9-6





『っと言ってもな、あの子に罰を与えたくないのなら…何か策を考えておけよ。仮にも…貴様のご落胤だしな』

「……ぇ」


そう言われると思っておらぬかったのだろう、ユーリは目を丸くしている。

所変わって、ユーリの自室である豪華なソファーに座っていて、間もなく駆け付けたギーゼラと言う女性に右足の患部を見られていた。

ユーリに貴様の“ご落胤”だと、念を押してから、話題を変える。


『そんな事より…足はどうなのだ』


野球が大好きだと知っている。本人はシーズンではないから気にするなと言ってくれたが……やはり野球が出来なくなるのではないかと、心配や不安を感じておるだろうと思う。

そんな状態にしたのは他でもないこの私だ。 どのような状態なのか気になる。

顔を曇らせたユーリに私も顔を曇らせる。

陛下であるユーリに与えられておる部屋は、姫であるサクラに与えられた部屋と同じく豪華で、違う所と言えば……ユーリが男性だからか、サクラの部屋に比べて、落ち着いた青で統一されていた。

室内には、怪我をしたユーリと、その怪我を診ているギーゼラ、魔王陛下の護衛のコンラッドと、王佐であるギュンターがいて――ギュンターは未だ取り乱している。

誰もが涙を流しておる彼を視界に入れないようにしていた。

レタスは何処かに遊びに行っているし、オリーヴは私に頼まれた仕事があるため、この場にはおらぬ。



「大丈夫、単純に捻っただけですから」


心配げに尋ねたサクラの問に、ギーゼラはニッコリ笑って捻っただけだと、ユーリとサクラに安心させるように答えた。

ユーリはそれに対し、安心したのか、彼女に向かって――…


「……どっかで会ってる?」


ナンパのような常套句を言った。 だが、本人は言ったって真面目な感じで。


『…(どこかで会ったのか…?)』


「畏れ多くも陛下はわたしの仕事場で、お手を汚してくださいました。 それも敵味方の区別なく、慈悲の心を皆にお与えになった」

「ああ!」


『(仕事場?)』


彼女は考える限り……衛星兵だろう。コンラッドから指示されて駆けつけたギーゼラは、医者だと思われたが…。彼女は、軍服を身に着けている。って事は立派な軍人で。

軍に所属していて、医療の知識があって、尚且つこうも堂々と陛下の治療が出来る事から――…ギーゼラは衛生兵だ。

ならば…仕事場とは、病院か…?戦など今は平和で、そのような匂いなどせぬし。


そう思考しておったら――…ギーゼラが、「では陛下、お手をよろしいですか」と、ユーリの手を握って、治療を開始し始めた。


――私と違って、彼女の治療方法は手からなのか。



「……陛下に初めてお会いしたときには、それはそれは驚きました。 高貴なる黒を髪にも瞳にも宿されたお方が――…サクラ…様の他に、実際にわたしの目の前にいらして、魔族と人間の分け隔てなく治療にお力をお貸して下さるなんて」

「どうなってるんだろ……痛みも腫れも引いていくみたいだ」

『(――…うぬ?)』


一瞬、何か言いたげなギーゼラと視線が絡まり合う。


「これがわたしたち一族の魔術なんです。 患者に触れ、相手の心に語りかけながら、肉体と精神の奥深いところに呪文を囁いて治癒の速度を何倍にも上げてゆく……そのためには患者の治ろうという意思を引き出して、気力を与えてやることが重要です。 ですから瀕死の怪我人相手でも、呑気に子守唄なんか唄ってることもあるんですよ」

「すげえ、ほんとだ。 どんどん元に戻ってく! こっれは試合中とか便利だよな、チームに一人は是非とも欲しいっつー感じ」

『……』


コンラッドと、オリーヴと、それからアニシナに初めて会った時に感じていた視線の違和感を思い出す。つまるとこ、またもデジャブ!

