16-4



「クルーソー様はウィンコット家とは、どのような……」


所変わって、おれ渋谷有利は、カロリアの領主のノーマンさんとやらに会いに、屋敷を訪れていた。

いきなりの訪問だったので、通してくれないだろうと思っていたのだが……おれの心配を余所に、門兵達がコンラッドから貰った青いネックレスに目を留めて、仰々しく通してくれたのだ。

その際、村田がおれがフォンウィンコットの…ジュリアさんの息子だとか言って、それを信じたのか屋敷に泊めてくれて。

で、一夜明けた今――…領主であるノーマン・ギルビットとの接見することとなったのだ。


「ああ、実は大佐の亡くなられた母上が、ウィンコットの血を引く女性だったんですよ」


ノーマン・ギルビットは、顔を仮面で隠し、マントを羽織っていて、全身からして怪しい風貌だ。

彼は幼い頃より、顔を誰にも見せないようになったらしい。

通された立派な食堂で、隣に座る村田が、三年前の事故により声を出せなくなったというギルビット領主の代わりに説明してくれる執事のベイカーと話しているのを横目に、仮面の領主から目を離せなかった。


「彼女は大佐を産む直前に亡くなったし、大佐自身は別の場所で育ったので、直接会ったことはないんです。でもある日、生前の彼女を知る者が現われましてね、その男が、これは渋……クルーソー大佐のものだと」

「そのウィンコットの血を引く女性の……お名前は……」

「ジュリア」


平気で嘘八百を並べる村田を半眼で見遣る。


――村田…何度も、この世界は異世界だって言ってるのに、おれの冗談だって思ってるし。

それなのに、おれが偽名を使いたいって言えば、訝しむこともなく一つ返事で頷いてくれて、現に今も平気で嘘を並べている。助かるんだけど……異世界だってのは認めない癖に、ちょっと馴染みすぎやしないかい?

普通、いきなり見知らぬ土地へと流されたら、戸惑うだろう。おれだったらパニックに陥って、人とまともに話せない自信があるね!


「で?彼とウィンコット家の関係については、今お話しした通りですが。今度はそちら様の事情も教えてくださるんですよね」


村田健は、ブルーとなった瞳をすっと細めて、ギルビット領主とその執事ベイカーを威圧した。

もともと村田はここへ、助けを求めに来たというのに――…村田は、領主から何かを引き出そうとしている。それは詰門のようだった。おれには判らないけど、村田は村田で何かを感じているのかもしれない。


「私どもが申し上げることが、果たして故人おご意思かは判りかねますが……元々この地を治めていたのは、御母堂の血筋であるウィンコット家なのです」

「!(ウィンコット!?って…ジュリアさんの……)」


ベイカーの口から放たれた“ウィンコット”の名前に、ぴくりと反応した。


――なんで?ここは人間の土地でしょう?なのに、何で魔族のジュリアさんの祖先がこの土地を治めてたわけ?

意味が判らず、ユーリは小首を傾げた。


「とはいても、もう何千年も前の話になります。現カロリア……当時はもちろん違う名称で呼ばれておりました。この土地も民も全てウィンコット家の所有でした。彼等は世界を呑み込もうとした古の創主達をうち負かし、この世界を存続させた偉大な種族の一員でしたから。しかしどういった変化があったのか、徐々に民を虐げるようになり、やがて狂気の支配を強い始めたのです」

「――ぇ…」


それって…ジュリアさんの祖先が、ここの人間達を力で苦しめたって事?


「……民衆達は理不尽な応政に立ち上がり、新たな時代とよき国主を求めて屈することなく闘いました。その結果としてカロリアは立国されたわけです。ご存じのとおり、かの家はその後、定住の地を求めて旅し、西の果てで魔族となられたわけですが……」


初めて知らされた事実に、おれは頭が回りそうだった。

そうか…そうだよね……魔族って言ったって…最初から魔族だったわけじゃないんだ。はるか昔は、人間も魔族も関係なく共に生きていたんだ。

おれが目指す世界が遥か昔では当たり前だったなんて――…でも、ジュリアさんの祖先が、そんな事をしてただなんて、ちょっと信じられない。


「ですから、私どもカロリア国民とウィンコット家は、歴史的に深い因縁があるのです。ですが、過去のことは過去のこと。気の遠くなるような長い時間が、我々の軋轢を解消してくれたはず。カロリアは今こそ和解したいのです、先の世に遺恨を遺したくないのです」

