14-11


『コンラッド。私は…』


私はコンラッドと目線を合わせて、彼を見つめる。

サクラ、とコンラッドに名を呼ばれると、くすぐったくてもっと呼ばれたいと思ってしまうのも、

嫉妬深くて笑顔の裏で黒い感情を纏うコンラッドを怖いと思う以上に可愛いと思ってしまうのも、

彼の傍にいるだけで、悩んでいたり落ち込んでいる時なんかも波立った心が穏やかになるのも、用が無くてもいつでも彼の傍にいたいと思ってしまうのも、

私の前では余裕ある笑顔の仮面が剥がれるのを嬉しいと思うのも、朗らかな微笑みも柔らかい眼差しを独り占めしたいと思ってしまうのも、

私以外の人の前で柔らかい笑みを見せるコンラッドを面白くないと思ってしまうのも、スザナ・ジュリアの事を話すコンラッドを見たくないと嫉妬してしまうのも――…


『私は、』


全て、私がコンラッドに惹かれているから。

私が己の思うままに行動するならば、この想いは誰にも打ち明けず己の心の中でひっそりと隠しておくべきだけど、

私の事が好きだと言ってくれるコンラッドの為を想うならば、私のこの想いは音にすべきではないと頭で止める自分がいる、けれど――…溢れた想いは止まらなくて。

蓋をして目を背けて来たのに、一度認めてしまえば、止めても止めても溢れて来る。

彼の一挙一動に釘付けで、些細な仕草にときめいて、蓋をする度にそれ以上に想いが降り積もる。


『私は、コンラッド――…貴様が好きだ』


彼を、コンラッドを想うならば突き放すべきだけど、私の知らぬところでコンラッドが誰かに愛を囁くのは嫌で。

もしかしたら彼と会うのはこれが最期になるかもしれぬと思うと、私のこの恋心をコンラッドに持っていて欲しくて。

本気でコンラッドが好きなのだ。簡単に捨てられる程軽い想いではないのだ。それ程までに、この気持ちは大きく育ってしまった。

照れずに想いを伝えてふわりと笑うサクラの笑みに、コンラッドはゴクリと息を呑んだ。


『貴様が思っておるよりも、私はコンラッドが好きだぞ』


惚けるコンラッドと、トマトのように顔を真っ赤にさせたユーリを一瞥して、視界の端でぴくりと動いた仮面の男から白虎と目を合わせる。


――時間がない、ってか。

もう一度コンラッドをチラリと見て、私は


『白虎!二人を頼むぞッ』

《は?……あいわかった!》


白虎に二人を頼んだ。

私の言いたい事を承諾した白虎は、目を細め心の中でサクラは頑固者じゃと嘆息した。

だから、朱雀も青龍も過保護になるんじゃ…とぼやきつつ、目先にいるウェラー卿の姿を眺めてこやつも該当するなーとまたも小さく息を零す。

白虎の考えておることなど全く知らぬ私は、私とて勝手にする!っと意気込んでいた。


「え、なに?何する気?――おわッ!」

「…サクラ…、?……ちょっと待っ――…」


白虎はユーリの襟を咥えて、眞王陛下の魔力が放たれる絵画へと投げ、それから抵抗するコンラッドを無理やり背に乗せる。


「崖かよ!?ちょっ……おい」

「サクラ!君は何をするつもりなんで――…!?っ!!」


絵画の中に吸い込まれたと思った次の瞬間には崖から落とされたような浮遊感に襲われたユーリを、コンラッドと共に目視して、コンラッドが声を荒げるのを私は己の唇で彼の唇を塞いだ。

腕を引っ張られた次の瞬間に唇に柔らかい感触を感じて、ふわりと鼻腔をくすぐる甘い匂いに、コンラッドは瞠目した。

何が起こっているのか鈍る頭では理解するのに時間がかかって。温かい感情がじわじわと胸に広がる。

何度か感じた事のある柔らかさ、だけどいつだってそれは自分から求めて得られていたのに…今、サクラから口付けして来て――…嬉しいと心が歓喜するのと同時に、サクラの揺るぎない光を宿した黒曜石の様な双眸を見て、不安が胸を押し寄せた。