言いづらそうに私の名の後に様付したギーゼラを見て悟る。――…彼女は、サクラさんと仲が良かったのだろう。そして、私に記憶がない事も察しておるのだろう…。

彼女が何と思っているのか判らぬが……彼女に答えてあげれぬ事に、申し訳なく思いながら、治療しておる彼女を見つめる。


「陛下の巨大なお力を以てすれば、この程度の術など容易いはずです」

「ほんとにぃ? 水やヘビや骨の大群や泥の巨人よりも?」

『……』


ユーリの言葉に――…

サクラの、“人生において最も思い出したくない事柄ランキング”一位と(…骨)―――……二位(四か月前の泥人形)を、思い出して――…




_____ブルっと体が震えた。


因みに、コンラッドからの求婚の出来事は二位から三位に繰り下げられた。…――それくらい魔王の魔術は、おぞましかったのだ……。





「やはり国一番の医師を呼び寄せたほうが……陛下のおみ足を、ギーゼラごときに任せてよいものか……」

『(私が治療しても善いのだが…)』


何故か、私が魔力を使って治療する事に、コンラッドは善く思っておらぬようで……事あるごとに止められる。

嗚呼!などと、嘆いているギュンターを冷たい眼差しで見遣る。 本人を目の前にして、“ごとき”など、善く言えたものだ。そんな事が言えるなら、貴様も彼女と同等の治癒の力を持っておるのだろうな?と、思って口を開こうとしたが。その前に、コンラッドが口を開いて爆弾を投下した。



「陛下を大切に思う気持ちは立派だが、打ち身から重度の刀傷までギーゼラはあらゆる負傷者を治してきてるんだ。捻挫くらいなら彼女に任せれば安心だろう。 自分の娘を少しは信じろよ」

「そーだぞーギュンターぁ、おれみたいな体育会系男子高校生にとっちゃ、女医さんは憧れシチュベスト3には入るんだかんな。たとえそれがあんたの娘さんだろうと……




―――……娘!?


『…む、すめ…だと?』

「娘!? え、え、えーとギーゼラがギュンターの? にしちゃそう歳がかわんない気が……あ実年齢は見た目じゃ判んないだっけ。けど何だよ、こんな大きな娘さんがいるなんて、隠し子発覚なのはおれじゃなくてアンタのほうじゃん。 いや特に隠してはいなかったのか。 にしても子持ちだなんて知らなかったなあ!」


ギュンターへの怒りも吹き飛んだ私の驚きの声は、ユーリのトルコ行進曲にかき消された。

驚きを表現出来ぬかった…。無念。


――然し…彼女はギュンターに似ておらぬな。儚げな美人さんって印象は同じかもしれぬが…。

ギュンターと違って深いグリーンの色の髪で、全体的に病気なのかと疑いたくなるくらいの色白い肌をしておる。…儚げ。

ルキア…そして一護……、眞魔国にはフェロモン女性と萌え系女子の他に――儚げな美形な女性が生息しておるよ……。



「けど優秀で美人で申し分ない娘さんだな。これじゃつまんない男が寄ってこないかパパとしちゃ毎日が気が気じゃないだろ。 そうだよな、考えてみたらギュンターってさ。結婚してて当然、子供がいて当然、孫も曾孫もいて当然っていう年齢だよな。曾孫の先って何だっけ?」

『玄孫だな』

「そう、やしゃご!」

『言われてみれば……確かに、結婚していて可笑しくない年齢だな。ギュンター美形だから世の女性も放っておかぬだろうし』

「――!」


次々に言いあう双黒組に、雷が打たれたかの如くショックを受けていたギュンターだったが――…サクラの美形発言に、ショックを受ける中で頬を朱く染めた。

その反応にサクラが気付く前に、コンラッドが殺気混じりで彼を射抜いていた。




「ど、どうした」


ギュンターのリアクションに、若干引きながらも、ユーリはどうしたのだろうかと、尋ねた。……優しいな。


「結婚などしておりません」

『…なぬ?』

「え? あっ、じゃあシングルファーザー? すげぇいまどき、勇気あるぅ! けど離婚の一回や二階、男にとっちゃ勲章だとかいうもんなッ、バツイチ男性のが渋みがあっていいなんて女も出会い系のPRで見るしな!」

