするよね!


「俗に言う、洞窟風呂の大規模なやつだな。温泉テーマパークにあったりする……」

「ちっ」

「そんなに熱いの?まさか熱湯風呂!?」


オールから跳ねた湯がコンラッドの手の甲に当たって、彼が顔を顰めるのを目撃して、おれは好奇心でおそるおそる湯に手を入れようとした。


「陛下、危な……」


あれ…?

どんだけ熱いのかと慎重に手を浸からせたのに……全然熱くない。ちょっと拍子抜け。


「ほどほどじゃん」

「平気なんですか?」

「平気も何も……ぁいてッ!」


不思議そうな顔をするコンラッドと水面を交互に見てたおれだけど、不意に湯が跳ねて、太ももを濡らした。瞬間、おれの太ももに突き刺すような激痛が走る。


――油断する事なかれ。ってか!


「うわぁやばっ! あつ、あつつ、ビリビリすんぞ!? 海月、海月に刺されて、それも電気クラゲ、電気クラゲっ! けどなんで手は? なんで素手で触って熱くなかったんだ?」


予想していなかった痛みにパニックになっているユーリに、コンラッドは苦笑して、自身の手を見せた。


「俺は手も痺れましたよ。ほら、腫れてきてる」

「ほんとだ! これはつまり泉質が酸性だってことかな」


――でも、何でおれの手で触れた時だけは熱く感じなかったんだろう…?

ユーリはごくりと生唾を飲んで、勇気を振り絞り靴と靴下を脱いで素足で、水面に触れた。…やっぱり、熱くない。


「……大丈夫だ……」

「まずいな」

「どして?」


小首を傾げるおれを横目に、頼もしい名付け親は、形の良い口に手を当てて深刻そうに考えを巡らせていて。

コンラッド越しに、ヨザックが興味なさそうにもくもくとボートを漕いでいるのが視界に映ったけど――おれの頭は、何故手と足だけ熱くなかったんだ…と、疑問符だらけだった。







(コンラッド…)
(頭の悪いおれにも判るように説明してくれー)




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