9-3
「サクラねぇ、ゴラクインってなに〜?」
『……あー』
私の隣にも、言葉の意味を理解出来ぬ子がおった。
こちらをきょとんとして見上げて、答えを待っているではないか…、これは意味を教えても善いのであろうか?教育的に。でも、変な風に理解されても困るしな。
『子供って意味だ。(正確には認知されておらぬ子供なのだが)』
「…こども?陛下の?」
『うぬ、そうだ』
「ほへぇ〜…ユーリ陛下って……やっぱりおモテになられるのね!」
『……そうだな、ゆくぞ』
「はぁい」
不穏な空気になった部屋に近づく。高い確率でこの後ヴォルフラムが激昂する筈で――。
善く考えなくとも、眞魔国に滞在中は護衛兼保護者のコンラッドがいるから、子作りなどする暇はないというのに。
それでなくとも――…ユーリはそちらの方面はてんでダメだ、初心すぎる。……人の事言えぬサクラだが…当人は至って真剣につらつら思考していた。
「ユーリ貴様っ、どこで産んだ!? どこでいつ、いつの間に!?」
「なっなに、産んでない、産んでませんったら!」
――嗚呼、やはり…。ヴォルフラム暴走。 って…、ユーリが産んだ前提なのか。
「産んでないということは、どこで作った!?」
「なっ、うっ何も、作ってませんッ! だからっゴラクインて何!?」
「貴族が妻ではない女性との間につくった子供のことですよ」
パニックなユーリの横で、冷静なコンラッドがその疑問に答えた。……いつでも冷静なヤツめ。
サクラの事になると、冷静さは欠けるのだが――…そんな事知らぬ私は、感心した眼差しをコンラッドに向けた。
視線を感じたのか――…ユーリと会話しておったコンラッドと視線がかち合う。視線が合ったヤツは、途端、目を見開いた。
『(…なんだー?)』
「ああ、上様のゴラクインーとかって時代劇でよく使う隠し子ネタかぁ。 あー、だよなあ、上様に隠し子騒動はつきものだよ。後継者争いとかで大変なんだよな……って待てよ? まさか、おれ? 貴族にご落胤って、おれに隠し子がいたってこと!?」
「その疑惑が」
「うわギュンターがっ」
辿り着いた室内はカオスだった。
ユーリの隠し子説にギュンターはショックで倒れ、ユーリの婚約者であるヴォルフラムは、ユーリの襟を掴んで興奮気味で。
オリーヴとグウェンダルは我関せず、ニコラは目をキラキラさせて見守っていた。
「なんてことだ! ボクの知らぬ間にそんな好色なことをッ! だからお前は尻軽だというんだっ」
「ままま待ってくれ、脳味噌をゆすゆすゆす揺すらないでくれ、じゅ十六年の長きにわたりモテたことなどないおれに、か、隠し子なんて……」
「すごいわユーリったら。 虫も殺さないような顔して」
「蚊やゴキブリは殺しても子供はつくってませんおれはっ!」
『それより、私は…眞魔国では男でも子供を産めるのか気になるのだが…』
「ユーリ陛下モテモテ〜」
「――!」
「サクラ様ッ」
「サクラにレタスッ!って、違うって!隠し子とかおれ違うからね!?…――いや、その前に……」
報告しに来た兵士の隣を通り過ぎて、静かに会話に加われば――…、一瞬時が止まり、乱入した私とレタスに視線が集まる。
ユーリはサクラの姿を目にとめると、みるみる顔を赤くさせた。
「なんだ!その格好はッ!」
『ぬをッ』
ユーリに詰め寄っていたヴォルフラムの標的が私に変わった。……格好?
