14-10





――はっ!?


『コンラッド!』


そうだ、さっきユーリはコンラッドの名を呼びながら悲鳴を上げていた。――コンラッドは?ユーリは?無事なのかッ?


『――ッ!?』

「早く外に。もう祭壇から移動するのは無理そうだ」

「コンラッド、腕が……」

「言ったはずだ。あなたになら――……手でも胸でも命でも、差し上げると」


目前で行われているやり取りに、眼を背けたかった。

そんなことこの場で口にしたらシャレにならぬとツッコミを入れる気力すら湧かぬ。只現実から眼を背けたかった…。


『っ、こんらっど…?』


地面にユーリが腰を抜かしていて。

コンラッドがユーリに背を向ける形で立っていて、コンラッドの前には敵が二人いた。


「うそ…だよね……こんなの夢に決まってる…」


状況から、ユーリが敵に襲われて、避けられぬと悟ったコンラッドが身を挺して庇ったと窺えるが――…ユーリの側で転がっているカーキ色の左腕……、…う、嘘だろう。

コンラッドが素早く残りの敵を斬っておるのを、愕然として思考が追いつかぬ私の眼がゆっくりと捉えて。


「サクラ」


コンラッドに名を呼ばれて、口を開けたまま彼へと目を向けた。

彼は死んではおらぬ、おらぬが……腕が…。あんなに守りたかった剣士としての彼の…腕が…斬り落とされて、コンラッドにはもう右腕しかなかった。


『っ剣士にとって腕は大事だと言っただろうッ!易々と敵に背後を取られるなよなッ!』


命は助かっておるのだから、それで善いのだと喜べばいいのに、己は憎まれ口を叩いてしまった。

彼は必死で主であるユーリを守ったのだから、頑張ったなと言うべきなのに、私はこんな時も素直になれなくて。混乱する頭のままそう口走っていて。

悪態を吐くべきは、予め知っておったのに、守れなかった己自身なのに。コンラッドに文句を言うのはお門違いなのに、霞む視界でコンラッドに向かって放つ唇が止まってはくれぬかった。


『コンラッドの方こそ無茶ばかりするっ!もっと自分を大切にしてほしいのにッ!なんで…、』

「サクラ、大丈夫」


涙を流してコンラッドを責める言葉を吐くサクラの姿を見て、コンラッドは彼女が自分の事を心配してくれているのだと思い知りふわりと笑みを浮かべた。

その笑みは、戦場には不釣り合いな笑みで。


『な、にが…』

「俺は決して死にはしない、決してあなたを一人にはさせない」


コンラッドが幸せそうに笑うから、私は隠しもせずに顔を歪めた。


――…私を独りにはしないって、どういう意味なのだ。コンラッド、私を置いて何処かに行くつもりだった癖に。彼が、一度決めた事を簡単に覆すとは思えぬ。

変なところで似ておるのだ、私とコンラッドは。


――アレだろう?一人にはしないとは、コンラッドが傍にいてくれるという意味ではなく、私の周りにグウェンダルやヴォルフラムがいると…そういった意味なのだろう?

そう変なところで似ているのだから、私も一度決めた事は何が何でも貫き通す。

コンラッドの腕を守る事は出来ぬかったけれど、だからと言って眞王陛下との取引を白紙に戻したりはせぬのだ。


「俺はサクラが好きだッ」


コンラッドは残りの敵二人をかわしながら、そう己に言葉をくれる。

止めてくれ。


「陛下には、胸でも手でも命でも差し上げる覚悟だけれど――…サクラ」


止めてくれ。

それ以上何も言わないでくれ。そんな遺言のような…。


「貴女は俺のこの覚悟は嫌がるでしょう?」


止めろ、と、首を左右に振る私にそう言葉を続けるコンラッドを、『当たり前だッ!』と強く睨む。


『私はコンラッドにそんなことして欲しくないッ!守られるばかりは…嫌なのだ。それに……コンラッドを失いたくはない、のだ』


後半はサクラの声帯が震えた。


「ええ、わかっています。だから、サクラ貴方には俺の心を差し上げます」

『……は、?』

「返品は不可、ですよ」


普段通りに甘い科白を吐いて、この場にそぐわぬ綺麗な笑みを浮かべるコンラッドに、思考が停止した。


「俺が何処にいようと、サクラが地球にいようと俺の心はサクラ貴方にあります」

『!っやめろッ』

「訊いて下さい!」


器用に喋りながら敵を一人地に沈めた彼に、鋭く言われて閉口する。

やはりコンラッドは、私を置いて行くつもりなのだ。ここで、私とユーリを地球へと帰して会えなくなった時に私が悲しまぬように、言葉をくれているのだ…。万が一、彼と私が人間の土地で鉢合わせても、私が悲しまぬように――…。

なんて、残酷で優しいのだろう。

知らぬかったのならば、素直に喜べただろうか…?言い知れぬ哀しみが胸中を覆い尽くす。


「俺は、絶対に、心変わりなんてしない。何があっても俺を信じてくれ」


コンラッドが最後の一人に向かって剣腕を振り、どさりと土埃を立てながら仮面の人間が倒れるのを誰も目をやらず、私もコンラッドだけを見ていた。

彼の虹彩を散らしたような瞳は、はっきりと言い放ったコンラッドの意図とは異なり否定される不安で揺れ動いていて――…遠目から伝わるその不安に、私はただ肯定の返事しか返せなくて。

否定したかった。だって、私は彼にユーリの側で眞魔国を守っていて欲しいと思っているのだから。だけど私の頭は縦にコクリと動く。

途端ほっとしたような笑みを零したコンラッドの姿を、茫然と見つめた時だった、


「――時間だ」


眞王陛下の声が聞こえたのは。


『!』


――何が時間だ、だ!

