17-2



「お前等ッ!何をしているッ」


突然、響いた野太い声に意識が逸れて、緊迫した空気が一瞬だけ散った。

警戒したままのコンラッドとヨザックが、剣を私に向けたまま、何事だと乱入者に怪訝な眼差しを送り、私はというと見知らぬ人物の登場に、眉をひそめた。


「直ちに、その方から剣をどけんかッ!!無礼だぞ!」


気配も消さずに足音をドタドタと鳴らしながら、現われた野太い声の持ち主は、声と同じく身体もがしりとしていて金髪で軍服を身にまとっていた。

軍服を着ておるから、魔族と関係がある男なのだろうが――…私は、あのような人物は知らぬ。

他人のはずなの男は、何故か私を庇護する科白を吐いておる。私が知らぬだけで、あやつは己を知っておるのだろうか?それにしては、私の婚約者として有名なコンラッドや、グウェンダルの部下であるヨザックに対して少々偉そうな態度である。


「ですが…」

「侵入者ですぜ」


私を庇うような言葉を吐いた男に、剣を手にしていたコンラッドとヨザックが怪訝な顔をして男を見ている。

その間も、彼等の剣に隙はない。やはりコンラッドもヨザックも腕の立つ奴だと再確認して、乱入者とのやり取りに、私はまたもコンラッドとヨザックに違和感を覚えた。


――何だか私が知っている声よりも…若い、ような……。


「えぇい!いいから手を放すのだっコンラート!私の命令が訊けんのかッ」


男の背後から、見覚えのある面々がぞろりと出てきているのを目視して、ほっと胸を撫で下ろす。

アニシナ、グウェンダル、ヴォルフラムやツェリ様、それからヴォルフラムにかなり似ているグウェンダルよりも少し若い男性などの、大人数が建物から現れて。

会ったことはないが、彼等は十貴族の面々だろうと思考する。

どことなく見覚えがある故――…遥か昔見たアニメのお蔭かな。となれば…大声を上げながらこちらに走って来ておる人物は、フォンシュピッツヴェーグ卿シュトッフェルではなかろうか?

私は、剣を向けられてるのにも関わらず、他人事のように小首を傾げた。


「しかしながら、殿下。こいつは侵入者で――…」

『(殿下?閣下ではなく?)』


不機嫌そうに男にそう言い掛けたコンラッドを、眉を上げて見遣る。

コンラッドに一瞬気を取られたその時――…こちらに走り寄っていた男が剣を抜く気配を敏感に感じ取って、はッと視線を走らせた。

不本意ながら眞魔国では黒髪黒目は双黒と呼ばれ、魔力が強いと言われ、十貴族よりも位が高い。故に、陛下であるユーリと同じ待遇を受けることが当たり前で。

漆黒の姫であるとか謳われる己に剣を向けている人物がいたとしたら激怒する奴もいるだろう。それがシュトッフェルだって事には、吃驚だが。彼とは接点はないから、己の為に激怒してくれるとは思えぬので。

と、冷静に判断しながら、シュトッフェルだと思われる男が、実際に抜刀するのを目視して、カッと頭に血が上った。



「!っ」


ヨザックの剣腕を握ったままだったので、そのまま彼の腕を捩じり、腹に蹴りを入れ遠くに飛ばそうとして。だが、途中でヨザックが力を入れたので、遠くには飛ばなかったが、構わず私は体勢を低くしてコンラッドの脇に入り、続いて彼をも突き飛ばす。

ヨザックとは違って手で突き飛ばして――…

振り下ろされていた剣を一睨みし、シュトッフェルの右腕の軌道を逸らしてそのまま彼の右腕を反対側に捩じった。


『貴様――…』

「いっ」

『いきなり剣を向けるとは、何事だ』


背後で庇われた事を理解したコンラッドが息を呑んでいるのが、空気の振動で伝わったが――…何故に驚いておるのか判らず、内心小首を傾げる。

同じく剣を素手で止められたシュトッフェルだと思われる男も目が取れるくらいに見開かせて、驚いていた。


何が起こったのか判らなかったヨザックが、自分の上司を助けようとして、抜いたままの剣をサクラに向けて振り下ろさんとする。

外野が危ないと声を上げるよりも早く、



《主に、何をするッ!》

《燃やして差し上げますよ》


己の中から、主の危険を察知して、青龍と朱雀が姿を現した。ついでに白虎と玄武も登場してる。

青龍が剣を躱し朱雀が火を放つ。玄武は朱雀の首元でヨザックを見下ろし威嚇し、白虎は青龍の隣りでぐるりと周りに視線を巡らせていた。

いきなり現れた彼等に、目の前の男も背後にいるコンラッドも、朱雀たちに威嚇されいているヨザックも眼を丸くして驚いていて。今更何を驚いておるのだと、私は怪訝な顔をした。

