17-4



己の質問にシュトッフェルが怪訝な顔をしておるが、あやつはとりあえずスルーする。あやつに訊いても、返ってくる答えなど容易に想像できる故。

そうだな、まずは――…


『ツェリ様、貴女にとって戦争とは何ですか?』

「……ぇ。あたくしにとって?あたくしにとって……」


ツェリ様には悪いが、彼女には国を治める力量がない。国の危機に、判断を人に任せて、人の上で何も考えずに胡坐をかいているツェリ様には、王という器は小さく、ユーリに劣る。


「ツェリは、そういったのに疎くて――…」

『フォンシュピッツヴェーグ卿。貴様には訊いておらぬ。第十六代目魔王陛下に訊いておるのだ』

「あたくしは、そんな難しいこと考えるの苦手ですの。だから摂政である兄上に任せてるのよ」


それでいいのかと言いたかった。はっきり言って、幻滅した。ツェリ様が男だったら、私は迷わず大声で叫んで、頬の一つでも殴っているだろう。

兄のシュトッフェルに息子のコンラッドが貶されていても、彼女は何もせぬかった。私の知るツェリ様と違う。私の知っているツェリ様なら、息子を守っていたに違いないのに。

己の中でのツェリ様の印象が、ガタガタと音を立てて崩れていく。

仮にも魔王であるツェリ様の背には、この国の民や兵士の命が乗ってるのだ。王として最小限知っておかなければならぬ事柄だろうが。今のツェリ様は、それさえも自覚しておらぬ。


『フォンビーレフェルト卿。貴様にとって戦争とは何だ?』

「私にとって…」


これ以上、この場で現魔王であるツェリ様を追及すれば、混乱を招くと思い、次にヴォルフラムの伯父――ヴァルトラーナに同じ質問をした。

ヴァルトラーナはヴォルフラムを成長させたような顔立ちで、親戚だからかヴォルフと似ておる。精悍な顔つきの眞王陛下よりも甘い顔立ちだ。

魔王としての威圧感を纏っている眞王陛下とはまた違い、ヴァルトラーナは、領主としての威厳に満ち溢れていて、己の欲しい答えがその口から紡がれるのか――…私は期待した。


「私にとって、この戦争は起こるべくして起こったもの。こうなったからには後に引けません、眞魔国の存続に関わるのです。御国の為に人間達を根絶やしにしなければなりません」


彼は、純潔主義者だ。

問われて、サクラの黒の瞳で見られて一瞬だけ怯んだヴァルトラーナだったが、背筋を伸ばして自分の意見を告げた。

内容はサクラの望んだものではなかった、けれど…ヴァルトラーナから、領主として国を想う気持ちが伝わってきたので真髄に受け止める。

彼が、諸手を挙げて戦争賛成みたいな感じではなかったのは、救いだ。


『フォングランツ卿アーダルベルト。貴様は?貴様にとって戦争とは何だ?』


兵士の士気を上げるための存在になるのは反対はせぬが、操り人形になるつもりもなく。私は、眞魔国を守るために、兵士達と戦場に立つつもりだ。

その為には、兵士達の上に立つこやつらの戦争に対する想いを知りたかった。

起こってしまった戦争ならば、もはや止められることは難しく、戦争をする意味をここで説いても意味の成さない戯言となってしまう、私はその事をここにいる誰よりも知っていた。だから己の意見は言わぬが、彼等の意見は訊きたかった。

全てが終わった時に――…これで良かったのかと考える時間を少しでも設けて欲しくて。

特にグウェンダルやヴォルフラム、ツェリ様なんかは後悔をするだろうから。少しでも、戦争とは何かを考えて欲しかったのだ。でないと、また愚かな事を繰り返してしまうだろう。


「俺は人間どもを、根絶やしにする。それだけだ。それ以上でもそれ以下でもない」

『……』


アーダルベルトとこうやって会うのは、初めてだ。

だけど、ユーリやヴォルフラム、コンラッド、ギュンターから話を訊いていたから、初めてな感じがせぬ。コンラッドとギュンターは、彼を悪く言っておったが……アーダルベルトは心の底からジュリアさんを愛していたから眞魔国を捨てたのだ。

人情に厚く見える彼は…どれだけの絶望を味わうのだろうか。魔族に裏切られたと思うに違いない。

私には、どうする事も出来ぬ事柄だった。私に出来る事は、私の知る未来へに繋がるように行動するだけ。過去は変えてはならぬのだ、この時代でも己は異物。

アーダルベルトの答えを訊いて、チラリと目の前にいるジュリアさんを見遣った。

この時点で、彼等は婚約しているのだろうか?心なしか、寂しそうに表情を陰らせたジュリアさんを見て、私の胸もツキンと痛みを覚える。


『フォンヴォルテール卿グウェンダル。貴様はどう思う?』

「私は…」


グウェンダルは、サクラにそう訊かれて、今度は自分の番かと人知れず溜息を吐いた。今、自分達は漆黒の姫に試されている。

何を考えているのか自分には判らないが、答え次第によっては、手助けしてくれないかもしれない――…と、伯父、シュトッフェルがヘマをするなよとグウェンダルを睨んでいて。

