『言うつもりはなかったが、この際言っておこう』
地面に剣を突き刺したまま、眼下の男から、
『戦争だ、勝利だ、兵士の士気だとか何だとか言っておったが、笑止千万である』
立ち竦む十貴族達を見渡して、私は忌々し気に吐き捨てた。
眼下では、シュトッフェルが恐怖からみるみると顔を青くさせていて、息も荒くなっていたが、剣を地面に刺したまま、グウェンダル達を睨むように見据える。
「……私達が愚かだと、…仰りたいのですか」
誰の目でも、サクラの怒りに触れたのだと、答えようには彼女の怒りが爆発するのが目に見えている緊迫した状況で、ギュンターが恐る恐る口を開いた。
ギュンターも然りだが、己が笑止だと言ったのを信じられぬと目を見開く彼等に、思わず怒りから魔力が滲み出る。
『訊くが、戦争になって実際に戦うのは誰だ?答えろ』
「兵士です」
ギュンターもグウェンダルもヴォルフラムも――…私の知る彼等ではないと言い聞かせるが、それでも、私の知る彼等と違いすぎて、裏切られた気になってしまう。
私やユーリを前にすると鼻血を吹き出すギュンターは、今は近寄りがたい聡明な雰囲気を纏っていて、彼が、私の言葉に反応して答えてくれた。ギュンターの答えは、この場にいる全員の答えだと受け止める。
『そう兵士だ。ならば貴様等は?指示を出すだけで一番安全な所にいる』
そんな彼等に、私は、指揮官として戦場に立つ者は別だがなと言葉を付け加えて、領主たちを睨む。
『戦争になって、軍人でもなかった民が集められて。その兵士達は何のために戦っているか判るか?』
「御国の為です」
『貴様等は、彼等にそう大義名分を掲げる。 だがな、実際に戦うのは、誇りや守りたい人がいるからだ。当たり前のように戦場に向かわせる兵士にも家庭はあるのだ。それなのに、貴様は死にいけと無情にも言うのだ』
眼下で尚も青褪めたままのシュトッフェルを、殺気を込めて見遣って、貴族達に視線を戻す。
コンラッドだって魔族として、戦ったのだと訊いた。人間の血を引いているが故に、どんなに戦おうが誰からも認めてもらえなかったと、辛そうに笑って話すコンラッドの姿が頭にチラつく。
グウェンダル、アーダルベルト、ヴァルトラーナ達も、戦に無縁そうなアニシナの兄も、軍を率いているから、戦場に立つ場合もあるだろう。
けれど、先陣を切るのは彼等ではない。下の兵士達だ。
その中でも、人間の血を引いているが故に、コンラッドやヨザック達が、過酷を強いられる戦いに出される事を私は知っている、だからこそ、簡単に御国の為だとか言って兵士の命を軽んじる科白は許せぬかった。
『戦争で失うのは兵士の命だということを忘れるな!何の罪のない民の命だということを忘れるなッ!――…新参者の私が言っても説得力の欠けるかもしれぬがな。いつの世も戦争というのは変わらぬ』
命を、御国の為にと便利な言葉で片付けるな!!
戦いに向かう兵士達の帰りを待つ者だっているというのに。帰りをいまかと待ち続ける者達に、御国の為に死にましたと平気で言えるのか?
