16-2




夜が明けた。


「――ぇ…」

「……ロッテ、アンタ…」


ブレット卿オリーヴとヒジカタ・レタスは、目の前の光景に愕然とした。

オリーヴもレタスも数刻前には、まだ焼き爛れた教会にいたのだが――…とある連絡を受け血盟城へと戻って来たのである。





あれから――…。

サクラとユーリが人間の手によって喚び出されて、二人を逃がそうとしていたウェラー卿コンラートと合わせて三人の行方が判らぬなった事が発覚してから――…オリーヴもレタスも、一晩中三人を探し続けた。

何か一つでも目ぼしい手掛かりはないかと、捜索を夜通し続けていたオリーヴはふと空を仰ぎ、

気付けば雨も止み、緑の葉に乗る雫を憎いくらいに眩しい陽の光が照らしていて、朝となったのにヒジカタ・サクラの行方が判るような手掛かりは見付からず、心はどんやりと陰った。

自ら仮死状態へとなり一命を取り留めたフォンクライスト卿ギュンターとランズベリー・ロッテは、フォンヴォルテール卿グウェンダルとその部下が先に血盟城へと連れて帰り、今この場にはグウェンダルの部下数人とオリーヴの部下、それからフォンビーレフェルト卿ヴォルフラムの先鋭部隊とレタスだけだった。

心配で眠ろうとしなかったグレタはフォンヴォルテール卿に言われて、レタスを残し城へと帰って、もうここには姿はない。

もちろん傷心で衰弱しているレタスも連れて帰ろうとしていたが、レタスは義姉が見付かるまではオリーヴと一緒にいると訊かず、健気にもレタスは泥を掻き分けて義姉を探していた。


「サクラおねぇちゃん…」


早く主を見付けなければ、レタスが握りしめていたショートエプロンに沁み渡る血の量からして、早急に手当しないと命の危険にさらされてしまう。

その焦りが、睡魔や疲労をも撥ね退け、オリーヴの原動力となっていて。それはレタスにも言えることだった。

一晩中泣いて、水を吸って泥と化した土を掻き分けてボロボロになったレタスに視線を戻して、レタスをこのままにさせるのは、サクラ様に顔向けが出来なくなる――と、オリーヴは思った。

オリーヴ自身にとってもレタスは可愛くて、最初、主がレタスを妹にすると血迷った事を言った時はかなり反対したが、今は目に入れても痛くないほど可愛がっていると自負している。

そんなレタスが目に見えて弱っている様を見るのは、辛い。

そう思ったオリーヴは、捜索を部下に任せて、血盟城に戻ろうとした――…その時、


「おい」

「なに?」

「あのフォンクライスト卿と、あたいの兄が意識戻したって、フォンヴォルテール卿の部隊から白鳩が届いたんだがよぉー…」


と、ロッテの妹であるランズベリー・クルミが、彼女にしては言いにくそうに報告して来た。

一見仲の悪そうな兄妹であるが、男勝りなクルミの性格が素直にさせてくれなくてそう見えるだけで、二人は仲が良い。だから、クルミもロッテの意識が戻って喜ぶはずなのだが……オリーヴの視界に立つクルミは、ふわふわのクリーム色の髪を掻きながら、眉をひそめていて。

思わず「どうしたの?」と、尋ねずにはいられなかった。


「いや…意味がわからねぇーんだが…、フォンクライスト卿がおキクギュンターと雪ギュンターになったと書いてあった。ロッテも、ファンシーになったとか何とか、で……」

「はあ?何それ、脱皮したってこと?」

「……もしくは分裂とかな。意味わからねーだろ」

「意味が判らないわ。それって意識が戻ったと喜んでいいのかしら?」


クルミからの返答に、オリーヴも眉をひそめた。

迷ったけど…とりあえず、ロッテが元に戻って良かったと素直に安心しておこう。ロッテが目を覚ましたのなら、早速会いに行かなければ。訊かなくてはならない事が山ほどあるのだ。


――あたしに隠し事をしていた事を含めて、心配させた罰で一回殴らなくちゃ気が済まない。

オリーヴはそう一考して、ヴォルフラムを振り返った。


「フォンビーレフェルト卿!!あたし一旦、血盟城に戻るわ。ここと崖の下の捜索は、部下に任せるけど、アンタはどうする?」

「……ボクも一旦戻ろう。おい!お前たちは、昼までは休んで午後から捜索を続けてくれ。雨はもう振らないだろうから」


オリーヴを振り返って、数秒思案したヴォルフラムは、睡眠を取る事なく働き通しの部下に言い放った。

当然、陛下や姫を心配していた兵士達はみんな渋っていたが、グウェンダルが城へと戻ったこの現場は今ヴォルフラムの指揮の元動いており、そのヴォルフラムからの命令とあっては従わなければならず。

