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 第十一話【華やかな夜の街】





――ガチャッ



『ふんっ、コンラッドのヤツめ〜』


何が気に食わぬのか…コンラッドの機嫌は治っておらず、表向きは会話はしてくれるものの…目は笑っておらず、それがまたサクラのイライラを上昇させた。

同室なのに、微妙な空気の中、私も何もする事もなく――地球と違ってテレビもないし…、ふてくされて眠くもないのに頭から布団をかぶって、眠くなれ〜と念仏してたら、コンラッドが部屋から出てった。

まだ九時くらいの時間に、宿から出て行ったコンラッド。


――守るべきユーリをも置いて、あやつは何処に行ったのだ…。


『…はっ!?まさか』


昼間の大人な女性の所にッ!?…――いやいや、コンラッドは仕事を投げ出して遊びに行くようなヤツではない。そうは思うが…。


『……』


色気ムンムンなあの女性がコンラッドを誘っておる光景を思い出して、私は自然と眉間に深く皺を寄せた。


『ふんッ』





ポスッ



コンラッドが出てった扉に枕を投げて、本人がおらぬのに扉を殺気立てて睨む。不快だ…またも不快感が襲ってきた。

一言もなく部屋から出ていくなど、気に喰わん!一言くらいかけてくれれば善いのに。私に声をかけてくれなかったのは、女性のところに遊びに行ったからとは思いたくない。


――べっ…別にコンラッドが何処に行こうが、何処で遊ぼうが……私には関係ないがなッ!!

そう…関係ないのだ……そこまで考えて、ズーンと沈んだ。何を考えておるのだ…私は……。







サクラが胸に渦巻く黒い感情にもんもんとしていた頃、隣の部屋では――…。


「……コンラッドが出掛けた!」


____遠ざかるコンラッドの足音を聞いて、ユーリが興奮していた。



「なあコンラッドが出掛けたよ。さっきの女の所かな」

「それはないな」


興奮から頬を紅潮させたユーリを一瞥して、ヴォルフラムは鼻を鳴らした。


「なんでー? いくら兄弟のことだからって、やけに自信ありげじゃん」

「ああいう女は好みじゃない」

「じゃあどんな女性がアレなんだろ」

「もっとこう清純というか、良く言えばさっぱりしているんだが悪く言えばがさつというか、やっぱり……スザナ・ジュリアみたいな」

「なんだそりゃ。がさつな女が好みって」

「だが、実際に本気になったのはサクラだけだな。――凛としていて、曲がったことが嫌いで、強いくせに、他人のために傷つくような……お人よしなヤツだったなサクラは」

「…だったって」


何故、過去形。…――あーでもサクラかー…サクラなら納得。傍目から見てもコンラート、サクラにベタ惚れだし。



「お前、今のサクラが二十年前に生きていたのは可笑しいと言っていただろう」

「うん、それが?だってサクラ十五歳だし…どう考えたって可笑しいだろ?」

「兄上が…生まれ変わったのではないかと仰っていた。コンラートもギュンターもその仮説に否定はしていなかったし…ボクもそうではないかと思う。二十年前に死して、チキュウで生まれ…眞王陛下にこちらに呼ばれたのだろう。本人にも記憶がないのも頷ける」

「ええーそんな事って」


――スケールのデカい話になったな…。ユーリは信じがたい話に、苦笑した。

その前に、地球のトイレから眞魔国にスタツアを体験し、今日から貴方が魔王です!!な、生活も…、誰も信じてくれない出来事なのに、ユーリは自分の事を棚に上げていた。



「サクラも、そのひとも、コンラッドの恋人じゃなかったんだろ」

「ああ」

「ひょっとして二股?不倫? 不倫の匂いする?」

「そんなことはない。断言できる」

「彼女はアーダルベルトの婚約者だった。サクラとも仲が良かったし、婚姻の日取りも決まっていたんだ。サクラとコンラートも幸せそうだった。 でも何故かある日を境に母上が、アーダルベルトとの関係は破談になるだろうと仰ったんだ。ウィンコットの領主は平等な男だしコンラートの腕をかっていたから、娘をフォングランツ家に嫁にやるよりは、手元で家を継がせたいだろうと……本人達の気持ちさえ、どうにかなれば」

「なんだよその気持ちって」

「……ウィンコットは十貴族の中でも最も古く歴史ある家系だ。始祖は眞王と共にあり、創主達との戦いにも加わったという。 しかもジュリアは眞魔国で最高とも言われる術者だった。誰もが一目置いていた。だがコンラートは……確かに母上の血は継いでいるだろうが……」


途中で言葉を切ったヴォルフラムは、辛そうに口を噤んだ。


「父親が人間だからってこと?」


ウィンコットの当主はコンラッドをスザナ・ジュリアの婿にと考えていたが、コンラッドの血筋に問題があったってこと?