――今、ここで何か言わないと、本当に俺はサクラを失ってしまう――…。


「サクラ」

『……』


目を見開くコンラッドを余所に、私はゆっくりと離れた。

子供みたいに眉を八の字に下げる彼を見て己も、離れたくない!一緒にいたい、抱きしめてほしい、もっと彼を感じていたい――…それでも、私をあやつが待っていて。

切ない気持ちに負けぬように拳に力を入れた。ここで挫けてはダメだ。


『すまぬ』

「――ぇ、」

『すまぬ、コンラッド。私が動くから、コンラッドはユーリの側にいてくれ』

「!」

『コンラッドが自己犠牲して傷つくのを見るのは耐えられぬ。約束…、コンラッドが近くにおらぬと無茶をするなという約束、破ることになる……すまぬ』


懺悔のように『好きだ』と告げて、コンラッドが乗る白虎を奥へと押した。

ここで告白するのは我ながらズルいと知りつつ、私は気持ちを音にするのを我慢せぬかった。白虎はサクラから視線を逸らして絵に向かって手足を動かす。


『訊けッ!眞王よッ!約束を違えるのならば、私は貴様を許さぬからなッ!成仏させてくれるわッ』

「なっ、」


ユーリの後を追う白虎が向かう先に私は大声でそう言って、己に向かって必死に手を伸ばす彼からそっと目を逸らし、グレタとレタスが隠れている椅子の下へと近寄る。ここはもう持たぬ。早く避難しなければなるまい。

戦闘のせいで熱気が籠っていて、室内はサウナ状態で、少し動いただけで汗が額に流れた。“サウナ”なんて可愛いものじゃない。ところどころ燃えていて、酸欠状態だ。





『レタス、グレタ』

「………サクラねぇ?」

「サクラっ」


手を握り合って目を閉じてぷるぷる震える二人を見付けて、怖い思いをしている二人には悪いけど、私は二人の体に何処にも怪我が見当たらず、ほっと息を零した。

私の声に反応して恐る恐る顔を上げたレタスとグレタを立たせて、安心させるように頭を撫でる。


「サクラねぇ…コンにぃは?」

「父上は?ユーリは無事におうちに帰れたの?」

『…ユーリは地球に帰ったぞ。コンラッドは――…!』

「サクラねぇ?」


この二人を早く教会から逃がさなければ――…そう言えば、敵が一人息を吹き返しておったなと思い出し、目を向けて息を呑む。


『レタスッ、グレタッ!!!』


あの大きな武器を小脇に挟みこちらに向かって火球を放たんとしておる仮面の男を瞳に移した瞬間、私は椅子の下から這い出てきた二人を押し倒し覆いかぶさった。

死を覚悟し、この二人は必ず助ける!!と小さな体を包み込む。


《主っ!》


極限まで熱気が籠った室内に、急速に温度が急上昇するのを肌で感じた。


「サクラ!ちょっと止まってくれっ、サクラっサクラーーーーー!!!!!!」


閉じた瞼が鮮やかに真っ赤に染まって派手な爆発音が耳朶を叩き、死を覚悟した私の耳に、愛しい彼の声と、


「ほら爆発しただろう」


眞王の愉しげな笑い声が聞こえて。


――あやつは成仏させぬッ!地獄に送ってくれるわッ!!と、死ぬならばヤツを呪ってやる勢いで念仏を唱えて意識が闇へと沈んだ。






「サクラッ!」


凄い勢いで白虎にサクラと引き離されて。

降りようと抵抗しても、サクラが許さないからか見えない圧力のせいで白虎の背中から降りれなくて焦って、培った勘の鋭さが働いてはッと顔を上げたら――…爆風によって勢いよく身体が、数分前に帰還したユーリに続いて絵の中へと落ちた。

絵の中へと落とされて抵抗しようとする自分を、縁から白虎が見下ろしていて、ぐにゃりと身体全体が渦に落ちて意識が沈む瞬間まで、コンラッドはサクラと、愛しい彼女の名を叫んだ。


「(サクラ……)」


――サクラは無事なのかッ。

このまま俺は、陛下と同じ地球へと飛ばされるのだろうか――…。と、

抗えぬ力に混乱する頭でサクラの事ばかりを考えて、ブラックアウトしていた瞼を開けたコンラッドの視界に飛び込んで来たのは、信じられぬ光景だった。

同じくブラックアウトしていた瞼を開けたユーリと、浮上する意識に従って瞼を開けたサクラが見た景色もまた現実逃避がしたくなる光景だった。







(っ、ここは――…?ユーリは?サクラはッ!?)
(嘘だろ、何で村田が…おれ地球に帰ったんじゃ……)
(おいおい!!………あやつッ眞王のヤツっ成敗してくれるわッ!)



to be continued...

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