14-9



祭壇近くの長椅子の下に、小さな二人を隠して、泣くのを堪えて身を寄せ合うレタスとグレタの頭を撫でた。二人を巻き込んでしまって申し訳ないという気持ちが溢れる。

変わらず優しく撫でてくれるサクラの手の平にレタスとグレタは、お互いの手を握りしめて、こくりと頷いた。

レタスは、サクラおねぇさまがいるんだから大丈夫、大丈夫だと心の中で唱えて、グレタの手を強く握った。こんな怖い時間は、早く過ぎ去って欲しい。


『――よしっ』


暗闇に鳴り響く扉を叩く鈍い音に、私は己の中の斬魄刀を取り出した。


《主、暴れるのか…》

《…覚悟をお決めになられたのですね…》

『ああ』


白虎を出した辺りから、注意深く外の世界を見ておったのだろう。

私の不安が揺れ動いているのも、精神が繋がっている故に知り得ている二人に、変な言い訳は通用せず。ここで二振り構えた意味を、朱雀も青龍も察している。

頼もしい相棒に口角を上げた私に、コンラッドは目を鋭くさせた。


「サクラ!君は、大人しく地球へ帰るんだ」

『ふんッ、この状況で帰れるわけなかろう!』


――こうなったら、開き直ってやるッ!

守られてばかりなのは性に合わぬのだ。それに敵がまさに目の前にいるのだから、戦力は多い方がユーリだって安全に逃せる。


「サクラ!」

『あーわーわーわー!聞こえぬ!』

「サクラっお願いだから帰るんだッ!」

『おお!そうだ、どうやって帰るのだ?』


帰るつもりは毛頭ないが、奴等が教会に入って来る前に、ユーリを家族のもとへと帰させなければなるまい。

何故教会までやって来たのか思い当たって、そう問うた私にコンラッドは納得いかない眼差しを寄越しながら、説明してくれた。


「絵の眞王が見えますか」

『眞王、だと?』


祭壇の上に飾られてある絵画には、眞王どころか人などどこにも描かれておらず。

そう言えば、ここへ足を踏み入れた際に、グレタがヴォルフラムに似ているとかなんとか零しておったが…グレタとコンラッドには絵の中に眞王陛下が見えるのか?

見た目は眞王陛下とヴォルフラムは似ておる。ヴォルフラムが青年に成長したらああなるだろうなと思うくらい髪も瞳の色も同じで、グレタが似ていると感想を零すのは頷ける、だが、絵には誰も見えぬ。


