9-2



そろそろ〜と辿り着いた隣の部屋の扉は全開に開いていて、入り口付近にどうやらランニングから帰って来たユーリと、その護衛である己の婚約者殿がいた。


「ユーリはボクに求婚したんだぞ? 寝所を共にしたいに決まっている」

『……』


室内には二人の他にユーリの教育係であるフォンクライスト卿ギュンターと、ユーリの婚約者であるフォンビーレフェルト卿ヴォルフラムが…何やら教育に悪い話題を大きな声で言い争っておる。

大方…ヴォルフラムがユーリの寝室に忍び込んで添い寝しておる所を――…陛下命のギュンターに見つかったのであろう。


「そうなの?サクラねぇ…。サクラおねぇちゃんもコンにぃと――…」

『わー!!貴様は何を言おうとしておるのだ!』


あやつらにバレぬように、扉からやや離れた廊下の壁側に、一緒に座り込んでおるレタスの口を手でやんわり塞いだ。

途中で言葉を止められたレタスは、きょとんと丸い目で私を見つめる。

レタスはコンラッドが私の婚約者と知ってからは、“コンにぃ”と呼び兄として慕っておる様子。


『私はレタスと一緒にいたいから善いのだ』

「――!サクラねぇッ!」


そう言えば、レタスはパぁ〜っと眩しい笑みを浮かべひしっと抱き着いてきた。サクラも優しげに微笑み、レタスの頭を撫でる。

レタスは…サクラが漆黒の姫だと知って、姉と慕うのは恐れ多いと遠慮しておったが、半ば無理やり私が連れて来たわけで。

そんな経緯から、人前では私を“サクラねぇさま”と様付けで呼び、二人っきりの時や気が緩んでおる時は“サクラねぇ”とか“サクラおねぇちゃん”とか呼んでくれる。とても可愛らしい。

呼ばれる度に胸がキュンっとする。


「婚約者はあくまでも婚約者であって、伴侶や夫婦ではありません! 婚姻の契りを交わす前に夜を過ごすとは、なななんという破廉恥なっ」

「さすがはもうじき百五十歳、おそろしく前時代的な言い分だな!」

「うんうん、古い考えね」

『……』


レタスは見た目、結城と同じ五歳くらいかそれ以下に見えるが――…実際は、八歳児なのだとか。

魔族は見た目年齢×五倍だと教えて貰ったので、レタスも見た目の五倍でこの容姿で私と同じくらいの年齢なのかと思いきや――…実は魔族と人間のハーフなレタスは、八歳児でゆるやかに成長中。

人間に比べて魔族は寿命が長く、人間より成長が緩やかだ。……心の成長も人間に比べて緩やかなのだろう。

八十歳と人間では、お爺ちゃんなヴォルフラムを見て、心底そう感じる。心も人間と同じ速度で成長を遂げるならば――…あのようにキャンキャン吠えぬだろうし、ギュンターも鼻血を垂らしたりせぬだろう。

レタスの…おませな発言は訊かなかった事にして、どんな状況なのだと――尚も中を伺う。

気配から感じとれば、中にはコンラッドとヴォルフラムの長男であるフォンヴォルテール卿グウェンダルと、オリーヴ、それと…覚えのある気配が一つする。


『(……誰だ?)』


「雑魚寝くらいで目くじらたてなくても……」

「それ以上に、頼むから誰か気付いてくれよー、おれたち男同士じゃん!?」


――おっ、勇気あるな…コンラッド。あの言い争いに入ってったぞ。馬に蹴られるぞ。 そんで、ユーリ…いい加減気付け、この世界では男同士は何ら問題なく恋愛しておるのだ。

しかも貴様の隣におる頼りになる護衛は――…自由恋愛を推奨する母親がおるのだぞー。


「お二人とも何を勘違いされているのかしら。 陛下にはオリーヴがいるのに」


「「それこそ最悪の勘違いだッ!」」

「まだ勘違いをしてたの!? アンタ相変わらず脳みそ小さいのね!」


――…ニコラッ!?