『いや…私は、離婚歴など嫌だな。マイナスだ。 考えても見ろ、それって性格に問題があって振られた可能性もある上に、また逆に己がそやつに捨てられる可能性もあるのだぞ?』

「離婚もしておりませんっ!サクラ様安心して下さいッ!私は独身ですっ未婚ですっ! 陛下っ、なにゆえそのような意地の悪いことを仰るのですかーっ!? 私めが陛下一筋なのをご存じでしょうにィィィ!」

『……』


それは…どう捕らえれば善いのか……、私に未婚アピールをしといて…陛下一筋と叫ぶとは。彼が陛下に熱を上げておるのは周知の事実だが、彼が私に未婚アピールをする意味が判らぬ。


「サクラ。俺は結婚もしたことないので、離婚歴ないですし、俺は一途なので、安心して俺との未来を考えていいですよ」




ぽか〜ん。




『へ?』

「サクラ一筋です。 サクラを愛していますから、この先もサクラ以外の人と結婚したりしませんよ。――魂に誓って」




ぽか〜ん。





油断しておった所に――…いきなり始まったコンラッドの口説きタイム。

言っておる事は誰もが照れるような甘い言葉で。余りにも爽やかに言うもんだから――…私は何を言われたのか判らぬかった。

陛下の近くで、護衛が漆黒の姫に甘い台詞を言い出し、その二人から反対の陛下の隣では、陛下に向かって陛下一筋だと愛を叫んでいる王佐。…何この、カオス空間。ギーゼラは半目で、彼らを見て溜息を吐いた。


コンラッドの言葉に、私が理解するよりも早く――…ギーゼラが、ゴホンッとわざとらしく咳をし、この場にいる全員の注目を集めた。


「養女なのですよ」

「へ?」

『幼女?…否、養女?』

「幼い頃に父親が亡くなり、母も病弱だったので、きちんとした高等教育が受けられるようにと、閣下の母上が縁組をしてくださったんです。だから血も繋がってないし、顔も似ていなくて当然です」

『へぇ〜』

「よーし今日からギュンターのことはパパと呼んでやる。 パパ、娘さん元気ー? とか訊いてやる」

「義父にお尋ねにならなくても、わたしは陛下の軍隊の一員なのですから、お召とあればいかなるときでも参じますとも。 さて、取り敢えずの処置は終わりました」


嗚呼、やはり彼女は衛星兵であったか。


「あとは半月ほど右足に負担をかけないようにしてくだされば」

「え、治ったんじゃないの?」

「身体に無理をさせたわけですから、自然治癒したときよりは脆くなっております。大事を取るにこしたことはございません。 ご安心してください、陛下のお世話は全てこのギュンターがいたします。 ご不自由をおかけしたりはいたしませんとも」

『――!ギュンターに任せるくらいなら、私がやる! 怪我をさせたのは私の責任であるから!』

「待てよそんな大げさなッ、え、まさかおれ、寝たきりとかなの? 要介護認定レベルいくつなの!?」

「いいえ、普通に過ごされてかまいませんよ。ただし歩かれるときだけは……これをお使いください」


混乱するユーリに、ギーゼラはふわりと笑って――…どこに仕舞っておったのか…、一本の杖を取り出した。


「つ……杖?」


ユーリと一緒に私も小首を傾げる。


「そうです。名前は喉笛一号」

「は? つ、杖に名前が?」

「……がーん、若くしてステッキ生活……」

「英国紳士みたいでステキですよ陛下」

『うぬ、羨ましいぞ!目指せ、紳士!!』


ショック気味のギュンターを無視して、我等は微笑ましく杖を見ておった。

ユーリは、杖を見て遠い目をしたが――…手渡された杖を隅々まで触り始めた。すると――ポンっと杖の先端から、花が出てきた。……仕込み杖であったか。


「……花とか出ちゃうし」

「おみごとです!」

『マジシャンみたいだ』


口を引き攣らせる魔王陛下に向かって、カッコいい杖だな!と励まして――無事、ユーリの治療が終わり、その頃には――…すっかりとコンラッドが言っておった恥ずかしい科白は、私は幸か不幸か――忘れていた。








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