17-5
『水を差すようで悪いが、言い忘れてた事があった』
未だ怪訝な顔をしている青龍や疑問符を飛ばしている白虎たち斬魄刀を尻目に、私はぽんっと手を叩いて注目を集める。
このタイミングで何を言われるのだろうと、シュトッフェル達全員頭を疑問でいっぱいにした。
『私も戦場に出る故。貴様等の方針に口出しはせぬが、私も私で行動させてもらう。――フォンシュピッツヴェーグ卿、特に貴様の指図は受けぬからな』
「へ?」
自ら戦いに出ると言いだした姫に、シュトッフェルはポカーンと口を開けて。彼女の言葉の処理に数秒かかった。
「姫様自ら?それは困りますな。勝手に動かれては困ります!漆黒の姫であられる貴女は、ただいてくれるだけでいいのです。それだけで兵士どもの士気は上がるでしょう」
『聞こえぬかったか?私は、貴様の指図は受けぬと申したぞ。しかも貴様、先程から偉そうに。貴様は魔王でもなかろうが。貴様に指図される覚えはない』
「わ、私はツェリの兄で摂政なのですぞ!実際に国を動かしているのは私だッ!!」
驕りとも取れるシュトッフェルの言い分に、私を含めた数人が眉を顰めた。
ヴォルフラム、グウェンダル、アーダルベルト、ヴァルトラーナ、アニシナ、デンシャム、ジュリアさん、デル・キアスン、ギュンター、フォンギレンホール卿、、フォンロシュフォール卿、フォンラドフォード卿、
それから、コンラッド、ヨザック達が、不愉快そうに眉を顰めたのだ。
ツェリ様が王であり、彼女が兄に政治を任している限り、十貴族とはいえ、表立って口出し出来ぬのだろう。ヤツは、腐っても摂政の位置にいる。
――善かった、まともな奴もいるのだな。
あまり良い顔をせぬかった面々を一瞥して、ほっと小さく息を吐き、シュトッフェルを真っ直ぐ見据える。
『フォンシュピッツヴェーグ卿』
地を這うサクラの声と眼力に、シュトッフェルは、蛇に睨まれた蛙のように硬直した。
『いいか、善く訊け。勘違いするなよ?私は、現魔王陛下――…フォンシュピッツヴェーグ卿ツェツィーリエに忠誠を誓う気など毛頭ない』
「んなっ!」
『魔王陛下は私にとっては、ただ一人。それは現魔王陛下ではない。いいか、勘違いするなよ?私は貴様の駒になるつもりなどない。私は眞王陛下の名の許に、眞魔国の為に動くのだ』
そう私にとって魔王陛下は、渋谷有利ただ一人なのだ。
ユーリが造る戦争のない平和な笑顔が溢れる眞魔国に共感して、彼だからこそ私は甘んじて“漆黒の姫”などと言われておるのだ。逃げ出したっていいのに。……否、一度は家出したが、そんな事、この場にいる輩は知らぬので訂正する必要ないけども。
彼等はきっと、私にとっての魔王陛下は眞王陛下だと思ったのだろう。
言葉に詰まっているシュトッフェルや、ヒューブ、他の面々も言いたい事でもあるのだろうけど、とりあえず納得の顔をしていた。
まーツェリ様が王でも、眞王陛下には逆らえぬので、彼と同等の存在と言われる漆黒の姫にも逆らえぬのだと――…今更ながらに痛感したのだろう。ざまあみろ。
――ユーリ!コンラッド!シュトッフェルに言ってやったぞ!!
