17-3



――戦争…。

禁忌の箱は、私とユーリの思いをも無視して、戦争にまで拗れさせてしまったのか。

コンラッドも無事なのならば、何故戦争なんて事態になっているのか。そう言えば、血の臭いも漂ってる――…シュトッフェルの言い方だともう戦争が始まっておるみたいだ。

話し合いで解決出来なくて、人間の国が兵をこちらに向けていたとしたら――…この戦い、民を守る為に、私も覚悟を決めなければならなくなる。

戦争反対のユーリには悪いが、状況次第ではしたくない決断も下さねばならなくなるのだ。

戦争を喰いとめる為には、その前に動かなければならぬかったのだ。もう遅いのかもしれぬ。詳しい状況を知りたい。


「ええ、我等はその為に今日、漆黒の姫様を眞魔国へとお喚びしたのです」

『……』

「なにも戦えと言ってるわけではありません!姫君には、兵士達の士気を上げて欲しいのです。幾多の戦いで兵士達はボロボロで、使い物になりません。そこで漆黒の姫様の登場で、我等に勝利があると確信した兵士達の勢いは上がるというわけであります!」


私の知らぬ間に、もう何度も人間との衝突があったのかと、兵士達は無事なのだろうか。とか沢山訊きたい事があるのに、それよりもシュトッフェルの言い方に、またも怒りが頭をもたげる。

こいつは魔族の命をなんとも思っておらぬのか!!

物扱いするシュトッフェルに、こめかみがぴくりと動いた。

こうも部下を馬鹿にされているような科白に、なんでコンラッドもグウェンダルもこやつに何も言わぬのだろう。仮にもシュトッフェルは彼等の伯父なのに。


『それで、私を。貴様の都合でわざわざ喚んだと、そう言ったか?』


戦争の道具――否、お飾りに利用する為に呼びだされた事よりも、人の命を何とも思っておらぬような男に怒りを覚える。

様子が少し変わったサクラの低い声に――…当然、気分を害したのかと思ったシュトッフェルと、十貴族達。

シュトッフェルが言った事は真実で、大シマロンとの戦争に押されているこの状況を何とかしようとサクラを呼んだのだ。だが言い方があるのではと、外野は思った。

彼女からしたらはた迷惑なことかもしれないが、ここで彼女に帰られては困るのだ。


「姫君はただいてくれるだけでいいのです。危険からは我等が必ず守って――…」

『貴様は莫迦か!この短い間で、何度も私を怒らせる』


だがしかし、怒って我を見失ってばかりでは話しは進まぬ。

一刻も早く状況を知り、これからどうすべきかグウェンダル達と話さなければならぬ。私だけでなく、魔王であるユーリを呼ばなければ話にはならぬのだが、もう己よりも早くにスタツアして来ているのだろうか。

ユーリはこの状況をどう思っておるのだろうか――…と、シュトッフェルを一睨みして思考に耽る私に、今考えていたユーリに似た気配を感じて、やり取りを見守っている貴族達に視線を走らせる。

すると…。



『っ!?』


そこにいたのは――…。


『白のジュリア!?』


白が少し交ざった波打つ水色の髪に、焦点の合わぬブルーの瞳。視線が突き刺さっているのに、焦点が合わぬのは、彼女が盲目だからだろう。


――死んでいる筈の彼女が何故ここに?

疑問が湧いたが、霊体なのかもしれぬと思い直す。いや、だが魂は転生しユーリが産まれておるから…彼女が魂の状態でこの世に漂う事は困難である。思念を具現化したのならば話は別だが。

ジュリアは、サクラに名を紡がれて、驚いた。けれど、直ぐに「ええ」と頷いて。自分よりも身分が上の彼女の側に歩いて、膝をついて頭を垂れようとしたが、サクラに手を掴まれ止められた。


『フォンウィンコット卿スザナ・ジュリア…』

「はい。初めまして、漆黒の姫様、お会い出来て光栄です」


朗らかに微笑みを浮かべたジュリアさんに、驚きと戸惑いで、頭がぐるぐると混乱する。

近付いて判ったが、ジュリアさんの気配は生きたソレだった。もう死しておる筈なのに――…。

ジュリアさんを凝視して、背後に立ったままのコンラッドを振り返り、それからシュトッフェルと貴族達を順に見て、彼等の中に、眞魔国にいる筈がないフォングランツ卿アーダルベルトの姿に目を留めて。


『………私は、土方サクラだ。サクラと呼んでくれ』


茫然としながらも、ジュリアさんにそう告げ、段々と状況が読めて来た気がする。

ずっと不思議に思っていた腕を失ったはずのコンラッドに左腕がついていたのも。右腕で素早く私に剣を向けられたのも、左腕が義腕ではなく自分の腕だったからこそ自然な動作が可能だったのだ。