コンラッドもヨザックも何度も朱雀たちと会ってるのに――…そこまで思考して、ふと、コンラッドは己が教会から地球に飛ばしたはずだと疑問が湧く。


「異国の四つの神を従える――…やはり貴女が」

『?』


着物に身を包んでいる朱雀と青龍を茫然と見ていたシュトッフェルは、のそりと剣を収めたので、私も距離を取る。


「漆黒の姫であらせられるのですね!!」


――だから、何を今更。

興奮しながら鼻息を荒くさせているシュトッフェルから更に距離を取る。

十貴族の面々や、グウェンダル達も深刻そうな表情で私を見ており、場は騒然としていて。私だけが状況を把握しておらぬみたいだった。


《――主》

『ぬ?』

《主、ここは何処だ。尺魂界ではないみたいだが…現世か?》

《青龍ッ!そんなことは今どうでもいいでしょう、主!ご無事だったのですねッ!我はっ我等はもう駄目かと思っておりましたっ》

『はあ?』


眼をうるうるとさせてる朱雀と、青龍の言葉に、眉の皺を深くした。朱雀たちまで何を言っておるのだ。


『ここは眞王廟だろう。青龍、貴様も一度来た事があっただろうが』

《…眞王廟?我は一度もここへは来てない》

『何を言って――…』

「見ろ!疑いようがないぞ!これで我等、魔族の未来も安泰だーはっははは」


声高らかに叫ぶシュトッフェルのヤツの声に己の声がかき消されて。意識が斬魄刀から五月蠅いシュトッフェルに向いた。

ヤツは、貴族達を振り向いて、両手を青空に掲げて、高笑いしてる。気が狂ったヤツに見える。


――どうにもこうにも状況が把握出来ぬ。

涙ぐんでいる朱雀達のテンションと、シュトッフェルの興奮具合、それから様子の可笑しいヨザックとコンラッド。グウェンダルやアニシナ達十貴族の面々も、疑う要素がない口々に言い合って頷き合っていて。

私は、何が何だかわからぬかった。

一人一人と、頷いている魔族達を見渡してると背後で動く気配がして、コンラッドを振り返ったのだが――…


『すまぬ、突き飛ばしたままであったな』




パシッ




『っ』


地面に腰を下ろしたままのコンラッドに差し出した手を、強く叩かれた。

いつだって優しかったコンラッドのその行動に、思考が遅れて手が中途半端に宙で止まり、胸がツキンと悲鳴を上げる。剣は向けられるし手を叩かれるし――…今日は、何故だか冷たい。


「お、…私に触れますと貴方様のお手が汚れますので」


赤の他人に、しかも目上の人に対する言葉で、コンラッドはその場に膝をついて頭を垂れたのだった。抑揚のない声音には、少し嫌味が籠められていた。


『な、』

「そうですぞ!!漆黒の姫様!!そやつは、その身に忌まわしい人間の血を半分も引き継いでいるのですっ!」


シュトッフェルのコンラッドを貶す言葉に、頭に血が集まる。

そうだった。ユーリが申しておったではないか、こやつは碌な奴ではないと!!

話しには訊いていたが、会ったことはなかったので、シュトッフェルに対する苛立ちが止まらぬ。こんなヤツだと予め知っておったら、怒りも呆れに変えられるかもしれぬが――…とは言っても、どちらにしろコンラッドの事を貶したのだから、私は怒るだろうな。

