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 第十四話【訪れた別れ】





《あ、僕だよ。僕》


久しぶりに帰って来た日本は、かなり暑かった。眞魔国が秋だったから、余計に太陽の日差しが暑く感じるのだ。

朝から感じる強い日差しに(今は昼過ぎ)、うんざりしながらも、鳴り響いた固定電話に出ると、受話器から聞こえてきたのは、少年特有の少し高い声だった。


『………オレオレ詐欺ならぬ、僕ボク詐欺か』

《はは、違うよ!僕だよ》

『始めに言っておくが、私には息子も娘もおらぬからな。因みに親も不在故、詐欺などには騙されぬぞ。あ、弟がいた』

《村田だよー》


皆さま、最近は、“劇場型詐欺”とやらが、流行っておるらしい、気を付けろ!

詐欺も進化しているみたいだ。最近テレビで特集が組まれていたのを、弟の結城と見たのを覚えている。しかもつい最近だ。故に、このような古いやり口に私が引っかかるわけなかろう。

茹だるような暑さで思考が鈍くなっていて、チリンッと生ぬるい風に揺られて鳴る風鈴の音だけが、私に活力を与えてくれるようだった。

祖父が残してくれた古くどこか懐かしい温かさを感じさせてくれる日本家屋。その縁側でチリン、チリンッと風の音を知らせてくれる風鈴は見事に風流で。何となしに、視界に涼しげなブルーの風鈴を捉えながら私は目を細めた。

暑いばかりは嫌だが、夏に聞く涼しげなこの音色は好き。


『だが、弟はそのような口調ではないからすぐ違うと判るぞ』

《ちょっと聞いてる?》


――うぬ?こやつ村田とか申したか?

耳を澄ますと、少年の声とは別に「ちょっと誰に電話してるのー?」なんて声がして、これが女性の声ならばカップルめと悪態を吐くところであるが……その声は、渋谷有利の声だ。

私はユーリと呼んでおるが、渋谷有利は第二十七代目魔王陛下だ。こうして地球にて夏休みを楽しんでいるところを見ると、彼がまだ高校生なのだと思い出す。否、己もだけれども。

村田に、《この前話したことで、今から出て来れたりするー?出来れば弟君も一緒に》と、言われて、丁度本日は予定もなく、家でゴロゴロするだけだったので、『うむ』と返答し、同じようにゴロゴロしていた結城を連れて、唸りたくなるほど暑い外へと出てきた訳だが――…。





『ユーリの家?』

「そう。今日、お邪魔することになってたんだ」

『何故、私を――…って…まさか』

「うん、そのまさか」


キラリと眼鏡を光らせて、ふふふと笑う村田の頭を叩きたくなった。

電話もそうだけど、急すぎなのだ。


「なに話してんだよー!二人ってそんなに仲良かったっけ?」


ユーリに不思議そうに問われて、『あー…まぁ』と、きょとんとつぶらな瞳で見上げる結城の頭をぐるぐりと撫でながら曖昧に答えた。

村田とユーリは今日、朝から野球をしていたらしく、特にユーリの髪は土埃で汚れていてユニフォームもボロボロだ。二人で、草野球チームを作って、たまに野球をしているらしい。

私は野球に詳しくないから、ユーリの野球話しには上の空で相槌を打つなんて、もう日常と化している。

今日も今日とて二人と合流してから、結城と共に上の空で話を訊いていたら、これから向かう場所はユーリの家だとか村田のヤツが言ったのだ。そんなことは早く言ってほしかった!