「……そんな歴史を信じる奴が……」


上から目線で、過去の事を流すと言ったベイカーと、それが当然だと言っているかのようなギルビット領主の態度に、村田は怒りで拳がぷるぷると震えた。

“魔族”と呼ばれるようになった種族が出来て、人が暮らす場所から離れた土地で眞魔国を建国した魔族達は――…殆どが人間から裏切られた者達ばかりで。

それを“知っていた”村田は、思わず椅子に座る領主とベイカーを睨んだ。

しかも彼等は、ユーリがそのウィンコットの血族だと信じている癖に、ユーリを前にして良くものうのうとそんな事が言えるな!!

そんな村田を、不思議に思ってユーリが視線を向けた時――…、



「そんな馬鹿げた歴史を信じる奴がいるとでも思うのか!?」



招かざる客が乱入して来た。


「ウィンコット家が圧制を敷いたから民衆が蜂起しただと!?ふざけるな!この世の脅威から救ってもらっておきながら、闘いが終わればお払い箱だ。利用するだけ利用してからに、いざ平穏が訪れると、オレたちの魔力が恐ろしくなったんだ、人間どもの考えることは皆同じ、自分と異なるものは排除する……そんな汚い手を使ってでもな。和解、遺恨?笑わせてくれるぜ!」

「申しわけありませんギルビット様!お止めしようとはしたのですがっ」


全員の意識が、乱入者に向けられた事に、村田は自分を落ち着けるように息を吐き出した。俯く村田の様子に誰も気付かなかった。


「アイツはッ」


村田の隣では、ユーリが、突然入って来た二人組の内一人の顔を目にして、ひゅうッと喉を鳴らした。

室内に大きな音を立てて入って来た二人組はどちらも男性で。一人は、長い髪を一つに束ねた陰湿そうな男で、もう一人は、あのフォングランツ卿アーダルベルトだった。


「あぁぁぁ…バレてない、バレてない」

「もう良い、下がれ」

「はっ」


いち早くアーダルベルトに気付いたおれは、黒髪を隠す為に被っていた帽子を深くさせて、バレてないとぶつぶつ呟いた。

二人は強引に屋敷に来たのだろう、彼等を止めようとしていた兵士が遅れて登場して、ベイカーが喋れない領主の代わりに答えて。閉じられた扉の前に、アーダルベルトが、誰もこの部屋から出させないように仁王立ちした。


「お久しぶりですな、ノーマン・ギルビット殿」


後ろで控えるアーダルベルトを見ることもなく、もう一人の乱入者のポニーテールの男は、嫌な笑みを浮かべてギルビット領主に近寄る。

アーダルベルトにバレるのではっ!?と、心配するおれを余所に、不穏な空気が室内を立ち込めて、おれと村田は途端空気になってしまった。


「マキシーン様、ただいま来客中です。ご用件ならば……」

「我々小シマロンは、不穏な噂を耳にした。カロリアは小シマロンの属国でありながら、大シマロンの王室に直接取引を持ちかけている、とな」

「そのようなことはっ」

「執事の意見ではなく、あなたのお口から訊きたいのですよ。ノーマン・ギルビット殿?」


領主の前へと立ち、礼儀知らずなポニーテールの男はマキシーンという名らしい。

ギルビットは、見下ろすように隣へ立ったマキシーンに眼も合わせず。二人のぴりぴりした空気を、おれも村田も敏感に感じ取った。


「なんだアイツ…」

「しッ」


思わず呟いたおれに、村田は制止の声を小さく出した。


「ふんッ。瞳が隠れていては、真意が見極められん」

「マキシーン様、主は」

「チッ。…知っている。その上で話し合おうと言うのだ」


マキシーンは、無礼にも執事が止める声を無視して、嫌がるギルビット領主の仮面に手をかけ――…隠された彼の素顔を、白日の下に晒した。

当然、仮面の下からどんなに不細工でも男の顔が覗くのだと思っていたおれは、仮面のしたの素顔に目を剥いた。村田も隣で驚いていて。アーダルベルトも少なからず驚いていたみたいなのに、仮面を取り上げた張本人のマキシーンは、ふんッと偉そうに鼻を鳴らしただけだった。