剣に手が行きそうなのを、ユーリを思い出して、留める。

湧き上がる怒りに眼を背け、未だ頭を垂れたままのコンラッドの手を掴んで、無理やり立たせた。


「っ!?」

「姫様!そんなヤツに触れると、姫様まで人間の汚らしい血で汚れてしまいますぞっ!!」


伝わる体温に、ようやく彼が生きておるのだと無事だったのだと――…噛みしめていたのに。それも一瞬も事で。

シュトッフェルの耳障りな声に、怒りがまたも込み上げる。

我慢ならぬ怒りから、サクラに手を取られて驚いているコンラッドのその手を強く握りしめた。怒りから震えているのだと知ったのは手を握られていたコンラッドだけ。


「いつまで、そんなヤツの手を握ってるんだ!」

「そうですぞ!!」


シュトッフェルだけでなく、コンラッドの弟であるヴォルフラムまで目を吊り上げて、そう言って来て。カチンッと怒りが頂点を越えた。


『貴様等っ、何を申しておるッ!人間の血が何だ!そんな事関係なかろうっ!貴様等は色眼鏡で見て、こやつ自身を見られぬのか』


言い返されると思っておらぬかった二人は言葉に詰まって、コンラッドも二度も庇われて瞠目させた。


『しかも、貴様!』

「な、なんだっ」

『こやつは貴様の兄であろう、兄であるこやつが貶されて怒るどころか、共になってそのような事を言うなどとッ――…恥を知れッ!!』

「だがソイツは人間の血をッ」

『だからなんだ』

「っ」

『それでも、貴様の兄には変わりなかろうが!たわけめッ』

「ああ、だから憎いんだ!ボクは純粋な魔族であることに誇りを持っている。なのにソイツは人間の血をッ」


チラリとヴォルフラムのもう一人の兄に目を向けると、彼は表情変わらず遠目に立っていて、更に怒りを誘う。

最近はあんなに仲が良さそうだったのに、人がいる目の前で晒しもののように貶される弟を助けようとせぬのだ。何故、平気で見てられる?


『何故、人…否、この場合魔族か。一人の母親から兄弟が産まれると思う?』


ヴォルフラムに問い掛けながら、グウェンダルの蒼の瞳を見つめる。グウェンダルは己に見られて、ぴくりと眉毛を上げた。


『共に生きて、共に助け合う為だ。兄は、弟を守る為に先に産まれ、弟は兄の愛を受けながら、兄からいろんな事を学び、すくすくと育つのだ。貴様は、一度としてコンラッドに優しくしてもらわぬかったのか?こやつと過ごしたかけがえのない時間だってあるだろう!感謝こそすれ憎むなど、貴様はそれが判らぬほど子供ではなかろう!』

「っ」

『それから、グウェンダル!』

「………何ですか」


グウェンダルは、サクラに名前を呼ばれて、目を見開く。

サクラに説教されたヴォルフラムは、ぐうの音も出ず、目線を地面へと落として、拳を握っていた。サクラは、ヴォルフとコンラッドを一瞥して、グウェンダルに視線を戻す。


『貴様は、長兄であろうがッ!晒しものにされるコンラッドを見て、何故庇わぬのだ?何故守ろうとせぬのだ?長兄ならば、弟二人両方を守るべきだろうが!見てるだけか、腑抜けめッ』

「………」

『貴様等は、兄弟喧嘩をする事も、止める事も、仲直りする事も、まともに出来ぬのか!』


婚約者であるコンラッドの事を想って、頭に血が昇ったままそう叫んだ。言い過ぎかもしれぬと途中で思ったが、止まらぬかったのだ。

押し黙るグウェンダルの隣りで、アニシナがブルーの瞳をキラキラとさせていたのには、幸か不幸か誰も気付かぬかった。




「御言葉ですが、漆黒の姫様。人間は滅ぼすべき存在で、我等魔族の敵なのです!」

『それを申すならば、コンラッドもヨザックも魔族だろう。魔族同士で下らぬ争いなどするな、不愉快だ』


グウェンダルと話していたのに、またもシュトッフェルが乱入して来たので、すかさず言い返す。

そう、コンラッドもヨザックも、十八の時に魔族として生きていくと成人の儀式で決意表明したのだと、訊いた。

人間の血が入っていようが、入ってなかろうが、魔族として生きると決意した彼等の想いを嘲るような真似はさせぬ。

息子が罵られているのに、何も言ってこぬ母親にも――私は怒りを覚えていた。


「そんなことでは、人間には勝てませぬぞ!――漆黒の姫様、今回の戦争、どうか魔族に勝利を導いて下され」

『せ、んそう――…だと?』


コンラッドとヨザックの事を人間の血が入ってるから魔族だと認めたくないのか、私の言葉を無視して言い返して来たシュトッフェルの言葉を復唱した。






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