13-8




「帰って来たーって感じだな」

『うぬうぬ』


レタスとグレタとは、あの場所で別れて、私とユーリ、コンラッドとヴォルフラムは、行きと同じく船に揺られて眞魔国へと帰りついた。

レタス達は今頃ヒスクライフさんと共にカヴァルケードへ向かっておる頃だろう。レタスがおらぬので……少々寂しい船内であった。


『久しぶりの地面との対面ー!』


アニシナはそのままヒルドヤードに残り、彷徨える女性達を救う活動に勤しむのだとか。ウキウキしておった。じきにあそこにはアニシナによる編み物と発明品ショッピングパークが出来るであろう。

イズラとニナは、昼間は編み物をして働き、夜に仕事の勉強や読み書きの勉強も、アニシナが面倒を見るとの事で、これであそこにいた大量の若い女性達の就職先も決まり、アニシナ様々。

あの夜に食べたヒノモコウの屋台のおじさんも、ショッピングモールで働けることになり、沢山の人達の笑顔と共に、ヒルドヤードの歓楽卿を後にしたのである。


「やっと着いた…。もう二度と船なんかには乗らないぞ……」

『(それは…無理だろう)』


久々に土を踏みしめ、深呼吸しておれば…背後から、ヴォルフラムの力のない声が聞こえて、心の中で突っ込んだ。

これからもユーリの船の旅は続くと思う。彼は飛び出したら止まらぬ。ユーリに好意を抱いておるヴォルフラムが、ユーリとコンラッド二人で出かける事を善しとはせぬであろうが…!


ただでさえ色白い肌のヴォルフラムは、船酔いで一層青白くなっていて、念願の土であるのに千鳥足でふらふらだ。この光景にも慣れて、もはや誰も彼を心配しておらぬのが…また涙を誘う光景である。

かく言う私も、海に向かって何かを吐いておるあやつから、目をそっと逸らして、船から降ろされるタンカを見遣る。


『……ゲーゲン・ヒューバー』


彼は、ヴォルフラムの的確な処置により、一命を取りとめておるが――…あれから一度も目を覚ましてはおらぬ。サクラは、タンカに寝かされているヒューブをじっと見つめた。


「大丈夫だよ。……ヴォルフが治療してくれたんだし」

『うぬ』


心配してるってのは嘘ではないけど、ヒューブには別の事を懸念してたりするのだ。ヒューブを見つめる私に、ユーリがそう言ってくれたけど、私は曖昧に笑った。

ゲーゲン・ヒューバーの名前は、彼と出会う前から他人を通じて名前だけは知っておる。


『……うーぬ…』


オリーヴやグウェンから話を訊く限り、あんま善い噂はなくて、サクラは一抹の不安を感じていた。

この時のサクラの不安は――…のちに的中することとなる。


ユーリとサクラがヒューブが乗っているタンカを見つめる姿に、コンラッドは離れた場所から感情が読めない表情で見ていて、


「コンラート…」


更に一歩離れた所からそんな兄を心配気にヴォルフラムは見ていた。

ヴォルフラムが自然と口から出した声は、誰に聞かれることもなく宙へと消えた。


「お待たせしました」


コンラッドはヴォルフラムの視線に気付かず、サクラとユーリに近寄る。


『うぬ?』

「コンラッド?」

「お迎えが来たみたいですよ。先に伝令を飛ばしておいたんです」


胡散臭い笑みを浮かべたコンラッドに私は訝しむ視線を向けたが、当の本人は飄々と街の方角を指差した。

お迎えって…思わず葬式の風景を脳裏に浮かべた私は、己の思考に笑いそうになった。コンラッドに促されて見た方角には、馬に乗ってこちらに走って来るグウェンダルの軍と、オリーヴの兵士達の姿が。


――迎えにわざわざ部下を引き連れて来なくとも…。しかもグウェンダルがわざわざ港まで顔を出すなど、珍しいな。


「おお!グウェンダル、わざわざ来てくれたの!?」


ユーリが隣ではしゃいでおるが――…グウェンダルの表情は鬼気迫るものがあった。


「サクラ様〜!サクラ様〜!!!」


オリーヴの方は、バックに花を背負って跳ね飛ぶように馬から降りて、瞬く間に私の前へと走って来た。


『あ、オリーヴ。と、あれは……』

「ロッテとクルミですよ」


背後には彼女の二人の部下が控えており、その女性と男性に見覚えがあるなーと思った。コンラッドが、疑問を拾って答えてくれたので、ふむふむ頷く。

彼女達が迎えに来たってことは、また誰かとタンデムせねばならぬのか。あの独特の揺れには未だに慣れぬ。もっと言うと自分で馬に乗るともっと揺れるので、腰に来る。


――コンラッドくらいに腕がよければ、快適なのだが…。


「サクラ様ー!!!」

「姫ボ…サクラ様」

「サクラ姫様、お久しぶりっす」

『確か、オリーヴの隊の…』


金髪にブラウンの瞳の男性と、クリーム色の髪の女性の二人は、己がレタスと出会ったあの街で、見かけたのを覚えておる。

それから何度か見ておったが、こうして面と向かって話すのは初めてである。


『初めましてで善いかな。御存じだとは思うが、私は土方サクラと申す』


サクラの姿を見て頬を朱く染めるオリーヴは、とりあえず横に置いといて、二人に自己紹介をした。

私の名を知っておるみたいだが、やはり初対面で会話するならば、名乗っておくべきかな〜と。だが、私が名乗ったほんの瞬間、ロッテとクルミは傷ついた顔をした。気のせいかなと己の目を疑うくらいほんの一瞬。


「……ランズベリー・ロッテ」

「ランズベリー・クルミ」

『ランズベリー…姓が同じだが』

「そう、兄妹なんすよ」

「こんなク、ず……いえ、不出来な兄で恥ずかしい限りです」

『…』


……クズと言いかけたよな?この子っ、兄をクズ呼ばわりしそうになってたよッ!!