戦争中に城を開けて十貴族達がここへ来たのも、勝利の為に漆黒の姫を喚びだす儀式があったからだ。

誤算だったのは、彼女が眞王廟の中ではなく中庭の水から現れたこと。これ以上、姫の機嫌を損ねぬようシュトッフェルは、ピリピリしていた。主な怒りの元凶は伯父なのに、当の本人は気付いてなかった。


「私は、眞魔国の為に助力を尽くすだけです」


戦争など愚か者のする事だと声を大きくして叫びたかったが、叫ぶだけでは事態は何も変わらぬ。

“御国のため”その心は、闘いの場において、例え力の差がはっきりとしていても、勝利にさえ導く。故に、私はヴァルトラーナにもグウェンダルにも『そうか』としか返せぬかった。

上が揺らぐと下が揺らぐ、それだけは避けたかったから。ただグウェンダルには、『選択を見誤るなよ』と、助言した。

政治を任せる奴を間違えるとどうなるか、彼はその眼で見極めなければならぬ。この経験から、グウェンダルは、ユーリの摂政を立派に務めるのだから。

眉間に皺を寄せる彼から視線を外して、次にギュンターに目を向ける。


『フォンクライスト卿ギュンター。貴様は?』

「わたくしも、眞魔国の明るい未来の為に、人間を滅ぼす次第で御座います」


彼には何も言わぬ。きっと何か思う事があって、ギュンターは、教師を辞めて城にいるのだろうから――…教師を辞めたのがいつの事なのか知らぬかったが、今この場にいるのが答えだろう。

初めて出逢った当時もギュンターは、酷く人間を憎んでおったから、返って来た言葉は、想像の範囲内だった。

戦争が終わって、より人間を憎む結果になったとしても、ギュンターにはユーリがいる。遥か遠くの未来で、ユーリと出会い、考えが変わるだろうと。知ってはいるが心の中で切に願った。


『フォンウィンコット卿デル・キアスン。貴様にとって戦争とは?』


ジュリアさんに瓜二つの弟に問いかける。彼は、次期当主だ。

彼に問いかけたら、すかさずシュトッフェルがキスアンを睨んだので、己もシュトッフェルに鋭い視線を送る。邪魔をするな。


「私は難しい事は判りませんが…平和な世の中になればと……その為に、私も頑張りたく思います」


キスアンの返答を訊いて、ここへ来て初めてサクラは笑顔を見せた。

『そうか』と、無表情に淡々と頷いていたサクラの声音に、僅かだが嬉しさが滲み出ていて。その変化に、キスアンとジュリア、コンラッドだけが、漆黒の姫が何を問いかけ何を知りたかったのか、僅かだが感じ取った。

他の面々は、彼女の柔らかい微笑みに、小首を傾げたが、シュトッフェルは姫の機嫌を損ねなかったと安堵からあからさまな笑顔を浮かべていた。


「もういいのか?」

『……うぬ』


満足した私に、見守っていた眞王陛下に、こくりと頷く。

アニシナやその兄など他の貴族達は、戦争賛成するような奴ではないから。と言っても、戦わなければならぬ時は、戦うだろうと知っているので、訊くだけ無駄だった。


「わ、我等魔族を助けて下さいますかな?」


見えないが、ウルリーケの隣りに絶対の存在である眞王陛下がいると巫女と姫の会話で知らされたシュトッフェルは、空中に向けて話しているサクラにおずおずと尋ねた。

もちろん加勢してくれますなと当たり前の様に言葉を続けたシュトッフェルに、サクラは漆黒の瞳を細めた。


『私は、眞王陛下に頼まれてここへ来たのだ。もとより異論はない』


ほっと息を零したシュトッフェルを含む貴族達の顔を見渡して、私は付け加えるように『ただ、一つ申しておくことがある』と、口を動かす。


『戦争には二つ種類がある。命や誇りを守る為の戦いと、権力や土地を欲した…欲に塗れた浅ましい戦いだ。御国の為にとか申していたが…眞魔国と訊いてまず何を思い浮かべる?城か?土地か?民から毟り取った金か?

―――私は、眞魔国の未来のために、この戦争見極めさせてもらう』


重々しく言った科白に、深刻そうに考える者や、さらりと流している者、疑問符を飛ばしている者などいろんな反応を示していたが、私のその言葉をどう捉えるかは彼等の自由。言っておきたかっただけ。

背中と手に乗っているのは、いろんな人や魔族の命だと言う事を、何人の魔族が気付くのだろう。

願わくば、この戦で、その過ちに気付いて欲しい。


「ツェリ!訊いたか!!漆黒の姫が我等を助けて下さるぞ!」

「…えぇ」

『……やるせないな』


ぱあぁっと顔を輝かせたシュトッフェル達の反応を見て、私はぼそりと呟いた。私の言葉はちっとも届かぬかったらしい。

誰に言うでもなく一人ごちたソレを、近くにいたジュリアとコンラートは耳ざとく拾った。

喜ぶ彼等を遠目から眺める私の背後から、サアァァァーっと血の臭いが混じった風が吹き抜けて。鼻腔を突く鉄の臭いに、嗚呼…私は、誠に知らぬ“世界”に来たのだなと漠然と思った。



私は、コンラッド達を知っているのに、彼等との関係はこれから築いていかなければならぬのか――…。




(私の知る…)
(コンラッドが恋しい)
(会いたい、逢いたい)



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