19-2



以前、言われた――…。



「俺は過去のサクラよりもずっと今のサクラが好き。昨日のサクラよりも深く知ることが出来た今日のサクラが好き。俺は毎日サクラに惹かれてる」



コンラッドのあの言葉が、今、急速に身体に染み込んでいく。

じわりじわりと意味を理解して、今ほどあの言葉が嬉しいと思ってしまったことはない。

言われた当初も、嬉しくて仕方なかったのだけれど――…今、現在進行中で、コンラッドがどんな心境で言ってくれたのか理解したのだ。

私も、コンラッドが記憶を失くそうと、彼が彼である限り何度でも惹かれる自信がある。誰にだってこの想いは負けぬ。

コンラッドは、こんな熱い想いを胸に、言ってくれたのかと痛感して胸が熱くなった。あの言葉をくれた時よりも彼の心を知った今の方が嬉しくて、また一つ彼の事が好きだと気持ちが増える。

過去だろうと未来だろうと、彼は彼なのだ。

どうしようもなく、彼に好きだと言いたくなる。好きだと言って、目を丸くさせてはにかむコンラッドが見たい。彼が嬉しそうに笑うと私も嬉しくて、幸せな気持ちになるのだ。


『コンラッド…』


彼の名を口にするだけで、くすぐったい気持ちが胸の中に生まれる。

押し殺しても、押し殺しても、コンラッドが好きだという想いが止められなくて。

過去の彼に想いを告げる事は決してないけれど――…それでも、淡いこの気持ちは、冷静な私を押しのけて成長していくのだ。もうわかってる。

想いに気付かぬふりをして、目を背けて来たの経験があるのだから、蓋をしても加速する想いは止まらぬのだと、もうわかってるのだ。理屈ではない感情。



「ふふふっ」

『!』


ぼけ〜っと、コンラッドが去って行った方向を見てたので、人の気配にびくりとした。

柔らかい笑い声に、愉しげな色が含まれるのに気付き、バッと振り返る。と、


『フォンウィンコット卿スザナ・ジュリア…』

「サクラ、私のことも名前で呼んで下さい」


白が少し入ったふわふわの水色の髪を靡かせて、こちらに歩いて来る彼女は、目が見えぬようには見えなくて。目が見えてる人と何ら変わりなくしっかりとした足取り。

微笑みを絶やさぬ彼女の傍は、たとえ笑われていようと温かくて居心地がいいものだった。ユーリの側にいるようなそんな穏やかな感じがした。

ユーリと違ってジュリアは女性な為か、ユーリと一緒にいるよりも柔らかい印象を受ける。


『ジュリア、あー…敬語は止してくれ、慣れぬ故』

「わかったわ。…――さっきの、ウェラーよね?」

『うぬ』


私の中では、コンラッドとジュリアさんは仲が善いイメージがあったので、彼女がコンラッドの事を名字で呼ぶのに違和感を覚えた。


――まだ二人は面識がないのだろうか?

問いかけてきたジュリアに、そう思案した。

ジュリアは何か考えるように口に手を当てたかと思えば、次の瞬間にはまたふふふと笑みを零していて、何が可笑しいのかと私は小首を傾げる。

何かを知ってますみたいな雰囲気に、不思議に思って彼女を凝視する。もしかしたら己の知らぬコンラッドを知ってるのではないかと思って。


「盗み聞きするつもりはなかったのよ?聞かないふりも出来たんだけど………」


そこで一旦言葉を止めたジュリアに、ではなんでわざわざ出て来たのかと思ってしまった。


「あんな顔もするのね。意外だわ」

『コンラッドのことか?』

「そう。と言っても、名前くらいしか知らなかったの。ツェリ様…あ、ツェリ様は魔王陛下で在らせられるけれど、ウェラーの母親でらしてね。ツェリ様に聞いたイメージと違くってびっくりしたわ」

『………イメージ?』


未来のコンラッドを知る私からしてみれば、ツンツンしてるコンラッドは貴重だが。はて、ジュリアが驚くようなところはあっただろうか?


「手に負えない、不良少年」

『ぶッ。コンラッドが?』


あまりにも私の知る彼と違って吹き出した。

ツンツンしてるコンラッドも――…確かに、見る人からしたら手におえない不良少年に見えるかも。荒れてるなーとは思うが、環境のせいだと知っておるので、近寄りがたいといった感じはせぬかったぞ。

肩を上げてみせたジュリアは、「あなたの前だと違うみたいね」と、言うので、えっと動作が止まる。


「ツェリ様とは会話もしてくれないって、言ってたから」

『それは……』


仕方ないことだと言えば、それまでだけれど…。

私はどちらかというと、想い人であるコンラッド側に寄ってしまう為、何とも言えなくて、曖昧に微笑んだ。戦争を続けてる限り……親子関係は冷え込んだままだと思う。兄弟仲も然り。