『………今の、魔王はどやつだ?』


まさか私は、過去に飛ばされたのでは――…決定的なものがないのでまだ断言できぬ。と思い、そう尋ねて。ジュリアさんの顔を見返す。

ドクンッと現実を知る怖さに心臓が大きく跳ねた。ごくりと息を飲んで、答えを待ち構えた。


「私の妹のツェツィーリエです。黄金のツェリとも言われておりまして…あ、未来を見通すと言われている漆黒の姫君は、既にご存じでしたかな」


勝手に私を呼んでおいて、自己紹介もまともに出来ぬ失礼なシュトッフェルのヤツは、無視する。

妹とか言ってるから、やはりあの男はシュトッフェルだったか。ヤツは、敬語を使ってはいるが、どうにも己を敬っておるようには見えぬ。十貴族の人達は、初めて見る双黒に動揺してるみたいだが。

ジュリアさんに訊いたのに、答えたのはシュトッフェルで。知らされた現実に、眩暈がした。



――やはり…私は過去に飛ばされたのか。

信じたくなかったが、そう考えると、全ての辻褄が合う。初めて訪れた眞魔国で、コンラッドや、グウェンダル、アニシナやオリーヴが己の事を知っている風だったのは、私が過去に飛ばされたからなのか。

二十年前の“サクラさん”とは、全て“私”だったのか――…。


「初めまして、漆黒の姫様」

『そうか。それで眞王陛下は』


黒のドレスに身を包んだツェリ様が、名乗ったのにも気付かぬほど私は、思考に耽っていて。

魔族にとって神として崇められている眞王陛下の名を口にしたのを、近くにいたジュリアとコンラートだけが耳にした。親し気に名を口にする彼女を見て、本物の漆黒の姫なのだと二人は痛感した。


『あやつ、私に――…』


私にとって二十年前のこの眞魔国で、あの苦戦を強いられた大シマロンとの戦争に、加勢しろと、それが私に与えられた条件だったのか。

紐解くように今まで疑問に思っていたこと全てが解決されて、納得ぜざる負えなかった。

教会から二十年前へと飛ばされた私は、必然的に嫌だと言っても、眞魔国を守らなければならなくなったわけで。

二十年前の“私が”軍を率いて出兵したのだとギーゼラの話を思い出す。死神の己が軍を率いるなどと…と疑ってかかっていたが、そうせねばならぬ状況に追い込まれていたのだと一人ごちた。


「サクラ様?」

『…ぬ、あぁすまぬ。初めまして、ツェリ陛下』


豊満な胸を揺らして小首を傾げるツェリ様に、微笑んだ。それからシュトッフェルに目線を戻して、私は口を開いた。


『フォンシュピッツヴェーグ卿。貴様は、魔族を勝利に導く為に喚んだと申したな』

「ええ!我等をどうか導いて下され」

『――貴様達も同じか』


私は、十貴族である――…フォンビーレフェルト卿ヴォルフラム、フォンビーレフェルト卿ヴァルトラーナ、フォンヴォルテール卿グウェンダル、フォンカーベルニコフ卿アニシナ、フォンカーベルニコフ卿デンシャム、フォンウィンコット卿スザナ・ジュリア、フォンウィンコット卿デル・キアスン、フォンシュピッツヴェーグ卿ツェツィーリエ、フォングランツ卿アーダルベルト、フォンクライスト卿ギュンター、フォンギレンホール卿、、フォンロシュフォール卿、フォンラドフォード卿、

それから、彼等と共にいたグリーセラ卿ゲーゲンヒューバーにそう静かに問いかけた。

十貴族は、漆黒の姫を喚びだす為にこの眞王廟を訪れていたのだろう。

己に問われて、試されていると思ったのだろう毅然とした態度で誰もが頷いているのを、私は眼を細めて眺める。彼等もまた私の事を任せられる人物なのか軍人として探っているのだろう。


『私が漆黒の姫と謳われてはいるが、この肉体は人間のものであっても、貴様等は同じ事が言えるか?』


十貴族の輩は、大層頭が固く、純血主義者が多い。

のちのち公にされて身動きが取れなくなる前に、こういう事は明らかにした方が善いと私は考えたのだ。操り人形などに毛頭なる気はないのだから。

彼等にとって衝撃的真実に――…途端に、厳しい顔をしたり、顔を顰めたりしている面々を、私は見逃さぬよう一人一人と眺める。

その中で唯一、息を呑んでいたのはコンラッドとヨザックの二人だけだった。

人間の肉体だとしても双黒は、十貴族よりも身分が高い。頭がいい奴はすぐにその事を思い出し、尚且つ“漆黒の姫”の伝承を思い出して、表情を元に戻していたが、露骨に顔を歪めたままの奴もいた。

どちらにしろ元の時代に帰れぬだから、彼等が信用出来る奴なのかそうでないのか、上っ面だけで私を持て成すつもりなのか見極める必要があった。

純潔主義者でも国の為に、手と手を取り合う気があるのか――…知る必要がある。

私が人間の血を引いているからと煙たがる奴は、この先も私を良い様に扱って死に行けと平気で言うに違いないのだ――…現に、シュトッフェルや、この時代のヒューブは一番に顔を歪めていた。

