9-5







「サクラっ、大丈夫か」

『……う、うぬ…大丈夫だ』


刃物が落ちる音すらも聞こえなかった。コンラッドの姿しか感じれなかった。

顔を朱く染めるサクラに対し、コンラッドは本当に大丈夫なのかしつこく訊いて来る。その間も体をさっと怪我がないか見られた。


…――貴様が、刃物から守ってくれたのだから…怪我などしておらぬと言うのに……。

焦ったコンラッドに、私は笑みを浮かべてしまう。 私の笑みを見て、婚約者殿は安堵から息を深く吐き出していた。


「(いいから、おれの上から今すぐどいてぇぇぇぇぇ!)」


完全に二人だけの世界を作り出した二人に、ユーリが心の中で叫んだ。

そう、忘れてはいけない。…魔王陛下の上には――サクラが馬乗りしているのだから――。

女性に免疫がないユーリには耐え難い体制であった。

サクラ同様、別の理由で魔王陛下の頬に朱みが差した。




「サクラ様ッ」

「陛下っ、姫様っ、ああなんと恐ろしい……陛下、姫様、お怪我は」


「なに、何が起こったんだ?」

「サクラ様」

『あ、ありがとう』


ギュンターを押しのけて、近寄ってきたオリーヴの差し出された手を取って、起き上がる。

彼女が近寄る際に、王佐に向かって「邪魔よ」と言っておったのは、聞こえなかった事にしよう。

コンラッドにも、邪魔だとオーラ―を醸し出していたので、コンラッドは苦笑して、まだ転がっていたユーリに怪我がないか確認し始めた。


『ユーリ、大丈夫か?』

「う、うん」


未だ状況が判っておらぬユーリは困惑気にも、問いかけにコクリと頷いた。


「この美しいお身体のどこかに、傷など残ろうものなら……」

「大丈夫だからさ……ていうか、関係ないとこ触んなって」


「も、申し訳ございませんッ! まさか、まさか子供が、暗……このような大それたことを企てようとは」

「暗殺? おれは暗殺されかけたの!?」


焦った兵士の余計な一言に、ユーリは瞠目しておって、ギュンターの瞳は剣呑を帯びた。


「たとえ年端のゆかぬ者といえども、魔王陛下への大逆は許し難い大罪です。 極刑を以て償わせねばなるますまい。 打ち首拷問あるいは市中引き回しの上、火炙りに……」

「ちょっと待て、時代劇でしか訊かないような罰は待てって! 相手はまだ小学生だぞ!? いくらなんでも小学生が暗殺は思いつかねーだろ。 もしかしたら誰かに操られてて、洗脳されてんのかもしれないしさっ」

『……』


仮にも王の命を狙ったのだ。ギュンターの言い分も判る。

ユーリ陛下の命を狙えば――…こうなるぞ、と見せしめの意味とこれからのけん制も出来る。ここで、甘い刑に処すれば――…またこのような事が起こってしまうかもしれぬのだ。

だが…やはりユーリには、酷な判断であろう。

暗殺を目的とした人物を通してしまった、若い兵士も、ただではすまぬだろう。現に、本人も顔面蒼白にして全身が震えていた。 震えながらも――…彼はいち兵士として、暴れる女の子を羽交い絞めにしている。


「お前を暗殺しようとしたんだ。ただで済むわけがない」


グウェンダルもヴォルフラムもまた深刻そうに魔王を見据えた。グウェンダルの放たれた言葉が重く室内に響く。

その雰囲気に普段ならば臆するユーリは、間を置かず反論した。


「でも、子供だろ。なにか事情があったのかもしれない!誰かに騙されたのかも…」

『(そう…年端もいかぬ子が大罪を犯す目的や意図が判らぬ。…あの年齢でも大罪だと判っておるだろうに)』


刃を振りかざす瞬間の、女の子の覚悟を決めたあの瞳を想い出して――…サクラは顔を曇らせた。


「罪は罪だ。そんな甘い事を言っていたら、命がいくつあっても足らんぞ」

「甘かろーがッ、辛からろーがッ!相手は子供じゃないか。……でも何であんなことを…」

「……」


こうなったらよくもわるくも他人の言葉を訊かぬ魔王に…グウェンダルもヴォルフラムも沈黙した。

主を守るものとして、グウェンダルやギュンターの言いたい事も判るが……。ユーリの言い分にも一理ある。

“零”を背負う者として隊を纏めておったあの時よりも、地球で過ごした今世の方が…私も随分、甘くなったのかもしれぬ。隊を纏めておった頃は…守るべきものに時には非情になれた。