「……グレタもコンラッドも…おれをからかってる?」

『私にも眞王など見えぬぞ。ただの部屋の絵ではないか』


実際に眞王陛下と会った事があるから、描かれていたら私が見逃すはずがないのだが。何度見ても、王様の部屋って感じの絵画だった。

もしかして何も見えぬ私とユーリの方が変なのだろうかと――二人で怪訝な顔でコンラッドを振り向けば、コンラッドは小さく息を吐いて安堵していた。


「良かった、見えないんだな。ではその水を思いきりかけて」

『水?』

「えっ!?そ、それは名が鑑賞のルールとして、大反則なんじゃないかなあ」


何が何だか判らぬが、祭壇に置いてある金の器の中に水が入っており、コンラッドはそれを絵画にかけろと言う。

困惑しながらもユーリが絵に向けて水をかけた、ら、途端暗かった教会に眩い光が差しこんで、私は瞠目した。


「うわ光ったよ。化学反応かなっ」

「そんな上品なことしないでくれ。もっと思いきり、全面に」


水を媒体にせず絵画を媒体に、地球へと帰れるのか。予想外だ。

絵画の中から、何度も感じた事がある魔力が籠められているのを感じ取り、あれでユーリは帰れると、視線を扉へと戻す。


「そこから移動できますから」

「はあ!?」

『――朱雀、青龍。準備は善いか』

《はい》

《ああ》


悲鳴を上げる扉から目を離さずに、私はユーリから離れ祭壇を間に挟んで、斬魄刀を鞘から抜いた。

コンラッドは既に入り口付近で剣を構えている。その離れた位置から彼はユーリに向かって叫んでいた。その後に私に目を向けたけど、私は視線を決して合わせぬかった。


『――ゆくぞ』

《《御意に》》


敵がいる戦いは久しく、純粋な殺気に身体がぶるりと震える。恐怖からではなく、武者震い。戦闘に生きる死神故か。

殺気の数、気配から察するに相手は相当な手練れだ。


「だって絵だぞ!?光ってるからって、水かけたからって、ふにゃふにゃになってるわけねえじゃん。しかもキャンバス突き破っても、その先には硬い壁があ……」

『――御出でなすった』

「!」


背後でユーリが息を呑む音が鮮明に聞こえて――…私は、朱雀と青龍を構えた。

扉を破壊して乱入してきたのは、赤と緑の仮面で顔を覆った十数人の人間。魔力を全く感じぬから、彼等は人間だろう。そして全員が相当の手練れだ。じりッと間合いを取る。


――油断するな、目を離すな、一瞬の隙も作るな。

呼吸を乱した方が負け、息を凝らして、無駄な動きはしない一瞬の隙が命取り。


『――全ての命に潤いを我らが青龍っ、』

「陛下、早く!迷ってないで飛び込んでくれ」


息を凝らして斬魄刀を始解させるサクラを見て、コンラッドは下唇を噛んだ。


『全てを焼き付くせ我らが朱雀ッ!』

「サクラ!何やってるんだッ、ユーリと一緒に逃げてくれッ!」

「けどこんな大勢、あんた一人でどう……」

「守り切れそうにないから、言ってるんだ!」


じりじりとお互い間合いを取っていたが、敵の内二人が動いた。

ユーリに気を取られていたコンラッドの両脇をすり抜け、こちらに向かってくる。無駄のない動きだ、洗練されている。

敵全員が小脇にバズーカのような武器を抱えており、発砲されたら一溜りもないだろうと――冷や汗が垂れた。気が抜けぬ。一瞬だけ、コンラッドの瞳とかち合った。

コンラッドをすり抜けた二人の内一人がバズーカのような武器を構えたので、そちらに意識が向く。

小さなこの建物全体を揺るがすような音を大きく立てて、武器の先から両腕を開いたほどの大きさの火球が放たれて、予想しておらぬかった武器の威力に目を見開く。彼等の狙いは、やはり私とユーリだ。


――銃は存在しないのではなかったかッ!?なんだあの武器はッ!


『ッチ、青龍ッ』


ユーリに向かって放たれたと思われる火種に向かって、魔力を込めて水龍を飛ばして。壁に当たった火球は、ユーリと私の位置から僅かに逸れていてほっと息を吐き出すが――…


「危ねっ」

『陽動かッ』


反対側からもう一人が、既に武器を構えていて。ユーリに向かって、火球を吐き出した。

瞬時に瞬歩でユーリの前に躍り出て、今度は朱雀で叩き斬る。ぼふッと熱気が頬に当たった。朱雀の熱さに比べれば、平気だ。


「お願いだから、言うとおりにしてください!サクラも。大人しくユーリと一緒に逃げるんだ!」

『っんな、こと言っておる場合かッ!』

「けど渇いて」

「では早く水を探して……っ!」


先陣を切った二人の人間を意識しつつ、コンラッドを見遣れば八人に囲まれていて、応戦しながら叫んでいた。

このままでは私とユーリがいるから、彼の足手まといになってしまう。こちらに気を向ければコンラッドは隙を作ってしまうから。


『ユーリッ!早く水をかけろ』

「くそっ」


緊迫した空気に、ユーリが悪態をついているのを背後で耳にしながら、じりじりと距離を縮めようとする二人から私は眼を離さぬ。ニ対一、か。


『青龍っ水!』

《御意ッ》


力を込めて、技を繰り出し、器に向かって水を出した。

隙を作ってしまうと判っていたが、水がないことには地球へと帰れぬらしいのだ、致し方ない。


『っ』


空気を斬る音がして、はっと右に視線を走らせたら、目の前に仮面が迫っていて、瞬時に朱雀で防いだ。

狭い室内にコンラッドもユーリも、レタスやグレタの小さい子までいる為、派手な技は使えず、両手で剣を振るいながら攻撃をかわす。


『ユーリ、その水を使えッ!』


私の切羽詰まった声に、ユーリが「うんっ」と慌てて頷き、後ろで動く気配がして。

真水ではないが、己の魔力が籠められている、その水でもユーリを地球へ帰すことは可能だろう。頭の隅で、ユーリは大丈夫だと判断した。



――こやつ剣も持っていたのか!

