16-3



「本当に、ロッテはウィンコットの毒で殺られたの?」

「……オリーヴ閣下…俺はまだ死んでないですからね……辛うじて、ですけど」


確かめるように、アニシナに顔を向けそう問うた。その際、クマハチのぬいぐるみがもそもそと言っていたがスルーする。


「肉体に現れている症状から判断するに確定的です」

「だけど…ウィンコットの毒が使用されていたのは、千年以上も前の話でしょう?今更正確に作用するものなの?」

「成分表をもとに新たに調合したのかもしれませんね。ウィンコットの血を持つ者にだけいいように操られるという非常識な毒を」

「ウィンコット家の毒…い、いまウィンコットの毒と言いましたっ!?」

「ずっとそう言ってただろうが!話を聞いていなかったのか!」


話を中断させたギュンターに、イラッとしたグウェンダルが眉間の皺を深くさせて溜息を吐いた。

だが、今まで静かにしていたのに、我慢できなかったのか興奮状態が再び訪れたギュンターは、ヒステリックな声を上げた。


「私が射られた矢に塗られていたのはあの……あの恐ろしいウィンコットの毒なのですか!?死後も相手の意のままに操れれ、骨までしゃぶりつくされる……!?」


ロッテの幽体離脱状態の魂は、愛らしいクマハチのぬいぐるみに入れられたが……ギュンターは、日本人形に入れられていて、その容姿で叫ばれると薄気味悪く感じる。

ギュンターが話す度に、顎がかたかた音を鳴らして、着物に黒髪の姿は軽くホラーだ。

とは言え、眞魔国では双黒は美の象徴のようなものなので、ギュンターは仮の器に満足しているみたいだが……顎をカタカタさせる姿を見せられる側としては、気持ちが悪かった。

彼の仮死状態の肉体はロッテの肉体よりも肌が白いので、アニシナ命名雪ギュンターと名付けられ、仮の姿に入っている彼は、おキクギュンターと呼ばれるのも……頷けた。

おキクギュンターに比べたら…クマハチ姿のロッテの方が何倍もマシである。不便だろうけど。


「こ、怖い…」


現にレタスは、取り乱すギュンターに怯えて、オリーヴに抱き着いていた。

ふるふる震える妹の姿を、もしもサクラが見ていたら――…おキクギュンターの魂は、成仏させられたことだろう。


「れ、れも何のために私を操ろうなろろ……それにしても陛下をお守りれきて本当に良かった。これれあの方に万一のころでもあったら……はっ!?陛下は!?陛下はどちらにいらっしゃるのれすかっ!?」

「っ、わわっ!」

「………おいこれは飛ぶのか」


ギュンターは眼からピカッとビームを出して、乱れるままに室内を飛んだ。

いきなりの事で、びっくりしたレタスは、怯えながらオリーヴの軍服を強く握る。ぷるぷる怯えるレタスの右手には、サクラのショートエプロンもしっかりと握りしめられていて。オリーヴはレタスの頭を優しく撫でた。

汁まみれの王佐も威力があったのに…眼からビームを出して飛び回るおキクギュンターを目にして、グウェンダルと、ヴォルフラムは頭痛に見舞われた。

そしてどう収拾させようかとグウェンダルが顔を上げた時――…


「ちょっと、黙ってなさいよッ!」

「ぶへぇッ」


ピンクの双眸を吊り上げたオリーヴが、空中を飛んでいたヤツを握りしめて、床へと投げたのだった。


――哀れ、おキクギュンター…。

逞しい女性しかレタスを除いてこの場にいない事に気付き、グウェンダルとヴォルフラムは仲良く視線を逸らした。


「念のためにフォンウィンコット一族の方々には、一人残らず警護をつけましたが……それでも何処に血を引く者がいるかは判りません。国を出て修行中の若者が迂闊に身分を明かせば、すぐさま利用されてしまう」