彼等にも間抜けな姿を見せたかったー。あ、過去のコンラッドは見ておるのか。
『現魔王には忠誠を誓わぬが、眞魔国のために助力を尽くすつもりだ。まあ、そちらが裏切るような事をしない限り私は貴様等の味方だ。目的が同じだからな』
「ですが、姫君は…女性の身ではありませんか!剣など持てるのですかなっ」
鼻で笑った摂政に、こちらも鼻で笑って返す。
彼は、彼の地位を脅かす可能性がある私の存在を、今更ながらに面白くないと焦っておる。なんと醜いことか。
眞魔国の為だとか言いながら、摂政という位置で人を動かして政治を意のままにし、責任はツェリ様や部下に押し付けて自分は上から甘い汁を吸っているシュトッフェルに、御国の為だとか口にして欲しくない。
こんなヤツに摂政を任せるから、戦争が起こるのだ。
ヤツは、私が謀反を企てる心配をしているのか、それともその地位を追いやられる不安に苛まれているのか、私にはどうでもいい事だが、ツェリ様を蹴落とすつもりはないので、目的は同じだと念を押した。
『しばらくは、ウェラー・コンラートの部隊と行動する』
「「なっ」」
サクラの言葉に驚いたのは、シュトッフェルだけじゃなかった。
自分の隊を指名されたコンラートも瞠目して、ジュリアやグウェンダル、ヨザックとツェリも目を丸くさせた。
「……俺の隊は、少人数、…ですよ」
『ああ。構わぬ』
言葉の出ぬシュトッフェルを尻目に、私はコンラッドにそう答えて。シュトッフェルの顔は、憤慨からみるみると真っ赤になっていた。
「そいつは、汚らわしい人間の血を引いてるのですよッ!?漆黒の姫たるもの――…」
『私も、人間の血を引いておる。それに言ったろう?貴様の指図は受けぬ、と』
「っ、しかしッ!」
まだコンラッドの事を悪く言う男に、冷めた眼差しを送る。
「あなたはっ、あなたの魂は魔族だと言っていたではありませんか!」
『……』
こやつは何も判っておらぬ。
私の魂が魔族だと?たとえ、眞王陛下やウルリーケが己の魂を魔族のものだと言い切ったとしても、私が魔力を扱えたとしても――…私の魂は死神のものだ。
この肉体も、魂も、誇りも――…死神だ。
シュトッフェルが、朱雀達斬魄刀を見て、私が異国の四つの神を従えているとか言っておったから、きっと眞魔国に伝わる“漆黒の姫”の欄に、そう書かれているのだろう。
斬魄刀は神ではない。私の魂から産まれた私の相棒だ。
「コンラートや、グリエのヤツとは、違――…」
耳障りな声をこれ以上訊きたくなくて、私は無言で青龍を刀に戻した。
いきなり手元に現れた刀を見てしまったジュリアとコンラッドは目を剥いて。二人の驚いているのが息づかいから伝わったが、二人を見遣ることなく私は、瞬歩でシュトッフェルの前へ移動する。
身体全体で、シュトッフェルに体当たりして。
瞬きした瞬間に目の前に現れた己に反応出来ぬかったシュトッフェルが後ろに倒れるのを、空中で更に腹に一撃を繰り出し、無様にも地面に転がったシュトッフェルの頭上に立ち――…
「――っぁ、ッぁあ」
耳から数センチ離れた場所に刀をズサッと刺した。
一瞬のうちに移動して、悲鳴を上げたシュトッフェルに目を向けて、ようやく事態を呑み込んだ面々は、剣を手にしているサクラを見て、場は一瞬にして緊張した空気に支配された。
サクラの動きについて来れたのは、誰一人としておらず、漆黒の姫だといっても女の身だからの侮っていたシュトッフェルもまた考えを改める結果となりごくりと唾を飲んだ。
『彼等を侮辱することは許さぬッ!彼等を侮辱する事は私を――“漆黒の姫”を侮辱する事だと思え。いいな?解ったか!』
「はひ」
『戦争?兵士共?莫迦にするのも大概にしろッ』
剣を真横に、自分が置かれた状態を理解したシュトッフェルが震えているのを、見下ろしてそう言った。
『言うつもりはなかったが、この際言っておこう』
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