11-2





「あれ?」

「――!!」

『なんだ…ユーリか』


背後から声がして、ビクッと肩を震えたグレタを引き寄せながら、振り返れば――…薄暗い廊下に立っていたのは魔王陛下である、渋谷有利であった。


「二人で…トイレ……じゃないよな。お粗末ながらもバストイレ付だもんな」

『……ユーリ、貴様は何をしておるのだ。その格好は…何処かへ行くつもりか?まさか…貴様も』


――よもはやユーリまでもがあの女性達のもとへ? 訝しみながらユーリを見遣った。

ユーリは、サングラスをしていて、頭に毛糸のピンク色の帽子をかぶっていた。しかも手には、喉笛一号を持っていて…あまりお近づきになりたくない格好をしておった。

その格好で、遊びに行くのだろうか。友として止めるべきであろうか…真剣な悩みどころである。


「違うから!!いや、遊びに行くつもりだったと言えばそうなんだけど……夜遊び程度であって、おれは」

『まあ、善い。私達も、今から外に用がある故…またな』

「ぇ、えっ!?ちょっと待って!!」


こちらは人探しなのだ。悪いが、遊びに行くユーリには構ってられぬ。私はグレタの手を引いてスタスタ廊下を歩いた。

何故か焦って追い掛けてきたユーリに、グレタと二人で振り返る。


『なんだ?』

「用って、何。グレタと何処行くの?コンラッドは知ってるの?」

『……グレタが会いたい人がいるらしい。その人物を探しにゆくとこだ』

「え、グレタって歓楽卿が故郷なの?」

「違う」

『ふむ、違うらしい。……早く行きたいのだが……』

「あっ、ちょっと待って!!コンラッドに黙って出掛けるのは…よくないよ!きっと心配するんじゃないかな?」


コンラッドの名を耳にして、サクラは不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。


『それを貴様が言うか。貴様も出掛けようとしておっただろう』

「う゛っ、それは、そうなんだけど…でも」

『コンラッドなど知った事かッ!…――では、ユーリもついて来るか?』

「…うん」


まだ、渋るユーリに思わず鋭い視線で見遣ってしまった。口を引き攣らせたユーリから、気まずく感じてそっと視線を外す。

溺愛しているサクラの姿が、夜中に消えたら…いつも冷静なコンラッドだって焦ってしまうんじゃ〜…と、ユーリは心配したけど、サクラには伝わらなかった。

それよりも…コンラッドの名を出した時の、サクラの顔が怖かった。


「(何をしたんだ、コンラッド)」







流石――…眠らない街。

外に出れば、酔っ払いの中年の男性や、賭け事で負けたのか項垂れる人々や、羽を伸ばしに来たのか、若い男性や女性の集団で溢れかえっておって、いい意味でも悪い意味でも賑やかである。

昼間は温泉地って感じの雰囲気であったのに、夜は雰囲気がガラリと変わって、アダルトな雰囲気だ。


「青少年の教育上、非常によろしくないな」

『うむ、それは私も同感だ。何なら帰っても善いぞ。レタスをヴォルフラムに任せたままってのも、少々不安だ』

「いやっ、おれもついて行くって。ねっ、探してる人ってどんなヤツなんだ?顔は?」


グレタとユーリが私を挟んで、会話しておるのを聞きながら、足を目的地へと向ける。

私としては、あまり幼いグレタを連れて、夜の街を歩きたくないのだが……仕方ない。己も一応女であるけど、ユーリが一緒に来てくれてるので――…よからぬ者が寄って来なければ善いのだが。

ユーリをチラッと見て思う…――ユーリは…可愛い顔をしておるので、逆によからぬ輩が近寄って来そうだな。


『(その時は、私が守ってやろう)』


男にとって不名誉な事をサクラが決意した瞬間――…



「そ〜はいかねぇんだよ!!」



___不快な声が、耳朶に届いた。


ユーリとグレタの耳にも届いて、三人は足を止めて、そちらを見た。


「そんな…」

「勝手に辞められちゃあ。他の従業員達が困っちまうんだよ〜」

「あのっ、お願いします」

「再教育として、俺達の相手してくれなきゃなークハハッ」


私達が立っておる場所から少し離れた建物の壁に、女性を三人の男が追いやっている所であった。

金髪頭で、薄い緑色の丈の短いワンピースを身に着けた女性は――見覚えがある。周りを囲むように立っている男達は、ハゲ頭と、金髪頭と茶髪の長髪の風貌で、見るからにガラが悪く見える。


「あ、あの人…」

『うぬ』


グレタも気付いたのか、ボソッと呟いて、私と手を強く握って来た。――あの絡まれておる女性は、昼間コンラッドを誘っていた女性だ。


――どうしたものか…。訊く限りでは、おそらく男達三人は、あの女性が勤めている組織の従業員なのだろう。 下手に第三者が介入して善いものか…だが、気になるので様子を見よう。

グレタが己の手を強く握っておるので、あやつらの所に駆けつけたくても、出来ぬ。


「……ぇ」

『うぬ?どうしたグレタ』

「あれ」


グレタが唖然と指をさした意味を理解する前に、ユーリの声が先に耳に届いた。


「女の子を苛めて遊ぶなんて――…」

『――あ』


「「「あ゛?」」」


「…――あんまりいい趣味じゃないよ、おじさんたち」


『あー…』


――そうだったー!!私より、正義感が強い男が隣におったではないかー…!!