“漆黒の姫”が“箱”と関わりがあるという話を私に敢えて話さぬかったくせに――…まだ利用しようとする。それが当たり前のように自信に満ちた声音で。

コンラッドの腕は、……守りたかった彼の腕はもう彼にはなくて。己には取り引きする利益などないというのに、眞王は私が協力すると信じて疑っておらぬのだ。

絵画の中から聞こえる眞王陛下の声にそう思考して、サクラは内心穏やかではなかった。


『(まっこと腹が立つヤツだな)』


勢いよく祭壇の絵画を振り返り思案するサクラの様子に、コンラッドもユーリも怪訝な顔をした。

傍観していたユーリから見ても、コンラッドの科白は甘くて、最上級の告白だったのに、訊いていて自分が言われたわけではないのに赤面したくらい甘い雰囲気だったのに、一瞬で顔色を変えたサクラを見て、ユーリは小首を傾げた。

ユーリが彼女の名前を呼ぶ前に、サクラの唇が動く。


『結局、私は何も訊いておらぬぞ』

「そこにいるだけでいい。すぐに判る」


絵に向かって話しかけるサクラに、コンラッドは眉をひそめた。

もちろん当の本人は己に訝しむ視線が突き刺さっているのを感じていたが、小さく嘆息して白虎を呼んだのだった。


《…ん?戦いは終わったのか》


眞王陛下だって、コンラッドだって、好き勝手しようとしておるのだ。私だって好きに動いても文句を言われまい。


――もう勝手にする!

それが囁かな抵抗と自覚しながら、ふんッと鼻を膨らませる。

コンラッドの腕の問題は無かった事にも流す事も出来ぬが、私は彼にスパイのような行動をしてほしくない、コンラッドにはユーリの側にいて欲しいのだ。

ユーリがスザナ・ジュリアの魂の持ち主で、だから彼がユーリから目を離せないのだとしても――…私は、コンラッドには眞魔国にいて欲しい。

せっかく溝が薄れてきたフォンビーレフェルト卿ヴォルフラムとフォンヴォルテール卿グウェンダルの兄弟の仲も拗れてしまう。

彼ばかり、苦労しなくてもいいだろう!どうでもいい人物だったら所詮他人だと切り捨てられるのに、コンラッドだと見て見ぬふりが出来ぬ。コンラッドばかり苦労を強いられているのは、我慢ならぬ。

まあコンラッド自ら無茶をするからそう見えるのだろうけども。


『あの絵から、地球に帰れるらしい』

《ほう》


じゃが、サクラは帰らんのじゃろう?と、白虎が視線で訴えて来たので、私はくつりと笑ってみせる。


『後は――…』

「あ、忘れていた。そこ、後少しで爆発するのではないか?」

『……………ぬ、はぁぁぁッ!!!?』


それは早く言えッ!

コンラッドとユーリがいるのを考慮せず、私は絵画に叫び声を上げた。心なしか己の頬が引き攣っている気がする。

祭壇の上に飾られた絵には、相変わらずゴージャスな室内の絵しか描かれておらぬが、そこから確かに眞王陛下の声が聞こえて。白虎がきょとんと目を丸くしているところを見ると、どうやら彼の声を耳にしているのは己だけらしい。

チラリとコンラッドに目線を戻したら、ブラウンの双眸と真っ直ぐかち合う。


『っ、あー…』


爆発する、あやつの言葉が私を急かすけれど、私の頭の中はコンラッドでいっぱいだった。

私の心を照らしてくれる星空のようなあやつの瞳が好きだ。

彼に見つめられると、思考もぐちゃぐちゃになって、コンラッドの事しか考えられなくなる。

いつも柔らかい笑みを浮かべるコンラッドが好き。

本音を隠して笑みを絶やさぬコンラッドの事が心配で気になって目が離せなくて。私に無茶をするなと言うコンラッドの方が自己犠牲ばかりして、無茶をしていると自覚がないコンラッドから目が離せなくて。


『コンラッド』


サクラは、隅に置いていたここへ来る前に身に着けていたショートエプロンを手に取って、中からラッピングされたこの夏一番の高い買い物の一つを取り出した。

これは、今己の左腕に嵌められているブレスレッドとお揃いで。ソレをぎゅうッと胸に抱え、それからコンラッドにゆっくりと視線を戻して、ぎこちなく微笑んだ。


「……サクラ?」


いつもと違う雰囲気を醸し出すサクラが自分に近寄ってくるのを、眺めてコンラッドは頭の中で嫌な警報が鳴った。

身に迫る危険を鳴らす警報ではなくて、これを訊いたら後に戻れなくなるような、そんな予感。だけど、コンラッドは哀しそうな色を宿した漆黒の瞳をただ見ているだけしか出来なかった。

この瞬間、サクラと自分二人だけしかいないような錯覚に陥る。

敬愛しているユーリが背後で腰を下ろしていても、コンラッドの頭の中からサクラ以外の事柄が抜け落ちて――…。


「こ、れは…、……俺に?」


私は、疑問符を飛ばすコンラッドの手を取り無理やり彼の両手にソレを握らせた。

渡された黒光りする上質な紙で包装された中身は、一目で高い物だと判断出来る。コンラッドは渡されたソレを一度見て、それからサクラに目を戻した。――何でこのタイミングで、これを?

コンラッドの脳裏に疑問が湧く。






(私とて、)
(コンラッドの事――…)



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