舌打ちしたくなるのを、ぐッと堪えて、左からも迫ってくる仮面の人間に向かって鬼道の詠唱を唱える。


『自壊せよっ!ロンダニーニの黒犬っ、一読し、焼き払い、自ら喉を掻き切るがいい』


この地では霊力ではなく魔力だが――相手は待ってくれぬので、攻撃を防ぎながらも魔力を込めて二人まとめて同じ位置に飛ばした。

素早く立ち向かってくる前に、続きを唱える。


『縛道の九、撃ッ』


唱え終えるのと同時に、己の拳から赤い光が放たれて、対象者二人に向かって奴等を拘束した。無事にユーリを狙っていた二人を拘束したが、安心は出来ぬ。

尚も金属音が絶え間なく聞こえるコンラッドと敵の方に視線を遣れば、敵の数は五人に減ってはいたが、コンラッドが押され気味だった。

室内は火球が飛び交い、下手に動けぬ状況で。緊迫した空気が教会内を覆う。

私が二人を片付けたことに気付いた敵の一人が、私の懐へと飛び降りて、人間ならぬ素早さに、ひやりと背筋に冷や汗を流れ心臓が不規則に縮んだ。


『っ!?』


振り下ろされる剣を避けて、体勢を整えようとする隙を与えず私も攻撃を繰り出す。

剣を交えつつ、また一人と相対する敵が増え――…眼を鋭くさせて朱雀と青龍を構える。斬っても斬っても相手は、めげずに向かって来る。

私も殺気を濃くして目の前に迫る三人を威嚇する。これは本気で行かねば、己の命も危うい。人間だからと傷つけるのを渋っていたら、何も守れやしない。寧ろ己が死してしまうだろう。それでは本末転倒だ。


「コンラッド!?」


ユーリの悲鳴が耳朶まで聞こえて、こうしてはおれぬっと刀の柄を強く握る。

嘗ては人間の魂を守るために命を注いでいた日々があった、それは今でも変わらぬ。まあ、守っておったのは生者ではなく死者の魂だ。あの世とこの世の魂のバランスを守っていたのだ。

稀に、人と戦うこともあったので、……今更躊躇うことなど何処にある。己の大切な者へと刃を向けるのならば、人間とて関係なかろう。


『元零番隊隊長、土方サクラっ!今から貴様等を殺す、私の名だ』


言い終えるや否や、無言で飛びかかってくる一人を真正面から突き、刀を肉体から離す間もなく反対側から刃を向けて来た仮面を蹴飛ばし、背後に迫っていた仮面の人間を青龍で斬り捨てるッ。

その間に肉と化した仮面の人物から朱雀を引っこ抜いて、背後から狙ってくるなど、卑怯な奴だ。っと、呟こうとした私の斜め前から、先程蹴飛ばされた仮面の人間が武器を構えたので、瞬時にこちらも身構える。

武器から火球が放たれる前に、瞬歩でヤツの前へと回り込み武器を持つ腕を斬り落とし――…怯んだところをヤツの心臓に刀を一突きした。

無駄口を叩かぬ様子から、訓練されている部隊、こやつ等はきっと――…死ぬつもりで、眞魔国に乗り込んだに違いない。その心意気は天晴だが、ユーリとコンラッドに剣を向けたのが運の尽きだ。

そうは思うが…気分が晴れぬのは、この十五年で初めて奪った命だからだろうか。それも人間の。

戦場で命を奪うのを躊躇っておったら、生き残った奴に、今度は守りたかったユーリやレタス、グレタだって狙われる危険があるわけで。

モルギフ探しの際の海賊と一戦交えたあの時とはわけが違う。“躊躇った”など、甘い考えは命取りになる。

サクラはそっと目を閉じた。






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