11-6
コンラッドとヴォルフラムが必死で、私とユーリを探している頃――…ユーリとグレタはテントの中で偽札疑惑の大量のお金を見つけ、その現場を私達をしつこく追っかけて来ていた男達に見つかって連行されてる所であった。
私はと言うと――ユーリの魔力の気配を辿って、ユーリとグレタの二人の危険を察知し、夜道を駆け抜けていた。
『ユーリッ』
何処で、人が見ておるか判らぬので、瞬歩は使えず、地道に暗い道を走っておる訳だが――…目的地までの距離がもどかしい。
――うぬ…?
感覚を鋭くしていたからこそ気付けた。私が走っておる方向からやや右斜め方向に、見知った魔力の持ち主を感知した。
《主?どうした?》
『……ヴォルフラム、か…?』
ヴォルフラムの魔力が揺れ動いておる。…戦闘中か!?
サクラはヴォルフラムの揺れ動く魔力に、走っていた足を止めた。
『…どうしたものか…』
ユーリの身にも危険が迫っておるし…普段だったら武器を所持しておるだろうヴォルフラムではなく、ユーリの方へと駆けつけるだろう。何故、それを今実行せぬのか。――ただ、何故か嫌な予感がするのだ。
ヴォルフラムの側へと行かなければと足が言っていて、ヴォルフラムは今、誰かと一対一の戦いをしておる。
だが…。戦の場ではなく、戦いの場での一騎打ちで、第三者がそこに介入してしまうのは……解せぬ。
『解せぬが…見に行くだけ行ってみよう』
――誇りの為の戦いではないのなら…私が助太刀しても善いであろう。
私が介入すれば…あのプライドが高いヴォルフラムが傷つくかもしれぬが……助太刀するのはもしもの場合であって、様子を見るだけだ。うむ。
《主は…何処までも死神だな》
『ふっ、あぁ』
思考に耽っていたら、己の中から青龍の嬉しそうな声が聞こえた。…――思考がダダ漏れだったか。
青龍の言う通り…戦いの場においてのこだわりは――…死神になってからついた考えだけれど、その考えは“私”という存在を構築している。魂が私である限り――…私は、私だ。
一対一の戦いを邪魔するのに躊躇うなんて、十一番隊の更木みたいだな。あやつと違って、誇りをかけた戦いではなく、その上ヴォルフラムの身が危険であるのならば――私は助太刀してしまうがな。
サクラはふっと笑って、足をヴォルフラムがいるであろう方角へと変えた。
『まあ、ヴォルフラムの腕ならば大丈夫であろうが…』
ヴォルフラムの状態をこの目で見て、それからユーリの方に駆けつけよう。
瞬歩は使ってないがサクラの足音は一切聞こえず――…サクラの姿は闇に溶け込んだ。
「はぁ、はぁっ…くッ!!」
同じくして、サクラが目指す先の港では――…ヴォルフラムが呼吸を荒くして、目の前に立つ自分より高い身長の男を睨んでいた。
二人は、間合いを取って剣を構えている。
ヴォルフラムからの攻撃は全て躱されていて、ヴォルフラムの息はどんどん上がって行く。剣の腕は明らかに、目の前の長身の男だ。全く隙がない。
「んあああああ!!!!」
剣を大きく振りかぶって、攻撃をするが、またも躱される。カキンッと剣と剣のかち合った音が、港に響く。
体勢を崩した瞬間に、長身の男がヴォルフラムに向かって、剣を振り下ろした。ヴォルフラムはその攻撃を剣で受け止め、次々に振り下ろされる剣に、自身の剣で受け止めながらどんどん後退する。……押されている。防御一点になってしまった。
ヴォルフラムの額から冷や汗が垂れた。
ヴォルフラムはこの海に面したこの道で、ユーリとサクラを探し走っていた。なのに――…殺気を感じて止まった瞬間に、この長身の男が抜刀して来たのだ。そして今に至る。
何の目的で攻撃してきたのか判らないけど…それはこの男を捕まえて問いただせばいい。ヴォルフラムは目の前に迫る剣に集中した。
暗闇を照らしてくれる月明かりの下で――…二つの剣がキラリと光る。
後退するヴォルフラムの右足が、小石に躓いたその瞬間―――……長身の男はその隙を逃さず、ヴォルフラムの剣を遠くに弾いた。
「―――!!っ…」
「………」
ヴォルフラムの負けが決まった瞬間だった。
「くッ!」
負けを認めたくないヴォルフラムは、敵に背を向け――飛ばされた剣を取ろうと体を起こそうとしたが、背後からチャキッと音がして、体が硬直した。
長身の男は、ヴォルフラムの背後から首筋に剣を当て、彼の戦意を喪失させようとしたのだ。…――負けが決まった瞬間に、敵に背を向けるとは。長身の男は、ヴォルフラムの兄に似た溜息を吐いた。
「やはりお前では……」
溜息をまたも吐いて、ここに来て初めて声を発した長身の男は、これまたヴォルフラムの兄に似た低い声で、意味深な言葉を冷や汗を垂らしているヴォルフラムに残した。
「まだ終わってないぞッ!!」
ヴォルフラムに最後の一撃をせずに、剣を引いて去って行こうとする長身の男の背中に向かって、ヴォルフラムが悔しそうに吠えた。
相手にもされないその背中に向かって……やけになってヴォルフラムは右手を構えて呪文を口にする。
「炎に属する全ての粒子よ……」
「――!!」
「……創主をほふった魔族に従えッ!!!!!」
ヴォルフラムの右手から炎の塊が、長身の男目がけて飛んでいく。長身の男は腰に下げている剣に手を当て、剣で魔術を相殺しようとしていた。…――だが――…それは、この場にいる筈もない第三者によって、相殺された。
『……勝負事に負けて、勝者に情けをかけて貰ったのにも関わらず…背後から魔術を繰り出すとは……男の風上にもおけぬヤツだなッ!たわけがッ!!!』
突然の第三者の登場に、長身の男もヴォルフラムも目を見開いた。…気配がなかったのだ。
帽子を深くかぶっていて、女性か男性かも判断がつきにくいボーイッシュな服装で――…二人は、月の明かりでぼんやりと照らされるその人物を唖然と見る。
気配もなく屋根から二人の間に舞い降りて、炎を手で消したのだ。人間ではない、魔族だ。
し〜んと静まり返る中、ヴォルフラムは現れた人物の服装と、放たれた声に覚えがあった。先程まで探していた人物だ。
ヴォルフラムがサクラ?と口を開く前に、サクラが先に言葉を続けた。
『ヴォルフラム…貴様は負けたのだ。男ならば潔く負けを認めろ。悔しかったら努力して、剣の腕を磨けばよかろう?』
「っ…」
『……たわけが…。―――で、貴様は何故、こやつに剣を向けた?返答しだいでは、貴様を剣の錆にしてやる』
悔しげに顔を歪ませたヴォルフラムを一瞥して、サクラは殺気を堪えながらも低い声で、長身の男を睨んだ。
『私の大切な者に手を出したのだ。……それ相応の償いはしてもらおうぞ』
サクラが言葉を発したと同時に、離れた場所に立っておったその長身の男は――…瞬きした瞬間には既に抜刀していて、こちらに向かって来ていた。
『――!!』
視覚よりも気配でその動きを読み取っていた私も、すかさず抜刀をし、青龍を構える。カキンと刃と刃のぶつかり合う音が耳朶に届く。
――……一太刀が重いッ!!こやつ出来るッ!!!
一撃でお互いがお互いの力量を図って――私は、間合いを取る為に、ふわりと飛ぶように男から距離を取った。互いにジリジリ睨みあう。
『いきなり攻撃とは…随分礼儀がなってないヤツだな、貴様は』
「……」
ジリジリとどちらが隙をつくか様子を見ている中、私は眉を寄せながら、目の前の男に投げかけた。だが、男は唇を真一文字に結んだまま。
こうやって真剣勝負とやらは、今世では初めてかもしれぬ。緊迫した空気に、武者震いで思わず笑みを零してしまう。
『――朱雀』
《御側に》
これは本気でやれねばなるまいと、青龍を右手に構えたまま、左手を下に構え朱雀を刀に具現化させた。
余談だが、眞魔国にいる時は腰が寂しいので、斬魄刀は具現化させたままだが――…地球にいる時や、人間の土地にいる時は目立つので、斬魄刀は己の中に待機してもらっておる。己の魂の半身なので、刀としても人型としても出し入れ簡単。
何が言いたいかって言うと…刀を体内から出せるのは、あの世界ではともかくこの世界ではサクラだけって事。つまり珍しいのである。
そんな事を深く考えておらぬかったサクラは、緊迫した空気を鼻いっぱいに吸い込み――長身の男に向けて、殺気をより濃くし睨みつける。
視線がかち合ったサクラの前で、男は突然現れた刀に僅かに動揺したのが空気で伝わった。
『……』
その態度に訝しながらも、私は男から視線を外さぬ。男は刀と、私を見比べて、更に動揺し始めるではないか……こやつは私を知っておるのでは…?
「その刀…貴女は……」
『……貴様…』
疑念を口にする前に、男が剣を下したので、私も警戒を少し解き、男の様子に注意深く目を向ける。
長身のその男は、信じられないと、帽子を被っておるせいで、また暗いこの時間帯のせいで顔が詳しく見えぬサクラの顔を見て、更に目を見開いた。
「貴女なら……、いや…でも貴女に剣を…向けるのは……」
『あ、おいッ』
ふるふると頭を左右に振った男は、剣を鞘に収め、身を翻して姿を闇に溶ける様に消えた。私は唖然と去っていく男の背を見つめた。
「……おい」
『――!!!』
そうだった…背後にヴォルフラムがいたんだったな。先ほどの長身の男と私だけの様な錯覚から、抜け出して思い出す。
――はっ!?
ヴォルフラムを振り返ろうとしたが―――ふと、こちらに向かってくる覚えのある気配と、ユーリの事を思い出して。
そのまま振り返らずに、瞬歩の要領で足に霊力を込めて、ふわりと屋根まで飛び乗り、その場から逃げた。…否、訂正――ユーリの身が心配なので、急いでそちらに向かうのだ。
「あっ、おいッ!待てッ!!!」
「ヴォルフラムッ!」
長身の男の如く、闇に姿を消したサクラの背後から、ヴォルフラムの焦った声と、コンラッドの弟の身を案じた声が聞こえた。
(べっ別に)
(コンラッドからの説教が怖くて…)
(逃げた訳ではないぞッ!うむ)
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