「やはりな。私は小シマロン王サラレギー様の命を受け、ギルビットを問い詰める為に来た。しかし、そこにいたのは何処の誰だか判らぬ女」


そう仮面の下にあったのは、女性の顔だったのだ。領主様が女性だったとは、驚きである。


「失礼な!奥方様に向かってっ!」

「奥方様だと?」

「――私は、フリン・ギルビット」


蚊帳の外のおれと村田を余所に、話は進んでいく。――おれ等ここにいていいのか?


「夫のノーマンは、三年前の馬車の事故で命を失いました。私はノーマンとの間にまだ子供を授かってはいませんでした。しかしシマロンの法律では、夫の死後の養子縁組は無効。しかも女が家を継ぐ事さえ許されない」


ノーマン・ギルビット改め、フリン・ギルビットは、プラチナブロンドにグリーンの瞳でかなりの美人さんで。

フリンさんが素顔を見られて狼狽えたのはほんの一瞬で、マキシーンを悠然たる態度で見上げた。その領主としての悠然たる威圧感に、肌がぶるりと粟立った。


「ギルビットの家と領土を守るため…奥方様は、仮面をつけ、ノーマン・ギルビットとしての人生を歩む決意をなさったのです。ああ、なんとお労しい」

「そっかー。良くわかんないけど、いろいろ大変だったんだなー」


何かを守ろうとしている女性は、綺麗だ。サクラも時々、あんな感じの威圧感を瞳に宿している。

マキシーンが、フリンに、シマロンの属国だからシマロンの法に従うのは当たり前だと最もな事を吐き捨てている間――…おれは、フリンさんを見ながらサクラを思い出していて。

フリンさんもまた国の為に、どんな手を使ってでも守ろうとしているのだと、感銘を受けた。





「では、シマロン本国の開戦論に異を唱え、独自に反戦運動をしているというのは?」

「それは噂でしかありません」


フリンはマキシーンを睨みあげた。


「この館にしか貯蔵されていない筈の、ウィンコットの毒」

「!」


――ウィンコットの毒?

またも穏やかではない話題に、おれは首を傾げたのだが……おれの隣で、村田がぴくりと反応していたのを見逃さなかった。

“毒”に反応したのかもしれない。平和な日本にいたらお目にかかれない“毒”に、驚いたのかもしれない。けど…村田は険しい顔をしていて、おれはやっとここが異世界だと納得したのかと考えた。


「その毒が、何者かの手に渡ったそうだ。ウィンコットの毒について、我々が語る時、常に話題の中心はこの館なのだよ。誰かに売られはしないかとね。売ったのかね?」

「正当な取引を持ちかけられれば、いつでも譲る気はあるわ。ナイジェル・ワイズ・マキシーン。もちろんあなたにでも」


ここへ現れてから我関せずだったアーダルベルトが、閉じていた瞼をそっと開き、マキシーンを挑発するフリンを睨んでいて――…それを目撃して、ああそうだった、アーダルベルトは…ジュリアさんの婚約者だったと思い出す。

ジュリアさんを愛していたが故に、魔族を裏切り、眞魔国を出たアーダルベルトにとって、聞き逃せないのかも。

ここを訪れた時もベイカーのウィンコットが裏切ったって話に激怒していたし……まだジュリアさんを忘れられないのか。


「では、誰に譲ったのか教えて貰おうか」

「教えられないわ」

「教えられない、で、済むとは思ってないだろうな?この土地はシマロン領だ。属国は宗主国であるシマロン本国に、問われたら報告する義務がある」

「だからこそ教えられないのよ」



――ああ、そうか…。ウィンコットの毒とやらが、ここから売られたかもしれないという噂を訊いて、あの刈上げみたいなポニーテールの男と一緒にいるのか。

アーダルベルトが人と行動するなんて想像出来ないし、と、おれは一考した。






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