「流石、アニシナね…仕事が早いわ。でも、大丈夫じゃないかしら?人間の土地で、魔族だとバレるような本名を名乗る馬鹿はいないわよ」

「それもそうですね」


気絶したギュンターを心配することなく、アニシナとオリーヴは会話を進めた。

シマロンがウィンコットの毒を使ったのならば、自由に肉体を操れるギュンターを放っておかないと思うのだ。だから、アニシナはフォンウィンコット家に事情を話し護衛をつけた。

だが、オリーヴの言う通り、本名を人間の土地で名乗る馬鹿はいないだろう。ただでさえ、魔族は人間に疎まれているのだから――…。

ありとあらゆる可能性を考えて決断を出すグウェンダルもまたオリーヴの言い分に納得し、口を挟まなかった。

だが、彼等は知らない。我等が魔王陛下が、今まさにシマロン領でフォンウィンコットの血族だと名乗っている事を。全てが明るみに出る頃には、手遅れになることも――…彼等は予想出来なかった。

今回の魔王陛下――渋谷有利は、全く想像つかない行動をするので……予想出来なかったとしても、誰も責めないだろう。





 □■□■□■□



「――で?」


一睡もしていないレタスをヴォルフラムと共に寝かしつけ、ギュンターとロッテの仮死状態の肉体をまだ調べると言っていたアニシナに、クマハチのぬいぐるみになってしまったロッテは連れ出しても良いと言われたので、彼を鷲掴みにして自身の執務室へと訪れた。

オリーヴが、ロッテに何を追及するのか察したグウェンダルが、新しい情報が訊けるかもしれないのだから目の前で訊けばいいだろう――…と、渋っていたが、ロッテの上司は今はオリーヴであるから、自分が一番先に知る必要があると、有無を言わせずアニシナの実験室を後にしたのだ。


「ロッテ、アンタ…あたしに何か言うことあるんじゃないの?」

「ぇ、…え〜っと……」

「あるわよね?あるでしょう!包み隠さず言いなさい?」


オリーヴの据わった眼差しがロッテに向けられ、ロッテは冷や汗を流した。

カチャリと、わざとらしく剣を抜く音が聞こえて、ロッテは焦った。――ヤバイ、答えなかったら……殺されるッ!

ぬいぐるみとなってしまったロッテのことなんて剣一つで、気付いたらあの世なんて事になってしまう。容易に想像出来て、ぶるりと震える。


「何で、サクラ様をチキュウとやらに帰す護衛の為に駆けつけたアンタが、黒の死覇装なんて物を持って行ったわけ?まるで、ああなる事を知っていたみたいじゃない」

「………」

「吐きなさい」


――吐くも何も、俺だって何も知らされてないってぇー!!

すぐにでも剣を抜きそうな上官を前にして、ロッテは心の中で絶叫した。


「いや、俺も詳しくは知らされてなかったんですよね〜」

「あぁ?」

「本当ですって、いや…やめて!剣をこちらに向けるのは止めて下さいっ!」


ふんッと鼻を鳴らして椅子に腰を落ち着かせたオリーヴに、ロッテは小さく息を零した。


「姫ボスが、前回チキュウにお戻りになられるちょっと前…御様子が可笑しかったでしょう?」


オリーヴのピンクの瞳とクマハチ(inロッテ)のつぶらな瞳が絡まる。

彼女の執務室の窓から、傾いた太陽が照らしていて――…もう少しで夕焼けになるだろう時間帯になっていた。


「俺、訊いたんすよ。何をなさるおつもりなのですか?って。姫ボスは、今は御自身も知らされていないから詳しくは話せないけど、姫ボスが次に眞魔国へと訪れるまで、ウェラー卿の事を気にかけてくれてって頼まれたんスよー」

「ウェラー卿のことを?何かお気になさることでもあったのかしら……」


オリーヴは形の良い眉をぴくりと動かす。同時に、ここ数か月ロッテの姿が見えなかった事に納得した。


「さぁー…俺もさっぱりでしたが、姫ボスがチキュウへと帰られた後…しばらくして“箱”が人間の土地で見つかったと、しかも悪用しようと人間が動いているとの情報がヨザックからもバジルからも入ったでしょう?だから、俺、あー…姫ボスは“箱”を恐れていたんじゃないかって思ったんすよ」