覚えのある気配はニコラであったか。どうりで魔力を感じられぬかったのか。しかも、まだ彼女は勘違いをしておるらしい。

空気読めぬ彼女の発言に――…ユーリとヴォルフラムが声を揃え、オリーヴは冷やかな視線をニコラへと向けた。


『(オリーヴ…毒舌ぅ)』


相も変わらず中の悪い二人。否…目の敵にしておるのはオリーヴだけだが。四か月ほど経っても変わらぬ関係。


「ほへぇ〜陛下っておモテになるのね」

『う、うぬ』


確かに、本人はダメダメだとか思っておるみたいだが…ユーリはモテておるな。

目をぱちぱちさせるレタスに頷く。

やはり…双黒とは魅力なのだろうか……。ユーリはカッコいいってな感じではなく、可愛らしいイメージなのだが、悪まで私のイメージで。


――あー…でも私はモテぬから、双黒は関係ないか〜。


あ。

コンラッドが笑いを堪えておる。口元がひくひくなっておるぞー。

ユーリのランニングに付き合っておったのだろう、コンラッドはいつもの軍服ではなく、ラフなランニングウェアーを身に着けていた。

普段とラフな格好に――…見惚れてしまう。


――善いではないかッ! イケメンは目の保養なのだッ!


サクラは朱みが差した頬を手の平で仰ぎ、熱を逃がした。



「そう言えば…サクラはいないの?オリーヴがいるから、一緒だと思ったんだけど…」

「――っ」


空気読めぬニコラは、オリーヴの周りを見て、私を探し始めた。

途端、怒りでふるふる震えるオリーヴに――コンラッドは、呆れたように溜息を吐いた。


「どうせ逃げられたのだろ?」

「…う゛、今探しているトコだったの! 珍しく早起きしてたのよサクラ様。レタスの姿も見当たらないし…」

「レタスも一緒なら安心だね、逃亡はもうしてないと思うよ」

『……』

「護衛のくせに。逃げられて、何をしてるんだ」

「う゛…うっさいわ!サクラ様は一筋縄ではいかないの! 無駄に気配とか読むんだからッ」

「は、はは…」


――無駄に気配を読むって…オリーヴ……。

しかも私よりレタスが信頼されておる。…――自身の口元が引き攣るのを感じた。

だが、こうやって苦労して探しておるのに、コンラッドに呆れられているオリーヴに罪悪感を多少は感じる。……多少は。







バタバタバタッ






『――!』

「なんの音〜?」


廊下を走る音が耳朶に届いた。気配に疎いレタスが気付くくらいの大きい足音。


『…こちらに向かって来ておるな』


角を曲がって姿を現したのは――…正門警備の若い兵であった。――なるほど。

あの兵ならば気配を押し殺す事も無理であろう。新任の兵には仕事を覚えさせる為に、正門を任せることが多い。

もちろん、ベテランの兵士も門を守っている。新任の兵だけに入り口を任せてはおれぬ。善からぬ者が出入りする可能性がある故に。


『……何だ?』

「なんだ、なんだ〜?」


血相を変えた表情を浮かべる若い兵士の様子に――サクラは怪訝な顔をした。

何か問題があったのだろうか。正門にいなければならぬ兵士が向かっておる先は――…魔王陛下であるユーリがいる。


「サクラねぇ?」

『しぃ〜』

「――! しぃ〜」


口元に人差し指を持ってきて、ジェスチャーをすれば、すぐに私の真似をするレタスに胸きゅん。


…――って、そんな場合ではないのだった!

言う通りに静かにしてくれたレタスを一瞥して、若い兵士に視線を戻し――耳を澄ませる。


「申し上げます!」

「どうした」


魔王陛下や、身分の高い閣下達を目の前にして――…緊張で顔が真っ赤な兵士に、コンラッドは短く返答した。


「そのっ、魔王陛下にあらせられましてはっ、ご公務以外のお時間とは存じますがっ」

「そんなに畏まらなくても、サクサク言ってくれてかまわないのに」

「はっ!恐れ入ります!」

「陛下にお目通りをと願う輩が、先程、城門に参りまして」

「あ、なーんだ。それなら朝食が済んでから、スケジュールを調節してもらうよ」



報告する兵士と、ユーリの間に――…


「そのような用件はまずこの私に」


ギュンターが仕事の顔に変えて、割って入った。



「ですが……その、ごくごく私的なことですので……できましたら、そのー、お人払いを」



ピリッとっしたギュンターに、若い兵士の男は、口をまごまごさせながらそう言った。

緊張もピークだろうに…彼の顔は火山の如く……あともう少しで噴火しそうだ。それくらい真っ赤。


「大丈夫だ。皆、口が堅いよ」


そんな兵士に、コンラッドは優しく促した。


『…(カッコいい)』


「では申し上げます!…―――眞魔国国王にして我等魔族の絶対の指導者、第二十七代魔王陛下のご落胤と申すものが……いえ、仰るお方が、お見えですっ!」


『……ぇ』


改めて畏まり、背筋を伸ばして放たれた言葉に――…一同は沈黙した。


「ゴラクイン?」


唯一、言葉の意味が判っておらぬユーリは…静寂に包まれた室内で、小首を傾げた。







(――ご落胤…)
(やるな、ユーリ)




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