11-5

[sideコンラート]





暗闇を照らしてくれる月が真上に見える小道を、コンラートは真っ直ぐ目的地へ歩いていた。

考えるのは、主である陛下の事もであるが、大半は婚約者である愛しいサクラの事。ユーリのことは、ヴォルフラムと宿でゆっくりしていたのを、自分が出て来る時に気配で感じ取ったから、心配はしていない。


――サクラは…。

頭の中から、宿に着いた途端にユーリに抱き着いたサクラの姿が消えてくれない。


「……はぁ」


大人げない事してしまった。自分が目の前にいるのに、魔力を貰う為だとしても、他の男に抱き着くなんて――…俺は、とてもじゃないがその行為を許せるほど心は広くない。

待つと、言ったけど…だからと言って他の男に抱き着くとは……サクラは俺の気持ちを考えているのだろうか。

胸の中が嫉妬とサクラへの想いがドロっと、埋め尽くして、サクラに対して冷たく当たってしまった。自分の気持ちがセーブ出来ない。こんな風に思い通りにならなくて、気分が浮き沈みするのはサクラの事だけだ。


「はぁ…」


もう一度、グウェンの様に溜息を吐いた。

俺は、俺が何故怒っているのか判っていないサクラに、何で判ってくれないんだとか思ってしまったけど……意外と鈍感なサクラにはちゃんと話し合わないと解ってくれないだろう。

そう思い直して、スピードが落ちていた足を早く動かす。その為には、早く用事を終わらせて、サクラと話そう。


実は――…ユーリとヴォルフラム達を温泉に行った時には、既に頭も冷えていたのだが…サクラがいる部屋に戻った際に、深刻そうな雰囲気でサクラと青龍、朱雀が会話していたので、謝る機会を逃してしまったんだ。

彼女達の会話の内容は…とても深刻なもので、俺が訊いてはいけないものだと判ってはいても、その場から去る事が出来なくて――…俺は扉の前で息を潜めて、会話を耳にしていた。

サクラは、青龍達に、自分にも役目があったとか、俺やユーリ達を見捨てたくはないとか…直ぐにでも部屋に入ってサクラを問いただしたくなるような内容で。



《我は、主が心配なのだ。主はどうするつもりなのだ。……また我らを置いて逝くつもりか》


青龍のあんなにも苦しげな声を訊いたのは、初めてだった。

サクラの役目とは何だ。サクラは何か危険な事をしようとしているのか、それを青龍や朱雀は心配しているのか…。俺が困惑している間にも、会話は進んでいて――…俺は頭が追いつかなかった。


「しかも…」


『…いつかは私とて死は訪れる。“前”の事は…私は悔いはない。戦いで死ねたのだ、本望だ』

『貴様らが…私を想ってくれておるのは身に染みてる。あれは私が弱かったから、弱かったから…藍染に』



あのサクラの言葉はまるで、一度死んでいる様な――…否、実際二十年前に生きていたはずのサクラが、再び未成年で眞魔国に現れた時から、グウェンダルと、彼女は生まれ変わったのだろうと仮説を立てていたから、大して驚きはしなかったけど。

だが……サクラの言葉は藍染とやらに殺されたみたいな……。


「(そのような名前の魔族が眞魔国にいただろうか……)」


――人間の名前か…?

でもサクラは人間に殺されるなんて失態を犯すはずはないし。それに、サクラが二十年前の記憶が戻っている気配は、全くないのに…何故、殺されたと言う記憶はあるのか。


コンラートは疑問が尽きなかった。仮に、その名の人物が目の前に現れたら自分は、何のためらいもなく殺すだろう。

大切な者を守りたいと叫ぶサクラの声が、あの悲痛な声が、耳朶に残って離れない。サクラが何を抱えていて、サクラが何をしようとしているのか――…俺は知らない。訊いてもいいのだろうか。

サクラが自分から話してくれるのを待つと決めていたが…サクラが何か危ない事をしようといているなら、問い詰めて彼女を危険から遠ざけたい。サクラはそんな事は望んでいないだろうけど、俺はもうサクラがいない世界は耐えられないんだ。


「サクラ…サクラ、サクラっ」


時々、君を部屋に閉じ込めて、俺しか見えないようにしたくなるよ。

暗闇にひっそりと見える巨大なテントの前で、目的の人物の気配がして、コンラートは思考から浮上して、気配ある方向に向かった。







「――ライアン」

「!!隊長」


コンラートが会おうとしていたのは、元部下であるライアンだった。サクラが疑っていた女性とのあいびきではなく、魔笛探しの際、砂熊に魅入られて軍を辞めたライアンに用事があったのだ。