「“箱”とウェラー卿は関係ないじゃない。何でその考えに辿り着くのよ?」

「俺も良く判りませんって。ただ――…」


ロッテは、そこで一旦言葉を止めて、低い声を発した。


「なんか出来過ぎてませんか?」

「………なにがよ」

「姫ボスの様子が可笑しくなってから、伝説のような“箱”の存在が明るみに出て来たんですよ?姫ボスが心配していたウェラー卿と“箱”がどう結び付くか見当もつきませんがねー…ただ、姫ボスが懸念していたのが“箱”のような気がして……」


――姫ボスは“漆黒の姫”ですからね。“漆黒の姫”としての記憶がなかったとしても、いつ覚醒しても可笑しくないですし…。

と、ロッテは低い声のまま続けた。

もちろんロッテが言う“漆黒の姫”としての記憶とは、彼等が知る二十年前のサクラの記憶ではない。“箱”に関わる記憶を持つ“漆黒の姫”のことだ。

おとぎ話のような“箱”の存在が出て来たのだから――…“漆黒の姫”と言われているサクラが、何か行動を起こしても可笑しくはないと、ロッテは考えたのだ。

主が、ウェラー卿を気にかけていてくれと言った。それは全て繋がっているような気がしてならない。


「だから俺は、姫ボスの戦闘服を持って行ったんです。まさか俺もあんなことになるとは思いませんでしたけど…、ね……」

「……」


ロッテからの情報は、サクラを探す目ぼしい手掛かりにはならなかったが、オリーヴを唸らせるのには十分な威力があった。

ウェラー卿が城にいてくれたのなら、彼を見張っていれば何か分かるかもしれないのに、肝心な時にヤツはいない。

憶測だが……ウェラー卿の身に危険が及んでいて、尚且つあの教会で彼の命が危険にさらされるとサクラ様は知っていたのかもしれない。だから、ロッテに頼んだのかも。

そう考えるとレタスが言っていた内容と辻褄が合う。


――なら、あたしはこの後どう動けばいい?

サクラ様も、唯一の手掛かりになるであろうウェラー卿もいないなら……あたしはどう動けばいい?どう行動したらサクラ様の手掛かりを見付けられる?

人間が“箱”を悪用しようと動いている今――…そちらにも目を遣らないと、戦争になった時、勝利を手に出来ない。民を犠牲にしてしまう、それは上に立つ者として避けなければならない。

フォンヴォルテール卿は、陛下も姫もいないこの状況では、摂政である彼が指揮権を取らなければならなくなる。王佐は使い物にならないし。

きっと――…彼は、部下に陛下と姫の捜索を頼み、戦争を視野に入れて動くのだろう。


「(それなら…あたしはどう動けばいい?)」


城は人手が足らない。

だから、フォンヴォルテール卿はオリーヴの手を借りたがるだろう。いくら主がサクラだったとしても、サクラが城にいない今、彼に言われたら従わなければならない。

二十年前のサクラから預かった先鋭部隊は、両手で数えるくらいしかいない。志願する者はいくらでも集まるだろうが、信頼出来る実力がある者は、数人しかいない。

戦争の準備をするのなら、オリーヴはサクラの捜索を打ち切らなければならなくなる。そちらに費やす人手がないからだ。サクラ様の捜索は、フォンヴォルテール卿の部隊に頼らなければならなくなる。

オリーヴは内心舌打ちをした。


「――明日、眞王廟に行くわよ」


頼みの綱は、あの巫女しかいない。ウルリーケの返答次第で――…今後どう動くべきか方針が決まる。

オリーヴの険しい眼差しを受け、ロッテもまた真剣な表情で頷いた。







(サクラ様は無事に、チキュウへと帰られたのか)
(それとも、こちらの世界にいるのか――…)
(はたまた…どちらでもないのか)
(知る必要がある)




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