14-2



ユーリのお母さんに案内されて、初めてお邪魔する御宅に恐る恐るリビングに足を踏み入れる。

キッチンとリビングが繋がっており、テレビとソファー、食事をするテーブルといった家具が配置されていて、家族の温もりが感じられるリビングだ。古さを重んじるような我が家と違った温かさ。

己の家は屋敷と言った方が正しいようなそんな古い家だし、室内も家具も全て木材で出来たものを使っている。純和風だ。

亡くなった祖父の趣味をそのままにしておるからだが、私も尺魂界で生きた年数が長い為洋風よりも和風の家の方が落ち着く。けれど、家族の温かさで溢れておるこの空間は好き。 傍でそわそわしておる結城もきっとそうだろう。

家にお邪魔してから鼻に届いていた胃袋を擽る美味しそうな匂いは、リビングに入ると一層強くなって、ああー渋谷家の本日の夕飯はカレーなのだなと人知れず笑みを零す。

カレーの匂いは、食欲をそそる。特に、夏にカレーを食べたくなるのは、香辛料を使っている料理だからか。

夕飯の準備をしてこなかったから、私の家も今日はカレーにしようかなどと一考しながら、これまたユーリのお母さんに勧められてソファーに腰を下ろした。

村田はもう少し遠慮すべきだと思う。しれっとわがもの顔で、ソファーに座っているさまを見て呆れてしまう。眞王陛下と同じで、高慢な態度が似合うから、若干殺意が沸く。


「サクラちゃんと結ちゃんも、夕飯食べていくでしょ?」

『あ、お気遣いなく――…』

「安心して、健ちゃんも食べていくから遠慮しなくていいのよ?今日はね、カレーなの、ふふふ」

『いえ、その――…』

「あら私ったら、名乗ってなかったわね!ゆーちゃんのママ、美子です!ハマのジェニファーって有名なのよ、ジェニファーって呼んでね」


鼻歌を口ずさみながらそう言ったユーリの母親――美子さんは、子供を産んでいるように見えぬくらい若い。


――ツェリ様のことを言えぬと思うぞ、ユーリよ。

今、お風呂に入っているユーリに、心の中でツッコんだ。


「あ、サクラちゃんのお母さんに電話した方がいいわよね?私が電話しましょうか?『…ぇ、ちょっと待ッ――…』 サクラちゃんと結ちゃんが怒られるといけないから……、電話番号教えてくれる?早速かけてみる!」


行動が早いとはこのことか。既に固定電話の子機を手にしている美子さんの姿に、頬が引き攣った。

でも、夕飯のお誘いは嬉しいので、村田も一緒だし御言葉に甘えさせてもらおう。今から帰ってスーパーに行って買い物して夕飯の用意をするのは、疲れる故。


『電話はしなくとも……。あの、御言葉に甘えさせてもらってもいいですか?』

「ええ!でも電話はした方がいいわよ?お母さん、きっと夕飯の用意しているだろうから、無駄にしてしまったら可哀相よ」

『ああそれは、』

「それがし達に母上はいないでござるよ?父上もいないでござる。じっちゃんもお星さまになったったから、家にでんわしても、だれもいないよ?」


きょとんと不思議そうにそう言った結城には悪気はないのだろうけど、瞬時に凍った室内に、私は引き攣った笑みを零した。

お風呂場から戻って来たユーリが丁度入って来て、扉の前で不自然に固まっている。

まあ、ユーリにも己の家庭環境は言ってはおらぬから、そんな反応をされるのは判るけど…村田は知らぬかったのか?表情の読めぬ顔が常の村田の眼は丸くなっており、目の前の彼の表情に私は少しびっくりした。

己が結城を預ける人物を探していることに何ら疑問を持っていなさそうだったから、知っておるのだと思ったぞ。


『ゆ、夕飯カレーだって!』


あー…ユーリには別に隠しておったわけでもなく、同情的な視線が嫌だとかでもなく、改まって身内の話をするのが恥ずかしかっただけで。コンラッド達にも話してはおらぬ。結城の話しはしたが。