戦争は、人をおかしくさせてしまう。心から冷え込むのだろう。これから先も。ずっと。そう戦争を続けている限り。


「――あら?」


先程、コンラッドが立っていた場所にしゃがんだジュリアの視線を辿る。

彼女の視線の先には、あの青い花が風に揺られていて。こうして見ても、やはりジュリアが盲目には見えぬなと一考した。魔力を使ってるのかもなー。

少しだけ沈んだ気持ちが、その花を見るだけで、簡単に浮上して。笑みが零れた。


『その花だけ生き残ってるみたいでな、さっきコンラッドと話しておったのだ』

「へぇ。そうなの。そこまで詳しくは内容聞えなかったの。だから安心して?去り際のウェラーの言葉しか聞こえなかったから」

『…あ、ああ』


その言葉すら、私にとっては嬉しいもので誰かに聞かれてるなんて恥ずかしいのだが。

その後の己の反応も見られてたって事で、恥ずかしさで可笑しくなりそうだった。心の中で、うがーっと叫んでみた。


『その花、私の好きな花なのだが、名を知らなくてな。だからコンラッドに聞いたのに……何でかああなったのだ』


聞かれてもないのに、恥ずかしさから逃れようと早口で唇が動く。

私の気持ちが、ジュリアに気付かれてしまってるのではと思って、ひやひや。


『意味がわからぬ』


コンラッドが照れてたのは、分かったのだ。私はあの表情を知ってるから。

だから彼がいくら悟られぬように顔を背けようと、口を引き締めようと、分かってしまう。

照れから、名前呼びにどう繋がるのかだけ判らなくて、頭を捻ったら――…下から、「ふっ」と笑いを我慢する音がした。うぬ?


『ジュリア?』

「ふっ、ふふふ、っ、あはははははッ!やだ、笑いが止まらないわっ!」


ジュリアは、自身の膝を叩きながら、笑い声を立てており、ついて行けぬ私は困惑した。いきなり何を笑っておるのだ。


「ふ、はっ、あははっ、ごめっ……ぶふッ」

『お、おい。なんだ、ちょ、大丈夫かっ?』

「っは」


笑い過ぎて、涙目なジュリアの背中を擦る。息継ぎが出来なくて辛そうだったのだ。

笑われてるのに、ジュリアが辛そうだから、それどころではなくて、慌てて彼女を落ちつけようとして。

数分、笑うに笑ったジュリアは、「はぁぁ。笑ったわーっ」と、目尻に溜まった涙を拭って、立ち上がったのだった。コンラッドもそうだったけど、突然笑い始めたジュリアの行動も理解できぬ。


「ふふっ。この花ね、」


話しの主導権を握られた私は、ただただ彼女の言葉を聞くだけしかほかなくて。

もったいぶって話すジュリアに、素直に相打ちを打った。


「“大地立つコンラート”って言うのよ」

『――ぇ、』


…………。聞き間違いか?


「この花……ツェリ様が品種改良した花で、他にも“ないしょのグウェンダル”と、“麗しのヴォルフラム”があるんだけど、枯れちゃってるわね」


――大地立つコンラート。

その品種名は耳にしたことがある。嘗て死神として生きていたあの世界で、聞いた事がある故に知っていたのだが……実際に見たことなどなかった。

だから、この花が大地立つコンラートと結びつかぬかった。

ジュリアに教えてもらって茫然とその花を見つめる。見れば見るほど、“大地立つコンラート”って名がしっくり来る。――この花にコンラッドを重ねてしまった私は正しかったのだー!ほれ見ろ!と誰かに自慢したくなる。


「ウェラー、あなたに告白されたと思ってしまって照れたんじゃない?」

『……ぇ。え?ええっ』

「そうじゃないって判ってるみたいだったけど、そう思ってしまった自分に居た堪れなくなったって感じかしら?」


楽しそうに笑うジュリアに言葉を失う。

確かに冷静に考えてみると、“大地立つコンラート”が好きだと、彼を想って作られた花が好きだと、本人に言うなんて、告白と捉えられてもなんらおかしくはなくて。


――うわー…。

なら、あの時も、今も、私ってば随分恥ずかしいことを言ってたのかッ!?恥ずかしー!知らぬって怖いぃぃ!