彼の前に、一つの封筒を差し出す。


「遅くなったな、退職金だ」

「ありがとうございます」


コンラートから封筒を受け取ったライアンは、少年のように無邪気な笑みを浮かべて、背後に控えていた砂熊に見せびらかした。


「ケイジ〜新しい衣装を買ってやるぞー。ふりふり〜のひらひら〜ってやつを」

「ピィアアア」


数か月前にこの生き物に、ヴォルフラムは大変な目に合ったのに、ライアンは変わり者だ。

危険な生き物を手なずけるとは…手なずけているか?ライアンが喜びの声を上げた瞬間に、砂熊は大きなその口を開けて主人であるライアンの顔を咥えた。


「――!!?」

「そうか、嬉しいか。ふふふ」

「おっおい!痛くないのか」


傍目から見ると、凶悪な砂熊に噛まれているようにしか見えなくて、コンラートは柄にもなく焦った声を出した。

だが、その心配も杞憂に終わる。


「いえいえ、これぞ愛の痛みってやつですよ。っと、そう言えば…隊長」


甘噛みか…ライアンにとって、それは甘噛み程度なのか…コンラートは苦笑いしながら、未だに頭を噛まれたままのライアンに耳を傾けた。

ライアンの声が僅かに沈んだのだ。


「……ん?」

「近頃、この辺りには人騒がせな輩が現われるらしいんですよ。腕が立つ人を見ると、誰振り構わず襲いかかってくるらしくて……」

「…辻斬りか」


コンラートの目が鋭くなる。


「気を付けてください。まっ、隊長の腕ならバッサリ返り討ちでしょうけど。――ケイジも僕から離れちゃダメだぞ〜」

「シャアアア」


ライアンは呑気に、砂熊から顔を出して、砂熊とじゃれあっているが――…コンラートは何故か胸騒ぎがした。

サクラもユーリも宿にいるから、辻斬りに合う可能性は低い。サクラはともかく、ユーリは剣の腕は残念で、彼から魔術を取ったら、身を守るモノは一緒にいるであろうヴォルフラムだけだ。

全員今頃、寝ている筈。…――本当か?コンラートは自問自答した。

不意に――…夕方、訊いてしまったサクラと青龍達の会話を思い出す。サクラは何か覚悟していて、この辻斬りの事だとは限らないけど…不安要素は消しておくに限る。


――サクラとユーリが今、ちゃんと宿にいるのか、早くこの目で確かめなければッ!!


「ライアン、俺は宿に戻る。お前も辻斬りに気を付けろよ」

「あ、は〜い。またです隊長」

「ああ、またな」


砂熊とじゃれているライアンを、もう一度一瞥して、宿に急いだ。――何だろう…この胸騒ぎは。

サクラと暗殺者を二人にしてしまった。そっちの可能性も忘れていた。


「チッ」


この胸騒ぎが杞憂になればいいのだが……。鍛えられた感覚は、コンラートを宿へと急かした。







 □■□■□■□





「サクラッ!?――…チッ」


宿に戻って来て、いの一番にサクラと暗殺者、グレタがいる部屋の扉を開けて、中を確認したら――…室内はガランとして、人一人いる気配はしなかった。

電気すらつけていなく、大分前にこの部屋から出た事が判る。

いや、ユーリ達と一緒にいるかもしれない、と慌ててユーリと、レタスとヴォルフラムが寝ている部屋を勢いよく開けた。


「……陛下?陛下ッ!?」


――なんて事だ…。

三つあるベッドには、二つの膨らみしかなく、布団から金髪と空色の髪が見える事から――レタスとヴォルフラムが寝ていると確認できたが、後一つのベッドには皺ひとつない綺麗なままのシーツしかなく、何処にも陛下の姿が無かった。


「ヴォルフラムッ!陛下は…陛下はどうした!!?」

「…ん、むにゃ……ぐぴぴ」

「ヴォルフラム!!」


コンラートは怒りのままヴォルフラムの肩を、強く揺さぶった。ぐぴぴぐぴっと、呑気に寝ている我が弟に怒りを覚える。


「ヴォルフラムッ陛下は何処だ!!」

「……んあ…コンラート…?」

「陛下とサクラがいない!何処に行った!?」

「……ぇ、なにぃぃぃぃ!!!」


陛下とサクラがいなくなっても、気づかなかったのかッ。隠す余裕もなく目の前で舌打ちをする。


「気付かなかったのか……探しに行くぞ。嫌な予感がする」

「――!!判った」


コンラートの只ならぬ表情に、寝起きだったヴォルフラムも軍人の表情へと変えて、素早く寝間着から軍服に着替えた。

ぐっすり寝ているレタスは、宿の人に任せて、二人で宿を出て、夜道を走る。


「ユーリのヤツ許せんッ!!ボクに黙って夜遊びをしやがってぇぇぇぇ!!!!」

「効率が悪い、二手に分かれるぞ」

「わかった」


ユーリへの不満を甲高い声で叫んでいるヴォルフラムと、目が真剣に鋭利な雰囲気を纏ったコンラートは――…二手に別れた。







(その頃――)
(私達は呑気にヒノモコウを食しておった)




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