ゆっくり、男達に足を向けたユーリの背中を見て、サクラは苦笑した。


突然の第三者の登場に――頭が悪そうな男達三人は、青筋を立ててユーリを見て悪どい笑みを浮かべて近寄って来た。

グレタの手を引いて、ユーリから離れて背後に隠れる。幼いグレタを守らなければ。


「他人の揉め事に首をつっこむのは〜」

「いい趣味ってわけだ?」


金髪頭とハゲ頭の男が、ニタニタ笑いながらユーリに突っかかる。

何処に行っても、ユーリは問題ごとに首をつっこむなー…――サクラも結構問題ごとに突っ込む性格なのに、自覚しておらず、ユーリの事を他人事のようにそう思っていた。

ユーリが首を突っ込まなかったら、サクラがあの女性を助けに行っていただろう。


「おれも…あんまりいい趣味って思ってないけど…」

「見かけね〜顔だな」

「とにかくっ、その子を放せッ!!」

『――!!あー…ユーリ?』


果敢にも悪どい三人に立ち向かっているユーリの服を、私は、背後から引っ張った。

男共がこちらに意識が向いている間に――…金髪の女性は後ずさりして、逃げようとしておる。まあ、助けようとしていたのだから、それは善いのだが…無事に逃げられたのであれば、私達はこやつ等と無駄なケンカなどしなくて済む。


「何、今忙しいんだけど…」

『うぬ、だがな…ユーリが助けようとしておった女性……』

「もう逃げちゃったよ」


グレタと一緒になって、揃って指をさす。思わず苦笑した。


「「「あ゛ー!!!!」」」


「おいっ、どうしてくれるッ!?」

「なんか…前にもどっかでこれと同じ目にあったことがあるようなー……」


助けようとした人物に、逃げられて、変わりに苛められるこの図。

ユーリの脳裏に、眞魔国へと流されるきっかけとなった村田のトイレリンチ事件が、うっすら蘇った。


「おめぇが、俺達と遊んでくれるのか」

「おお、遊んでやろうじゃないか」

『…ぇ、グレタがおるのに暴れるのか?』


ケンカを買うのか!?ユーリの強気な発言にびっくりして、声を出してしまった。途端、私に集まる男達の視線。……――あれ、私もデジャブ!!

この後の流れが判った気がする。サクラは現実逃避したかった。グレタとユーリがおらぬかったら、乾いた笑みを零したことだろう。


「なんだ、可愛い娘っこ連れてんじゃねぇか」

「……ぇ」

「お前がアイツを逃がしたんだ。代わりにその女を置いて行け」

「こっちの方が、見目がいいしな。楽しく遊べそうだぜぇ」


気持ち悪くて悪寒が走った。

数か月前に出会ったゲスを思い出して――…全身が震えた。恐怖と嫌悪感から震えたサクラの姿を見たユーリは、キッと男達を睨んだ。

ユーリはサクラへと手を伸ばそうとした男達から、身を挺して守ってくれる。

その姿に、己を叱咤して――…グレタを抱えて、ユーリの手を引いた。


「――ぇ」

『逃げるぞ!!』

「あ、うん」


三人から逃げる為に、路地裏に逃げ込み――…くねくね曲がりながら走る。



『……さっきはありがとう』

「――!!うん」


走りながら、私に引っ張られながら走っているユーリに向かって、お礼の言葉を口にした。

顔を見ておらぬかったので――…判らぬかったが…きっとユーリは優しく微笑んでくれたのだろう。ふわっと、空気の震動でサクラに伝わった。

グレタだけであったら、瞬歩で瞬間移動の如く姿を消せるのだがな〜…自分より少し背が高いユーリも一緒なので、流石にそれは無理だ。

もっと速く走りたいが…ユーリは足を怪我しておるので、それも無理だった。


「待てぇー!」

「どっちに行った!?」


遠くで、先程の男達の声を訊きながら――…私は眉間の皺を深くさせた。グレタを抱え込む腕に力が籠る。

前まではあのような事に出くわしても、何も思わなかったのに……先ほどの男達もそうだが、ゲスの姿を脳裏に浮かべて身震いした。

男の本能を露わにした表情を見て、嫌悪感ならまだしも――…怖いなどと感じてしまうなんて―――…。


『(私は…随分弱くなったものだな)』


私は、自嘲の笑みを零した。


…――こんな時に、コンラッドを一目見たいと思ってしまうとは。

頭を振りかぶって、コンラッドの姿を脳裏から追い出した。――己で…、己の力で地に足を付けておらねば――…何も守れやしない。守れた事になどなれやしない。






(然し…私とユーリは)
(善く誰かに追われておるな)

((ははは))




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