戦いの場において信用出来る仲間とじゃないと、一気団結できぬ上に、情報が末端まで伝わらず自滅してしまうケースもある。二人を実際に目にして、彼等は信用出来ないなと脳内に刻んだ。





「ですが、魂は魔族であられる」


サクラの纏う空気に、緊迫した空気が流れ居心地の悪い沈黙が訪れていたが、それを破ったのは、幼い女の子の声だった。

場の重い空気が払拭してくれた第三者の登場に、全員の視線が彼女に集まる。


『ウルリーケ…か』

「はい、サクラ様。初めましてと言うべきでしょうか」

『あー…そうだな、初めましてだ』


隣りの眞王陛下と共に現れたウルリーケは、全てを知っているみたいだ。思わず苦笑した。


「一つ言っておきましょう」


地面についてしまうほど長い銀の髪を靡かせて、ウルリーケはサクラに微笑み、それからその場にいた魔族達を見渡す。

ウルリーケは、眞王陛下がサクラをこの時代に喚んだと告げられ、彼等にもその事を教えて、騒がしい外へと出て来ていて。当然今までのやり取りを訊いていたし、見ていた。

サクラの全てを知っているウルリーケにとって、サクラは絶対の存在で。自分達の都合で呼び出したのだから、彼女を煙たがるのはお門違いだと思ったのだ。


「サクラ様の魂は、純粋な魔族であられる。器が人間だとしても、サクラ様が漆黒の姫であらせられるのは揺るぎない真実」


普段は、年齢を感じさせない儚い印象のウルリーケが目を細めて凛っと声を奏でたので、ウルリーケに見られた面々は自然と背筋を伸ばす。


「サクラ様を悪く言う方がいたら、私も眞王陛下も許しませんよ」


巫女の口から眞王陛下の名前が出たので、彼等はひゅうッと息を呑んで数秒呼吸を止めた。


「どういうことですかな」

「知らないのですか?フォンシュピッツヴェーグ卿。漆黒の姫であらせられるサクラ様は、大賢者と同じく、眞王陛下と対等の存在なのです」


私も初耳だ。驚くシュトッフェルと同じく私も目を剥いた。

チラリと他の魔族に視線を走らせると、ほとんどの人が知っている――…周知の事実みたいだ。苦虫を噛んだような顔をしているシュトッフェルや表情を変えぬかった十貴族達を見て、有名な話なのかと頷く。

思えば私は、“二十年前のサクラさん”の影ばかりを気にして、“漆黒の姫”について勉強した事がなかった。恐らくユーリも知らぬ事であろう。

ドヤ顔でふんぞり返っている眞王陛下を見て、私は心の中で溜息を吐いた。こやつを尊敬している奴等に、この姿を見せてやりたい。


『眞王』

「この時代の俺とは、初めましてかな?どうだ、この時代の俺も格好いいだろ」


相も変わらぬナルシスト発言に、喉の寸前まで溜息が込み上げた。我慢したけど。

姿は視えなくても声は聞こえるウルリーケも苦笑していた。あー…彼女は、この傲慢な性格を知っているのか。


『……私は、貴様に申したい事が山ほどあるのだがな!爆発が起こるなど訊いておらぬぞ!!』

「この時代の俺に言われても困る。そうか、ここへ来る前に、爆発が起こるのか。憶えておこう」

『はぁ。……うぬ、是非とも憶えておいてくれ』


――この会話をしたから、未来で爆発が起こるとこやつは知っていたのだろうなー。

と、私は溜息を吐きながら頷いた。段々と疑問が解決していく。

不意に、己に突き刺さる視線の数に気付いて辿れば、視界にシュトッフェルが映って、嘆息した。シュトッフェルは、私が眞王陛下と会話しているとウルリーケに訊いて驚愕している模様。

ぬぬぬ、驚いておるのはシュトッフェルだけではなかったが、彼が一番間抜け面で。一際目立っていた。


『それで?フォンシュピッツヴェーグ卿。私は、貴様からまだ質問の答えを伺っておらぬが』

「答えとは」

『貴様は、随分と人間が憎いらしい。私の事を知っても尚、戦争を勝利に導けなど申すつもりなのかと訊いておるのだ』

「そ、それはもちろん!!姫君の魂は魔族でらっしゃるとのこと!サクラ様は、サクラ様なのですよ!」


調子がいいというか…面の皮が厚いと言うべきか。

シュトッフェルにとって、兵士の士気が上がれば、この際誰でもいいのかもしれぬな。


『貴様等も同じか?』


他の魔族にも目を向けて、問えば、言葉は違うがシュトッフェルと似たような言葉が返ってくる。

ヴォルフラムは未だ拗ねていて、ジュリアさんは静かに頷いてくれて、ヨザックとコンラッドは無表情に静観していた。

彼等の三者三様の反応を見渡して――…


『貴様等にとって戦争とは何だ』


そう問いかけた。





(その返答次第で)
(今後どう動くか決まる)



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