ヴォルフラムは、怒りとはまた別の朱みが頬を差した。
『…ああ!』
「どうしたんですか、その格好は…」
『可愛いであろう?レタスとお揃いなのだ』
ぷるぷる震えておる三男を横目に――話しかけて来たコンラッドに、レタスと共にメイド服を見せつける。
――フリルがついてかわゆいのだー。
「ふふふ、サクラねぇさまと、おそろい〜」
『なー』
満面の笑みを浮かべるレタスと顔を見合わせて笑い合う。
「そうじゃないッ!姫であるお前がっ、どーしてメイドの格好をしているのだ!」
「そうですよ…。はッ!まさか…サクラ様……度々お姿が見えなくなるのは…メイドの仕事をなさっているとか言いませんよね?」
『おおー、オリーヴ名推理!』
「サクラッ!」
「お前ッ、まだ懲りてないのかッ!」
『いいではないか…城から出ておらぬのだし……』
「サクラ様っ!!」
『――ッ!』
「キャー」
怒りで真っ赤になったヴォルフラムと、御冠のオリーヴからコンラッドを盾にして――我が身とレタスを守る。
レタスは無邪気に笑って、二人から逃げていた。
ヴォルフラムの意識が私に移った事で少しは落ち着きを取り戻したユーリは、苦笑し――…グウェンダルは、顔に手を当て深い溜息を吐いていた。
…――言っても無駄だとか思っておるのだろう?粘り勝ち!
「えっと…サクラ?」
『――うぬ…?』
視線が合ってから若干、固まったままだったコンラッドだったが…背後に隠れたサクラを、目を泳がせながら振り返った。
『…どうだ、コンラッド。貴様の軍服と同じカーキ色なのだ!』
振り向きながら私を見たコンラッドに――…フリルのついたスカートをひらひらさせて見せる。
レタスは琥珀色と白が混じったメイド服で、私はカーキ色と白が混じったメイド服。
――貴様ともお揃いだぁ〜…と、自分に見せてくるサクラの姿に、赤くなった顔を手で隠した。
やや短めのスカートで、嫌でもそこから覗く白い太ももに目が行くし――…自分とお揃いだとか嬉しそうにしているサクラの姿は破壊力が凄まじい。
視覚から理性が殺されそう。
普段の姿にも胸がドキドキしていると言うのに…あまり魅力的な格好は止めて欲しい。…我慢して蓄積された欲望が、溢れ出てしまう。
これで、二人っきりだったら――…
「(襲ってるな、俺…)」
視界から懸命にサクラを映さない様にして――…バクバク鳴り始めた心臓を落ち着かせよう。
コンラッドは、今この瞬間に――…コスプレに萌える人種に激しく同意した。
想い人のこんな恰好は…ヤバい。誘っているのかと思ってしまう。
「(良かった…この場に二人っきりじゃなくて)」
襲っている自信がある。
『――うぬ?どうした、コンラッド?顔が赤いが……風邪か?』
「(…こっち見ないで下さい!今の俺…危険なんですって)」
『コンラッド〜?』
泳ぐ視線、追い掛けるサクラの目から逸らせば――…彼女の護衛であるオリーヴの冷やかな眼差しとかち合って、頭の中が少し冷えた。
「―――…で、そのご落胤の君とやらはどちらに?」
『うぬ、そうであった!すっかりと忘れておった』
サクラの意識を無理やり逸らして、コンラッドはそっと胸を撫で下ろした。
「(危なかった…)」
「コンにぃ〜」
「コンラート…」
兵士の元へとオリーヴと向かうサクラの背を見ていれば――…自分に集まる憐みの視線。
その中に主であるユーリの視線が入ってなかった事に安堵する。 グウェンダルを一瞥してレタスに優しく微笑む。
「サクラねぇは、鈍感だから…押せ押せがいいと思うの!サクラねぇは押しに弱いよ、きっと」
「……そうだね、ありがとう」
ポーカーフェイスが崩れていた事に、ショックだが……それほどサクラのあの姿は破壊力があったのだと言いたい。
サクラの姿に赤面した事は、鈍感組にはバレていなかったみたいだが……しばらくオリーヴにはネタにされそうだな…と、コンラッドは、レタスの頭を撫でながら軽く溜息を吐いた。
現に今も――…心の中で鼻で笑っているに違いない。
(グウェンダルだって)
(――なんだ)
(サクラのあの姿を見て――…)
(赤面していただろう)
(俺のサクラを邪な目でみるな)
(…お前と一緒にするな)
((……))
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