『人間が憎い?討伐?滅ぼす?笑わせるな』
何を願って戦う。
何を思って戦場に立つ。
『いいか?奪うのは命なのだぞッ!人間の兵士にも家庭があるのだぞッ!それを奪うのを忘れるな。奪う命を背負う覚悟がある者だけが言えッ!!簡単に口にするなッ!』
一度零れると、言いたかった言葉が口から滑り落ちて。視界の端で、私に答えてくれていたギュンターが、言葉に詰まっているのが映ったが、途中で止める事は出来ぬかった。
ウルリーケの側で、眞王陛下が呆れたように、だけど何処か嬉しそうに口元を緩めていたのには、ウルリーケも私も気づかなかった。
『戦争で傷つくのは貴様等ではない。兵士や民なのだ』
民がいなければ、ふんぞり返っているシュトッフェルがいたとしても、国は成り立たぬ。
民を守る事が、上に立つものの務めで。憎しみばかりに囚われてはならぬのだ。
『もう一度言う、貴様等が奪うのは命だ。尊い命だ。人間とて懸命に生きている命だ。貴様等は産まれる時に魔族に産まれたいと願って産まれたのか?違うだろう。子供は親を選べぬのだ。それなのに、魔族だの人間だの種族を作って愚かにも命を奪い合う。人間も魔族も命の重さは変わらぬのに』
全身の血が沸騰しているかのような怒りを鎮めるために、息を吐き出して、ツェリ様やギュンター達に、言葉を投げかける。
「ですが、漆黒の姫様。貴女様の命の方が…重いのですよ」
『黙れッ!命の重さは変わらぬッ!!――生きとし生けるもの、全ての生き物の命は平等なのだ!二度と私の前で同じ事を口にするなッ』
漆黒の姫から放たれる怒りの魔力に押されながらも諭すようにそう言ったギュンターだったが、サクラに目を吊り上げて人蹴りされ閉口した。
『人間を憎いと思う貴様等の思いも致し方ないとは思う。だが、命を奪う、それがどんな行為なのか考えろ。奪った命を背負う覚悟を持て。それを忘れて何の感情もなく奪う者は、ただの獣――…化け物だ』
人間が憎いと――…親しい者の命が奪われたなどの憎しみは、闘争心を滾らせる。勢い付ける為の憎しみは、必要かもしれぬ。
けれど…剣を握るという行為は、命を奪う物だということを忘れてはならぬ。
『人間の土地や、栄誉や、金を得られても、大切なものは何も得られぬ。それが戦争だ』
全てを理解せずとも、責めれられていることだけは理解して、ギュンター達は何も言葉が出なかった。
少しでも解って欲しくて、言いたいことを放ったが、恐らく…シュトッフェルとゲーゲン・ヒューバーの二人には届かぬかっただろう。
彼等から視線を逸らして、シュトッフェルを見下ろしながら、そう思考する。
『貴様等は、上に立つ者として、指示を出す者として、その責任を、失う命を背負う責任に苦しめ』
特にシュトッフェルとゲーゲン・ヒューバーに眼を鋭くして、呪縛のような科白を吐いた。
魔族として生きると選択したコンラッドやヨザックのような境遇の者たちによって、この争いは停戦に持ち込めるのだ。彼等がいてくれたからこそ、未来の眞魔国があるのに。
未来の平和を今のシュトッフェルに判れという方が酷かもしれぬが、それでも私の好きな相手――コンラッドの命をも軽んじるような言い方に、怒りを止められなかった。今もふつふつと怒りは治まらぬ。
兵士達がいてくれるからこそ、初めて、民が守れる。民なくしては、国など無意味だ。
それなのに何も判っておらぬシュトッフェル達貴族が許せぬかった。
戦争の無意味さを解いたら、兵士の士気が下がるから言わぬようにしておったのに、兵士の命を軽んじてる反応が、しかも己の前でコンラッドをせせら笑ってるこやつ等が、許せなくてつい唇が滑ってしまった。
私は、無様に地に伏せるシュトッフェルの真横に刺した剣を鞘に戻して、ほっと息を吐いているヤツから目を離して、私が放った言葉を咀嚼している貴族達の表情を見て、瞼を伏せた。
グウェンダルの反応も、ヴォルフラムの反応も、ギュンターやツェリ様の反応も、……コンラッドの反応も、私の知る彼等の反応からかけ離れていて。
ちょっとした仕草までもが、私の知る時代ではないのだと突きつけられて、私を好きだと言ってくれたコンラッドも、もういないのだと現実を見せられているような気がして、胸にぽっかりと穴が開いた。
どうやら私は、過去の世界に来た現実を認めたくないみたいだ。
シュトッフェルに怒りを覚えて、ふとした瞬間に現実を目の当たりにして、冷水を浴びたような気分になったのだ。
困惑気味な朱雀たちの眼差しも己を現実逃避させてくれなくて。
これから己に苦しい戦が待ち受けていると知っているのに、柔らかく笑うあの時代のコンラッドが恋しくなった。
(離れて気付く)
(存外、私は――…)
(コンラッドに骨抜きらしい)
to be continued...