「あいた」

『――!』

「ああ、捻ったかな。――参ったなぁ……軸足だよ」


起き上がったユーリの右足に痛みが走った。



『…すまぬ、私が考えなしにぶつかったから……』

「サクラのせいじゃないよ!あの時サクラがタックルしてこなかったら…おれヤバかったかもしれないんだしさ」

『……だが…』


もっと上手く刃物からユーリを庇えば善かった。

受け身すら取れぬユーリに勢い付けて、飛び込んだのだ……変な方向に捩じったんだろうな…。コンラッドがめくったユーリの患部を見て、私は顔を曇らせた。

患部は、赤黒くなっており腫れ上がっていた。


「ああなんと、お労しい! お可哀相な陛下、できることならばこのギュンターが変わって差し上げたい」

『……すまぬかった』

「別にシーズン中ってわけでもないから、じっくり治しゃいいことんんだけどさ……いてッ」

「すみません。 捻挫だけかどうか確かめようと」


顔を曇らせたサクラの横で、ギュンターは興奮気味に言い放った。


「この国最高の名医を、大至急、王城に呼ぶのです!」


その横で、呆れたように溜息を吐いたグウェンダルは見えなかった事にしよう。


「ギーゼラを寄越すように言ってくれ。それと、その子には見張りをつけろ」


____すぐに、コンラッドに訂正された。






『――待てッ!』

「はっ」


コンラッドの的確な命令に、立ち去ろうとしておった兵士を止める。 私と視線が合った若い兵士の頬が朱く染まった。


『貴様がここにその子を連れて来たのは…貴様の独断か?他に誰かに言ったりしたか?』

「いえ、至極私的な内容でしたのでっ、誰にも言ってません」

『…そうか』

「サクラ?」

『……グウェンダル、あー…ギュンターも』


怪訝な顔をしたユーリを一瞥して、ギュンターとグウェンダルに視線を向ける。

ギュンターの名を呼んだのは、余計な事を仕出かさぬように。話は理解が早いそして権限があるグウェンダルだけで善いのだが…ギュンターは今興奮気味であるしな。


「……何だ」

『その子の処罰を決めるのは、私に委ねてはくれぬか』


ゆっくりグウェンダルと視線がかち合う。

兵士がこの子がご落胤だと誰にも言っておらぬのならば、陛下であるユーリを暗殺しようと企てたのも、ここにいる誰かが口にしなければ噂として外に漏れる事もない。

故に――ギュンターが言っていた罪に処さなくとも…善いのだ。

サクラの意図が判ったコンラッドは、ふっと笑みを零し……ギュンターも口をまごまごさせたが、反対はせぬかった。



…――いわば、命令だしな…この発言。


グウェンダルは、鋭い視線を私に寄越したが、私も反論は認めぬと鋭く見返す。

室内にはピりっとした空気が流れ、誰もがグウェンダルとサクラの二人を――ゴクッと喉を鳴らせて見守った。

何だか意味が判っておらぬユーリも、ただ事ではない様子の二人に、固唾を呑んで見守る。



「はぁ〜、駄目だと言っても訊かないのだろう?お前は」

『判っておるではないか』

「……判った。この件はお前に一任する」



『うぬ。――この件は他言無用だ、よいな?』


許可をくれたグウェンダルを含め、部屋いる輩を順々に見てから、最後に兵士に念を押す。これで、この兵士も処罰から逃れる。


「わ、判りました」

『うむ。…で、オリーヴ、あの子頼めるか?』

「はいっ!任せて下さいッ」


とりあえずは、この場からこの小麦色の女の子を遠ざけねばなるまい。

見張りは信頼が出来るオリーヴの隊に任せ――…サクラに頼まれたオリーヴは目をキラキラさせて、張り切って女の子を連れってくれた。

兵士の男も、私達に一礼して仕事に戻って行った。


「え〜っと…どういうこと?」

『……貴様は早く足の治療をしに行け』


処罰が己で決めると言っても……ユーリがどうにかしてくれるだろうとは思う。

ユーリが暗殺されかけて、女の子の肩を持つわけでもなく……女の子が罰を受けるのをユーリが嫌がるだろうと思っての行動だ。 これで…足を捻挫させた事は目を瞑って頂きたい。


「陛下、サクラはあの“ご落胤”に、ギュンターが言った酷い罰をさせたくなかったのですよ」

「――!!」

『あ』


コンラッドは暗殺者としてではなく、ご落胤として扱って言った。

わざわざ説明しなくとも善かろうにッ!敢え無くバレされた私はコンラッドを半目で見遣る。







(そうだったんだ…サクラ)
(くっ、コンラッドめ)
(一瞬でもときめいた私を殴りたい)




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