16-6
――だって、あれは……。おれが見間違うわけがない。
現われた数人の兵士が腕に抱えている武器は……頭に嫌な記憶として刻まれている――…あの忌まわしい教会にいた兵士が持っていた武器と全く同じなのだ。
おれは、あれが火球を放つと嫌という程、知っている。
だって…あの武器のせいで、コンラッドは腕を失ってサクラは……。
地球みたいに文明が進んでいないこの異世界で、同じ武器が他国にあるなんてことはないはずだ。つまり、あの兵士と同じ者を持っているコイツ等は、おれ達を襲ってきた同じ人間の国の奴だってことで。
あの悪夢がフラッシュバックする。
「言ったはずだ。あなたになら――……手でも胸でも命でも、差し上げると」
「っお前ら…、コンラッド…サクラ……。お前らが、コンラッドをッ」
「客人とやら、じっとしていてもらおう」
「おい渋谷、どうした」
村田が戸惑っているのが判ったが、おれは村田を気に掛ける余裕はなくて。
火の暑さが、木が燃える臭いが、肉塊が焼ける臭いが――…あの忌まわしい記憶がぶわりと瞼に蘇る。それも鮮明に、ぶわッと蘇った。
コンラッドも、ギュンターも、サクラも――…、
「おいっ!」
「ははっ…どうもー。こいつ混乱しているみたいで……おい渋ッ――…」
「お前等だったのかっ!?」
村田は、様子の可笑しいユーリの肩を掴んで、意識を自分に向けさせようとした。
そんな村田の努力も空しく、辺りを強烈な圧力が支配して、呼吸するのが難しくなって、村田の片目からコンタクトが吹き飛んだ。
「ぁああああああ」
――コイツのっ、コイツ等のせいでッ!!!
コイツ等は、火を噴く武器を持つコイツ等は、大シマロンの兵だとアーダルベルトが去り際に言っていた。
ウィンコットの毒を、フリンさんは誰かに売ってマキシーンと揉めていた。そして大シマロンの兵がここにいる事実。おれの中で全てが繋がった。
――コイツ等のッ!
ここにいる奴等のせいでッ!!コンラッドはッ、ギュンターはッ、サクラはッ!!!!血を流すはめになったんだッ!!おれの大切なものをッ。
ふつふつと湧き上がる怒りは、渦を巻くように大きく成長して――…おれの怒りに比例して、強風が吹き荒れる。
「やめろ」
「なんなんだ、一体!」
「やめないと撃つぞッ!」
憎い。
憎い。憎い。憎い。
――平気で目の前に立っているコイツ等が憎いッ
「ああああああああああああああー!!!!!!!!」
悲鳴のような、怒りを伴った雄叫びに、部屋の中が縦揺れして、テーブルの上からティーカップが転がり紅茶が零れた。
立っていられない震動に兵士達も、フリンと執事も、村田も、混乱し、強風に飛ばされないようにその場にへたり込むしかなくて。凶悪な“何か”が、室内を覆い尽くす。
混乱する頭で、この凶悪な力の出所を――…誰もが悟った。
村田は、暴走するユーリを止めようとして手を伸ばそうとしたが、カタカタと部屋が揺れ、椅子が揺れ、テーブルが揺れ、思うように体が動いてくれず。
近くに零れ落ちた紅茶が龍をかたどり宙を舞ったのを目視して、村田を除いた人間が恐怖で喉を鳴らした。
「こっ、これは…」
恐怖で震えたのはフリンも同じで。視線の先で、強風の中で悠然と立つ彼は、帽子もサングラスも吹き飛んでいて、吹き荒れる風のせいで瞬きも困難の中、フリンは確かに“黒”を見た。
茶色の龍が宙を舞って、大シマロンの兵士を締め上げ……全ての窓ガラスを割り、外へと流れていく。
ゴゴゴゴゴーッと音を立てて、水流と共に兵士達が消えたのを、魔王が目を細めて見遣り、派手に力を使ったせいで、怒りが風船の様に萎み――…ふっと意識が遠のいて、彼は背中から床へと倒れたのだった。
「(力尽きたのか…)」
床一面が水で濡れているのに対して、ユーリと村田がいる周りは円を描くように水が避けていて。
怒りで力尽きた友達を、村田は優しく抱き上げ、近付くフリンやここの兵士たちに警戒した。
「……これが、ウィンコット一族の力?」
驚きと、畏怖と、侮蔑が籠ったその言葉に、村田は無表情のまま顔を上げた。腕の中には、眉を寄せて気絶した渋谷有利がいる。
「何故、服が濡れていないの?」
「僕等を避けて通るから」
ユーリにとって、村田は標的ではなかったから。
彼の怒りの対象だったのは、大シマロンの兵士達で、村田には渋谷がどうしてそんなに怒りを覚えているのか知らないけれど、アーダルベルトとの会話から“サクラ”と“コンラート”の二人の身に何かあったのだろうと推察する。
渋谷は、大シマロンの兵士を見てから様子が可笑しくなった。二人は、命の危機に陥ってるのかもしれない。
友達であるサクラと、魂の状態で会ったことがあるウェラー卿の事は、村田にとっても他人事ではなかった。
「……領主の座が欲しかったんだろ?」
村田が、ユーリを守る様に抱きしめているのを、静かに見つめるフリンに、低い声で尋ねた。疑問形ではあるが、もはや断定的に。
サクラがいない今、ユーリを守る役目は、自分がしなければと決意し、マキシーンとフリンのやり取りで、今人間の土地と眞魔国との間に何が起こっているのか大方の予想はついていた。
ウィンコットの毒。それを彼女は大シマロンに売ったのだろう。渋谷をウィンコットの一族だと言わなければ良かったと内心舌打ちした。
ウィンコットの毒を操れるのは、ウィンコット家の血筋のものだ。その事を、カロリアの領主であるフリンは知っているはずだ。
魔族だとバレれば、拘束くらいはされるだろうとある程度想像はしていた。自分がこの世界に飛ばされたということは、百パーセント“アレ”が関係している。だから、“アレ”の情報を少しでも集めたかった。だから覚悟して、この屋敷へと来たのだ。
だが、ウィンコットの毒を使おうとしているヤツがいるなんて想定外だった。
「力を使い果たしたみたいね」
「……今なら簡単に殺せるかもね」
「殺しはしないわ。私には、彼が必要だもの」
「……悪事に利用させたりはしないよ」
「悪事になど使わないわ」
――…やっぱり。彼女は、渋谷を利用する気だ。
村田は、冷やかにそう答えたフリンを軽蔑の眼差しで見遣った。
魔族を怯えてるくせに、利用しようとする……本当、反吐が出るよ。“過去”を生きた記憶を振り返って、顔を顰めた。
「……多くの人間は、力を得れば傲慢になる。けれどそれが、自らの身の内から発せられるものでない場合は、その力を使って得た“物”で満足するしかない」
「彼の力を使うのは、私の仕事のうちじゃないわ」
感情を消して忠告したのに、渋谷を利用する意向を変えないフリンの返答に、村田を纏う空気がどんどん鋭利なもの変化する。
「……あんたたちはどれだけの物を欲しがってる?土地か、人か、金か、油か」
――結局…どの時代の人間も、魔族を虐げるのか。…変わらない。
「それとも世界を手に入れたいのか?」
(変わらない)
(いつの世も――…)
(魔族は畏れられ、虐げられる)
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