13-9




気まずい空気の中、ゆらゆら馬に揺られて、見えて来た血盟城を見上げた。

サクラは今コンラッドとタンデムしており、ユーリはヴォルフラムと同じ馬に、グウェンダルとオリーヴは各自分の愛馬に――不機嫌そうに乗っている。誰も何も喋らぬかった。

グウェンとオリーヴから漂う怒りのオーラが尋常じゃない。


「……」

『……』


ユーリも私も空気を読んでダンマリ。

コンラッドのヤツが、皆のようにヒューブに対して、怒っておるのか、何とも思っておらぬのかは窺えぬ。だが、ユーリや私がヒューブに近付こうとすると全力で止めて来るので、ゲーゲン・ヒューバーを善く思っておらぬのは確かだ。

ポク、ポク、ポクとリズム善く奏でる馬のひずめの音が、心地よいはずなのに、私の心の中はどんより。


「〜ぁー。へいかぁぁ!!陛下ぁぁぁー!サクラさまぁ!サクラさまぁぁぁー!!」

「この声は…」

『まさしくギュンターの声』


門から姿は見えぬのに、ギュンターの声が響き渡る。思わぬ彼の声に、私とユーリは顔を見合わせた。

今の今までギュンターの存在を忘れておった!なんか…すまぬ。と、こことの中で謝罪する。


「怒ってるかな…」

『泣いてたりして』


――うぬ。己で言っておきながら、自分自身に深く同意する。あやつ…夜な夜な啜り泣いていそうだ。……仕事もせずに。

ユーリの旅に、王の補佐であるが故に同行を許されぬギュンター。毎回、血盟城でお留守番なギュンターは、毎回毎回仕事をしておらぬらしい…ラザニアがそう申しておった。グウェンも愚痴っておったな…。

数日ユーリに会わぬだけで、泣き叫ぶ王佐に、もうそこまでされるとユーリへの想いに感服だ。ヴォルフラムを応援しておるが、ギュンターも……いや、やはりそこまで頑張ってもらわなくて善いか。


『(……鬱陶しい故)』


サクラが心の中で、酷く扱っておることを知らぬ当の本人は――…門前で、胸に手を当てた格好で立っていた。



おや?

『泣いておらぬな』

「じゃあ…怒ってたりして……」

『うーぬ……どうだろう』


憂い顔をしているギュンター…どう見ても、怒っておるようには見えぬが……。ユーリとサクラは小首を傾げた。



「サクラ」

『う、うぬ』


ノーカンティーから地に降りるこのタイミングで、いつもコンラッドは素早く己よりも先に降りて、手を差し出して来る。現に今もさり気なく手を差し出して、私が降りるのを支えてくれようとしておる。

私とて手を借りなくとも、軽やかに降りれるのに。私は彼の手の平と、彼の顔を交互に見た。降りないのですか?と、顔を傾げるコンラッドの仕草に赤面する。


『お、おお降りるッ』


自分で降りれるとは思うも――…彼の手を取って、温もりを感じながら、地面に足をつけた。

コンラッドが優しくて、さり気ない気遣いも出来て、甘い科白を吐くヤツだと知っておるのに、ヤツの優しさに照れてしまう。

照れたのを悟られぬよう大声を出したサクラであったが、その声が裏返っていたと本人は知らず、彼女の一挙一動を見てコンラッドは微笑んだ。


甘い空気を醸し出す名付け親から、ユーリは視線を逸らし――逸らした先に、待ってましたと言わんばかりのキリッとしたギュンターと視線が合い、頬を引き攣らせた。

オリーヴとグウェンダル、ヴォルフラム達は、馬を近くにいた門兵に渡していた。必然的に目の前の厄介な人物を相手にしなければならぬのは、ユーリだけとなる。


「あのー、ギュンター、いやギュンターさん?」

「陛下!ああ陛下!!サクラさ…サクラ様?」

「あー…サクラは今取り込んでるから」


――コンラッドといるサクラを邪魔しないであげて。ユーリはそう心の中で付け足した。

いつも助けてくれる名付け親兼護衛に、少しでもサクラとの時間を作ってあげたいのだ。そんな魔王陛下の想いを知らぬギュンターは、熱い瞳でユーリを見つめた。


「ああ陛下、よくぞお戻りくださいました。このフォンクライスト・ギュンター、再びお会いできる日を心待ちにしておりました」

「怒ってないの?しかも泣いてねーの?」

「怒るなど、なにゆえそのような俗世にまみれた感情を。陛下、私は悟ったのです。愛とはすべてを受け入れること、愛するお方の望むとおりに、自分自身から変わること。そして会いに付随する厳しい訓練は、何もかも大いなる存在の思し召し」


…――え、え…なんで愛について語ってんの!?

