9-7





地球で言う十一月下旬、冬も本格的に迎えようとしているこの時期特有の――…乾いた少し肌寒い風が、淡い空色に染めた髪を揺らして、そよいだ。

隣には同じく茶髪に染めて変装したユーリと、普段と同じ格好をしたコンラッド、私の斜め下にはレタスがいて。皆、一様に山の頂上から見える景色を堪能していた。


「わぁ〜、すっごく高いね!」

『うぬ』


怪我をして、思うように身動きが出来ぬユーリの為に、コンラッドが連れて来てくれたここから、血盟城が遠くに見える。

私達の他にも、観光客らしき人達がおり――…展望台になっているので、皆景色を堪能している。


『(眞魔国の観光地のなだろうか?)』


キラキラして喜んでおるレタスの頭を撫でながら……サクラは、人だかりを一瞥した。

やはり山のてっ辺に訪れたのだから――、叫ばずにはいられぬ。ユーリと顔を見合わせて、同時に肺いっぱいに酸素を吸い込み――…



「やっ……」

『ヤッ…』


「うっふーん!」


『――…ぇ?』

「ぇ?」


___山びこ。


奇妙な大声を張り上げたのは、なんとレタスだった。

何て事を叫んでおるのだぁー!と、驚いたが…、レタスの明るい声音の掛け声に――…周りにいた観光客も続いて、うっふ〜んと声を張り上げ始めた。


…――ぇ、どういうこと?ヤッホーではないのか?


「うん?おねぇちゃんは言わないの?」

『う、うぬ…、否しかし…』

「何故こんなことに」


きょとんと私を見上げるレタスに――地球組のユーリと私は仲良く動揺する。 何故、そのような台詞を叫ばなくてはならぬのか。


「頂でのメジャーな掛け声なので。 日本ではどんな感じなのですか?」

『ヤッホーだ、な?』

「うん、やっほーだよ」

「それはまた色気も欠片もない」

『色気っ!?掛け声に色気を求めるのか…』


衝撃の事実!またも眞魔国での習慣にびっくりだ。幼いレタスにそのような掛け声…教育に悪いとか思わぬのだろうか。

地球の文化に苦笑したコンラッドを見てそう思った。



「気の毒に坊や、若いのに足が悪いんだね。あっちの方角に向かって祈るといいよ。あっちには眞王廟も王城もあるから、きっとあんたの願いもきいてくださるよ」

「えーと、どうも、ご親切に」

「ホントだぁー!あっちにお城が見えるよ、おねぇちゃん」

『うぬ、見えるな』


遠くにそびえ立つ血明城を眺める。もう見慣れてしまった城を見て、嗚呼…私はここに生きているのだなーと、少し悲しみを覚える。

肌寒い風が肌を撫でた途端、すかさずコンラッドが「寒くないですか」と、私とユーリに訊いて来て、手元に温かい飲み物を手渡してくれた。


「平気」

『(いつのまに…)――ありがとう』


渡されたコップから琥珀色の液体が見える。……紅茶だろうか。

コンラッドがレタスには別の飲み物を渡しておるのを、疑問に思いながら、一口謎の液体を含む。



コクリ。



懐かしい味がした。


『(これは…)』

「さっ、酒じゃんこれッ」


そうお酒。“昔”善く飲んでいた。

乱菊に無理やり飲まされたり、京楽と夜桜を楽しんだり、善く飲んでいた日本酒の味に…似ている、お酒。


「身体が温まると思って。 もうすぐ十六歳なんだから、そろそろ慣れておかないと」

『なるほど』


確かにポカポカする。飲みすぎは勧めぬが。


「あのなっ日本人はなっ二十歳までは禁酒禁煙なの! まあそんな法律がなくっても、おれは身長が伸びる可能性が残されている限り、成長促進を妨げるブツはやんないけどね。って、サクラっ!なんで普通に飲んでんだよっ!!」