結城が家族の話をしている姿を見るのは嫌だった。寂しい思いをさせておるのではないかと、いつも不安で。

不安で仕方ないくせに、私はこれから結城を独りにしようとしている。不甲斐ない姉ですまぬ。


「それがしカレーだいすきー!」

『美子さん、私達も夕飯ご馳走になってもいいですか?』


美子さんは、同情な眼差しではなく優しく微笑んでくれて、その笑みは、ざわついていた私の胸を穏やかにしてくれた。

真っ直ぐで優しい太陽の様な笑みは、ユーリと同じで、何処か安心を与えてくれる笑みだった。母親って皆こんな感じ。温かいなにかをくれる。

母親がおらぬその存在を私が代わって結城に与えられているだろうか?寂しさを埋めてあげられているだろうか?っと、穏やかになった胸の奥で、不安がチラついた。


『ユー……有利君が、我が家のカレーは上手いんだって豪語していたので、気になってたんです。楽しみです』

「!そうなの?ゆーちゃん!ゆーちゃんってば、いつもまたカレーかよなんて文句ばっかり言ってるのに、外ではそんなこと言ってくれてるのね!ママ嬉しいわ!」

「サクラ!言ったけど、それをここで言うなよ!」

「ゆーちゃん!ダメでしょ!女の子にそんなこと言っちゃ!」


ユーリと美子さんのやり取りを面白く拝見させて頂き。

二人のやり取りに気まずい空気が払拭され、何だかんだ言って渋谷家に馴染んだ頃に、ユーリの兄――勝利と、父――勝馬が帰って来て、二人に挨拶をしつつ楽しくカレーを舌鼓を打った。

渋谷家のカレーは、じゃがいもが大きくて優しい味で。甘口ではないけど、辛くもなく、懐かしい味がして、美味しかった。

結城も美味しそうに食べており、お邪魔して善かった。と、しゃくだが村田に感謝する。しゃくだが。

ユーリの父――勝馬さんに、結城と共に名を名乗った時――…己の名にぴくりと反応していたのを、私は見逃さなかった。この場にはユーリもいるから、尋ねることが出来ぬが悔しいが、もしや己の存在を知っているのだろうか?

だが私の顔を見たときは何も反応を示さぬかったので、名前だけ知っておったのか。何故?

疑問が湧き上がってくるが、当初の目的はもしもの時の為に結城を託す話をするつもりだったので、気になったがとりあえず脳味噌の隅に追いやる。


――って!

『(ユーリがいるから、結城のこと話せぬではないかッ!)』


当たり前だがここはユーリの家である。

もちろんご家族に魔王になったと告白しておらぬユーリの前で、もしもの時に〜など話せるわけもなく。

その事に気付いた私は、半眼で村田を見遣ったが、当の本人はしれっとお茶を啜っていて、今度こそヤツの頭を叩きたくなった。


――あれ、今日はカレーを食べに来ただけなのか?そうなのか?それともあれか!結城を託す心当たりのある人物とは、ユーリの御両親ではないのか!そうなのか!

ぐるぐる村田に心の中で問いかけておったら、外も暗くなって来た為、目的も果たせず、渋谷家を後にした。

私はずっと村田にビームを送っていたのに、あやつ私と目も合わせてくれぬかった!絶対、私がどうしたらいいのか悩んでいるの知っておるくせに!何食わぬ顔で、美子さんと話している村田の後頭部が憎くなった。

渋谷家を後にする際、勝馬さんからの物言いたげな視線に小首を傾げたが、疑問は消えぬかった。





『………結局、何しに連れて来たのだっ、貴様はッ!』

「まぁまぁ、落ち着いて。知り合っただけでもいいんだよ、問題ないから」

『…は、ぇ?』

「結城君」

「な、…なんでござるか?」


身構える結城に、村田は苦笑したが言葉を続けた。


「もし困ったことがあったら、さっきの渋谷のお母さんに言うんだよ」

『!』

「ね、土方さん?」

『う、うぬ』


――頼むのだからちゃんと事情を話しておきたかったのに。

納得がいかぬかったが、村田の有無を言わせぬオーラーに、眉を顰めたが結城に向かって村田の言った言葉を肯定してやる。

村田がそのように申すって事は、何かあるのかもしれぬ。彼の両親にユーリが魔王になったと告げるのは時期ではないとか、私が眞魔国に関わっていると少しでも言えばユーリの近くにいることに不信感を与えてしまうだろう。だから、村田はただ結城を彼等に会わせるだけで己に何も言わせずに目配せしたのかも。

サクラがそう考えている横で、村田に警戒している結城は、姉であるサクラにもそう言われて、姉上がそう言うなら…と、ほんわかしたユーリのお母さんの姿を思い出しながらこくりと頷いた。

今日初めて会ったけど、結城はユーリのお母さんが好きだった。姉とは違った柔らかい印象で、春の陽だまりの様な人――サクラも結城もユーリの母親は好印象だった。


――なんにしろ…私が早く帰って来れば問題はないのだ。

結城が心配ならさっさと使命を果たして、地球に帰ればいいのだ。それからコンラッドの元に駆けつければいいのだ。

少しだけ仲善くなった様子の村田と結城を横目に、私はそう一考する。

帰路につく三人の背中を茜色が照らし、彼等の伸びた影がぴょこぴょこついて回っていた。






(カレーおいしかったでござるー!)
(うぬ。)
(でも、それがしはあねうえのカレーが一番好きー)
(!そうか)
(うん!)



[ prev next ]

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -