11-3



「こっちよ!」

『――!?貴様はっ』

「こっち」


背後から、尚も追い掛けてくる三人を撒きながら、走っておったら――…暗闇では明るい金髪のさっきの女性が、手招きしているのを見付けた。

一瞬訝しんだが、助けてくれるようなので…ユーリを引っ張って、女性の後に続く。

私は、ここに地理に詳しくはないので、正直助かった。女性は、私達がついて来ているのを何度か振り返りながら確認して、道を誘導してくれる。


路地裏は、賑やかな歓楽卿と違って、深夜独特の静けさと肌寒い風が吹いていた。

足音が響き渡るが――聞こえる足音は私達と金髪の女性の足音だけ。無事、あやつ等を撒けたみたいだ。

物陰に隠れて、グレタと一緒に座り込む。


『はぁ〜しつこかった…』

「あいつらしつこいけど、ここまで来れば大丈夫。 杖を持ってたから走れるか心配だったけど、怪我や病気じゃなかったんだね」

「いやまあ、やめとけとは、言われてたん、だけどね。 とにかくなんか、ありがとう、助かった、よ。それにしてもきみ、足速いなあ!」

「子供の頃は走るのが大好きだったの。男だったら手紙を届ける人になりたかった」


ユーリに足を褒められて、嬉しそうに金髪女性は微笑んだ。

この金髪女性……もっと大人になったら、ツェリ様みたいにフェロモン女性に成長しそうな、可愛らしい顔立ちをしておる。

昼間は、体調が悪くて善く見ておらぬかったので、さり気なく観察した。


「あれ、夕方、逆ナンしてくれた娘?」

「そうよ、子連れのおにーさん」


ふわりと、乾燥した風が肌を撫でた。


『(今頃気づいたのか…ユーリよ)』

「平気よ、もう誘わないから」

「なんだよ、十五歳未満は門限十一時だって……まだ時間内か。いやでも、こんな時間にそんな露出の多いHな服来てさ、やっぱ駄目だってェ中学生がさー」

『……』


ユーリって…時々、鋭い癖に、変な所で鈍い。グレタの事も、男の子だと思っておったみたいだし。

ユーリは、この金髪女性が何の仕事をしておるのか、まだ気づいてないみたいだ。


「助けてもらっといてこんなこと言ってもバカみたいだけどさ、きみ、どこに住んでんの?家まで送るから」

『ユーリ!!』


純粋な考えと無知は違う。

金髪女性が、好きで仕事をしておるのかも知らぬのに…安易に否定など出来ぬし、また知り合ったばっかりの女性に深く立ち入って善いものか……悩みどころである。

ユーリが禁句事項を口にする前に、鋭く声を荒げたが――…金髪女性に、微笑まれて私は口を噤んだ。

本人は気にしておらぬのか…。ユーリは何で、私に睨まれたのか判っておらず、困惑していたけど――、


「家は無理よ、遠いもん」

「じゃあやっぱり今夜は外泊の予定だったんだ。ナンパした相手の部屋目当てで」


金髪女性の言葉に会話を続けていた。


「うん、そういうこともあるけど……だいたいは店にいるの。前を通ったでしょ?」

「店って……そこにたむろしてるってことか……なあやっぱり良くないよ援助とかそういうの。 おれ自分で言っててなんつーイイコぶった意見だよってちょっと恥ずかしいけど」

「え?」

『……ユーリ』

「あのなこう親とか教師の肩持つみたいですげえヤなんだけどさッ、この場合あっちに一理あるっつーかこんな、こんな白々しいことおれ言うのも何だしあたしの勝手でしょって言われたらそれまでなんだけどね、もっと、じ……自分を大切にしろよっていうかっ」


低い声を発した私に、一度視線を寄越して、ユーリは上着を金髪女性に差し出した。


「愛のないHには、おれは反対だっ! でもってこれ、着ろよ!」

「……ありがとう」

『……』

「ああうん、それでもやっぱ家。遠くてもさ、送っていくよ。 助けてもらったんだからバス代こっちもち……バスないか、じゃあ馬車代。一晩中店で過ごすなんて親心配するぞ? あんまり困らせると老けちゃうぜ?」


はにかんで、ユーリから上着を受け取った女性を見て――私は、ユーリの素直さがこの女性には必要なのかな、と思い直した。

ユーリは太陽みたいに暖かくて、そして眩しい。

私にとって、戦いの場を知らぬユーリが眩しく憧れの存在に感じる様に――…金髪女性にとって、ユーリの真っ直ぐな優しさは嬉しいのかもしれぬ。


「お前のことじゃないよグレタ。お前を無理に送り返したりしないって。今はカモシカちゃんの話。彼女の家のこと話してるんだ」

『…カモシカ?』

「カモシカ?あたしのこと? あたしの名前はイズラよ。スヴェレラの末の姫からいただいたの」


ユーリが親の話をしたくだりから、肩を抱いてうずくまったグレタの頭をポンポンっと撫でた。

――人にはいろいろあるものだな…。



「イズラって、お母様と同じ名前……」

『……うぬ?グレタの母親はイズラって名なのか』

「え…あなた……もしかして」


グレタを見て、目を見開いた金髪女性――もとい、イズラ。…――うぬ…グレタと知り合いなのか?サクラは小首を傾げた。



「きみはスヴェレラに住んでるの?」

「今でも家と家族は国にいるの。ヒルドヤードに来てもう三月かな」

「しかしまたどうしてスヴェレラからわざわざ……出家、じゃなかった家出の理由は何?」

「家出じゃない!」

『……』

「あたしだって家族と居たかったけど……スヴェレラにはもう何もない。家族が生きていくためには、あたしが働きに来るしかなかったの」


赤茶の瞳に涙を浮かべて、イズラは大きな声で、ユーリにそう言った。

大きな声で言われたユーリは目を丸くして驚いたけれど――…理解した途端、びゅんっと私を見て、それからイズラに視線を戻して、苦虫を潰したような表情を浮かべた。


「じゃあカ……イズラは、ヒルドヤードに生活費を稼ぎに来てるのか……それをおれ、家出だの逆ナンだのって……ごめん」

「別に謝られるほどのことじゃないよっ。 だってあなたはあたしに何も酷いことしてないじゃない。 ほら、上着も貸してくれたりしてさ。こんな親切なお客さん、こっちに来て初めてよ」


イズラの口からスヴェレラと訊いて、何かが引っかかった。 四か月前の事もあるが……それよりも何か…こう漠然とした何かが頭に引っかかる。





ぐぅぅぅ


「……お腹すいた」


微妙な空気を払拭するように、グレタのお腹がなった。 私は、ふっと笑ってグレタの頭を撫でる。


『うぬ、私も小腹がすいたぞ。あれが食べたいのか?』


グレタの視線を辿ると――…こじんまりとした屋台が、路地裏から出た所にひっそりとあった。

誰も、客がおらず、ここから店員のおじさんが善く見える。


『…ラーメン屋みたいだな』

「ひ、ひごもっこす……?」

「違う。ヒノモコウ」

『ヒノモコウ?――グレタ、皆で食べようか』

「――!!うんっ!!食べるっ」

『イズラも』

「あ、うん…」


あの男達の姿も見えぬし…と思って、グレタの手を握り、立ち上がってイズラも誘った。

屋台に向かって歩き出せば、四人の足音が暗闇に吸い込まれていった。


「どんなのなんだろう」

『さぁだが見た目からしてラーメンの屋台っぽいが……あの屋台見てるとラーメンが食べたくなるな』

「ははっ、確かに。…地球の食べ物が恋しい」

『…うぬぬ』


地球の食べ物というより、私は和食を食したい。結城の為に作ったハンバーグ弁当も、結局食べ損ねたし。

ユーリに、苦笑しながら話した。結城の好物は、ハンバーグとカレーライス。


「おれもカレーライスは好きだよ。ウチでは週に何日かカレーなんだ。あー…カレーも何か月も食べてねぇよ」

「カレー?それってあなた達の郷土料理?」

「う〜ん…郷土料理と言えば――…」

『郷土料理だな』


うむうむ、ユーリと共に頷き合う。


「そう言えばあなた達は何処から来たの?観光で来たのよね」

『うぬ、温泉でユーリの足を治そうと思って来たのだ』

「そうそう」

「金髪の男の子と小さい女の子と、茶髪の男性は、一緒にいないみたいだけど……家族ってわけじゃなさそうね」

『グレタと同じくらいの女の子は、私の妹だ。グレタも妹みたいなものだ』

「……ぇ」


グレタが目を見開いて、私の顔を凝視して来るので、何か変な事を言ったであろうかと首を捻った。

一瞬足を止めたグレタだったが、口元を僅かに緩めて――サクラの後に続いた。


「で、茶髪の男性はサクラの婚約者っ!」

『なっ!!っそれを言い始めたら…金髪の男の子だってユーリの婚約者だぞ!!』

「っ、そうだったー!!」

『ふんッ。たわけめ』

「サクラってあなたの事?それじゃあ…あなたに、悪い事したわね」

『――?』

「昼間、その男性をあなたの前で誘ったから」

『あー…気にしておらぬよ』


婚約者だとして…ヴォルフラムとユーリと変わりなく、形だけのものだ。

一歩前に進むのを恐れている私が原因だと判ってはいるが…答えを辛抱強く待ってくれておるコンラッドに、甘えているのは他でもない己である。


――それなのに…コンラッドが夜遊びしに行ってイライラするのは……自分勝手ではないか?

サクラは自嘲して、悲しみを瞳に宿して、イズラにふっと笑った。








(大切だから守りたい)
(だけど――…)
(大切だからこそ一歩が踏み出せぬ)




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