『うぬ?私は、乱菊達と――…』


――飲んだ事があるからな。

それは口から音にする事はせぬかった。思わず口にしそうだったが……コンラッドが、意味深に目を細めたから、留めた。


『否、なんでもない』


ユーリは怪訝な顔をしたが…コンラッドはああ、と、


「そうか、日本では二十歳で成人でしたね。 この国では十六で大人とみなされるものだから」


___納得した顔で会話を続けた。



「十六で? 早くねえ?」

「さあどうだろう。他と比べたこともないし」


ユーリは驚愕した。十六だとすると…魔族ならば見た目五歳くらいだ。ユーリが驚くのも頷ける。私も……前世の記憶がなければ驚いた事だろう。

私は、早くから死神になって、死神として生きてきた。当然、命をも危ぶまれる戦いの場にも身を投じていた訳で。

十六と言う歳は…遅すぎず、早すぎずな歳ではないだろうか。魔族がどうなのかは判らぬが。



『ああ…だから、十六にならぬと徽章が作れぬのか』

「ええ、そうです。――…魔族の成長に関しては一概にいえませんが、俺は異なる血が流れているせいか、十二歳くらいまでは人間ペースだったな。そこから先はえらくゆっくりだったけど。 ヴォルフなんかは由緒正しい純血魔族だから、儀式のときはまだまだ子供でしたよ。そうだな、今朝の自称ご落胤の女の子くらい」

「女の子だったんだ!?」

「気付かなかったんですか?」

『今頃気付いたのかっ!?――逆に驚きだ…』


小麦色の肌に、赤茶色の髪を肩まで伸ばしていて。どう見ても女の子だった。

まぁ…暗殺されかけたユーリからしてみれば……見ている余裕もなかったのかもしれぬな。その少し前に、隠し子説で、てんわやんわしておったし。

それにしても――…コンラッドは十二歳まで人間ペースだったのか…。見てみたかったな。



「この国では十六の誕生日に、先の人生を決めるんです。自分がこの先、どう生きるかをね。 軍人として誓いを立てるか、文民として繁栄を担うか。あるいは偉大なる先人の魂を護り、祈りの日々を送るのかを。決めなくてはならない事項は人によって様々です。 グウェンもヴォルフも、父母どちらかの氏を選ばなければならなかったし、俺は十六で、魔族の一員として生きることを決めた……人間側としてではなく」


――人間側としてではなく――…。

そう付け加えたコンラッドの声は、一欠けらも迷いが無く。それが返ってユーリを不安にさせた。

ユーリが隠れて溜息を吐いた音が、私には聴こえた。


遠くを見据えるコンラッドを、目に焼き付けるように見る。陽の光で、ブラウンの彼の髪がキラキラ見えて――…何処か遠くに行きそうに見えた。

コンラッドは、一度決めた事は何が何でも貫く強い意志を持っておるヤツだ。

ユーリが不安になるのも…判る。


コンラッドが十六の時は――恐らく、人間とのハーフで、眞魔国にいても白い目で見られたことだろう。

これ以上、遠くを見据えるコンラッドを見ていられなくて――…サクラは、視線を外した。



「ギーゼラはやっぱり十六で、フォンクライスト家の養女になることを選択したはずです。 一生のうちに一度は、その後の運命のかかった決断をしなければならない時がある。魔族にとってそれが十六の誕生日なんです」



――それは…私にも当てはまるのだろうか。

偶然、眞魔国に訪れたと思っていたが…、こうやって眞魔国に滞在を余儀なくされ、しかもそれが眞王の御意思だとかぬかされて。

恐らく私にも、何かしらの役割があるのではないか。そう、最近思うようになった。

城にいるのが当たり前だと思っている臣下達、以前ここにいたと思われる“私”に――それを詳しく知っておる青龍達。


ならば――…私も、人間として生きるのか、魔族として生きるのか――…眞魔国を選ばず地球で生きる事を選ぶのか――…。

選択の中には…かつての仲間たちと生きると言う選択はない。

私にも……選ばなければならぬ時が…後わずかで訪れる。選べるのだろうか…私に。


「あたしは…」


消え入るような声…レタスの声が耳に届いた。


「あたしは、魔族として生きるって決めてるの」

『……』


そうか…レタスもコンラッドやヨザックと同じく、人間と魔族のハーフだったな。

もうどう生きるかを決めているレタスに――…私もユーリも息を呑んだ。 こんな子供が確固たる意志を見せてくれておると言うのに……私は――…。


「おねぇちゃんと一緒に生きるって決めたの!」

『っ!!そうか…、ありがとうな』

「うん!」


レタスの言葉にサクラは目を丸くした。 そんな事を考えてくれておったのか…。嬉しくて破顔する。


『ならば…レタスは魔族と人間の架け橋になれるな!』


不本意ながら姫の位置にいる私の妹も――…義理とは言え、幼いながらも地位は確立され、嫌でも注目されるだろう。人間からも、魔族側からも。

ユーリは人間との争いを嫌っておるし、私も戦争など争いは好まぬ。魔族と生きると決めたレタスに、魔族嫌いな人間達から厳しい目で見られるだろうけど……人間と魔族の血が流れておるレタスにしか出来ぬ事もあると思う。