恥ずかしそうにはにかむロッテの妹クルミは、愛くるしい感じなのだが……私の耳が不調かもしれぬ。そう自分に言い聞かせて、乾いた笑みを零したロッテとコンラッドは見なかった事にする。


――だってクルミって可愛いのだ!是非ともお友達になりたい!

サクラは知らなかったクルミの本性を。気付きそうになったのを本能が気付かぬフリをした。


『クルミとロッテって呼んでも?』

「あれはッ」


途端、満面の笑みを浮かべて、凄い勢いで首を縦に振るクルミと、イイっすよーと言ってくれたロッテに、ほっと息を吐き出す。

ロッテには何だろう…女装はしておらぬのに、何故か纏う空気にヨザックと同じだと思った。

ふと、今まで、感激で瞳を揺らしていたオリーヴがある一点を睨むように見ているのに、気付き、小首を傾げる。


『オリーヴ?』

「グウェンダル?」


隣でユーリの訝しむ声が耳朶に届いたので、私の視線はオリーヴからグウェンダルに向き、


『っ!!』


グウェンダルの姿を視界に入れた瞬間――…彼は流れるように剣を抜いて、視界から外れた。素早い動きに思考が遅れる。

状況を把握する前に、私の横を何かが通り過ぎて、グウェンダルの姿を探す前に通り過ぎた彼女に声を荒げた。


『――!?オリーヴッ!』


グウェンダルに数秒遅れて、オリーヴも柄に手を当ててタンカに横たわるヒューブ目がけて殺気を飛ばす。

嗚呼…よからぬ予感があたってしまったと、顔を顰めて、二人を止めるべく駆け寄ろうとしたのだが―――…目の前にぬっと現われたコンラッドに立ちはだかれて、駆け寄ることは出来ぬかった。


「コンラッドっ!?」


コンラッドは感情の読めぬ表情で、ユーリとサクラの肩に手を置いた。

思わず私もユーリも、立ちはだかるコンラッドを見つめてしまったけど、直ぐにはッと我に返り、ヒューブを見た。彼の無事を確認する。

オリーヴよりも早くゲーゲン・ヒューバーに辿り着いたグウェンダルは、剣を横たわる彼の頭上に天高く振りかざした。空気を斬る音がここまで聞こえて、私はひゅうッと息を呑む。

やがてオリーヴもそこに辿り着き、剣を抜いた。一見、グウェンダルの奇行を止めに入ったように見えなくもないが、オリーヴからは大量の殺気がヒューブに向けられている。


「なにしてんだよっ!相手は怪我人なんだぞッ!?」


剣が男の首に振り下ろされる前に、ユーリが慌ててグウェンダルに待ったをかけた。ユーリの大声に、剣を持つグウェンダルの右手がピタリと止まった。

…――ヒューブの首から僅か数センチ上で止まった。ヒューブの命は首の皮一枚で助かったのだ。


『オリーヴも…剣から手を放すのだ!』


私もユーリに続いてオリーヴに待ったをかける。彼等に近づきたいのに、コンラッドと言う名の壁のせいで近付けぬくて、声も大きくなる。


「っ、ですがッ、コイツはッ!」

「ゲーゲン・ヒューバー…もはや生きてこの地の土を踏めるとは思ってはいまい。貴様はそれだけの罪を犯したのだ」


制止を促す言葉吐いたサクラとユーリに、オリーヴは剣を強く握りしめて、声を荒げた。…――コイツが何をしたかお忘れなのですかッ!!

グウェンダルも、ヒューブを忌々しく睨み低く唸った。


「ダメだって。コイツはおれが助けて連れて来たんだ。それを勝手にどうこうしようなんて認めないからな」



――ギロッ


「な、なんだよ!文句あるわけっ!?」


視線で人を殺してしまいそうと錯覚を起こしそうな鋭い眼光で、グウェンダルに射抜かれて、私もユーリと共に怯んだ。ぴりッとした空気が辺りを支配している。


『そっ、そーだぞッ!』

「サクラ様、お言葉を返すようですが…コイツはッ!コイツが何をしたかっ」

「――オリーヴ!」


サクラにはその記憶がないのに、口を滑らせたオリーヴに、コンラッドは彼女を咎めた。睨みあう二人。


『(まただ…また私の知らぬことが……)』


私はここにおるのに、彼等は時々私を通して過去を見ている。仕方ない事だと割り切っていたけれど――…こんな時、私を誰も見てくれておらぬような気がして、胸に棘が刺さる。

オリーヴの叫びに、コンラッドの手が肩から離れて背を向けられて、こんなにも近くにいるのに遠くに感じる。


「グウェンダル、オリーヴも。――それが陛下と姫の御意思だ」

「くッ」

「チッ」

『(姫、か…)』


敬称で呼ばれるのは好まぬ。それがコンラッドだと余計に――…。

時々思う。オリーヴが私を慕ってくれておるのも、コンラッドが私に告白してくれたのも、本当は私に向けられるものではないのでは――…と。不安に感じる。


「城に運べ」


グウェンが、部下にヒューブを任せているのにを横目に、サクラは顔を曇らせた。

そんなサクラに唯一気付いたのはユーリだけ。


「(……サクラ…)」







(深く考えたとて)
(誰も教えてくれぬのだから)
(…堂々巡り)




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