“あの時”の嬉しそうなコンラッドのはにかんだ笑みと、先程の赤面したコンラッドを思い出して、ぶわっと顔に全身の血液が集まった。うわわ、恥ずかしい。恥ずかしいっ。



「知らなかったみたいだけど、本人に好きだなんて言っちゃうなんて…」

『〜〜っ』


みるみると顔を赤くさせるサクラが可愛らしくて、ジュリアは微笑んだ。

漆黒の姫であるサクラを眼にするまでは、そんな伝説のような存在が現われるとは信じてなかった。そもそも実在してないと思っていた。

実際に、眞王廟に現れて、産まれて初めて見た黒に、我が目を疑った衝撃を昨日のように思い出せる。信じて来たものが否定されたような…そんな衝撃だった。

彼女が貴族達に尋ねた質問も、シュトッフェルに啖呵を切った内容も、ジュリアが望んでいたものばかりで。

誰に平和を解いても、嘲笑しか戻ってこない時代なのに――…サクラは違った。人間の命も魔族の命も、自身の命も平等だと考え、平和を望んでいるようだった。

だからずっと、サクラとゆっくり話してみたいと思っていたのだ。

彼女が来てから、一気に兵士の士気も上がり、沈みがちだった兵士達は毎日鍛錬しているのが当たり前の光景になった。

シュトッフェルは彼女に何もするなと言っていたのに対し、彼女は戦場に立つと言ってて。平和を望んでいたのに刀を振るうのかと眉を寄せたけれど、彼女は戦場に立って自ら全てを守るつもりなのだとすぐに気付いた。

上から事を見守っていても、兵士達の命が散るだけだとサクラは知っているのだろう。

そう考えて、益々サクラの印象がジュリアの中で上がって行って。とても好感が持てた。

今現在目の前で、年相応に顔を赤く染めるサクラの新たな一面を見て、サクラの力になりたいと思った。サクラの友達になりたいとも思った。でも今はそれよりも気になる事がある。


「もしかして、……サクラ、ウェラーのコト好きなの?」


ジュリアの問いに、ひゅうッと息を呑んだ。

チラリと見たジュリアの顔は笑っておらず、無垢で真っ直ぐとした瞳をしていて――…言葉に詰まって、口がぱくぱくとさせる。


『ま、さか…』


渇いた声が己の唇から零れた。

コンラッドの事、好き。好きに決まってる。もう私の世界は彼中心に回ってると言っても過言ではないくらいに、彼が好き。

けれどその想いは、この時代に生きるジュリアには言えない。もちろん同じく、先程のコンラッドにも口が裂けても言えぬ。考えるよりも先に反射的に否定して、死覇装に隠れた指輪を上から握りしめた。

未来のコンラッドがくれた指輪は、過酷な戦いでは邪魔になる上に無くしたくなかったので、チェーンに通してるのだ。

服の上から伝わる感触に、ほっとして。


『ないない』


と、ジュリアに向かって首を左右に振ってみせた。

知られてはならぬこの想いを、ひっそりと胸の中に押し留めて、笑って見せる。

どれだけコンラッドが好きで、想いを募らせたとしても、この想いは絶対に表に出せぬのだ。生きる時代が違う私と彼は、仮に彼が私を想ってくれたとしても――…交わる事は決してない。

前は、私が尺魂界を忘れられずに生きる“世界”が違うと思って、己を律しておった。それが今では生きる“時代”が違うと己を律している。

いるべき時代で、やっとコンラッドに想いを告げて、両想いとなれたのだけれど――…私は彼の傍にはいられなくて。

何をやっているのかと、自分でも思う。いろいろ問題を作り過ぎている。原因は全て己にあるのだけれど、弱い私は認めたくなかった。今更言い訳を並べても、コンラッドを独りにした“過去”は戻らないのだから。


「…ぁ、」


無理に笑ってると見て取れるサクラに、ジュリアは触れてはいけなかったのだと察した。


『それは……絶対にあってはならぬ…』


ジュリアとは、直接は接点がないウェラー。けれど、友達であるツェリから話を訊いていたので彼の事は知っていたし、たびたび見かける事もあって知っていた。

ウェラーは、いつも辛気臭い顔をして、何処か影を纏わさせていた。全てを諦めてるような彼が、サクラの前では感情を露わにさせていて。彼が声を荒げているのを目撃して、吃驚したのだ。

サクラもサクラで嬉しそうな表情をしてると思って、好奇心丸出しのまま言ってしまった。

あわよくば二人が恋人にでもなってくれれば、友達のツェリ様の愁いも晴れて、人間とのハーフの魔族達の立場も良くなると、良かれと思っての発言だった。

誰もが振り返る黒曜石のような黒の瞳の奥に哀しみがチラついているのに気付き、しまったと後悔して、ジュリアが口を開いたその瞬間――…



「どうしてよッ!」



女性の声が大きく響いた。

突然の第三者の大声に、二人とも顔を見合わせる。ちょっとだけ流れていた気まずい空気も一気に払拭されて。


「っ、どうしてっ」


穏やかではない、切羽詰まった声が、サクラの野次馬根性に火をつけた。――これは見に行かねば!

同じく野次馬根性を持ち合わせてるユーリもびっくりするだろう速さで、サクラは声のする方向に走って行って。あまりのその身軽さに、その場に残されたジュリアは数秒ぽかーんと口を開けたのだった。

さっき見た悲しそうな表情は見間違いなのかと思うほど、サクラの切り替えは速かった。





(ただの喧嘩ならば止めようと)
(何が起こってるのか知りたくて)
(ジュリアの質問は、一旦忘れる事にした)



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