「かけはし?」

『…難しい事は今は、判らぬくて善い。ただ…レタスにしか出来ぬ事もあるって事だ』


きょとんとしたレタスに苦笑しながら、レタスの頭を撫でる。…――この子を理不尽な事で泣かせたくなどないし、だけど、強く成長して欲しい。その成長を傍で見守りたい。


「うん!」



微笑ましい姉妹の図に、ユーリも頬を緩め――…コンラッドは、目を見開いてサクラの顔を見ていた。







『ならば、貴様が魔族と人間の架け橋になれば善かろう。人間の血と、魔族の血が流れておる貴様だからこそ出来る事だってあるのだ』

『血を憎むだけでは何も始まらんぞ』





嗚呼…サクラは、やっぱりサクラだ…。

昔、彼女に言われた言葉が――脳裏に鮮やかによみがえって、コンラッドは目を細めてサクラを見たまま微笑んだ。

記憶がなくてもサクラはサクラだ…。

どうしようもない想いがコンラッドの胸を温かくしていたら――…主の声で意識が浮上する。




「……おれも、早く十六になんないと」


静かになった展望台で、ユーリの発した言葉が吹き抜けた。

何かを深刻に思案しているユーリに、コンラッドやサクラとレタスの視線も集まる。


「何故?」

「ギュンターが困ってそうだしさ」

「そんなはずがアラスカ」

『……な、ぬ…?』


聞き逃せぬ何かを――こやつは言った。


「い、今なんて言った?」


ユーリと私は、これでもかッってぐらい目を見開いて――…現実から目を背けたくなった。

コンラッドは二人の様子に首を傾げながら、また口を開こうとした。


『――!!』

「あっ、あーいいっ、もう一度言わなくてもいいっ!」

「元気がないみたいだから。ちょっと笑わせようかな、と」

「ああーそうか、そうだったのかぁー!」

『笑えぬ、笑えぬわッ!』

「コンラッド、今後一切おれを笑わせようなんて考えなくていいから。 いいか?金輪際だからなっ!?」

『私も…笑わせようとしないでくれ、頼む』

「コンにぃに意外な弱点が…」


慕われているレタスからも、あらぬ疑いがかけられ、ユーリとサクラは半ばパニックに。

世の女性を虜にするであろう爽やか笑みに、眞魔国一剣の腕が立つ男の弱点が―――…まさかの親父ギャグ!!


――…笑えぬ…むしろ寒い。



「いやだなあ、ユーリもサクラも、一回スベッたくらいで。 もう一度チャンスをくださいよ」

「よっよよよよしっ! もういっかい、もういっかいだけだかんなっ」

「いいですか? そんなことアラ……」

『!!あわわわー!』

「あーっもういいっやっぱいいっ! おれもう元気だから、元気じゃないの足だけだから!」

「ひょ〜」


――…こやつッ!もう一回チャンスを貰っておきながら……同じ事を言おうとしておったぞ!



「じゃあ、足首も元気になりにいきますか」


私達に、そう言って楽しげに笑ったコンラッドに――三人で、小首を傾げる。


「捻挫が癖にならないように、皆でしばらく姿を晦まそうか」

「晦ますってどこへ」

『うぬ』

「どこへ、連れてってくれるの〜?」


「――リハビリテーションです」


「りはびりすてーしょん?」


訊きなれぬ言葉に、レタスがコンラッドの言葉を復唱する。


『…足を治す機関の事だ』

「ほへぇ」


判ったのか判っておらぬのか、間抜けな声を上げたレタスに笑みが零れる。







(しかし…)
(眞魔国にそのような機関があるのか)
(知らぬかった)
(追記;本日の収穫――コンラッドの意外な弱点)



to be continued...

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