意味深に私を見て笑っておる村田の様子から、己が心配している結城を頼む人物の当てとは、ユーリの御両親のことだろうかと推測を立てる。…十中八九そうなのだろう。

ユーリの御両親と面と向かって会うのはこれが初めてだが、彼等は優しい人だと知っている。温かな家庭を作るような優しい人たちで。だから二人に結城をお願いするのには不安はない。

己の我が儘で弟を頼むのは申し訳ないと思っている。


「ただいまー」

『お邪魔します』

「おじゃましま〜す」


言い訳になるけど、急だから手ぶらである。手ぶらではた迷惑なことを他人に頼むのか?と、私は村田にたいして渋面を作った。それでも村田はニコニコした顔を崩さぬかった。

そんな村田の後頭部を叩きたくなったが、彼も結城の事を考えての行動なのだからと己の理性に呼びかけて、叩きたい衝動を抑える。


『ほら、結城も』

「おっおじゃまするでござるっ」

『うぬ。よくできました』

「へへへ」


何も知らぬ結城の無邪気な笑みに、罪悪感が込み上げて来てサクラは弟の頭を撫でようとしておった手を曖昧に笑いながら引っ込めた。

彼女の瞳が哀しみや不安と自己嫌悪の間で揺れ動いていたのに気付いたのは、唯一事情を知る村田だけ。

奥から聞こえるパタパタと駆け寄ってくるスリッパの音と、「ゆーちゃんお帰り〜、健ちゃんと――…」とそこで途切れた高めの声を聞きながら、この声の持ち主がユーリの母親なのだろうと玄関からリビングに続く扉が開かれるのを見つめた。

高めのその声は、甘さもある女性の声だったけど慈愛のある声音で母親ってこんな感じだったと、こちらの世界の母親と、尺魂界での母親の姿を脳裏に浮かべた。

こちらの世界の母親は、結城を産んですぐに父と事故で亡くなってしまったけれど、尺魂界の母親はいまもまだ健在だと思う。曖昧な表現なのは、それを知る術がもうないのと、己が先に死してしまったから。とんだ親不孝者だ。

祖父も数年前に亡くなってからは、中学の先生が一応保護者になってくれたが……事情の知らぬ先生に、結城を託すことは出来ぬかった。納得の出来る説明も用意出来ぬし。

その点、魔族だと自覚しているユーリの父親とそれを知っている母親ならば、結城を安心して預けられる。

私は、結城が大切だと言いながら使命を優先して他人に預ける己の行動に吐き気がして、自嘲した。でも、それでも結城は自分の大切な弟だと思っている。


「あねうえ?」

「――あら?」

『初めまして、有利君とは中学が一緒だった土方サクラです』


ユーリとは違う茶髪の髪を一つに束ねて、ユーリに似た…この場合ユーリが彼女に似たのだろう、くりくりっとした瞳を、初めて見る私と結城に止まったので、ペコリとお辞儀して名乗った。

彼女が村田を“健ちゃん”と愛称で呼んでいるところを見ると、村田は何度も渋谷家に足を運んでいるのだと窺える。

中学の時は、ユーリと村田って接点なかったのに、知らぬ間に親しくなったのだなーっと、客観的に二人を見てそんなことを考えた。


『弟の結城です』

「ゆ、ゆうきです」


通っている幼稚園の他に、年上の女性と関わる機会がない結城は、少し怯えながら自分の名を口にしていた。

相手の眼を見て話すのが礼儀だと常日頃から言っているからだろうか――…私の背後に回って足にしがみ付いたまま顔だけ出して、怯えておるくせにユーリの母親を見上げている結城の姿に、私は自然と頭を撫でた。


「まあ!ゆーちゃんが女の子を連れてくるなんてっ!初めてのことだから、ママ嬉しいわ!しかもこんな可愛らしくて礼儀正しい女の子なんて!!結ちゃんも可愛いわ!ゆーちゃんもね、昔はこんなに可愛らしい時期があったのよ」

「お袋っ!余計なこと言うなよっ」

「サクラちゃんは、ゆーちゃんの彼女?それとも健ちゃんの彼女!?」

「お袋ッ!!!」

「ママでしょ、ゆーちゃん!あらやだ、ゆーちゃん汚れてるわよ!早くお風呂に入って来なさい。健ちゃんも、サクラちゃんも結ちゃんもどうぞ、どうぞ」


羞恥心から頬を真っ赤に染めるユーリの声が聞こえているのか、聞こえておらぬのか、ふふふと花を飛ばしながら笑う彼女は、流石トルコ行進曲で話が止まらぬユーリの母親だ。

彼女の笑みがユーリと重なって見えた。






(少しだけ)
(母親の温もりが恋しくなった)




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