ギュンター…愛を説く自分に酔っているように見えるよ。


「は、はあ」


ユーリは曖昧に返事した。リアクションに困る。


「ですから陛下にお会いできない日々が続いたのも、眞王陛下が私の心を試すべく、お与えになった試練なのです」

『……ギュンター…やけに神々しくないか?』


愛を説くギュンターの背後から強い光が差して、ユーリが思わず目を閉じたら、同じく眩しそうに目を細めたサクラが隣にぬっと現れた。


「サクラ」

「!ああっサクラ様ッ!」


サクラの姿を目に留めたギュンターは、スミレ色の瞳を潤ませて、頬を朱く染めたではないか!途端、遅れて歩いて来ていたコンラッドの機嫌が悪くなる。

コンラッドの僅かな表情の変化に気付いたのは、兄であるグウェンダルだけ。グウェンダルは溜息を吐いた。

いつも爽やかな笑みを湛えているウェラー卿コンラートは、一見近寄りやすいが、彼の心の壁は結構高いとグウェンは思う。

いつも眉間に皺を寄せてしまう威圧感たっぷりなグウェンダルは、一見近寄りにくいオーラーだけれど、グウェンダルも軍人が故に、警戒心が強い。ヴォルフラムの兄二人は正反対に見えて、実は好みや考えも似ているのだ。 ヴォルフラムとも似ておらぬように見えて、コンラッドも実は嫉妬深かったりする。


「陛下!サクラ様!」


双黒の二人が眞魔国に現れてから、フォンクライスト卿ギュンターは、変態の領域に足を踏み入れているのでは――…と、グウェンダルは心配しながらも、また重い溜息を吐いた。


「サクラ様、私は愛について考えていたのです。サクラ様を愛するなんておこがましいと存じておりますが……ですが、愛とは」

『いやいやギュンター!ギュンターの想い人はユーリであろう?』

「サクラ」

『まぁまぁ落ち着け。べ、別にヴォルフとの三角関係を楽しんでるなど……………そのようことはないからな?』

「思いっきり楽しんでるでしょ!間が長かったからッ!」


否定しながらも口元は弧を描いていて、ユーリは半目で、サクラを見た。

ギュンターは双黒のユーリも、サクラにも好意を抱いていて、二人を選べないジレンマに悶えているなんて――ユーリは薄らその事実に気付き始めているのだが、サクラはギュンターはユーリ一筋だと思っている。

だからこんなメンドクサイ場面で、ユーリはサクラに生贄のように前へと差し出されるのが常で。


「そ、そんなっサクラ様…。私はユーリ陛下も、サクラ様も心から愛して――…」

「黙れギュンター」


ギュンターの愛の告白は最後まで紡がれなかった。なぜなら、目を鋭く無表情なコンラッドに、強制的に止められたから。


「コ、コ、ココンラッド?」

「何です?陛下」


一瞬に場の空気が凍った中、ユーリと私はぶんぶん頭を左右に振って、見間違いだと暗示をかける。

裏返りながらも問いかけたのに、コンラッドは集中する視線を気にしない素振りで辺りを見回していた。


「へ、陛下って言うなよ!名付け親ッ!ってそうじゃなくて……」

『何を探して…』


オリーヴもヴォルフラムも、コンラッドの意図が判らず、小首を傾げる。コンラッドは、ユーリとサクラに一瞬だけ微笑んで、ギュンターの背後を指さした。指差すその先には――不自然なほど大きい箱が。

コンラッドはつかつかコンパスの長い足を動かして、ギュンターが止める言葉を吐く前に、箱を上に持ち上げて見せ――あ…っと間抜けな声がギュンターから漏れた。


「……何をしているんだ、ダガスコス」

「あっ」


箱の中に隠れておったのは、ヒスクライフさんも脱帽するだろう見事なハゲた中年兵士で、その手には照射器が見える。

全員のシラケた視線が、コンラッドにダガスコスと呼ばれた兵士に集まった。


「ああっダガスコス!だからあれほど目立たぬように動けと言ったではありませんか!? これでは私の苛酷な体験修行が水の泡です!陛下とサクラ様に何と申し開きすればいいやら!」

『変なところに手が込んでおると言うか……』


――だから、ギュンターが眩しく思えたのか…。見えた仕掛けに納得。


「……よく判んないけど、全然悟ってねーじゃん……う、な、なんか視線が」

『ぬ?ぬおッ!?』


背後から異様な空気を察知して、ユーリと共に恐る恐る振り返れば――おどろおどろしいグウェンダルの姿が。


「キサマら……仕事を……しろっ」

「ひぃッ」


哀しいかな、反応したのはギュンターではなく、我らが魔王陛下だった。あ、訂正。ダガスコスも悲鳴を上げていた。

グウェンが疲れた溜息を吐いたけど、私はギュンターのお迎えに、ああ帰ってきたなと感じる事が出来たので、グウェンには悪いが、ギュンターのテンションに救われる時もあるかな…なんて。