――由緒ある家柄って…昔からいろいろあるんだな……。良かった、おれ一般家庭で。

でも、コンラッドにはサクラがいたんだよな。ユーリの疑問が判ったのか、ヴォルフラムは言葉を続けた。


「ああ……だが、コンラートにはサクラがいたし、ジュリアも何だかんだ言ってアーダルベルトと好い仲だった。サクラは漆黒の姫で、誰よりも権力があったから…誰も、コンラートとの仲をはっきりと反対出来なくて……だが、やはりコンラートの血筋に文句がある輩が多く、サクラとの仲に不満がある輩が絶えなくてな……――複雑だったんだ。戦時中だったので、もっと深刻な」

「んだよ、歯切れ悪ィなあ」


確かに…複雑だと思うけど。サクラとコンラッド、アーダルベルトとスザナ・ジュリア、そして取り巻く家柄や環境。

ヴォルフラムは苛立たしげに、溜息を吐いた。


「とにかく、当時の宰相に……お前も会ったろう、シュトッフェルという男だ」

「あーあーツェリ様のお兄さんな。会った会った」

「そうだ。ただ権力にしがみつきたいだけの、愚劣な臆病者だ。―――奴に良からぬ進言をした者がいて、コンラートは出征を余儀なくされた。あいつが奇跡的に戻って来たときには、……スザナ・ジュリアもヒジカタ・サクラも亡くなっていたんだ」

「それでお前は、どう思っているわけ?」

「何を」

「お前もコンラッドのことを、半分人間だからどうだとか思ってんの?……――昔のことはどうでもいい。おれがこっちに来てからの話」

「……それは……」


話題が、いつしか真剣なものへと移ったその時――…レタスが、身じろぎして、レタスを一緒に見たユーリとヴォルフラムは、話を続けるのを止めた。

ヴォルフラムが、コンラッドの血に悩んで、だけど昔より邪険にしていない事くらいユーリにだって解っていた。


「(いつか…いつかグウェンみたいに兄上って呼んであげてほしいな)」


知ってるか、ヴォルフラム…――おれが、眞魔国に来た当初はコンラッドの事ウェラー卿って他人行儀だったのに、今ではコンラートって名前で読んであげている事を。

ゆっくりではあるけど、歩み寄ってるんだよな。 ユーリはそう思考して、場の空気を変える為に口を開いた。


「知っているか、ヴォルフラム」

「……なにがだ」

「日本ではな、十歳以上年下の女の子と付き合うのはロリコンって言って、変態の烙印を押されるんだ。しかも…二十を過ぎてない未成年を、どうこうするのは……――犯罪になるんだ。 サクラ…コンラッドの事どう思ってるんだろうなー」


…――嘘は言ってないよ。誇張して言ってはいるけど。

途端、顔を青ざめたヴォルフラムを眺めて、ユーリはニンマリ笑みを零した。


「(なんだかんだ言って、ヴォルフ…コンラッドの恋を応援してるんだな)」





 □■□■□■□



己が隣の部屋で噂されてるとも知らず、サクラは尚もベッドで項垂れていた。


『…グレタ?どうかしたのか?』


ベッドの上で項垂れていたサクラの横のベッドで、同じく横になっていたグレタが無言でむくりと起き上がった。

もしや、己が枕を投げたから、その音で起きてしまったのか?


『――外に行くのか』

「人を探してる。昼間見た。…渡すものがあるの」

『今からでないとダメなのか?』


逃げるのかとも思ったが…そうではないらしい。そのまま行かせても善いのだが――…扉の前で、目線を床に落として、意思を変えなさそうなグレタにサクラは困った顔をした。


『この時間帯に女の子を一人で行かせるのは……、私も念のために着いて行っても善いか?夜は危険だから、子供であるグレタを一人では行かせられぬよ』


グレタの前で、しゃがみ込んで目線を合わせて、そう訊けば――グレタはほんの少し迷ってから頷いてくれた。

サクラは頷いてくれたグレタの頭をポンと撫でて、ふわりと笑いかけた。


『すこし、待っておれ。変装しなければならぬから』

「…うん」


温泉には入れなかったが、部屋にあるシャワーを使ったので、レタスとお揃いに染めていた空色の髪が本来の黒に戻ってしまった。

琥珀色のコンタクトは、アニシナに貰っておったので、瞳の色は誤魔化せるのだが…髪の色は誤魔化せぬ。

寝間着から、服に着替えて、用意周到なコンラッドが持ってきてくれてた帽子に髪の毛を入れ込んで―――変身完了!

ぱっと見…少年みたいになってしまったが……まあ善いか。夜であるし、これで目立たぬだろう。



『では、ゆこうか。場所は判るのか?』

「うん。昼間歩いたところ」


昼間歩いた場所を訊いて、一瞬あの女性達を思い出してサクラは眉間に皺を寄せそうだったが、思い直して、グレタと部屋を後にした。

トコトコ先を歩くグレタを見て、レタスはどうしようかと考えたが、ユーリとヴォルフラムと一緒であるから大丈夫だろう。

コンラッドは…知らぬ。あやつが遊んで帰って来るまでに、戻って来れば何ら問題はないだろう。 そもそも、コンラッドは関係ないッ!あやつだって宿から出たのだから、私とグレタだって外に出ても文句は言えぬだろう…コンラッドめ。



『あ、そうであった。グレタ、私の事はサクラと呼べ』

「……うん」


まだ、よそよそしい態度を取るグレタにそう言って、彼女の手を握った。







(ふんッコンラッドのヤツめ)
(帰って来た時に、私とグレタがいなくて)
(寛大に慌てるがよい!!…ぬははは)




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