16-7



オリーヴは、苛々していた。

ユーリが、カロリアにて魔力を暴走させていた頃、オリーヴはヴォルフラムと一緒に眞王廟へ赴いたのだ。レタスは、泣き疲れて寝てしまったので、そのままにして、二人で行った。

行ったが……目ぼしい情報どころか、サクラ様がチキュウにも、こちらの世界にもいないことをウルリーケから知らされ、オリーヴの焦りと苛立ちは最高潮に達してしまう。

魔王陛下は、人間の土地にいる可能性があると知り、ヴォルフラムは彼が生きていてくれたことに喜んでいた。

地球に帰ってなくて、不安要素はあるけれど、それでも無事だったことに、安堵していた。


「(サクラ様は…一体どこに……)」


――チキュウにも、こちらの世界にもいらっしゃらないのなら……ま、さか…。


「(いや…でも、そんな…)」


頭を過ぎった悪夢を、オリーヴは頭を左右に振って否定した。

顔を顰めたオリーヴの眼下で広がる兄弟喧嘩を、他人事のように見つめる。


「なぜ、ボクが行ってはいけないのですかッ!」


机を感情のままに叩くヴォルフラムに、その机の持ち主であるグウェンダルは、厳しい顔で弟に目を向けた。

オリーヴが座っているこの部屋は、グウェンダルの仕事部屋で、彼の執務室には、おキクギュンターとクマハチのぬいぐるみ(inロッテ)、それからアニシナが揃っていた。

王と姫が不在の今、指揮権を持つグウェンダルの元に彼らが集まるのは必然のこと。


「ヨザックからユーリがシマロンにいるとの白鳩便が届いたのですよ!」


そう眞王廟にて、魔王陛下がこちらの世界にいると希望の光が射しこんだ後に城に戻れば、グリエ・ヨザックから文が届いていて。

なんと、小シマロン領カロリアにユーリがいると言う情報が。


“それにしても陛下は相変わらずかわいらしい。しかし何故、護衛もなく旅をされているのか、その点を説明されたし”


と、走り書きされた文が緊急用の白鳩便で届いたのだ。文を送って来たのは、ヨザックだけではなかった。


“……子供二人きりでの旅は、少し危険すぎやしないか?”


ヴォルフラムには、グリエからの文しか知らせてないが、あのアーダルベルトからの文も血盟城に届いた。

文面を見たとき、グウェンダルはユーリとアーダルベルトが接触した事実にひやりと心臓が収縮した。

だが、わざわざこれを送って来ているところから、アーダルベルトはユーリに危害を加えておらず。むしろユーリの身を案じるような文に、意外に思うも安堵したのだった。

因みに、オリーヴはどちらの文にも目を通している。

オリーヴは、“子供二人きり”と書かれたアーダルベルトの文面に目を留め、陛下と一緒にいるのはサクラ様かと喜んだのだが――…ヨザックの文には姫について書かれていなかったし、ウルリーケが口にした言葉を思い出して、ぬか喜びした心が陰った。