そこに、オリーヴも加わって休めと言ってきた為、交代制で休憩に入ることになった。


「眞王廟に行くのか」

「いや。ロッテとギュンターが意識が戻ったらしい」


まずはロッテに、詳しい話を聞いてからだ。それから情報を整理して、眞王廟に行く。

数秒で、オリーヴはこれからすべき自分の行動を弾き出し、振り返ったヴォルフラムにクルミからの情報を口にした――…ら、ヴォルフラムも眉を寄せて、


「……だ、脱皮でもしたのか?」


と、オリーヴと同じ科白を吐いたのだった――…。やっぱりそう思うわよね。

おキクギュンターと、雪ギュンターって、二人に分裂したのかと頭の中に疑問符が生まれる。


「あたいは、ここに残るから、何か分かったら伝令飛ばせ」

「ロッテに会いに行かないの?」

「あぁ?姫ボスが見付かってないのに、のこのこ城へ戻れるかってんだ。それにロッテは簡単にくたばらねぇよ」


ロッテが無事だと知っただけでも、安心したクルミは、兄を心配しているからこそ、主の行方の手掛かりを見付けたかった。

もちろん長い付き合いのオリーヴにも、クルミの考えが伝わってしまって、心の中で素直じゃないんだから…と、ほくそ笑む。意地っ張りな所は、目の前にいるヴォルフラムの次兄にたいする態度と同じだなと一考する。

オリーヴにそんな事を思われていると思っていないクルミは、引き続き陛下とサクラを探しに掛かり、ヴォルフラムもまた部下に捜索を任せてオリーヴに向かって早く行くぞと鼻を鳴らしてた。


「お城に帰るの?…でもサクラねぇさまはまだ見つかってないのに……」

「サクラ様は必ず、見つけるわ。それともレタス、サクラ様がレタスとの約束を破るようなお方に見えるの?」

「っ、…ううん…」


っと、まあー…そんなやり取りをした後、ヴォルフラムと、オリーヴはレタスと一緒にタンデムして城へと引き返して――…、



「――ぇ…」

「……ロッテ、アンタ…」


そして冒頭に至る。







オリーヴのピンクの瞳には、氷の棺に横たわる王佐と、部下の姿が映った。

フォンクライスト卿はこの際横に置いておこう。眠るように閉じたロッテの顔は、血が通ってないかのように白く、穏やかな表情で……事情を知らぬ人が見たら、二人は死んでいるのだろうと思うだろう。

現にオリーヴも、青白く横たわるロッテの姿を見て、意識が戻ったって話じゃなかったの!?と、血の気が引いたのだ。だが、直ぐに肉体の側で動く奇妙なソレが視界に飛び込んで、ようやくクルミが言っていた伝令の内容に納得した。

レタスは、まだ事態を飲み込めていないらしく、隣で目を剥いてぷるぷる震えている。混乱しているのかもしれない。


「なっ、死んでるのか!?」


………一人だけ勘違いをしているのがいた。

アニシナの実験室の入り口で固まるオリーヴと、レタスの横で、ヴォルフラムが茫然と呟き、部屋の中にいた彼の長兄が溜息を吐いて。真っ赤な髪のアニニナだけが堂々と仁王立ちで氷の棺に横たわる彼等の横にいた、人形とぬいぐるみを指差した。

アニシナに促されて――…ヴォルフラム、オリーヴ、レタスの視線が、ソレに集まる。


「ま、まさかソレがおキクギュンターとか言うのか…」

「そのまさかです!」

「では…その隣のクマハチのぬいぐるみは……」

「ロッテでしょ?」


目を見開かせたヴォルフラムの言葉をオリーヴが拾った。

アニシナは、真っ赤な髪を揺らして、正解です!と満足そうに笑ってるが……彼女の幼馴染のグウェンダルは、どっと疲れが溜まっているのか彼の眼の下には熊があった。長兄大好きっ子なヴォルフラムは、目聡く気付き、同情的視線を送る。


「っ、」

「アンタ…随分ファンシーな格好になったわね」

「ロッテのお兄ちゃん、かわいいっ!!!」

「〜〜っ!!オリーヴ閣下…レタスも……出来れば見ないで欲しいんすけど……」

「……クルミに見られなくて良かったと思いなさい。爆笑されてたわよ、きっと。まあ、それも時間の問題だろうけど…。どうせ、暫くそのままなんでしょうし」


昨夜、オリーヴ達が駆けつける前に、ギュンターに続いて毒が付着された弓に撃たれたロッテもまた自ら仮死状態になり、今に至るわけなのだが…。

グウェンダルに叩き起こされて、二人の事を頼まれたアニシナは、オリーヴ達が徹夜で捜索している中、毒の種類と肉体を調べていたらしい。

で、その結果が、仮死状態の肉体を冷凍保存し、魂だけの状態になってしまったギュンターとロッテを仮の器に留めた、と。その仮の器が問題だった。……ロッテの魂を入れた仮の器は、絶滅危惧種のクマハチのぬいぐるみで。ずいぶん可愛らしい容姿になってしまっている。