いつもの空気に戻ったので、私はそっと安堵の息を零した。だがそれも束の間。


「おい、あれってッ!」

「……ああ、アイツだ」


一人の門兵が、グウェンダルの軍の兵士と共に、運び出されるゲーゲン・ヒューバーを憎々しく指を差して、答えた兵士も忌々し気にヒューブを一瞥して舌打ちした。

ギュンターが門付近で騒いだこともあり、迎えに来ていたグウェンの軍やオリーヴの軍だけでなく、メイドや城に仕えている兵士達も魔王と漆黒の姫を御迎えにと集まり始めていて。


「グリーセラ卿ゲーゲンヒューバーだッ」


グウェンダルの軍の兵士が吐き捨てるように叫んだ名前に、場は水を打ったように静まり返った。






―――憎いと彼を見る沢山の視線。


―――殺してやりたいッと訴える沢山の視線。


歓迎してない沢山の視線の数に――…私は、言葉を失った。

隣ではユーリが唖然と、憎しみを瞳に宿した兵士達顔を見渡している、そして視線をヒューブに戻した。


「なんでアイツがッ」


一人の男性の低い声に、一人また一人と同じような事を口にしていた。

だが、彼を連れて来たのが魔王陛下と姫だと知るグウェンの軍と、オリーヴの部下達が視線で黙らせる。訪れた沈黙に、大きくなったお腹を抱えて、一人の少女が姿を見せた。


「ヒューブ…?ヒューブなのッ!?」


この空気の中、愛する人を見付けて駆け寄るニコラの高い声に、私とユーリは顔を歪めた。

……沢山の憎しみの視線に晒されるニコラ。


「ああヒューブッ!!」


感動の再会となるニコラとヒューブ。二人の再会に、ポツポツと一人、また一人と兵士達やメイド達は、振り返りもせずに、仕事に戻ってゆく。


『…ニコラ……』

「ニコラ…ごめん。実は……」


ヒューブはまだ安心出来ぬ重体の怪我。包帯が巻かれたヒューブを目にして、悲しみを堪えるニコラに、私とユーリはのそっと彼女に近寄る。

すかさず二人を止めようとしたオリーヴとコンラッドを、ユーリも私も無視をした。


「いいの。……またこうして会えただけで」

『……』


ふっと陰りのある笑みを見て、胸がツキンッと痛みを覚えた。

いいのと言っておるのに…ニコラの表情は悲しいと言っていて、全身から彼に対する想いが伝わって来る。彼女は誠にヒューブの事が好きで好きで堪らぬのだ。


「ニコラ…」

「揺らさないように運んで」


いつの間にか傍にいたギーゼラが、視界に入ってヒューブを部下に運ばせようとしており、ギーゼラの声は驚くほど冷たかった。


『――ニコラ』


ギーゼラもヒューブを善く思っておらぬのだと勘付いた私は、震えるニコラの肩を抱いて、無言で城へと足を向ける。この場から早くニコラを出したかった。

ヒューブが何処かの部屋に運ばれるならば、ニコラもそこに連れて行きたい。

ギーゼラが来たって事は、何だかんだ言いつつ、ヒューブを治療してくれるのだろう。私もユーリも、彼を治してあげたいけれど、コンラッドの監視の眼があるので、何度歯噛みしたことか。


「ギーゼラさん頼むよ。ニコラとグレタのためにも」


サクラが震えるニコラを連れて後にするのを横目に、ユーリも運ばれるヒューブを見ながら、祈る事しか出来ない状況に歯噛みしていた。臣下達が褒めてくれる魔力を持っていても、治療してあげることも出来ない。

…――何の為の魔王なんだろう…。何の為の王なんだろう。

だから、ユーリは緑色の髪を持つギーゼラを見据えて、そう頼んだ。他人に頼む事しか出来ない。


サクラも同時に思っていた。

…――漆黒の姫とは何なのだろうか。何の為の姫なのだろう。私の役目とは一体…。



拳を握りしめる魔王陛下に頼まれたギーゼラは、この場を後にするサクラの背中と、魔王の背後でグウェンダル閣下と話しているウェラー卿コンラートを一瞥して――……


「お任せください、陛下。全力を尽くします」


微笑みを湛えて、ユーリ陛下に機械的に答えた。







(グリーセラ卿ゲーゲン・ヒューバー…)
(貴様は一体)
(どんな罪を犯したのだ)



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