「捜索隊は明朝に出発する予定だ」


二つとも、ユーリの保護者兼護衛の、ウェラー卿コンラート宛てだった事から察するに――…情報通のグリエも、コンラートの身に起こった出来事は知らないらしい。

どちらにも返信しなかったグウェンダルは、目の前で切羽詰まった末弟を見て、吐きそうになった溜息を寸前で堪えた。


「本来なら私自身が行きたいところだが…」


そこで言葉を止めたグウェンダルの目線が、テーブルの上で我が物顔で鎮座している日本人形に向かう。


「王城を人形に任せにするわけにはいくまい」


長兄の感情の籠っていない言葉に、「ですからっ、ボクがッ」と、ヴォルフラムは胸に手を当て主張したが、


「お前が同行するとなると指揮権を移さねばならん。人選にも余計な時間がかかる」


長兄は無常にも、彼の言い分を切り捨てた。


「ボクはボクで独自で行動します。部下も準備も自分で――…」

「――フォンビーレフェルト卿」


往生際悪くまだ反論するヴォルフラムを、グウェンダルは低い声を発し、姓で呼ばれたヴォルフラムは背すじを伸ばし息を呑む。


「行って欲しくない理由が判るか?」

「……ボクが短気で、我が儘だからですか」


ヴォルフラムは、長兄から目を逸らして伏せた。口は真一文字に結んで、その唇から彼が如何に精神的に堪えているのかが伺えた。


「それもある」

「っ、」

「慎重さに欠け、感情的で、敵勢力下で目立たず行動することが出来ないからですかっ」

「うん、よく自己分析が出来ている。だが最大の理由はどれでもない」

「では何故です」

「その答えは城で私の補佐をする間、自らの頭で考えろ」


ユーリを探しに行きたいのに。やっとユーリの行方が判ったから、一刻でも早く彼に会いに行きたいのに。

不慣れな人間の地にいるユーリの許へ、一秒でも早く駆けつけたいのに――…尊敬する一番上の兄に、反対され、理由を尋ねても返って来たのは、、望んでない厳しい答えで。

ヴォルフラムはぎゅうッと下唇を噛んで、燻る思いを胸に納得いかなかったけれど、グウェンダルに向かって目を合わさず、踵を返す。

思いつめたヴォルフラムを心配して、アニシナが呼び止めるが……彼は、長兄に背を向け部屋を後にした。




パタン




と、ヴォルフラムの心情を表したかのような扉の音が室内に響き、グウェンダルは長い溜息を吐き出し、窓の外へ視線を遣った。


「………」


グウェンダルが軍人の仮面をつけて冷たく諭したのは、末弟を想ってのこと。


「ヴォルフラムが持つ陛下への想い。愛のために戦う時、その刃は燃え盛る情念となり、己をも焼き尽くす」

「その姿で格好つけても、全くきまりませんよ、ギュンター」


目の前で行われている王佐とアニシナのやり取りと、摂政とその弟の兄弟喧嘩を、オリーヴは苛立ちと冷ややかな感情をピンクの瞳に宿し目を細めた。


――サクラ様の手掛かりは未だ見つかっていないのにッ!

齎された情報によってユーリ陛下に意識が向いている面子に、オリーヴは叫びたかった。

ヴォルフラムのように激昂して、思っている事を唇から出したかった。けれど、それをしないのは、オリーヴがサクラに任された軍隊があるから。冷静でいなければならない立場にあることを嫌というほど判っているから。

そんな上官の胸中を察したロッテは、眼を伏せる。

いつまでこんな不安定な気持ちと向き合わなければならないのか――…不安と苛立ちと時間を共にしなければならないのは、気も休まらない。


――せめて、せめて、サクラ様が、御無事であるのか。それだけでも、知り得たい。


「………お前はどうするつもりだ」


探るような軍人の眼と、無となったピンクの眼がぶつかった。


「何を言ってるの?」

「お前の事だ。サクラを探しに動くつもりなのだろう?」


そう言われても、感情豊かなオリーヴは眉一つ動かさなくて、静観していたアニシナの方がぴくりと反応した。

日本人形とクマハチのぬいぐるみの丸い双眸も、オリーヴに集中する。


「人手が足らないのに、無謀な行動をするわけないでしょ。フォンヴォルテール卿の部隊と、人間の土地に詳しいウェラー卿の配下を数人で、捜索を続けるのでしょう?なら、私に役目はない」


オリーヴは、淡々と言葉を紡ぐ。


「陛下の元へと向かいつつサクラ様も捜索をするのでしょう?だから、火事場での捜索は打ち切るわ」


尊敬する姫の捜索を止めると、冷酷にも取れる選択をしたオリーヴを見て、アニシナとグウェンダルは瞼を閉じた。

焼き爛れた教会で未だ捜索を続けているのは、オリーヴ率いる先鋭部隊だけ。


「オリーヴ閣下…」

「あたしは、もしもの時に備えて、仲間を集めるだけ」


山吹色の軍隊は、全員は城に揃ってない。だから、今すぐに血盟城に集まるように呼びかけなければならない。

本当は、地方にいる兵士達に、各々サクラ様を探せ、と、命令したいところだが――…感情に従っては、何も守れない。オリーヴは心を一つ消した。


――サクラ様は大丈夫。


“彼がいるのに、近くに主の姿が見えない。そちらの詳細を求む”


と、実はオリーヴの元にカロリアへ潜入していたバジルから文が届いていたのだが、オリーヴはロッテ以外にソレを教えていない。

チキュウへと帰ったとされる陛下が人間の土地で見付かったのだから、サクラ様だってカロリアにいるかもしれない。その僅かな希望は、バジルの文によって無常にも打ち砕かれたのだ。だけど――…。


――サクラ様は大丈夫。

今こちらの世界にもチキュウにも、存在していなかったとしても、サクラ様は大丈夫。

オリーヴがお仕えするサクラ様は、生きてる限り眞魔国で起こっている異常に気付いている。故に聡明なあの方は、何か行動を起こされるはず。あたしは、その合図を耐え忍んで待つだけ。

現時点では、もしものありとあらゆるケースを考え、備えることが重要視される。

オリーヴは、隊を任された副官として、そう決断した。


「だから、フォンヴォルテール卿。用があるならば、その都度声をかけて頂戴。すぐに動けるよう待機しておくわ」

「…ああ。判った」

「それから、ロッテは、早く己の体に戻ることだけ考えなさい。今のままでは足手まといよ」

「………はい」


直属の上官にそう言われて、ロッテは沈みそうになった気持ちを殺して、こくりと頷く。足手まといだと――…何より痛感しているのは、他でもないロッテだった。

ロッテがチラリと、オリーヴ閣下が握りしめている“紙”を一瞥したのを、誰も気付かなかった。その紙は、バジルからの文だったものだと知っているのはロッテだけ。

言いたい事だけ摂政と部下に言い放ったオリーヴもまたヴォルフラムのように部屋を後にした。



去っていく彼女の姿を、ギュンターとアニシナが何か言いた気に見つめて。

クマハチのぬいぐるみは、いろんな感情を堪えるように、くしゃりと強く紙を握りしめる上官の背中に向かって――…そのつぶらの瞳を細めた。





(山吹色の先鋭部隊は)
(記憶がない姫に、近付きたくても、)
(拒絶が怖くて話かけられない者達ばかりで。)
(永遠なものなんてあるはずがないと、嫌ってほど知っているのに――…)
(気付いたときには、彼女はいない)

後に残るのは絶望だけ。



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