ロッテの可愛らしい姿に琥珀色の瞳をキラキラさせていたレタスだったが――…その隣で動くギュンターの仮の器から、そっと目を逸らした。


「ええ。これはウィンコットの毒…。ウィンコットの毒は、基本的に精製の難しい薬剤なので、今から三百年ほど前から発祥地以外では所蔵されていないとか。成分表から解毒薬を作るにしても、時間がかかってしまいます。よって、あなた達は暫くそのままでしょう」


オリーヴの質問に答えてくれたのは――…マッドサイエンティスト、フォンカーベルニコフ卿アニシナだった。


「ウィンコットの毒?ならば、ウィンコット家が魔族を裏切ったのか!」

「ヴォルフラム……あなたまで、グウェンダルと全く同じことを…。まったくこれだから男は駄目なのです!浅学なのは身を滅ぼしますよ!!」

「アニシナ、毒にまで詳しいの?流石ね」

「当たり前です!オリーヴも読みます?この“毒殺便覧”を。とても興味深いですよ」

「……そんなことは、どうでもいいから早く話を進めてくれ」


頭を抱えてそう言ったグウェンダルに、アニシナとオリーヴのシラケた眼差しが突き刺さる。

彼女達の心情は、一致した。――これだから男はッ!!盛り上がっていたところだったのに!空気読めないわねっ。

長兄大好きっ子なヴォルフラムでさえも、“毒殺便覧”という何とも恐ろしい本とその本に嬉々として語り合う二人の女性から、そっと視線を逸らした。衰弱気味の兄の姿は見なかった事にして。

ギュンターは珍しく黙っているが、実はオリーヴ達が来る前に、自分の姿を見て騒ぎまくっていたので、今は落ち着いているのだ。因みに、ロッテは現実を受け入れたくなくて、打ちひしがれているが、誰もフォローしなかった。

もちろんギュンターが騒いでいた際の一番の被害者は、グウェンダルである。この場にサクラがいたならば、まことに苦労性の男だな……と、憐みの視線が寄越されたことだろう。


「発祥地意外には所蔵されていないと言ったでしょう。この地に流れてきてからのウィンコット家は、謀殺などとは無縁の暮らしを送ってきました。彼の地では国にも民にも裏切られ、土地も財も全て奪われたというのに。恩師ずな人間達を恨むことなくね」


アニシナの言葉に、室内は静寂に包まれた。

我々が魔族と言われるようになる遥か昔――…創主に打ち勝ち、世界をも救った眞王陛下達は今までいた地から追い出され、盟約を結んだ地で国を建てた。それが眞魔国だ。

ウィンコットもまた、人間達に魔術を恐れられ、この地でひっそりと生きていたのだ。

遡れば、今この地で生きている魔族の祖先は皆、人間に裏切られている。その事実に、重苦しい空気が室内に流れた。詳しく判っていないのは、きょとんと瞬きしているレタスだけ。


「……厄介だわ」


沈黙の中で、一番に口を開いたのはオリーヴだった。ぽつりと放った声はやけに響いて、皆の眼がオリーヴに向く。

ヴォルフラムとグウェンダルが揃って眉間に皺を寄せているのを横目に、クマハチのぬいぐるみになってしまったロッテも、深刻そうにオリーヴに肯定した。


「そうっすね。ウィンコット発祥の土地って言えば……カロリア。つまり事実上シマロン領っすからね」

「……カロリアだと?」

「そう言ってるでしょう。シマロンが仕掛けてきたって言ってるのよ」


なるほど…と呟いたグウェンダルは、瞳を軍人ならではの冷酷なものへと変えた。

人間が仕掛けていた、紛れもない事実で、ここでうかうかしていたら、人間の軍にやられてしまう。時として冷酷な命令を下せるように、オリーヴもまたグウェンダルと同じく鋭利な雰囲気を纏う。

ユーリ陛下もサクラ様も、戦争反対の意向だと知っているが、もしもの場合も頭に入れておかなければならない。どう転んでも対応できるように、動いておく必要があるのだ。

しかも、だ。人間達は、陛下と姫を喚び出し、あろう事か暗殺しようとしたのだ。戦争を起こす理由には十分だった。







(胸の中にどろりと)
(人間に対する憎悪が込み上げる)




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